現代遊戯 その4

「いやいや、俺ならタオルより、調味料なんか頼みたいね。どんだけ上手く料理してもよ、味の決め手ってのがないと、出来上がりも違うじゃねぇか」


「それにしたって、消耗品には違いないしな……。目減りしていくばかりで補充が利かないのは、やっぱり痛い所だ」


 レヴィンがそう言って頭を振り、痛ましく見える表情を貼り付けた。


「持って帰りたいと思うのは、それこそ幾らだってあるよ……。保存食くらいなら大神レジスクラディス様も、持ち帰るのを許してくれそうだけど……」


「何だ、若も持ち帰りたい物、やっぱりあるのか? こっちは肉も美味いからな。干し肉なんかも、その出来上がりは断然、違いそうだぜ」


「いや、まぁ、それも欲しいとは思うけど、長く使えるものが良いよなぁ。こっちの生活に慣れる程に、強く思ってしまう……。新しい発見や驚きは、未だに幾つでも出て来るしな」


 それにはヨエルも大いに同意して、腕組しながら大袈裟に頭を上下させた。


「いや、分かるぜ……。冷たい物が制限なく使えるってのは、ありがたいモンだ」


「取っ手を捻るだけで、お水どころかお湯まで出て来るのは、未だに不思議ですし理解不能です。女官の方に訊いても、深く考えずお好きなように使って下さい、と言われるだけですし……」


 ロヴィーサの眉を顰めた疑問にも、ヨエルは大仰に頷く。


「だよな! あれほど便利な魔術秘具、そう簡単に教えられねぇ気持ちは分からんでもないが……。右や左に捻るだけで、無尽蔵に水と湯が出るんだぜ? あれこそ持って帰りてぇ……!」


「それを言うなら、俺はトイレの方が持って帰りたい。あれは革命だぞ」


「――分かる!」


 これまでも大いに同意していたヨエルだが、今度の反応は、これまでのどれよりも大きいものだった。

 意気込む余り、両手をついて前のめりになり、顔を突き出して何度も頷く。


「俺はトイレで、あんなに快適な思いをしたのは初めてだったぜ! 自分のケツが清潔になったと、実感したのもあれが初めてだったな。実際、確認したけど綺麗だった!」


「ちょっと……!」


 意気揚々と語るヨエルの後頭部に、ロヴィーサの張り手が叩きつけられた。

 スパァン、と実に小気味よい音がして、ヨエルはそのまま後頭部を押さえて蹲る。

 

「品性を疑われる様なこと言わないで下さい。実家じゃないんですよ」


「ちょっとした冗談じゃねぇか……! イッテぇなぁ、おい……!」


 レヴィンがじゃれ合う二人を笑っていると、入口――襖の戸に控えめなノックが響く。

 女官が素早く応対に入り、そこで二、三、簡単な遣り取りを終えて下がって行った。


 レヴィンは元より、他の二人も怪訝そうな視線を向けていて、取り次いだ女官もその視線に気付いて歩み寄って来る。

 一礼した後、近くに膝を付き、それから先程の遣り取りの内容を語った。


「御子神様からの使者でございました」


大神レジスクラディス様からの……! それで?」


「はい。明日、朝食が済み次第、神処へ参るように、との事です」


「神からのお召しか……!」


 ヨエルがいきり立って拳を握る。

 彼の向ける視線と熱意の高さを受け取って、レヴィンもまた力強く頷いた。


「これまで一向にお声が掛けられなかったから、不安になったりもしたが……。俺達の成長具合を待ってくれていたのだとしたら、その時が、やって来たって事かもしれない」


「そうだな、遂にか……!」


 ロシュ大神殿の奮闘で、アルケスめに追い落とされてからというもの、常に煮え湯を飲まされる思いだった。

 そして、その強い憤りを絶やした事もない。


 それはひとえに、先祖とユーカード家そのものに対する裏切りを思ってのことだ。

 更に、淵魔を使った生きとし生ける物に対する裏切りもあり、そして大神に弓引く裏切りに対しての怒りでもある。


 この日本で過ごした時間は快適だった。

 困らない衣食住――美味い食事と、どこまでも行き届いた住居の提供があった。

 鍛えるに相応しい猛者を用意して貰い、心身共に充実した日々を送らせてくれた。


 しかし、反撃と復讐の牙は、決して衰えてはいない。

 それどころか、更に研ぎ澄まされている、と感じている。


「そうだ、遂にだ。いよいよだ……!」


 レヴィンもまた決意を胸に込めると、ロヴィーサへ目を向ける。

 彼女もまた、レヴィン達と心を一つにし、決然とした表情と共に頷いた。


「いよいよです」



  ※※※



 翌日、日本に来たとき身に着けていた、各種装備を完璧に整え、意気揚々と神処へと赴いた。

 女官の先導に任せ、一つ呼吸を繰り返す度、その戦意が漲るようですらある。


 どういう手段で帰還するにしろ、到着したその瞬間から、戦闘になると予想できた。

 ならば、その為に備えて、意識を戦闘に切り替えるのは当然のことだった。


 長い廊下と幾つもの部屋を経て、レヴィン達はようやく神処へと到着した。

 入口には二人の門兵がおり、常に睨みを利かせている。


「お待ちを。ここから先は、如何なる寸鉄も帯びて入る事は出来ません。こちらでお預かりさせて頂く」


「いや、待ってくれ。ここから先には必要なんだ。神もそれをお認め下さる」


「その様な話は伺っておりません。こちらに話が通っていない以上、そちらの言い分一つで通すなど以ての外。どうか、お預かりさせて頂きますよう」


「えぇい、拉致が明かん……!」


 門番として、正しい仕事をしているのだと分かる。

 しかし、武器なくして、これから戦いへ赴くことなど出来ない。


 かといって、当然、強行突破するわけにもいかなかった。

 どうしようかと迷っていると、ロヴィーサが背後から声を掛けてきた。


「行き違いがあったと考えましょう。どちらにしろ、大神レジスクラディス様からお達しがあれば返して頂けます。今はとりあえずお預けして、改めて受け取りに戻れば良いでしょう」


「二度手間だが、それしかないか……!」


 ここで押し問答していても始まらない。

 ならば、預けるだけ預け、神から許しを受けた証文でも預かって、また戻れば良いだろう。


 一つ、また一つと戦意を漲らせていたレヴィンにとって、冷水を浴びせられたかのような出来事だった。

 しかし、ここは不満であろうと、飲み込まなければならない。


 レヴィン達はそれぞれ武器を手渡し、くれぐれも丁重に扱うよう厳命する。

 そうして神処へ足を踏み入れ、立派な庭園の中を貫く道を通り、ミレイユの元へとやって来た。


 部屋の入口にて、咲桜と名乗る女官がレヴィン達を引き継ぎ、先頭に立って案内して行く。

 そうして辿り着いた先は、レヴィン達の部屋より更に格式高い住居だった。

 活けている花やその配置など、まるで人の手が入っていない自然をそのまま再現しているようにも見える。


 調度品一つ取っても違いがあり、格の高さを感じ取れると共に、神を迎えるに当たる経緯の深さを思わせる。

 レヴィンもまた、神の威光に対する意識の高さに感じ入っていると、部屋の幾つかを経由した先で、神と神使が揃って待ち構えていた。


 今は御簾が上がっている座敷に、一段高くなっている畳みから、ミレイユがレヴィンたちを見下ろしている。

 咲桜が指示する場所で歩みを止め、膝を畳んで座ると頭を下げた。


 こちらの挨拶様式にも慣れ、実に胴の入った一礼だった。

 顔を上げたタイミングで、ミレイユが気の抜けた声で問い掛けてきた。


「来たは良いが……何だ、お前たち……。そんな装備を身に着けて……」


「ハッ! いよいよのお召しと聞き、準備万端、整えて参りました!」


「……そうだな」


 一応、頷きはしたものの、そこに納得した調子は見受けられない。

 ミレイユは三者の格好を、それぞれなぞるように見つめてから、再び口を開く。


「いよいよ、お前たちを連れ出す時が来た」


「おぉ……!」


「お前たちの鍛練について、報告も受けている。随分、マシと思える実力まで鍛え上げられたようだ」


大神レジスクラディス様のご配慮には、感謝の念が堪えません!」


「だから、連れ出そうと思ったのだ」


 はい、と言う力強い返事は、しかし直後の声によって萎んで消えた。


「ゲーセンに行くぞ」


「……はぃ?」


「最後の羽伸ばしだ。お前たちにとっては、もう来たくとも来られない場所だからな。記念作りと言い換えても良い」


「はぁ……」


 レヴィンは肩透かしを食らったせいで、つい気のない返事を返してしまった。

 ミレイユはそれを見て取って、眉根を顰めて尋ねる。


「いやなのか、外出?」


「いえ、決して外出が嫌なわけでは……!」


 如何なる理由があろうと、神の機嫌を損ねようとするのは、賢明な判断といえない。

 慌てて首を横に振り、それから是非を問うように話しかける。


「てっきり、敵の陣中へ討ち入りするのだとばかり……。そう強く、思っていたものですから」


「それはいつでも出来る。しかし、ゲーセンには今しか行けない。ならば、連れて行ってやるのが、私の優しさだと思うといい」


「優しさ……。そう、なのでしょうか?」


 レヴィンが思わず首を傾げた時、ユミルが含み笑いで口を挟んで来た。


「まぁ、尤もらしいコト言ってるけど、半分以上が方便ね。ここじゃあ、単に外へ出るにも理由ってヤツが必要だからさ」


「つまり、伴をせよと……」


「まったく、あれよね。オミカゲサマを、アンタも煩く言えないじゃないのよ。遊びに行きたいって素直に言えばいいのに」


「レヴィン達を労いたいと思ったのは、本当だ」


 ミレイユが憤懣やる方ないと言った表情で、ユミルを睨めつけてから顔を戻す。


「ここでしか体験できない遊びがある。それを体験してから帰ってからでも、遅くはないと思ったまでだ」


「なる……ほど? しかし、今も実は、忸怩たる思いがあります。鍛練は勝利をもぎ取る為には必要な時間と分かりますが、それ以外に余分な時間が必要とは思えません」


「あぁ……、そういえば言ってなかったか」


 ミレイユはそれまでの不機嫌な調子は消え、理解と納得の表情で頷く。


「それについても説明が必要だな……。しかし、今は移動が優先だ。煩いのが来る前に、早く出ておかないといけない」


「はい……勿論、何事も仰せのとおりに致しますが……。煩いの?」


 レヴィンが呟く様に疑問を呈した、その時だった。

 廊下の方から、床板を踏み抜くような不躾な音を立て、何かが迫ってくる気配がする。


 レヴィンが廊下を窺って背後を見るのと、ミレイユが重い溜息をついたのは、ほぼ同時のことだった。

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