現代遊戯 その6
「でもやっぱり、ちょっと可哀想だったわよねぇ。アンタが仲裁めいたコト言えば、一緒に行けたかもしれないでしょうに?」
レヴィン達の前を歩くユミルが、その更に前を歩くミレイユへ小声で尋ねた。
ミレイユはその問いに、重々しく頷いて見せる。
「問題はないだろうさ。それに……」
ミレイユの声音は淡白で、本当に気にしていないことが窺える。
しかし、彼女の言葉はそれ以上続かず、不意の沈黙が降りた。
「……何よ? 言いたいコトがあるなら、言いなさいな」
「……いや、口に出したら現実になりそうだ。だから、言いたくない」
「ふぅン……?」
レヴィン達から二人の表情は窺えない。
しかし、憮然とした態度のミレイユに対し、ユミルは面白がっている様だ、とだけは理解できた。
それ以降、一行の間に会話はなかった。
天門宮へ辿り着くなり、ミレイユが転移陣を敷き、そこへアヴェリンが先頭となって入っていく。
続いてルチア、ユミルと入り、そうしてレヴィン達の順番になった。
ヨエル達と目配せして、誰が先頭になって入るか窺う。
何処へ連れて行かれるのか、今の今に至って、レヴィン達は知らされていない。
とはいえ、危険な場所へは送られないとも理解していた。
それでも、何処へなりとも知れない場所へ転移するのなら、その安全性を可能な限り高めなければならない。
その場合、先頭を行くのは護衛たる、ヨエルとロヴィーサの役割だ。
危険があれば取り除き、レヴィンが安心して降り立てるよう、安全を確保しなくてはならない。
これが取り越し苦労とは分かっていた。
仮に危険があろうと、既に神使の三人が先行しているのだ。
あったところで排除されているに違いない。
しかし、安全基準を考えた場合、とりあえず主君を先に行かせる、などという選択肢は有り得ないのだった。
「じゃ、俺とロヴィーサの順で行く。若はその後だな」
「あぁ、分かった。……ところで、
「――ミレイユだ」
「あ、これは……失礼を。ミレイユ様、今から行くのは、その……遊技場って事で良いんですよね?」
そうだ、と短く返答があって、転移陣へと目を向ける。
どうやら、さっさと行け、という事らしい。
しかし、レヴィンの動く気配がないと分かって、護衛の二人も動けずにいる。
先に入った神使たちも、次第に訝しく思い始めるだろう。
それでもレヴィンには、訊いておきたい事があった。
「今更、こう言うのも何ではあるのですが……。遊ぶ理由というのは、一体何なのでしょう? ――いえ、遊ぶのが悪いという話のではないのですが、遊ぶぐらいならば他にする事した方が良いのではないかと、思う次第でして……」
「悪いと言ってる様なものじゃないか」
ミレイユから揶揄するような笑みを向けられ、レヴィンは居た堪れない気持ちになった。
出過ぎた進言と分かっていても、故郷とそこに暮らす人々、そして更に世界の命運を思えばこそ、こんな事をしている場合かと思うのだ。
「だが、そうだな……。我々の準備は、ほぼ終わっている。お前達の準備も、ほぼ終わったと見て良さそうだ。上を見ればキリがないから、それで良いと納得したに過ぎないが……。とにかく、反撃開始の手筈は整っている」
「では、何故……? これから直ぐにでも……」
「我々の、と言ったろう。まだ一つ、重要な要素が残ってる。そして、それは我々には準備出来ず、ただ待つ事しか出来ない」
「そう……なのですか。それで、待つ間の気晴らしに?」
「そうだな」
これにも短い返事だけがあって、ミレイユは転移陣へ目を向けた。
チラリと背後を見やっては、誰か来ないか警戒している。
その様は、早く入れと催促していると察することが出来た。
しかし、レヴィンには訊いておきたい事がまだある。
「あの……、待つと仰りましたけど、どの位になるのでしょう?」
「明日には終わる。だから、今日が遊ぶ余裕の持てる最後の日だ。向こうでは貸し切りにさせた手間もあって、即日遊びに、とはいかなかったしな」
「それを聞いて安心しました。よもや、また長く待たされるのかと……。しかし、貸し切りとは……?」
「いいから、もう行け」
流石に痺れを切らしたようで、『念動力』によって強制的に身体を浮かされ、手首を返す動きに合わせて、レヴィンもまた転移陣へと送り込まれる。
「――若様!」
置いていかれた格好の護衛二人も、慌てて陣へ入り込み、それでようやくミレイユも転移した。
※※※
レヴィンが転移した先は、巨大なビルの正面玄関前だった。
現時刻はまだ朝も早く、通勤通学の時間帯だ。
だから、ビルの前では引っ切り無しに車が行き交っているし、広い歩道にも手や背中にカバンを背負った者たちが、慌ただしく移動していた。
しかし、突然現れたレヴィンと、その直後に現れたヨエル達を気にした様子はない。
どうやら、既に幻術を用いて、隠蔽は完了済みの様だ。
ビルの正面扉には、本日貸し切りと旨の書かれた紙が貼り付けられており、その付近にはアヴェリン達もいた。
そちらに足を一歩踏み出した所でミレイユも現れ、レヴィンは慌てて道を譲る。
ミレイユが先頭になってガラス扉の前に立つと、自動的に開いて、レヴィンはこれにも驚きを覚えた。
どうやら、神を歓迎するともなれば、扉も自らの意志で開閉してしまうものらしい。
「この世界では、ただの扉でさえ神に頭を垂れるのか……」
「驚くべき事ですけど、驚くのはまだ早いかもしれませんよ」
ロヴィーサもまた、レヴィンに同意しながら戦慄く様に苦言を零した。
そして彼女の懸念は、レヴィンも即座に理解できた。
何しろ、扉の先には音と光が氾濫している。
世界の光を掻き集めて一つ所に集めたのかと、錯覚してしまう程だった。
そうこうしている間に、扉がまた勝手に閉まろうとする。
勝手知ったる有り様で歩いていくミレイユと、その後へ続く神使達に置いていかれては溜まらない。
慌てて滑り込んで行くと、扉は途中で止まり、また勝手に開いた。
「俺達も認められたのか……?」
怪訝にしながら問い掛けても、扉は応えてくれたりしない。
また勝手に閉まる所を見終わって、今度こそミレイユの後を追う。
そこでは、十人を超える女官と、ミレイユ付きの女官頭、咲桜が待ち構えていた。
咲桜以外は道の端に立ち、そして中央には咲桜が立って一礼している、という構図だ。
彼女は頭を上げてから、にこやな笑顔と共に説明を始めた。
「支配人の方やフロアマネージャーなどには、既に挨拶を済ませております。煩わしいのはお嫌いと思い、こちらで説明などを聞いておき、人払いをさせました」
「そうだったか。うん、助かる」
「滅相もないことでございます。本日、如何なる遊戯もコインの投入なく遊ぶ事ができる設定となっております。ただし、メダルゲームにおいては、その限りではありません。お声掛け頂ければ、別途こちらでメダルをご用意いたします」
「それも面倒がなくて助かるな」
「また、お飲み物や軽食なども、こちらでご用意しております。直ぐ側には、常にいずれかの女官が付いておりますので、その際にもご遠慮なくお声掛け下さい」
うん、と短く返事をして、ミレイユは背後を振り返った。
レヴィンと目が合って、それからすぐに前へ向き直る。
「あっちの方にも配慮してやってくれ。こちらの常識を知らない身だ、誤って壊したりするかもしれない。そういう意味でも注意が必要だ」
「畏まりました」
「分かってると思うが……」
そう言って、ミレイユは再び顔をレヴィン達へと向けた。
「どの様な遊戯であれ、殴るのは禁止だ。殴って遊ぶことを主体とするゲームもあるが、それらも全て禁止とする。どうせ、手加減したところで壊すのがオチだ」
「殴って遊ぶゲーム……? 拳闘でもあるんですか?」
「そういう物に近い、といえば近い。が……、説明は難しいな。ただ、どの道やるなって話だから、見掛けようとも素通りしろ」
「は……、承知しました」
レヴィンが深く頭を下げると、後ろの二人も同様に礼をする。
頭を上げた時には、既にミレイユ達は三々五々に散っていた。
どうやら、それぞれが思い思いのゲームを遊び始める事にしたようだ。
ただし、アヴェリンだけはミレイユの傍を離れようとせず、またそれを良しとしているらしい。
再び放り出されたレヴィン達は、互いに顔を見合わせて途方に暮れた。
「どうする……?」
「どうするって言われてもな、こうして来ている訳だしよ。遊べっていうなら、遊ぶまでだろ」
「私は既に、光と音で目がチカチカしています……」
実際のところ、それはロヴィーサだけではなく、レヴィンとヨエルも感じていた事だ。
今まで生きて来た中で、無駄とも思える程に光を配置された光景など、見たことがない。
また、魔術に頼らない場合、最も明るい光は蝋燭や松明の火が精々だ。
それも温かな光と感じる事こそあれ、目に突き刺さる光量など感じた事がない。
「殴れば簡単に壊れる、と聞いた手前、迂闊に触るのも怖いんだよな……。俺達に与えられた部屋の、調度品を扱うようにすれば良いのか?」
「それなら、触れることなく見るだけの方が、余程道理に叶う気がしますが……」
レヴィン達も道場に通っている間、この世界の摂理について聞いている。
この世界の多くは、マナを有していない。
例外と言えるのが御影神社であったり奥宮全域で、魔力を有していない物体は、持つ者にとってひどく脆いのだという。
よほど上手く手加減しなければ、手に収まるものなら握り潰してしまうし、車の様な巨大な物体でも容易に破壊してしまう、と学んでいた。
割れ物に触れる様に、接するぐらいが丁度良い。
しかし、そうであるなら、遊べと言われて遊べるはずもなかった。
「まぁ、見てるだけでも楽しいさ。どういう物か分からないから、尚更な」
それでとりあえず見物がてら歩き始める事にしたのだが、取り留めもなく歩いている間も、女官が丁寧な解説をしてくれた。
どうやら今回の為に勉強してくれたらしく、本人も簡単に遊んでみたりしたそうだ。
「力を入れる必要がない、というのであれば、より簡素で簡単なゲームもございますよ。例えばメダルゲームの中には、タイミング良くコインを投入するだけ、というものもあります。あるいはクレーンゲームなどは? こちらもボタンを二度押すだけ。上手く下にある穴へ落とせば、持ち帰れる仕組みです」
「ほぉ……」
案内された先は、やはりレヴィンからすると、余りに綺羅びやかな世界だった。
透明なガラスの中には、所狭しと景品が並べられ、しかも筐体毎に多種多様な違いがある。
お菓子らしき箱が入っているものもあれば、人形が入っている物もあった。
どれを遊ぶかだけでも、日が暮れてしまいそうだ。
「まぁ、流石に押すだけの仕草で壊す事はないだろう……。やってみるのも一興か……」
「でもよ、景品を持ち帰っても良いとはいえだぜ? 流石に世界を跨いでは持って帰れないだろうさ」
「まぁ、そうだな……。でも、お菓子なら問題ないだろ。後で食べてしまえばいいんだし」
そう言って筐体へ近付いて行ったのだが、ロヴィーサが付いて来てないと気付いた。
どうしたのかと見れば、同じくクレーンゲームの筐体前で微動だにしない。
ガラスの中には、白くてモコモコとした謎の生物が入っており、恐らくはこの世界の動物を模しているのだと思われた。
その一つへ視線を集中させ、時を忘れて見入っている。
レヴィンが声を掛けても、ロヴィーサの耳には届いていなかった。
それは、単に周りが騒がしい事だけが理由ではない。
レヴィンは珍しい物を見たついでに笑ってしまう。
それを悟られないよう、必死に表情を取り繕いながら、レヴィンはゆっくりとロヴィーサの横に立った。
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