一つ解決するその横で その1
レヴィン達の鍛練が始まってから、早一ヶ月が経とうとしていた。
始めは翻弄されるばかりだった彼らも、既にその訓練形式にも慣れ、黙々とこなせる程になっている。
とはいえ、元よりポテンシャルの高いレヴィン達だ。
持てる才能が開かれている事といい、そのぐらい出来て当然、とも言えた。
「そうは言っても、攻撃も多彩でよ……ッ!」
ヨエルの口から、愚痴とも付かない悪態が漏れる。
実際、理術士から繰り出される攻撃は、その組み合わせも相まって、全てに対処するのは非常に困難だった。
だから、まずその攻撃を躱せるのか、躱せた後で自らの有利に持っていけるかを考えなければならない。
そして、不利になるなら、防ぐことを念頭に置く。
防ぎ、耐え、そこから攻撃に転ずるのも、時に必要な行動となる。
全ての攻撃を躱し切るのは不可能だ。
だから、攻撃を受けるにしろ、どこで受けるかも重要だった。
致命傷でなければ反撃できる。
淵魔はその血肉を喰らって力を増すが、血肉を喰らっている瞬間は隙が生まれるものでもあった。
自らの力を喰らわれたなら、責任を持ってその場で討滅する。
それが可能ならば、敢えて攻撃を受けるも一つの戦術と言えた。
「――んんん! こん……なろぉがッ!」
だが無論、ここに淵魔はいない。
それを想定した模擬戦でしかなく、そしてヨエルの強引な突進は、相手の理術を強引に突破するのに成功した。
風の刃を触手の様に伸ばし、多方面から攻撃しながら、別の術士が念動力を使って動きを妨害する。
だが、ヨエルの真骨頂は、その強引なまでの突進力だ。
長大な武器と膂力に任せ、全てを薙ぎ払うのを得意としている。
今も風の刃を切り裂き、大振りに振り下ろした反動を利用して、別方向から襲う刃を躱す。
武器の持ち手を変えて、更に別方向からの攻撃を敢えて受けると、相手に向けて袈裟斬りに武器を落とした。
「――それまで! 治療術士、回復急げ!」
それで勝負は決した。
右手は風の刃に切り裂かれ、多量の出血をしている。
無茶な戦い方だが、彼の性には合っており、そして勝利判定をもぎ取った。
反省も多いが、その事実も大きい。
そして、それとは対極の戦い方をしているのが、ロヴィーサだった。
彼女には
それらを紙一重で躱し、横合いから殴り付ける水弾を、前方に身体を投げ出して避ける。
身体を丸めて前回り受け身を取ると、まるで猫のような俊敏性を発揮して、その勢いのまま走り出した。
四方八方から襲い掛かる理術を気配で察知し、最後まで直撃なく術士の元まで辿り着く。
手に持った短剣を、その喉元に突き付ける事で決着となった。
「それまで! 為す術なくやられたマヌケは、下がって良しッ!」
結希乃から容赦ない罵倒を受け、術士は肩を落として道場端へ、言われた通りに下がっていく。
残りはレヴィンだが、この手の模擬戦では、もはや彼を止められる者はごく少数だった。
何しろ、所持する刻印が、防御に偏り過ぎている。
道場内で使用できる理術では、使える種類と規模にも限度があり、レヴィンの猛攻を凌ぐ事ができない。
攻撃を受ける場合でも、巧みに着弾点を逸らすことで、『年輪』に受けるダメージを最小限に抑えていた。
そうとなれば、継続時間、防御回数共に上限が増えてくる。
元より回避は、決して苦手でなかったレヴィンだ。
高まった制御力を駆使すれば、ロヴィーサには劣るレベルでも似た動きは出来る。
そして何より、彼にはその手に握られた刀がある。
なにものにも損壊させられないその武器は、時に盾としても有効だった。
ロヴィーサの時よりなお激しい、爆撃の嵐にも似た攻撃でも、レヴィンの動きを止める事はできない。
時に爆炎を斬り裂き、時に自らも横回転して理術を弾き、汎ゆる阻害を突破して術士の元へと辿り着く。
術士が最後の一撃を放つのと、レヴィンがカタナを振り下ろすのは同時だった。
ごく接近した状態での直撃は、周囲にもうもうとした煙幕が立ち込めた。
その煙が晴れた時には、全く無傷の状態で、術士の首筋にカタナを突き付けているレヴィンの姿が浮かび上がる。
「――それまでッ! 良いように踊らされるな! 攻撃する側も、しかと考えて放て! 下がって良しッ!」
肩を落として去る術士とは反対に、レヴィンは大いに安堵した息を吐いてから、武器を鞘へと収めた。
そうして、開始線まで戻って一礼してから、結希乃へと顔を向ける。
「一番の実力者が、貴女だってことは良く分かってる。そろそろ、一勝負お願いしても良いかな?」
「本来なら、即座に頷くところですけど……」
そう言って挑戦的な笑みを浮かべたが、結希乃はすぐに眉根を顰めて首を横に振った。
「少々厄介な、お役目を仰せつかりましたの。私にとって、そちらの方が重要。万全を期して当たるべき案件ですので、ご遠慮させて頂きます」
「ちょっとで良いんだけどな……」
「ちょっとでは終わらないと、互いに理解しておりますでしょう? 模擬試合とはいえ、わたくしの立場なら威信を以って対峙せねばなりません。余力を残して終わるなど有り得ません」
「なら、仕方ないか……。遊びで体力を削ることすら許されない……となれば、余程重要な件を任された、のかな?」
これには笑みが返されるだけで、明確な言葉は返って来なかった。
それだけではなく、笑みの中には壮絶な覚悟すら感じられる。
神に仕える一族として、レヴィンにも通じる気配に、それ以上詳しく訊くのは止めにした。
※※※
「……ふぅン? それじゃ、レヴィン達の仕上がりは、まず上々だと……」
「はい、元より才ある若者達でした。こちらの言う事を上手く吸収し、己が力としています。御由緒家が相手をせねば、もはや物足りないでしょう」
ミレイユの神処にて、現在結希乃がレヴィン達の鍛練について、最終報告に来ている所だった。
広い居室の座敷部分にて、ミレイユが一段高くなった畳みの上で、その報告を聞いている。
その両脇にはいつもの面々が揃っており、左隣にはユミルが座り、肘掛けにしどけなく身体を預けていた。
そのユミルが時折、ミレイユの顔を窺い見る様な格好で、話にとって変わる。
「持てるポテンシャルを、十全に引き出すコトは出来てると……。でも、大事なのはむしろ、初見の敵への対処なのよね」
「は……。汎ゆる不測の事態に対して、となれば、やはり不安が残ります。淵魔と呼ばれる脅威に対し、我々はあまりに無知ですので……」
「それは当然だから、あくまで教えられる範囲で良いわ。結局のところ、何を喰らったかによって、まるで違う個体が出来上がってしまうから。自分の戦闘スタイルに合わせて、瞬間的判断力を養うしかないのよ」
淵魔の脅威とは、つまりそれだった。
同じ物を喰らった筈なのに、全くの別物が出来上がる場合もある。
そうすると、攻撃方法にも違いが出来るわけなので、通り一遍通り一遍倒の対処法には意味がなかった。
「常に違う種類のストレスを掛けて、その時々の最適解で、自分なりに対処法を確立する他ない。そこに様々な理術も合わせてくれたんなら、こちらから言うコトはないわね」
「ハッ……。それであれば、十分お望みを叶えられていると存じます」
結希乃が形式に則った一礼で頭を低くすると、ミレイユが顎を小さく上下させて言った。
「見事、大任果たしてくれたな。大儀だった」
「恐悦至極に存じます」
結希乃が肩と腕の形が三角になるよう、畳の上に手を付き、一段と低く頭を下げた。
「では、彼らの修練は、一応の完成を見たと考えて良いのか?」
「突き詰めるべき部分は、未だ多々残っているとは存じます。されど、それは個々で伸ばしていける部分です。敢えて外からの手助けが必要とは思っておりません」
「なるほど、よく分かった」
ミレイユは大儀そうに肩を揺らし、それから改めて言葉を投げる。
「お前にも本分があるだろうに、苦労を掛けた。有り難く思う。何か褒美をやりたい所だが……」
「どうか、その御言葉だけで……。オミカゲ様にお仕えし、その望みを叶える事こそ、御由緒家の本懐でございますれば」
「そういう事なら、押して何かを与えるのも憚られるか。では、私の方から特にオミカゲ様へ礼を言っておこう」
「御子神様の助けとなれた事、阿由葉の誉れと致します」
ミレイユは、やはり無言で首肯し、それから畳間の外で控える咲桜へと目を向けた。
そちらに向かって同じく首肯すれば、この会談を終わりとする合図だ。
「では、退がってよろしい」
「ハッ! 御前、失礼いたします……!」
一度背中を軽く上げてから、また深く一礼し、咲桜先導の元、結希乃は退室して行く。
それを見送り、襖が閉じる音を聞いて更に五秒。
ミレイユは隣の間に向けて声を放った。
「――おい、もう出てきて良いぞ」
「いやはや、まったく……。肝が冷える所であったわ……!」
言っている事とは裏腹に、顔には笑顔を浮かべたオミカゲ様が、隣の部屋から出て来た。
その後ろには鶴子も伴っており、そこからは大変遺憾と感じさせる雰囲気が漂っている。
「よもや、会話へ興じている内に、約束の時間が来てしまうとはのぅ。慌てて隠れて身を隠すのも、存外楽しいものであった……」
「部屋を抜け出して遊びに来ていると知られるのは、流石に外聞が悪いものらしいな。私は何度も、そろそろ時間だと伝えた筈だが」
しかし、それでも何のかんのと言い訳を述べ、鶴子からの叱責すら無視して留まり続けた。
オミカゲ様はこの時間、自分の神処に居る事になっていて、確たる用事もなく出歩いていると知られるのは好ましくない。
ならば、隠してしまえという話になり、そして隣で盗み聞きしていたのが、どうやら大変お気に召したようだ。
「お前にも聞こえていただろうから、敢えてもう一度言う必要ないだろうが……。とにかく、阿由葉を貸し出してくれた事には礼を言う」
「なに……、我とそなたの仲だ。この程度は好きに頼るが良かろう」
これには静かに首肯して、ミレイユは次に隣のアヴェリンを窺う。
「お前にも見て貰っていたが、実際どう思う?」
「無論、我らと並び立つと言うには程遠いかと思います。ただ、あれであれば、十分な戦働きも可能と見ました」
「神器による強制的な才気開放もあったしな。コツさえ掴めば、まずそんなものか。戦士としての技量に問題はないんだな?」
「そこは間違いございません。ただ、パーテイとして見た場合、どうしてもバランスの悪さが目に付くかと……」
それはミレイユも考えていた事だった。
彼らは彼らの望む通り、そしてミレイユが期待した通り、強く成長した。
そして、これからはより激しい戦闘、より強大な敵へ投入される事を意味していた。
不測の事態をも含め、回復役、補助役は必要だ。
彼らにそれがないのは、いっそ致命的といって良い点だった。
「まぁ、そこはいま考えても仕方がない。それよりも、今後の事だ。仲良く遊びに出かけて約ひと月……これまでの時間、ただ遊んでいた訳じゃないだろう? それぞれの意見を聞かせてくれないか」
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