神刀奪還 その5
「何て無礼な態度なんでしょうか。そうではありませんか、結希乃様! 誰を相手にしているのか、ちゃんと理解しているんでしょうかね……!?」
管理局から出てしばらく経った後でも、千歳の怒りは未だに収まっていなかった。
年齢以上に若く見える彼女だから、怒ったところで迫力は皆無な上、ぷりぷりと頬を膨らませ怒る様は、更に幼い印象を抱かせる。
結希乃はというと、とりあえず表面上は怒りを収め、その内心を完全に隠し切っていた。
余裕を浮かべて見える様に、薄っすらと笑みを浮かべながら、車へ乗り込む。
「筋を通さなかったのは、こちらだもの。ある程度の無礼は仕方ないわ。……それに、どうも真っ当な理由じゃない所で、断られた気がするしね」
「でも、結希乃様はれっきとしたお貴族様ですよ? この国は貴族に対して、礼儀を重んじるんじゃなかったんですか?」
「所詮、あちらからすれば極東の島国。それに、こちらの国とは意味合いも違う。爵位を持たない相手に、通す義理もないのでしょう」
「でも、貴族への敬いって血筋の尊さであったり、長く続いた家系に対してするものじゃないですか? その理屈で言うと、御由緒家はどの血筋よりも、遥かに尊い血筋をお持ちの筈です!」
御由緒家は、その血を辿ればオミカゲ様へと行き着く、由緒正しき血筋だ。
だからこそ、御由緒家と呼ばれ、尊ばれる。
同時に神からその名を一字授かる事で、強く縁を結び続けている家系でもあった。
結希乃にとっても紛れもない誇りで、誰であろうと愚弄する事は許さない。
しかし、知らない事にまで敬意を示せと言うほど、狭量でもなかった。
「それに、彼らにとって私達は異物には違いない。そのうえ、神の威光を無駄に見せびらかすように映っている事でしょう。宗教の違いもある。あえて親切にする理由がない」
「それは……、分かりますが……」
宗教観の摩擦は大きい。
それは単に信じるものの違いだけでなく、受ける恩恵の違いから出るものだ。
恵まれているものを妬むのは、ある種、人間の本能に似たところがある。
求めて得られないとなれば、尚更だった。
そして持つ者は、常に持たない者から妬まれ、嫉みを受けるのだ。
「ともかく、今は切り替えましょう。私達の目的は何?」
「ご神刀の奪還です」
「ならば、後のことは全て些事よ。不満も、憤りも、全て捨てて、目の前の事に集中しなさい」
「はい! 失礼しました、結希乃様!」
結構、と短く答えて、結希乃は車の発進を指示する。
予定は大きく狂ってしまった。
しかし、そうであるなら、狂ったなりに修正しなくてはならない。
セーフハウス変更の件もある。
いま過ごしているモーテルも、引き払う準備をしなくてはならない。
それは現在、手隙になってしまった結希乃がやるべき問題だった。
「とにかく、新たな拠点への移動も含めて、面倒な問題を片付けてしまいましょう」
※※※
そうして全ての片付けが終わった後、千歳の受けた連絡を元に、新たなセーフハウスへとやって来た。
しかし、流石の結希乃も、それを見た途端、唖然とした態度を隠せなかった。
他の部下にしても同様で、千歳も即座に住所の再度確認を行っている。
現在は高級マンションの前まで来ており、その最上階を貸し切っているという話だだった。
全てのフロアを一つにしたペントハウスと思われ、一日借りるだけの費用でも、結希乃たちの滞在費半年分を、優に超えてしまうだろう。
まず真っ先に、住所間違い、あるいは伝え間違いを疑うのは、至極当然だった。
「結希乃様、確認取れました。間違いないそうです」
「本当に……?」
「三度、確認しました。間違いありません」
そう、と力なく結希乃は答える。
何故だか、無性に嫌な予感がした。
助っ人の人数が大規模になったなら、それ相応の容れ物が必要になるのは理解できる。
だが、それならばそれで、安く済ませられる手段など、幾らでもあるのだ。
広い会議室が必要ならば、それが備え付けられてる安ホテルを手配すれば良い。
情報漏洩を気にするとしたら、どこの安ホテルでも良いとはならないが、それだって候補先は他にもあったろう。
――何故、ここなのか。
それが全員の疑問であり、そして総意でもあった。
とはいえ、いつまでも黙って立っている訳にもいかない。
もしも、やはり間違いであったなら、早急に正しい住所へ向かわねばならないのだ。
救援に来た者たちも、今や遅しと待っている事だろう。
「……まぁ、行きましょうか」
結希乃の掛け声と共に、後ろの五人も口を開けて見上げていた顔を戻し、足早に動き出す。
入口はオートロックになっていて、暗証番号を入れないと入れない。
部屋番号を入力してインターフォンを鳴らし、相手側から開けてもらわねばならなかった。
最上階の番号を確認し、呼び出し音を鳴らす。
すぐさま応答があって、要件を告げると了承の声が上がった。
「お待ち申し上げておりました。ご案内させて頂きます、正面扉奥のエレベーターへどうぞ」
鍵の外れる音がして、正面扉が自動的に開いた。
結希乃の嫌な予感が、更に募る。
部下の一人も同じく思ったようで、どこか緊張感を孕んだ声を小さく上げた。
「やけに上品な声だったな……。ウチにあんなのいたか……?」
「声っていうか……、声から聞こえる態度からして別物だったろ。本当にここか……? いや、でも待ってたって言われたしな……」
他の誰もが、声とそこから伝わる態度で、想像させるものに困惑していた。
だが、結希乃だけは例外だった。
そこから窺えるものに、ひどく既視感がある。
こめかみから頬へ、一筋の汗を垂らしながら、精一杯息を整え、エレベーターへ向かう。
そうして、上昇ボタンを押し、開いた扉に入った後、部下全員が乗り込んだ後に最上階を押した。
静かな音で上昇して行くのを、上のパネルに表示される、階数の変化で確認できる。
エレベーターの中は、不気味な沈黙で支配されていた。
五秒もすると、部下の一人が冗談めかして口にする。
それは異様な空気を払拭しようとする、彼なりの気遣いに違いなかった。
「いや、しかし、あれだね。最高の助っ人ってのは、最高の部屋を用意されるモンなんだなぁ。それなら俺達にも、もう少し良い部屋充てがってくれても、良さそうなもんだろうに」
「違いない。大体、最高ってのは何だね? そんなの今まで何処にいた? ポッと出にデカイ顔されちゃ、俺達はともかく、結希乃様の立つ瀬が……」
「――やめて」
狭いエレベーターの中で、結希乃の鋭い声が満ちた。
緊張の孕んだ声は、否応なく彼らの態度を硬化させる。
結希乃は操作パネルの前で、背後を振り返ることなく、体を震わせている。
遂には文字盤に頭を押さえ付け、ブツブツと小声で何かを口にしていた。
その異様な姿に、流石に現状が実は相当、拙いのではないかと疑いが漏れ出す。
何かとんでもない事態に巻き込まれたのでは、と思い始める者までいた。
誰もが顔を見合わせ、誰か訊いてみろ、と目線で促すものの、動こうとする者はいない。
そんな中、最終的に千歳が声を掛ける事になった。
「あの、結希乃様……。なにか、ご懸念でも……? 戦闘態勢は必要でしょうか」
「……違うわ、そうじゃないの。……いや、でも有り得ない……そんな筈……、そうよ……思い違い……冷静に、冷静になるの……」
「結希乃様……?」
しばらくブツブツと呟いていた結希乃は、突然動きを止めると、ゆっくりと部下達へ振り返り、据わった目をして告げる。
「決して、……決して、粗相な真似はしない様に。――疑問はなし。敬意を払いなさい」
「でも、結希乃様……。どなたが待っているか、もうご存知なのですか? それなら、もう少し詳しく……」
「分かってはいないわ。最も有り得ない想定をしてるだけ。でも、その想定が必要と思うから命じているの」
結希乃の迫力に押されて、千歳はとりあえず頷く。
いずれにしろ、命令となれば従うしかない。
そして、結希乃は理不尽で横暴な命令など、決してしないと知っている。
それならば、不可解な命令とあれど、従う事に否やはなかった。
その時、チンと音がして指定階数の最上階に到着した。
自動的に開いた扉の先はエントランスになっていて、その先には扉が見える。
しかし、それより先に目に付いたのは、エレベーター前の脇で待機していた一人の女性だった。
一目でも姿を見れば、それが奥宮で仕えている者だと分かる。
そして、その相手は結希乃にも面識があった。
ここに至って、結希乃は確信する。
最高の助っ人とは誰なのか、嫌でも理解できてしまった。
「
京ノ院家は、代々女官を輩出している名家だ。
忖度なく完全実力制度で任官される役職だが、一代に必ず一名、配属されているという。
女官長を拝命する事も多く、現在の女官長も京ノ院家だ。
そして、それを誇りとする家系でもあった。
女官長はオミカゲ様の側仕えをするものだから、誰よりオミカゲ様に近いとしていて、御由緒家とも何かと意見の衝突がある。
しかし、今はその様な態度など微塵も見せず、彼女は丁寧な礼をして、奥の扉を掌で示した。
「それでは、ご案内させて頂きます。既にお付きの方々も、首を長くして待っておいでです」
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