一つ解決するその横で その7
オミカゲ様の発言を聞いて、ミレイユは嫌そうな表情を顔に浮かべた。
まともな頼み事ではない、と予想が付いてしまったから出たものだった。
しかし、非常に業腹ながら、承諾しないと話が進まない、とも理解していた。
ミレイユは大袈裟に溜め息をついてから、顎先を小さく動かして頷く。
「……仕方ない。分かった、誰を消して欲しいんだ?」
「誰も消して欲しいだなどと思っておらぬわ! 何故、最初に出てくるのが、そうも物騒な発想なのだ!?」
さしものオミカゲ様も、声を荒らげて膝枕から顔を上げた。
唾を飛ばす勢いで捲し立てた後、こちらも良く似た溜め息をついて、また元の体勢に戻る。
「……まぁ、らしいと言えば、らしいのかもしれぬがの……」
「本気にするなよ、ちょっとした冗談じゃないか」
「いや、アンタの冗談って、割と本気で分かり難いからね」
ユミルから呆れの含まれた視線と共に、悪態を吐かれた。
ミレイユはその視線から逃れようと、少し気まずそうに顔を背け、改めてオミカゲ様へ問いかける。
「……それで、条件っていうのは? あまり面倒なこと、言い出さないでくれよ……」
「別に面倒という事はない」
「お前みたいな奴は、無自覚に当たり前な顔をして、当たり前に無茶を言うからな。私は詳しいんだ。そういった台詞に、信用を置けた
「それって全部、自分に帰って来るって自覚ある?」
またもユミルから呆れた調子でツッコミが飛び、今度はそれを完全に無視した。
「……で、何だって? また外へ連れ出して欲しいのか? 構わないが、女官がまた何かと煩さそうだ。そちらをしっかり説得してからにしてくれ。あぁ、私に説得させようとか、馬鹿なこと考えてくれるなよ」
「うぅむ、やけに饒舌よの……。どうにか穏便に済ませたい気持ちが、透けて見えるようだ。安心せよ、難しくも面倒でもないのは本当だ」
「だったら、早く内容を言ってくれ。こっちはまったく気が気じゃない。このまま無視して逃げたいくらいだ」
ミレイユはオミカゲ様が、無理難題を申し付けると疑ってない。
あるいは、常人では負担でなくとも、ミレイユなら嫌がることを平然と命じて来そうだった。
それが予想できてしまうから、何かと落ち着かない気持ちになり、話がついつい横に逸れる。
ミレイユは眉間に深い皺を寄せながら、オミカゲ様の返答を待った。
「ある物を取り戻す必要があるのだが……」
「勿体振るな。大体……、取り戻す? お前が一声上げて、それで叶わないことなんてあるのか?」
それが仮に盗まれた物なら、御由緒家がその信念と誇りをもって、必ずや取り返してくれるだろう。
一般人の――それこそ、鍛え抜かれた軍人相手であろうと、彼ら相手には子供相手も同然だ。
政治的判断を擁する、という話であれば、それは交渉する者の力量次第だが、それなら尚更ミレイユ達の助けなどいらない。
「少々、込み入った事情があってのぅ」
「おい、嘘だろ……。いきなり前言撤回するのか? さっき面倒じゃないって、はっきり言ったじゃないか」
「いやいや、今のは言い方が良くなかった。そなたにとっては簡単でも、他の者では
オミカゲ様は形ばかりの謝意を示して釈明した。
しかし、ミレイユの機嫌はみるみる内に急降下する。
程度の問題の差はあれ、面倒な話だと、確定したようなものだからだ。
「然様……。神刀強奪事件を覚えておるか?」
「覚えておらんな」
これは話を先延ばしたいのではなく、純然たる事実だった。
オミカゲ様にとってはつい先日の事であろうと、ミレイユにとって三百年以上も前の出来事だ。
ミレイユとして日本で暮らしていたのも、実は一年に満たない。
ごく短い期間でしかなかったから、そこで何があったかなど、既に記憶の彼方だった。
「では、詳しく説明しよう。『神刀』とは言わずもがな、我の手によって打たれた太刀のことだ。そして、ただの鉄で打ったものと違い、そこには理術の付与も為されている。人の手では再現できない、正に奇跡の産物……。故に、芸術品としてだけではない、計り知れぬ価値を持つ」
「まぁ、不壊の付与一つとっても、この世にあっては垂涎の的だろう。我らにとっては稚拙に見える一品だろうと、現代人にとっては決してそうじゃない。御由緒家繋がりになければ、尚更にな」
「そもそも、売買で取引されることなぞ滅多にない。多くは我の手から下賜されるものであって、家宝として受け継ぐものだからだ。子より大事にしている、などと嘯く輩も珍しくない程でな……。しかし、これを手放した者がいる」
そこまで聞いて、ミレイユの頭にじわじわと思い当たるものが浮かび上がる。
遠い過去の記憶が刺激され、徐々に思い出されるものがあった。
ユミルやアヴェリンへ顔を向けても、やはり同様に理解の色があり、ミレイユへ頷き返している。
それを受け取ったミレイユは、オミカゲ様へと不満気に尋ねた。
「私がヤクザ事務所に襲撃を掛けたのと、重なった事件だな。どこぞのマフィアが奪おうとしていて……、いや待てよ? 確か、取り返した筈だろ?」
「神刀は国外への譲渡、販売、持ち出し等、全て禁じられておる。……だがまぁ、強い規制が働くからこそ、更にその価値を高めてしまうのだな。欲しがる者は、跡を絶たぬ」
「つまり……? それとは別件で、神刀が国外へ持ち出されたとか、そういう話か?」
これには無言の首肯があった。
ルチアの太ももに顔を埋めているので、ひどく不格好だ。
そのうえ、威厳の欠片も感じられない。
深刻さすら忘れてしまう格好なものだから、オミカゲ様が何を求めているのか、ミレイユには推し量る事ができなかった。
「言いたいことはハッキリ言え。ここにはお前の心底を推し量って、全て良きに計らってくれる奴なんていないぞ。それに慣れきった奴はこれだから……」
「それもまた、全部自分に帰って来てるって分かってる?」
またもユミルから指摘が飛んで、やはりミレイユはこれを無視した。
「取り返して来い、とか言わないよな? お前、神を顎で使おうって言うのか? 偉くなったものだな、え?」
「偉くなったも何も、偉いのじゃが……」
「えぇい、うるさい。そんな権威、私の前では米粒同然の価値しかない。大体そんなの、それこそお前の為なら、労苦を厭わぬ御由緒家にやらせろよ。実際、それで十分な話だろ」
神の――オミカゲ様の御意に叶う為なら、何でもやろうとする者たち。
それがミレイユから見た、御由緒家だった。
狂信者の集まり、というほど酷くはないが、強くて余りある信仰心を持つという評価は変わりない。
「そいつらだって、良い気がしない筈だ。任された仕事を、横から出てきて奪う訳だから。その程度のこと、お前には分からない訳ないだろう」
「いやはや、耳の痛いことよ。我とて、我が愛し子たちが、誇りを持って職務に当たっていると知っておる。その期待に応えんが為、よくやっている事実を知っておる。だから、素直に信じて待とうと思っておった」
「結構な事じゃないか。では、そうしろ」
「事は国の威信、そして神の威信に関わる。故に、迅速な回収が望まれる。何より国外へ持ち出さぬのは、技術の流出を防ぐ為でもあった」
そこでミレイユは首を傾げる。
技術の流出といっても、科学と魔術は相容れないどころか、理解の外にあるものだ。
持ち出された神刀に、どういった付与が為されているにせよ、解明できずに頭を抱えるだけだろう。
技術の流出など、そもそもとして起こりようがない。
「急ぐに越した事はない、という点には同意する。しかし、今も御由緒家が動いているなら、任せておけば良いじゃないか。威信というなら、御由緒家にだって、その威信があるだろう。余計な横槍は、彼らの尊厳を傷付けるだけじゃないか」
「もっともらしい事を、もっともらしく言うものよ。確かに、出し抜くという形なら、彼らの尊厳を傷付けることになろうな」
「……つまり、共同作業、合同作戦でもしろって? いやいや、奴らに任せろよ。アイツらは良くやってる。私もよく知っているぞ。私を動かすには降って湧いた好機だからと、便利使いしようと……」
「まぁまぁ、そう急くな。……そなたの言い分も分からぬではないし、どうにか面倒事から逃げようと必死なのも分からぬではないのじゃが……」
オミカゲ様は薄く笑って体勢を直し、畳を背にしてルチアの膝を枕にした。
彼女の手を取って自らの頭に誘導させ、再び髪を梳かせては満足そうな笑みを浮かべた。
「我が国の特異性、そなたには良く分かろう。現世は科学万能の時代などと言われておるが、実際の万能を示すのは、我が国の神威のみよ」
「真面目な話をしたいのか? それとも、ふざけた話をしたいのか? 頼むから、分かり易いよう、どっちかにしてくれ」
話している内容と、外から見ている内容には、大きすぎる乖離があった。
ルチアが為すがままにされているのもあって、緊張感というものがまるでない。
「そなたならば、容易に受け流せよう。――良いから聞け」
そう言って両手を腹の上で組んで、一息つくと、オミカゲ様は改めて口を開いた。
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