一つ解決するその横で その6

「何ていうか、いきなり来たかって感じよね……」


「いや、それは割とこっちの台詞だ。いきなり何、言ってるんだ……?」


 ぼやく様に呟くユミルに、ミレイユは眉を顰めて視線を送った。

 突拍子もないことを、唐突に言い出すのは、ユミルにとって珍しいことではない。


 しかし、今回は輪をかけて意味不明だった。

 顰めっ面を向けられたユミルは、いつものような嫌らしい笑みを向けて、顔の横でひらひらと手を振る。


「だからほら、ルチアが前に言ってたでしょ。何をするべきかは明確でも、何をすべきでないかは不明瞭で、不正確って。いずれ当たる壁と思ってたけど、早々にやって来たって感じじゃない」


「あぁ、時間逆行していた根拠を話していた時の……」


 歴史の改ざんを起こさない為には、起きたことをそのままなぞる必要がある。

 そして世界の歴史とは、ミレイユ達が過去渡りする前提のものであるらしい。


 とはいえ、この時なにが起きていたのか、ミレイユ達は観測していないのだ。

 しかし、分からないなりに、正しいと思える方法を以って、実現しなければならなかった。


 間違えた方法を選べば、最悪時間は枝分かれする。

 それは、あの時、あの場所へ帰れない可能性を意味した。


「ともあれ、私は二柱が裏切るよう仕向けるのは間違いない、と見て良いはずだ。それと同時に、どうにかしてその安全も確保しようとしただろう。問題は、その方法が全く検討ついていない事か……」


「まさにって感じだわ。でも、結界術は良い線、いってると思うのよ。それこそ、刻印を配るってのも悪くない考えじゃない?」


「全く効果が足りてないって部分に、目を背ければな。奴らの神処をすっぽりと覆う巨大な結界なんぞ、張りようがない」


 画一的な効果を実現する前提だから、巨大な範囲をカバーする刻印など、最初から開発されていない。

 そもそも、それが可能な刻印を開発しても、多くの人間には手に余る。

 誰にも使えない前提の刻印を、開発する人間などいないのだ。


「では、数で分担でしょうか?」


「それも一つの手かもね。脆い部分は出て来るでしょうけど、それこそ数で補うとか。一年あれば、それだけの人間と刻印も、用意できそうなものだわ」


「……それはどうでしょう?」


 ルチアは難しい顔をさせて首を傾げる。


「刻印だってタダじゃないんですよ? そのお金、どこから出るんですか?」


「あの二柱が自分達で出せば良いじゃない」


「じゃあ、そこの神使が買い集めるって話になるんですかね? 下手すると注目集まりますし、何に対して警戒してるんだって話になりますよ。アルケスが勘付いたら厄介な上、ミレイさん――その時代のミレイさんが気に掛けたら、どう説明させるつもりですか」


「それ以前に私は、そうした懸念を抱いた記憶がない」


 ルチアは当然、分かっています、と頷く。


「だから当然、目立たない手段で、対策を講じた事になります。結界の刻印を、世界各地から少量ずつ、目立たない方法で集めたのでなければ、別の方法が取られたのだと思いますね」


「まぁ、そうよねぇ……。アタシだって言ってみただけよ。本気じゃないわ」


 またもユミルは、顔の横で手をひらひらと振った。

 今度はどちらかというと、降参に近いニュアンスだ。


 ミレイユもそれに頷いて、一つ息を吐く。

 最初から、あまり現実的と言えない方法だった。

 だが、結界と言わずとも、それと同等かそれ以上の手段となり得る方法を、ミレイユは既に思い付いている。


「防護手段があれば良いわけだ。ならば一つ、都合の良いものが思い付く」


「あら、アタシも百の刻印を合わせるより、よほど良いモノが思い当たったわ」


 そう言って視線を向けた先には、ルチアの膝枕で暢気に成り行きを見守っているオミカゲ様がいた。

 全員の視線が自分に集中していると気づいて、オミカゲ様は居心地悪そうに身じろぎした。


「な、なんじゃ……、その受け止め難いまでの熱視線は」


「話は聞いてたか?」


「いや、まったく上の空であった」


 それがお為ごかしではなく、本音であるのは見て分かった。

 深刻な話であろうとも、自分とは関係ないと思っていたからの態度だろう。

 そして、それは間違いでもない。


 この件については、全て大神レジスクラディスの責任において、解決されるべき問題だ。

 オミカゲ様は現状において、完全な外様で、添え物に過ぎない。

 だから、その態度も非難に値しないのだが、ミレイユとしては物申したい気持ちになった。


「ひとが苦労しているというのに、随分な態度だな。気に食わないので、少し骨を折ってくれ」


「お、横暴な……!? そなたこそ、何じゃ、その言い草は……! 少し遠慮というものを覚えた方が良かろうぞ。いつからそのような、尊大な態度ばかり見せるようになったのか……。そなたの世界が慮れるわ……」


 大げさに溜め息をついては背中を向け、ルチアの膝枕にぐりぐりと頬を押し付けた。

 ルチアは苦笑しながらその頭を撫で、どうしますか、という視線を受け取った。

 ミレイユは、念動力を用いて強制的に顔を向けさせる。


「アイダダ……! 何事か、乱暴じゃぞ……!」


「慮ってくれるなら、是非協力してくれ。お前の権能……というか、神器がいる」


「守護して欲しい対象がいるのか?」


「そう、ルヴァイルとインギェム、その安全を担保してやりたい。お前の神器なら、その身を守るのに役立ってくれそうだ」


 何しろ、オミカゲ様の『守護』は、ミレイユが全力で放つ魔術を、見事受け止めた実績がある。

 核爆発に近い熱量を完全に閉じ込める程、堅固な守護を実現するので、その効果は折り紙付きだ。

 それこそ、凡百の刻印を千個並べようとも、同じ効果は得られまい。


 オミカゲ様は露骨に嫌な顔をさせて、念動力を力技でねじ切った。

 そうして、再び顔を背けてしまう。

 子どもの様な態度を見せられ、ミレイユはまたも溜め息をついた。


 しかし、オミカゲ様の態度も分からないでもないのだ。

 かつて神から受けた仕打ちや、その謀略に対し、腹の中に溜め込んだ思いがある。


 ミレイユの場合はその神こそ味方となった経緯もあり、決して悪感情はないのだが、オミカゲ様は別だ。

 過ぎたこと、終わったではある。


 オミカゲ様の主観においても、千年は昔の話だ。

 だとしても、かつての昏い感情が消え去ったわけではない。

 事情はどうあれ、ミレイユ以外の神を守護する手助けなど、したいと思わないだろう。


「そう拗ねるな……。頼むから、協力してくれ」


「その二柱には功績がある。それは確かであろうよ。……が、そうと分かっても割り切れぬのじゃ。そなたの為ならば、幾らでも協力してやりたいが、他の神にじゃと……? 冗談ではないわ」


「勿論、冗談じゃない。あの二柱は、淵魔と戦うには必要だ。あの時スカイツリーで、お前は話してくれたじゃないか。頼りにして良いのだと……。それは嘘だったのか?」


 これには幾らかの沈黙で返答があった。

 オミカゲ様も懊悩している。

 そして、感情で拒否する愚かさもまた、理解している筈だった。


 背中を向けていたオミカゲ様は、しばらくしてから、ルチアの膝枕上で寝返りを打つ。

 不機嫌な顔はそのままに、訴えるかのような問い掛けがあった。


「用意するのは、二つだけで良いのじゃな?」


「そう、だな……」


 ミレイユは考え込みながら、ユミルへと視線だけを向ける。

 漠然とした不安を敏感に感じ取った彼女は、熟慮してから否定する言葉を投げた。


「んー……、ダメね。どうせなら、五つ頂戴な」


「五つ……!?」


 オミカゲ様が膝枕から顔を上げ、両手を畳について驚きの顔を向ける。


「飴玉を配るのではないのだぞ!? どうせだったらで、ほいほいと要求されてたまると思うてか……!」


「ルヴァイル達の二つと別に、追加で更に三つ……? お前たちの分か? それとも、レヴィン達の?」


「いいえ、他の小神の分。ロシュ大神殿の侵攻時、他の小神の関与はなかった。……なかったように見えた。でも、果たしてアルケスは、他を野放しにしたかしら?」


「それは確かに、疑問に思えるな」


 ミレイユは握り拳を顎下に添えて、深く深く黙考する。

 ルヴァイルとインギェムを利用したのは、ミレイユを追い落とす為だったのは間違いない。


 しかし、同時にミレイユの味方をする神々を、他は用無し、と切り捨てただろうか。

 戦力になり得る神々を、放置するとは思えない。

 ルヴァイル達同様、味方に引き込むか、そうでなければ淵魔をけしかけ、身動き取れないようにするだろう。


 あるいは、邪魔になると判断して、素直に喰わせてしまっても良い。

 アルケスの目的は大神への叛逆であり、その御座を簒奪することでもある。

 新たな神、新たな大神を名乗ったからといって、強大な存在に成り代わったりはしないし、全ての生命が失われた世界で神を名乗っても虚しいだけだ。


 しかし、全てを奪うと言ったアルケスだから、ミレイユが律する小神達も、同様に弑するつもりだと考えておかしくない。

 そして、そのつもりがあるなら、ミレイユは大神として守らねばならなかった。


 ミレイユが新参の神でありながら、大神としての立場を確立したのは、単純に強力な神として生まれたからだ。

 神々の暴虐を許さず、頭を押さえ付け、律するだけの力があった。


 だから、他の神々も――その胸中はどうあれ――恭順を示すに至った。

 そして、ミレイユは大神として、神々を統べる者として、裏切りには制裁を、恭順には保護を与える義務がある。


「……うん、私はあれらを助けてやらねばならないし、過去渡りをしたミレイユも、きっとそう思った事だろう。そして、きたる決戦の際には、その力を借りたい、とも考えたはず……。その為にも、絶対に保護してやれる、絶対の保険が欲しい」


「そうなれば、オミカゲ様の『守護』は、そりゃあもう……、これ以上ない保険になる、んだろうけど……。この様子じゃ難しいかしらねぇ」


 オミカゲ様は対象がまた別の神々と知って、態度を頑なにさせている。

 既にルチアの腰へと抱きついて、顔すら隠している有り様だ。

 説得には、いかにも骨が折れそうだった。


「アヴェリン達に持たせる、と嘘をつけば良かったか……。いや、それでは誠実さに欠ける。無理をさせるとなれば、尚更真摯でなくては……」


「……それが分かっておるなら、自力でどうにかせよ。我の力など借りずにな。そなたの世界の問題、そなたが統べる神々の問題であろう」


「それは確かだが、時と場所を越えてまで、私の手は届かない。それぞれに注意を勧告するだけでも足りないだろう。どの神々も自力で脱せられたら良いのだが、そうもいかないと思うから頼むんだ」


 オミカゲ様はルチアの太ももに顔を埋めたまま、返事をしない。

 説得は無理か、とミレイユは視線を背けた。


 そうして向けた先にはアヴェリンがいて、彼女の説得ならば耳を貸すだろうか、と考え直す。

 真摯に頼み込めばその見込もありそうだったが、どちらにしても今でない方が良さそうだった。


 一度機嫌を損ねた直後に、新たな説得は難しい。

 しばらく時間を置けば、オミカゲ様も少しは耳を傾けてくれるかもしれない。

 それを期待して、今日はここで解散しようとした時、オミカゲ様が半分だけ顔を向けてミレイユに言った。


「……頼まれても良い。されど、条件がある」

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