一つ解決するその横で その8

「そもそもの話をしようぞ。先進国においてはな、程度の差や名称の違いこそあれ、スーパーソルジャー計画、というものが存在する」


「あー……、んー……? 漫画や映画の話か?」


 オミカゲ様の表情は至極、真面目だ。

 しかし、言っている内容が汲み取れず、ミレイユはただ首を傾げた。


「そうではない。御由緒家を始めとした神宮が抱える兵力は、時として内だけでなく、外へも向けられた。勿論それは侵略の為ではなく、防衛を考えての運用ではあったのだが……。しかし、彼らにとっては既存の兵器や、戦略を無視する存在は恐ろしく映ったのじゃ」


「ほぅ……、分からない話ではないな。どこか一国のみが突出した軍事力や、一国のみしか所持できない兵器など、許せるものではないだろうから。……あぁ、それでスーパーソルジャー計画なのか。自国の御由緒家を作り出したいんだな」


 然様、とオミカゲ様は重々しく頷く。


「一般的には行き過ぎた戦場伝説、日本のプロパガンダという扱いで収まっておる。……が、軍上層部にとっては笑い話では済まぬ。それを事実と知っておるからだ」


「それは分かったが、だから何なんだ? 真似したくとも、結局できないのには変わらないだろう」


「……とも、限らぬ。科学を信仰しておるが故に、科学で解き明かせないものなどない、と思っておるからだ。そして、神刀はその解き明かす鍵になると思っておるようだ」


「では強奪した理由は……、そして強奪したいと考える大元は、どこかの政府なのか?」


 これにもオミカゲ様は、重々しく首肯した。


「科学では説明つかない物が、現実として存在している訳だ。本当なら、我を解剖でもして調べたい所であろうが、それは叶わぬ。御由緒家を始めとした、訓練の受けた隊士を拉致するのも簡単ではない。……が、神刀ならば目はある。――つまり、そういう話なのだな」


「それもまた頷ける話だ。独占状態の技術を、盗めるものなら盗みたいのが本音だろう。正面から購入できないなら、奪ってでも……そういう話になる」


 外交手段で入手しようにも、損得より優先されるのが信仰というものだ。

 大金を積み上げようと、国家間における何かしら有利な条件を提示しようと、手放さない者は決して手放さない。


 だから非合法、そして非道な方法で入手しようとする。

 かつて、その神刀の持ち主を、麻薬付けにして手放させる、などという方法も取られた。

 そして恐らく、それすら明らかになった手口の一つに過ぎないのだろう。


「日本は神威外交の国、と揶揄される事もあってな……。過去、我と我に関する何かをチラ付かせ、それで有利な条約を結んだりしたこともあった。手に入れようとしても、寸前ですり抜ける。我も我で、外交に協力的ではない故な。業を煮やして、というのはもう何十年も前から行われてきた」


「それはまた……。何と言ってよいやら困るな」


「名前をチラ付かせる程度は、まぁ良かろう。泣き付かれても、我は関与せぬでな。……だからそれは良いとしても、強奪されたとなれば、話は別よ。技術の解明を防ぐ為にも、この奪還は必ず為されねばならない」


 言い分としては、理解できない話でもなかった。

 科学で魔術を解明できると思えないが、有り得てしまったら問題だ。


 そして、その問題を座して見ていられない、という理由も、ミレイユには分かる。

 だが、やはりそこで救援を頼むほど、切羽詰まった状況とは思えないのも事実だった。


「泣き付かれても、関与しないのは私も同じだ。お前の国、お前のお膝元で起こった事だろう。お前と御由緒家で解決すれば良い」


「無論、我の愛し子は既に動いておる。……そう、あの報告が届いたのは、一週間ほど前の事であった」



  ※※※



 阿由葉結希乃は、国外へと持ち出された神刀を奪取する為、部下を伴い遠く異国の地、イタリアへとやって来ていた。

 マフィアが狙っていたのはたった一振りの太刀だけではなく、複数のルートから入手しようと手を伸ばしていた。


 そして、マフィアの裏には、別の影がある。

 その相手が誰なのか、そして何処の政府が裏にいるのか、そこまでは判明していない。


 だが、重要なのはそこではなかった。

 誰が相手だろうと、どこに国が相手だろうと、渡さないと決めたものは渡せない。


 御影本庁からの全面的なバックアップを受け、その足取りを追っていたのだが、現在ではそれも頓挫してしまった。

 彼女の目の前では、幾人もの警官とパトカーによって、道路が封鎖されているのが見えた。


 見物にやって来た野次馬には、交通事故との説明をしながら、外へ外へと押しやっている。

 強い日差しが降り注ぐ中、結希乃がそこへ近付いてく。


 汗で張り付く前髪を掻き上げると、顎の高さで切り揃えられた黒髪がサラリと流れた。

 日差し除けのサングラスを外しながら、群衆の間を縫うように身体をねじ込んでいく。


 すぐ隣で書類を捲りながら付いていくる部下――佐守千歳さもりちとせへと、正面に見える警官を見据えながら声を掛けた。


「現地警察との連絡は?」


「既に済んでいます。非常に難色を示されていますが、とりあえず協力して貰えるよう、手配済みです」


 群衆から抜け出し、更に近付こうとする結希乃の前に、警官が立ち塞がり下がるよう指示する。

 隣の千歳が前に出て、書類を見せながら説明すると、それで渋々ながらも道を譲った。


 軽い会釈をして通った向こう側には、黄色いテープで立入禁止された区域がある。

 その奥には大破した車の数々、そして多くのパーツが散らばっているのが見えた。

 何かの爆発物で破壊されたアスファルトを近くに見ながら、結希乃は千歳へと問う。


「ここに神刀があったのは間違いないのね?」


「はい……ですが、何者かに強奪された模様です。輸送中のマフィアから、更に別勢力が強奪した、という図式になります。運送中の車列に、車が接近、被害者は全員重傷。犯行に掛かった時間は僅か九十秒。手口が余りに鮮やか、プロの仕業ですね。現在、全力で捜索中ですが……」


 それ以上の言葉は続かなかった。

 だが、遠からず見つかるだろう、という雰囲気は発している。

 御影本庁の捜査方式は、現代基準とは大きく違う。


 科学的捜査を併用しながら、理力を用いた捜査を行うのだ。

 今回も、神刀を車のどこかに置いていたなら、そこから理力の痕跡を辿って見つけられる公算は高い。

 その一助になればと思って、こうして足を運んできたのだった。


 別の部下がその痕跡を探している間に、また別の部下が懐の振動音からスマホを取り出す。

 しばらく耳を当てた後、厳しい顔をして、結希乃へと報告した。


「結希乃様、強奪したグループの内、一名が逮捕されたそうです。逃げている最中にポカやったみたいですね。現在、現地警察署にて勾留中です」


「すぐ行くわ。手配して」


 そう言って、その場は別の部下に任せ、踵を返す。

 無理を通せば、また嫌味を言われると分かっている。

 国家権力に横槍を入れるのだから、執拗な妨害があってもおかしくなかった。


 何かしら、甘い密を与えなければ納得しないだろう。

 しかし、それは御由緒の他家に任せる案件だ。


 結希乃がやるべき事は、何にもまして神刀を奪取する事であって、その為ならば、汎ゆる伝手、汎ゆる手段を講じる構えだった。


 千歳が運転する車で、現地警察署に到着する。

 指示した通り、既に話は通っていたようで、すぐに取り調べ室へ通された。

 待ち構えていた刑事は、非常に不機嫌そうな顔をして、マジックミラーを背にして親指を向ける。


「話が出来るのは五分だけだ」


「十分ですわ、ご協力に感謝を。――ここで待ってて」


 結希乃はこれに頷き、千歳には残るよう指示する。

 部下を残したのは、余計な邪魔をされそうな時、その歯止めとなって貰うためだ。


 聞き取り調査なら既にしていたろうし、犯人の一味が簡単に口を割らないのも承知の上だ。

 現地警察にしても、無下に断るより、貸しを作るつもりで許可したのかもしれない。

 その上で、有力な情報が得られれば出し抜いてやろう、という気持ちもあったろう。


 結希乃が部屋に入ると、身長百九十センチ、体重百キロを超える巨漢が、パイプ椅子に座っていた。

 結希乃に目を向けると、小馬鹿にした様な笑みを見せる。


「俺は何にも喋らねぇ」


「お前達の様なクズは、皆一様に同じことしか言えないの?」


 カツカツ、とヒールを鳴らして近付くと、無造作にその襟首を捕まえて、巨漢の男を投げ飛ばした。

 体重差、体格差から考えて、有り得ない光景だ。

 まるで現実味のない体験に、投げつけられた男自身が、目を白黒させている。


 結希乃はまたも無造作に近付くと、男を蹴り上げ、そのまま壁まで吹き飛ばす。

 凄まじい衝撃と共に、壁には縦横のひび割れが起き、男はその場に崩れ落ちた。


 マジックミラーの向こう側では、姿こそ見えないものの、粟食って焦る声だけ届く。


「お、おい! あれ! 何してるんだ! あんなの許されるのか!」


「今だけ許されます」


 千歳が全く臆せず――あるいは、全く相手せず抑える声まで聞こえて来る。

 その間にも男はフラ付きながら起き上がろうとしていた。


 しかし、抵抗する気は、既に半ば失せている。

 男は巨漢を縮こませ、怯えた視線で結希乃を見つめていた。


「お、俺には権利がある……! こんな――」


「神の御名において、今のお前にはない」


 結希乃が問答無用で腹を殴り付けると、男の身体がくの字に曲がり、胃液が吐き出された。

 膝を落として苦悶に喘いで、顔を真っ赤にさせている。

 しばらく喘鳴が続いた後、男の中で何かが切れた。


 抵抗は無意味と悟ったか、抵抗せねば殺されると思ったか。

 獣の様な咆哮と共に、男が決死の反撃に転じた。


「ヌガァァァ!」


 丸太の様に太い腕を、掬い上げる様に振り上げ――。

 しかし、それを結希乃が無造作に受け止めた。


 最も力が乗る寸前に、その動きを潰したせいもある。

 力を技で制した様にも見えるが、真相はもっと単純だった。


 大人と子供ほどの体格差があろうと、理力を持った人間に、一般人は決して勝てない。

 結希乃は掌で止めたその拳を、そのまま握り潰して殴り返した。


「ぎゃあっ! ――ゴボッ! よせ! や、やめ――!」


 その一撃で、ついに男の心は折れた。

 だが、結希乃は一切、容赦しなかった。

 膝から崩れ落ちようとする身体を受け止め、そのまま垂直に蹴り上げる。


 それで天井まで吹き飛ばされた男は、照明を粉々に砕いてから落ちてきた。

 パイプ椅子を巻き込み、血まみれになって大の字に転がる。




 ――そうして、しばらく。


 物音がしなくなってから、結希乃は部屋から出て来た。

 開いた扉からは、破壊し尽くされた室内と、ぐったりと倒れて動かない男が残されていた。


 唖然とした顔のまま、刑事は通り過ぎていく結希乃を見送るだけだ。

 触らぬ神に祟りなし、とでも言わんがばかりの態度だった。


 警察署の外へ速歩きで向かっていると、千歳が声を掛けてくる。


「黙秘も五秒と持ちませんでしたね」


「オミカゲ様の御神徳の賜物ね。お喋りな奴で助かったわ」


「あの部屋は録音されてた筈です。吐き出させた情報は、既にこちらの警察にも知られてますよ」


「だったら、急ぎましょう。これは早い者勝ちの勝負だから。そういう理由で、当局にも協力して貰っている」


「ご神刀は全て、オミカゲ様の所有物です。下賜された物であろうと、他国に渡る事は許されません、絶対!」


「その意気よ」


 薄く笑って、結希乃達は手にした情報から、次の目的地へと急いだ。

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