神刀奪還 その1
結希乃はあれから拠点としているペントハウスに戻り、チーム一同を集めて、手に入れた情報の共有をしていた。
「少々、厄介なことが判明した。マフィアから強奪を成功させた奴らのボスは、現在ロンドンにいる」
ここにいるのは全部で五名と、少数精鋭だ。
他国で活動するには、余りに心許ない人数と言える。
しかし、数を質で補うのが、御影本庁のやり方だ。
「名前はアシャー・グレイ。元イギリス特殊部隊の少佐。――千歳、詳細について説明してやって」
「はい、短い時間で集めた情報ですが……ヨーロッパを中心に活動している、何でも屋集団ですね。それも、ちょっと過激な方向の何でも屋です。傭兵めいた仕事を始め、強盗もしますし、またテロ活動にも参加した過去があります」
千歳は手に持った書類を捲り、次々と例を上げる。
そうして知り得た過去の事件を報告し終わった後、所見を述べた。
「奴らは戦闘のプロです。強奪事件も数知れません。しかし、調べてみたところ……最近はその目的に、以前とは違う意図が見られます」
「金銭目的ではない、と?」
別のメンバーが声を上げると、千歳は首を横に振る。
「いえ、大枠で見るなら、やはり金銭が目的だろうと思います。アシャーは最近、チームにハイテク専門メンバーを入れた様です」
「ハイテク……?」
「アシャーは強奪する場合、その先を入念に調べ上げます。行き当たりばったりの強盗崩れとは違う。肩透かしを受けないよう、儲けを得られるよう、リスクと報酬を秤に掛ける……。そして、可能と判断した時には、軍の車列すら襲撃します」
「――問題はここからだ」
結希乃が口調を厳しいものに改めると、千歳は背面に置いてあったボードに、その写真と資料を張り付ける。
結希乃は作業が終わったタイミングで、それを親指で差すと、説明を引き継いだ。
「今回、マフィア襲撃とは別件で、その軍車列が攻撃を受けた。中には、非常に特殊なデータの入った、大容量メモリがあった。入っていたのは、神刀の研究データ。そして、それを兵器転用した場合のデータも入っていた」
聞いていた部下たちの顔が歪む。
神刀は国外に持ち出された事はない、とされていた。
しかし、事実は異なると証明された様なものだ。
今回の件とは別に、既に神刀は持ち出されており、そして研究されていた事実を示している。
それは単なる口惜しさとは別に、神の権威を汚された嫌悪感から来ていた。
「兵器回路とコンピュータ・ウィルス、それらを組み合わせて、まったく別の物を作り出せるようだ。これは世の情報網を断絶できる」
「大量破壊兵器とか、そういう物ではないんですか?」
「物理的破壊をもたらす物ではない。しかし、これは回線、電波に関わらず、あらゆる情報を断絶可能とある。これがどれ程の混乱を巻き起こすか、想像できるか?」
現在は高度な情報化社会だ。
たった一秒、ネット回線が完全に使えなくなるだけでも、その被害は莫大なものになる。
「ブラインドカーテン、と呼称されるコレは、二十四時間の連続的断続が可能らしい。都市部に使用された場合の経済的損失は計り知れないし、軍の作戦行動中に使われたら……兵は全滅するだろう。国さえ陥落するかもしれない」
部下の一人が沈痛な顔で目を瞑り、重々しい溜息をついた。
結希乃は部下が瞼を開くの待ってから、自らも口を開く。
「この兵器は数十億ドルで売れる、とある。アシャーの目的はこれだ。そして、奴は神刀を入手した。そして、ハイテク専門の加入……コンピューターウイルスも手にした、と見るべきだろう。あと一つ、兵器回路さえあれば、“カーテン”は完成する」
「ですが、部品さえあれば完成する、という物ではないのでは? 組み立てる者が
「それも既に引き入れた、と見るべきだ。大金で転がる技術者など、幾らでもいる」
これには無言の同意が、あちこちから放たれた。
危険な仕事、完成品を見たいだけの酔狂者、後先を考えられない俗物は幾らでもいるのだ。
「オミカゲ様の恐れた事態が、実際に起きた。理力を解析した後にある、兵器転用。全てのご神刀を神宮の宝物殿にでも保護しない限り、これらを防げるものでもないのだろう。ご神刀なくしても、この兵器は生まれていたかもしれない。しかし、ご神刀が関わると判明している限り、これを挫くのは我らの使命だ」
『ハッ!』
全員から一糸乱れぬ返事が返って来る。
それを満足気に見てから、結希乃は言葉を重ねた。
「敵は少なくとも俗物ではない。元軍人であり、戦闘能力、情報収集能力も高い。我々へも、何かしら対策はあると見るべきだ。気を引き締めろ!」
『ハッ!』
再び一糸乱れぬ返事が部屋を満たし、次なる作戦と展開について説明を始めた。
※※※
結希乃は部下たちを引き連れ、一路ロンドンへと飛び、アシャーの手下から聞き出したアジトへとやって来ていた。
とはいえ、単独で勝手を許される程、御影本庁も他国で顔が利く訳ではない。
現地警察と合同での作戦となり、面倒事も多く増えた。
手柄についてもその一つで、神刀を引き受ける代わり、その他一切求めないと約束させたのだ。
その条件を取り付けるまで、長い交渉があった。
そして、何より大きな面倒事が、結希乃に纏わりつく現地SAS隊員だった。
敵戦力を勘案して、制圧に必要な人員を配備した結果という説明なのだが、この男はとにかく結希乃の全てが気に食わない。
「日本人ってのはあれだ、誰でも銃弾きかねぇんだろ? カミサマにお願いすれば、傷だってなかった事になるんだって? 気持ち悪ぃ、本当かよ?」
「誰でもではないわ。大体、化け物みたいに言うのは止めてちょうだい。あと、カミサマは止めて。下手なものと混同されては迷惑なの」
「迷惑? 迷惑ってのは、どういう意味だ? 迷惑なのは、こっちの方さ。何だってお前ら日本人に、デカいツラさせてこのロンドンを歩かせないといけねぇんだ?」
既に何度となく聞かせられている台詞に、結希乃はいい加減うんざりしていた。
アジトは既に目の前で、周囲一帯の包囲も済んでいる。
道路は車両で一部封鎖されていて、逃げ場所もない。
後は裏寂れた廃ビルに突入するだけだった。
しかし、地下には大型駐車場が完備されていて、アシャーとその一味がどこにいるかまでは分かっていない。
十階建てのビルは老朽化も進んでいて、ガラスが嵌っていない窓すらあった。
屋上と地下から、同時に突入するのが望ましく、そして結希乃は地下から侵入して行くグループだ。
そのビルを一つ手前の十字路から顔を覗かせて、今は待機の最中だった。
屋上から突入するチームは、隣のビルを登り、その屋上から移って行動するという作戦だった。
必然的に、そちらの方が準備に時間が掛かるので、結希乃達はタイミングを合わせる為に待機時間が長いのだ。
「お前達のクソッたれ女神は、そんなに偉いのか? 万民を愛さない神なんざ、ろくなもんじゃない。小さな島国の小っぽけな神が、特別で素敵な力をプレゼントってか? いい気なもんだ。これだから――」
それ以上は言葉に出なかった。
結希乃が道路標識の鉄棒を握り、それを力任せに引っこ抜いたからだ。
石畳に埋め込まれていた標識は、地面の下で固められていたアスファルトごと引き抜かれ、そこから細かい砂がパラパラと落ちる。
「クソッたれ、だと……?」
結希乃の顔には、能面の様な表情が浮かんでいた。
決して激情を表に出していないが、その瞳には燃えるよりも更に激しい光が灯っている。
結希乃は手に持った標識を、雑巾を絞る様に力を入れる。
すると、まるでゴム製品かと勘違いしてしまう程、呆気なく鉄が歪み、遂には捻れて切れてしまった。
鈍く尖った先端を突き出し、ユミルはSAS隊員の喉元へ突く振りをする。
「よく考えて言葉を選べ。オミカゲ様への侮辱は一切、許さない。次に同じ様なことを言ってみろ。次はお前の身体を、バラバラにしてやる」
言うだけ言って二つに割れた標識を投げ捨てると、結希乃は踵を返してビルへと向かった。
その後ろに付き従うのは結希乃の部下達だけで、他のSAS隊員の誰もが顔を引き攣らせて動かない。
それらを横目で見た千歳が、憤慨しながら声を上げる。
「なんて無礼な連中でしょう。オミカゲ様への侮辱、日本人なら誰だって怒って当然です……!」
それに部下の一人が、苦笑しながら同意した。
しかし、苦笑してばかりでもいられず、次に困った顔を結希乃へ向けて告げた。
「にしても、どうするんですか。彼ら、全然付いてこようとしませんよ。これ、合同作戦なんでしょう?」
「腑抜けは来なくて結構。大体、最初から形ばかりの合同よ。私達を出し抜こうとしてるのは分かってるわ」
「ま、そうですね。確かに」
後を付いて来ようと関係ない。
結希乃達の使命は神刀の奪還だが、アシャーの逮捕まではどうでも良かった。
彼らとしては、威信をかけて逮捕したいだろうし、欧州全土に渡って動く犯罪集団の逮捕は、是非とも成し遂げたいだろう。
逮捕のためには、結希乃たちを邪魔しよう、あるいは抜け駆けしようと考えている輩など、最初から当てにするべきではなかったのだ。
未だ隣ビルの屋上へ到達していた別動部隊を無視して、結希乃達はビルの地下駐車場へと入る。
当然、明かりもなく、暗闇しか見えない。
埃まみれで、ゴミが散乱するばかりだ。
動く物はなく、他にあるとすれば、放置されたままの壊れた車ぐらいだった。
タイヤもなく、ガラスが割られている物もあれば、薄汚れたブルーシートが掛けられた物もある。
結希乃達は声を出さず、ハンドサインだけで最奥の扉へと向かう。
エレベーターもあったが、当然故障しているし、何より電気が通っていない。
扉を開ければ階段がある筈で、何処に潜んでいるか分からないアシャーを、一階ずつ虱潰しに探す事になる。
結希乃が背後にハンドサインを送って、扉の前へ位置取った。
鉢合わせした場合を供えて、それぞれが警戒を厳とし、部下の一人がドアノブに手を掛けたその時、背後でエンジン音が鳴り響いた。
唐突な音に振り返ると、ブルーシートの下からカーランプが点灯し、車体が震えてタイヤが急回転し、焦げた匂いが鼻を突く。
排気音が強く、一般車でないのは明らかだった。
急発進した車はブルーシートを吹き飛ばし、颯爽と駐車場から逃げ出そうとしている。
「――しまった! アシャーは既に……ッ!?」
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