現代遊戯 その8

「そうですね……、そちらではどう言い表すのか、存じておりませんが……」


 悩む素振りで小首を傾げ、女官は視線を上方へ向けながら言葉を探した。

 そうしながらも、目的地へ案内する仕事は疎かにしていない。

 丁重な仕草で掌をその方向へ向け、自ら先導して歩き出す。


「玉遊び、と言って通じるでしょうか? 互いにボールを投げ合ったり、あるいは蹴り合ったりしてする遊びです」


「あぁ、それなら何となく……。トヤの実遊び、みたいなものだろうか。適度に弾力があって、子どもの頃は良く投げて遊んだりしたもんだ。……なぁ、ヨエル?」


「握り拳くらいの大きさだから、何かと丁度良いんだよな。割れるとベタっとした液体が漏れるから、下手な受け止め方すると大変だ。潰したヤツが負けになるんだ」


 レヴィン達の領内では、子どもの頃に一度はやる遊びとして良く知られる。

 食用に向く実ではないのが、また遊びに使う道具として適していた。


 レヴィンとヨエルも子どもの頃、散々やって体中を果汁まみれにしたものだ。

 女官はそれを聞いて、おっとりと笑う。


「ボールの大きさは、拳大の物から更に一回り大きなものまで、多種多様にございますよ。それによって、遊びのルールも……あら?」


 言い掛けていた言葉が途中で止まり、前方を訝しげに見つめた。

 それでレヴィン達も同じ方向に目を向けたのだが、そこでは何か慌ただしい雰囲気を発している。


 何が起こっているか不明だが、何か只事ではない事態なのは確かな様だった。

 女官が断りを入れて、一時離れようとしたその時、白絹の様に輝く長髪が目に入る。

 この国の神しか身に着ける事を許されない、特徴的な服装を合わせて見れば、それが誰かなど考えるまでもなかった。


「お、オミカゲ様――!?」


 女官から悲鳴にも似た声が上がる。

 付近へ群がる様に侍った女官達を、そのオミカゲ様は何事も騒ぎにするな、と申し付けているのが見えた。


 とはいえ、困惑する気持ちを隠す事もできず、狼狽するままになっている。

 そこへ、すぐ近くにいたらしいルチアが、女官の間を縫ってやって来た。


 レヴィン達も見守っていて良いものか迷ったが、とりあえず遠巻きに見える位置まで近付く。

 その時、ルチアがオミカゲ様へと声を掛けた。


「……何してるんですか?」


「おぉ、ルチア……! 女官らは融通が利かなくていかん。そなたが来てくれて助かった」


「それは良いんですけど……。でも、どうやって……?」


「ふっ……、知れたこと!」


 オミカゲ様は大いに胸を張って答えた。


「ミレイユの位置など、我には手に取るように分かるからの。そこを目掛けて転移すれば、これこの通りよ!」


「いえ、私が訊きたいのは、勝手に来たら怒られるんじゃないかって話です。説き伏せて来た訳じゃないんですよね、きっと」


 ルチアが困り顔で指摘すると、オミカゲ様の自慢気にしていた表情に陰りが落ちる。

 眉を八の字に曲げ、肩もへにょりと垂れ下がった。


「だから、後で一緒に謝っておくれ……」


「やっぱりですか。しょうがない方ですね……」


 ルチアは困り顔ではあったものの、快諾して頷いた。

 すると、途端にオミカゲ様の顔が華やぐ。

 彼女の胸に飛び込み、熱く抱擁を交わした。


「おぉ……! やはり頼りになるのは、ルチアだけよの。どこぞの尊大な神なら、間違いなく足蹴にされるだけであったわ」


「――それは誰の事を言ってるんだ?」


 唐突に闖入した声に、オミカゲ様はびくりと肩を震わせる。

 声の方を見てみれば、そこには腕組みしたミレイユが、背後にアヴェリンを控えさせて睨んでいた。


「お、むぅ……そなた。居るなら居ると言わぬか。気配を隠すなど、神のする事ではなかろうぞ」


「神処を抜け出して、そのうえ役目も放り出す神に言われたくない台詞だが……」


 ミレイユはオミカゲ様を一睨みしたが、すぐにその顔を逸らした。


「まぁ、来てしまったものは仕方ない。迷惑にならない範囲で遊んでいけ」


「な、なんじゃ……。そなた、随分と物分かりの良い……どうしたんじゃ?」


「別に……」


 そう言ってから、ミレイユは鼻先にシワを寄せた。


「お前にぞんざいな態度を取るとな、最近ルチアとユミルから風当たりが強くなるんだ。やれ、もっと優しくしろだの。やれ、もっと労れだのとな」


「おぉ……!」


 オミカゲ様は抱き着いたままのルチアを、その傍から感動した面持ちで見つめた。


「そなたらの献身、我は決して忘れぬぞ!」


「ミレイさんの気持ちも、分からないではないですけどね。以前の様な緊張感がなくなったのは良いですけど、ちょっと砕けすぎというか……。それでも、私達にとっては大事な人に違いありませんから」


「それに実際……」


 ミレイユがまた途中で口を挟み、その口の端にあるかなしかの笑みを浮かべる。


「今日が遊べる最後の日だ。良い思い出づくりに貢献するのも、やぶさかじゃないしな」


「うむ……、そうじゃの。然様だ……」


 オミカゲ様は一時の間、寂しそうな顔をさせたが、すぐに顔を上げてニンマリと笑みを作る。


「では、勝負じゃな。ここから先、互いに良い点数を取った方を勝ちとする」


「勝負? 良い点数? 具体的には?」


「そうじゃの……。では、人数もいる事だし、まず二組に分けようか。そして、あまり技術を競わないゲームで、雌雄を決するのじゃ」


「つまり、格闘ゲームなんかはナシか。しかし、そうなると随分、絞られてしまうが……」


 ミレイユが周囲を見渡しながら言えば、オミカゲ様はさもりありなん、と頷く。


「そも、前提となる知識の有る無しで、大きな有利が生まれてしまうのは、勝負事として公平ではなかろう。ダンスや太鼓も、そういう意味では前提知識は不要であろうが、あやつ等にやらせれば、ただ面食らうだけであろうしな」


「まぁ、頷ける話だ。ユミルでさえ、最初は難色を示した程だ」


「――呼んだ?」


 その時、やはり気配を感じさせずに、女官の間からユミルが現れた。

 その顔には好戦的な笑みが浮かんでおり、これまでの話を聞いていたと感じさせる。


「あぁ、呼んだ。どうやら私達は、オミカゲの奴とゲーム勝負をする事になりそうだぞ」


「あら、いいじゃない。チーム分けがどうの、ってのも聞こえてたけど?」


「そこも含めて、まだ決まっていない。レヴィン達も合わせて遊ぼうとしたが、あれらはまずルール以前の問題だからな」


「そうねぇ……」


 ユミルを息を吐いて、しげしげとレヴィン達を見つめる。

 そこには、先程までの会話を思い起こしている雰囲気があった。


「筐体を壊しそうって恐れてたくらいだから……。魔力の制御に、まだ自信なしって感じなのよね」


「というか、単に出力を絞るのが苦手なんでしょう。瞬発的に増大させたりとか、そういう戦闘に有用な技術だけ突出しているというか……。まぁ、普通は敢えて絞る理由がないですから」


 それは例えば、どれだけ小さく文字を書けるか、という事に似ている。

 出来れば凄いと思えるが、出来たからとて日常生活に何一つ寄与しない。

 それどころか、敢えて小さく文字を書けば、嫌がらせのように取られるだろう。


 魔物との戦いで、敢えて魔力を絞る理由などないし、優先して身に付けたい技術でもないのだ。

 それが出来るユミル達が異常、というだけの話だった。


 平然と出来る彼女らと、レヴィン達とでは立てる土俵が違う。

 どうしたものか、とミレイユが顎先に手を当てた。


「そういう事なら、……そうだな。もっと単純化したものとすると……」


「それであれば、今丁度、行ってみようとしていた場所がありまして……」


 レヴィンが声を上げると、全員の視線が向けられる。

 一瞬、怯みはしたものの、レヴィンはすかさず一礼してから答えた。


「何やら、玉遊びなるものがあるそうでして……。拳大の物から、それより更に大きな物まで、多様に取り揃えているとか。それならば安心して遊べると教えて頂きました」


「ふむ……、確かにな。仮に破損させても、たかがボールだ。ゲームの筐体と違って、弁償するにも安価で済む。それに、遊びの幅は確かに大きいな」


「ゲーセンに来てまでやるコトか、って疑問はあるけど」


「ここはゲーセンだけの施設じゃないからな。まぁ、良いじゃないか。たまにはそうして童心に帰っても」


 ミレイユの言葉には、オミカゲ様から盛大な歓迎を以って迎えられた。


「うむうむ、時にはそうした時間があっても良いものよ」


「ここ最近は、いつも童心に帰ってる奴に言われてもな……」


「これ、またそういう事を言う」


 嗜めるような口調でも、オミカゲ様の言葉は柔らかい。

 先程の提案が、大変お気に召したようだった。

 しかし、そこに疑問を持ったのがミレイユだ。


「どうでも良いが、お前に玉遊びなんか出来るのか? そういうの……やってるイメージないんだが」


「何を申すかと思えば……」


 オミカゲ様は気分を害したかのように眉根を顰め、それから自らの太ももをパシンと叩いた。


「我の住む地には、プロのサッカーチームすらあるのだぞ」


「それがお前と何の関係がある」


「つまりじゃな、それだけ我にあやかりたいという事よ。蹴鞠において、我に勝るものなど、そうはおらぬ故な」


「まぁ、なんか……なんだ。分かるような、分からないような……。けど、自信があるのは分かった。そして、その自信が今日までって事もな」


 ミレイユが尊大に言い放てば、オミカゲ様も黙ってはいられないようだ。

 互いに良く似た獰猛な笑みを浮かべ、視線で火花を散らす。


「そう言っていられるのも今の内よ。我の方には一日の長がある。今からアヴェリンに泣きつく準備でもしておれ」


「ハッ、面白い。お前の泣き顔なんざ、もはや見慣れて今さら見たいとも思わないが……。泣いて這いつくばる姿なら、見てやろうって気持ちになってくる」


 互いに互い、一歩も譲らず、不敵な笑みが口から漏れる。

 これに巻き込まれるのか、とレヴィンは今更ながら思う。

 そして、逃げられるタイミングを自ら潰したのだと、今さら悟った。

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