神刀奪還 その4

「――意識の共有が必要だ」


 追跡を振り切った後、アジトの一つで仲間達全員が合流した後、アシャーは開口一番そう言った。

 車で出入り可能な地下施設で、アシャーはこうした隠れ家を幾つも用意している。

 車を整備するガレージとして使うのは勿論、情報収集をするパソコンなどの精密機械も、同時に完備されていた。


 こうしたアジトは世界中にある。

 だからこそ手広く仕事が出来るし、だからこそ見つかったと判断すれば、即座に捨てられる。

 爆破してまで隠蔽する事は稀だが、そうした用心と視野は常に持っていた。


 プロだからこそ、そこまでやる。

 一度たりとも失敗しない。

 プロの矜持を持つのならば、失敗や逮捕とは常に無縁であるべきと、己を戒めていた。


 アジトの中央、四角いテーブルの上に両手を付いて、アシャーは全員の目を見て厳かに言う。


「極東から追手が来るのは予想できていた。しかし、今回の相手は、格と勝手が違う」


「走って車に追い付くなんざ、聞いてねぇぞ。銃弾が効かねぇしよ、日本人って皆あぁなのか?」


「それだけじゃない。俺がぶっ放したRPGも効いちゃいなかった。五体満足で地面に転がるのを確かに見た」


 仲間たちが次々と口にする事実に、アシャーはふてぶてしく笑って頷く。


「俺も今一つ眉唾だと思っていたが、そうじゃなかった。特殊装甲を重ねた車両だって切り裂かれた。それこそ、ロケット砲にさえ耐える代物だ」


「今回のヤマはヤバい奴らが来るとは聞いてたがよ、これはちょっと現実を疑うぜ。コミックの世界にでも来ちまったのか?」


「だから、高値で取引される。全員で山分けしても、三度人生を豪遊して暮らして尚、余りあるカネが手に入るんだ」


 アシャーが余裕の笑みを崩さず言えば、及び腰気味だった仲間達の顔が引き締まる。

 金を求める理由は、それぞれ違う。

 しかし、アシャーが見せる余裕と、そこに裏打ちされた行動が、常に成功を約束して来た。


 仲間達は、今回も同様に成功を疑っていない。

 アシャーが笑みを深めると、仲間の一人に指示を出して、茶封筒に入った資料をテーブルに広げさせる。

 そこにはそれぞれ、顔写真と共に追跡者たちの履歴が載っていた。


「一番マズいのは、言うまでもなくリーダーのコイツだ。ユキノ・アユハ。ゴユイショ家の出身だ」


「なんだ、そりゃ」


「神の血筋を引く、貴い家系の人間って意味さ」


「そういう事を言い出す輩に、ろくな奴はいねぇ。普通なら、まず詐欺を疑うところだが……」


「でも、見たろう? あれが神の奇跡ってヤツなら、日本人が皆、狂信者なのも頷ける。そして、それを存分に振り回す奴らが、俺達を追跡してるわけだな」


 仲間達の顔が、またも強張る。

 銃弾どころかロケット砲さえ効かない相手と、これまで交戦した経験がない。

 必ず殺害する必要がないだけマシだが、どう対処すべきか判断に困る所ではあった。


「言ったろ? 勝つ必要はない。正面から戦う必要もなければ、逃げ切れば良いだけの話だ。そして、それが出来る相手だと、今回は証明したようなもんだ」


「勝算はあるんだな?」


「勿論だ。俺が勝算の薄い儲けを、お前達に持って来た試しがあったか?」


 自信に満ちた表情で言ってやれば、仲間の誰もが勝気に笑みを浮かべた。


「昨日の今日だ。手に出来た情報は少ない。もっと深く探れ。弱点を探し出せれば、仕事はもっと楽になる」


「いつものやり方だな。とはいえ、あちらさんは秘密主義の塊だぜ。ハッキングだけじゃ限りがある」


「それなら、それでも良い。英国のあちこちには、俺の手が入ってる。金で転がるヤツは幾らでもいるんだ。味方や情報ってのは、金で買えるものが殆どなんだよ」


「お前さんの拝金主義には頭が下がるぜ」


「金ってのは使ってナンボだ。その為に、幾つも危険な仕事を成功させてきた。奴らには俺達の狙いが読めてるはずだ。悠長にしている暇はない。――全員、今すぐ仕事に掛かれ」


 アシャーの宣言で、全員が小さく声を上げて首肯し、散り散りに去って行く。

 最後に一人残ったアシャーは、難しい顔をさせて結希乃の顔写真を指先で叩いていた。



  ※※※



 安値で借りているモーテルの一室にて、結希乃はボードを背にして部下たちの前に立っていた。

 ベッドの他にはテレビとテーブルしかない狭い部屋だから、とにかく窮屈で仕方ない。

 空調もイマイチで、結希乃も含めて五人いるだけで蒸し暑い程だった。


 昨日の敗北を引き摺って、部下たちの表情も暗い。

 しかし、こういう時こそ、結希乃が叱咤し、彼らを動かさなければならなかった。


「昨日はしてやられた。無様に逃げられた。しかし、敗北ではない。――我らの勝利条件とは何だ?」


「ご神刀を取り戻す事です!」


「そうだ。それが引いては、“カーテン”の無力化に繋がる。アシャーとて、まだ全ての部品を集められてはいない。阻止できる可能性と、取り戻せる勝算は、未だ多く残されている」


 結希乃が目に力を入れてそう言えば、部下たちの瞳にも活力が出て来た。

 更に語気を強めて、背面のボードを裏拳で叩く。


「ロンドンは、犯罪には向かない都市だ。どこにでも監視カメラがある。――千歳、映像を見せて貰えるよう、協力を取り付けて」


「はい、すぐに」


「まずは情報収集。そこから見えて来るものを元に、奴らの潜伏地を割り出す」


「今朝早く、本庁から連絡が。助っ人を寄越すんだそうです。それで、仮拠点の移動が指示されています」


 部下の一人――國貞の挙手してからの発言に、結希乃は不愉快そうに眉を顰める。

 勝手な事をと思いつつ、チームメンバーが増えるなら、それはそれで助かる状況であるのも確かだった。


 しかし、モーテルは余りに手狭で、纏まった数が一ヵ所に集まれない。

 作戦会議一つするにも苦労するだろう。

 だから、場所を移れというのは有難いと思う一方、ケチ臭い本庁には珍しい指示だとも思った。


 何より、報告から援軍までが早すぎる。

 何か裏があるのか、と結希乃の猜疑心が首をもたげた。


「助っ人? どの組から?」


「そこまでは聞いていません。――いえ、最高の助っ人を寄越すとしか言ってませんでした。言葉を濁す感じで……しかし、派遣するのは確かだと」


「……いつ?」


「それも、ハッキリは……。なるべく早く、と……」


「昨日の報告から、即座に援軍が必要と判断した所までは良いとして……。最高の……、とは良く言ったものだわ」


 結希乃の口調には、僅かな嘲笑が混じっている。

 千歳はそれより怒りを感じていて、結希乃の台詞を聞くのと同時に、憤慨を隠そうともせず言い放った。


「最高と言ったら、結希乃様に決まっています! 他の御由緒家から誰かを引っ張って来たとしても、私達ほど優れた連携は取れない筈です!」


「後続は良く育ってるから、そこには期待持てるんだけど、まだ学生だしね……。急遽、御由緒を招集したなら、もっと素直に報告する筈……。それ抜きで考えると、ちょっと思い当たる節がないわ」


 自惚れではなく、純然たる事実として、結希乃達は御影本庁の中でも選りすぐりのエリートだ。

 特に荒事に関して多くの経験と実績があり、だから今回の件にしても、その重要性を理解して結希乃に任された。


 それを差し置いて、最高の助っ人を用意した、などとよく言えたものだ、というのが結希乃の感想だった。

 しかし、失敗を知った上層部が、元気付ける為に言ったお為ごかしかもしれず、ここで深く追求しても意味はない。


 結希乃は情報の重要性を改めて説き、その収集をそれぞれに割り当ててから、自らも千歳を率いてモーテルを飛び出した。

 行き先は、監視カメラの管理局。


 だが、その前に閲覧許可を取得する必要があった。

 本国ならば身分を提示するだけで、全て開示要求が通るものでも、こちらでは全て胡乱な手回しが必要になる。


 千歳がその面倒を引き受けてくれるので、その間に結希乃は運転手兼、全体指示を出す局面だった。

 そうしてモーテルを飛び出すと、部屋正面に停めているレンタカーに、乱暴な手付きで乗り込んだ。



  ※※※



「――こちらへどうぞ」


 管理局へとやって来た結希乃は、慇懃の中にも無礼を感じる態度で、モニターが壁中に掛かっている部屋へとやって来た。

 広いオフィスには三十人を越す局員がおり、それぞれ監視中のカメラを確認している。

 一室へ踏み込んだ結希乃と千歳には、不躾な視線が幾つも向けられた。


「見ろ、本当に来たぞ。サムライ・ガールだ」


「若いな、遣い走りか?」


 小声で話しているつもりでも、結希乃にはしっかり聞こえている。

 それは千歳も同様で、不愉快な気持ちを必死に抑え込んで、結希乃の後ろに付いて来ていた。


 結希乃はオフィスの奥へと歩いて行き、透明なガラスで仕切られた一室へ入る。

 そこにもやはり膨大な数のモニターがあり、そして五人程の局員が、やはりパソコンの前で監視カメラをチェックしていた。


「お忙しい所、失礼しますわ。決して、お時間は取らせません」


 結希乃がしっかり頭を下げて告げると、口髭を生やした大柄な男が席を立つ。

 年齢が五十代に見える所と、無駄に偉そうにしている所から、この男がどうやら責任者らしい。

 結希乃が正面に立つと、太々しい態度で小馬鹿にしつつ、背後の局員たちを見やって言った。


「極東のサムライは、どうやら遠慮ってモンを知らんらしい」


 そうすると、局員たちも上司同様、小馬鹿にした視線を向けて笑う。

 結希乃はそれらを一切無視し、顔面に笑顔を張り付けて続けた。


「昨日、市街で大規模な銃撃戦があったのは御存知でしょうか。ウェストミンスター付近の映像を見せて頂きたいのです」


「おい、誰か。映像を見たいなら、許可が必要だって教えてやってくれ」


 目も合わせないまま、やはり小馬鹿にして周囲の局員へ聞こえる様に言った。

 すると、結希乃のすぐ背後に立っていた千歳が、一枚の書類を取り出して差し出す。

 途端、責任者の顔が曇り、書類を確認しては苦虫を嚙み潰したように歪めた。


「……ヘンリー、三十番台のカメラの映像を出せ」


 指示された男が、キーボードを幾つか叩いてから動きを止め、うっそりと振り向いて口にする。


「丁度、本日はその番号メンテナンス中で、映像が出せません」


「……だ、そうだ。すまんね」


 全く悪びれずに肩を竦め、お帰りはあちら、と慇懃に出口を指す。

 結希乃は一度ゆっくりと深呼吸してから、笑顔を崩さず頷いた。


「……然様ですか。ご協力に感謝いたします」


 結希乃は一歩近付き、右手を差し出すと、男は方眉を吊り上げ、嫌味な笑みと共に握り返す。

 互いに一度、ゆっくりと上下させ、責任者は手を離そうとした。

 ――したのだが、結希乃はその手を離さなかった。


 笑顔のまま、微動だにせず見つめ返す。

 必死に振り解こうとしようとも、細く見える手は決してその手を離さない。


 それどころか、万力の様に圧力が強まり、その手を握り潰そうとする。

 抗おうとした男の顔は、歪みながらも真っ赤に染まった。


「大変、不本意ですが、そういう事ならば致し方ありません。こちらも少々、事を急ぎ過ぎました。強引に割り込み、面会申し込んだのも、メンテナンスの日にちを確認せずに来てしまったのも、こちらの落ち度……」


「そ、そうとも……! 仕方ないんだ……!」


「――仕方がない」


 結希乃は笑みを強めて、握力も強める。

 男の手からは、メキメキと嫌な音が鳴り始めた。


「勿論、そうでしょうとも。世の中、仕方がないことなんて、沢山ありますもの。不本意なのは、きっとそちらも同様でしょう。……では、こちらから改めて、完璧に、完全に、形式の則った申請を出す事と致します」


 最後にもう一段階、強めに握ってから、結希乃はようやく手を離した。

 踵を返して去る彼女に、今度は千歳が小馬鹿にして、男を見やってから後を追う。

 ようやく解放された男は、苦悶の喘ぎ声を上げ、右手を庇う仕草で身体を丸めた。

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