守り、守られたもの その5

 ミレイユ達が屋台の料理を楽しもうとしている頃、道場では変わらぬ熱気の中、レヴィン達の奮闘が続いていた。

 そして、そこで行われている鍛練内容は、日を追う毎に苛烈さが増している。


 その種類も多様で、武器を持った接近戦、対個人戦の時もあれば、理術を伴う戦闘の場合もあった。

 理術戦においても様々だったが、レヴィン達は攻勢魔術を持たないので、その多くは相手の実験台に近いものだ。


「――はい、避ける! 即座に見極めろ! 右、左、しゃがめ! 軌道を読むだけじゃなく、力の流れを読め!」


 結界の張られた道場内で、氷礫や炎弾、風刃や雷撃など、様々な術が撃ち込まれる。

 複数人の理術士から放たれるそれらを、レヴィン達は回避練習をさせられているのだ。


 監督を務めているのが結希乃で、それぞれの良し悪しを瞬時に見極め、的確な指示を飛ばしていた。

 その観察眼は確かで、僅かな隙も見逃さない。

 そして、手を抜いても即座に見抜くので、レヴィン達は既に疲労困憊になっていた。


「まったく……っ、こりゃあ……っ、しんどいぜ……!」


「はぁ、はぁ……。泣き言なんて言ってる暇ありますか……。そんな余裕があれば、すぐに引き剥がされますよ……っ!」


 ヨエルの泣き言に、ロヴィーサが息を整えながら悪態をつく。

 ヨエルは元より、防御と回避が苦手だった。

 攻撃一辺倒が主体で、それを好む性格でもあった。


 多くの場合、レヴィンとロヴィーサが共に戦う関係上、そうした一点特化の攻撃力が評価され、防御については甘く見られていた部分もある。

 しかし、ここに来て、それは甘えだと指摘された。


「私が御子神様より賜った命は、貴様たちを一人前の隊士に育て上げることだ。基礎はある。体力も、技術も十分。しかし、理力制御と運用、練度が問題だ」


 理力とは、魔力の別名であると、レヴィン達も既に聞いていた。

 世界を隔てている事から、呼び名に違いがあるとしても、そこは不思議ではない。


 ただし、その運用については、世界以上に隔たりがあった。

 魔術を魔術のまま扱えるのは、魔族と神使、あるいは神のみと信じられてきた。


 それ以外は身体に刻印を刻み、自動化された魔術を使うものだ。

 だから基本的に、魔力の運用方法も刻印利用を前提としたものになる。

 しかし、それが結希乃からすると、ひどく歪に見えるらしかった。


「持てる理力を適切に、そして的確に扱うのは当然だ。前衛ならば、刻印を扱う為の制御よりも、自らの身体能力を向上させる方にこそ傾けるべきだ」


 その一つとなるのが、回避する瞬間のみ、魔力を瞬間的に循環させ、身体能力を向上させる事だ。

 回避し切れず攻撃を受ける瞬間もまた、同様に魔力を練り込み、ダメージを軽減させる。


 静と動を切り替えて戦う、という事になるのだが、ただでさえ慣れない魔力運用は体力を激しく消耗する。

 回避し切れたなら良し、出来なくても防御の際に、上手く魔力制御できていれば良し。

 そうした過酷な訓練が長く続き、レヴィン達は、既に身も心もボロボロだった。


「ひぃ……ふぅ……っ! しっ、しんどい……っ!」


「お前たちは強いッ! 本来の力を出し切れば、私でも敵わぬ強さを持っている! だというのに、その致命的に劣悪な理力制御が、全てを台無しにしている! 御子神様もお嘆きになろうというもの!」


 額からは滝のように汗を流し、吐く息は激しく、心臓は早鐘の様に鼓動していた。

 しかし、それでも隊士の数は潤沢で、攻勢理術の使い過ぎで限界が来ても、別の術士に変わって攻撃が続行される。


「ぐ、くぉ……っ! こんなの、幾度も、躱せるか……ッ! ――ぐぁっ!」


 防御と回避に自信があったレヴィンでも、慣れない魔力制御と、いつまでも途切れない猛攻で、遂に着弾を許した。

 命に危機があれば、身体は無意識にでも反応するもので、俊敏な魔力制御のお陰でダメージ自体は軽症だった。


 しかし、攻撃を受ければ、それで一時中断するほど、この訓練は生易しくない。

 攻撃自体は止まったものの、即座に待機していた治癒術士に声が掛かる。


「これも訓練だ! 患部はどこか、重症か軽症か! またそれに合わせて、何の治癒術を使い、どれだけ魔力を込めるのか、それを素早く見極め使え!」


「――はい!」


 その処置は的確だった。

 アイナはレヴィンの治療を担当していて、普段からこうした訓練を受けていたなら、彼女が見せた技術にも納得がいくというものだ。


 しかし、その的確かつ迅速な治癒が、今だけは素直に称賛できない。

 安全に身体を休められる時間など、こうした治癒時間しか設けられていなかった。

 傷が癒えてしまえば、即座に訓練は再開される。


「はい、治りました!」


「いや、ちょっと……! ぜぇ……っ! ちょっと待ってくれ……! はぁ……! み、水を、水を飲ませ……!」


 訓練開始から、既に長い時間が経過している。

 その間にも、小休憩はあった。

 五分が三回、十五分が一回、それがこの六時間の間にあった休憩の全てだ。


 滝のように汗は流れているし、そろそろ限界だった。

 結希乃はそれを厳しい目で見つめ、それからヨエルとロヴィーサの様子も探る。

 そうして、一つ頷くと許可を出す。


「良いだろう。口をすすげ」


「すす……ぐ?」


「たとえ一口分であろうと、飲水は許可しない。口に含んで洗ぎ、吐き出せ。飲めるのは、その残った僅かな分だけだ」


「そ、そんな……」


 無視して飲み込んでしまおうか――。

 レヴィンの頭に、そうした欲望が過ぎる。


 だが、これまでの訓練で、約束や指示を破った場合、どのような目に遭わされるか……。

 実際に、幾度もその目で見て来た。

 訓練を受けているのはレヴィン達で間違いないが、同時に隊士達の訓練でもある。


 攻勢理術や治癒術を、実戦に近い形でしようしている訳だが、中にはまだ初心者を脱したばかりの者もいた。

 それが何かを間違えれば、都度、厳しい叱責が飛んだ。


 叱責だけで済めば可愛いもので、厳しい訓練を続けて課せられ、中には吐き出す者までいた。

 それは軍事訓練の中では、決して珍しい光景ではなく、そして命令遂行の明確な違反は、そうした罰が下されるのも当然だった。


 レヴィンが指示に従わず、含んだ水を飲み込んでしまったら――。

 その時は、容赦なく胃の中の物を吐き出されるだろう。


 それが容易に想像できて、レヴィンは苦渋の決断の結果、素直に口を濯ぐだけにした。

 ヨエルもまた濯ぐだけに止めていたが、その顔は間違いなく泣いていた。



 ※※※



 ……一方その頃、ミレイユ達はベンチに座って、たこ焼きなど屋台の料理を楽しそうに食べていた。

 しかし、飲み物がない、と誰かが気付いたその時、既にユミルが人数分のラムネを用意していた。


「ビールもあったけど、祭りと言ったらラムネらしいから、こっち買ってきたわ。さっきまで氷に浸かってたやつだから、そりゃもうキンキンよ」


「おぉ……! ラムネなど久しく飲んでなかったのぅ。こういう時に飲むのは、また風情があって良いものよ」


 ビンの蓋を叩いて泡を吹き出す所を楽しみ、炭酸の効いた爽やかな甘味で喉を鳴らす。

 オミカゲ様は屋台をこれでもか、と満喫していた。


「食べるもの食べたら、次は射的などどうであろうな? 実に楽しそうではないか?」



 ※※※



 また一方、レヴィン達は攻勢魔術が矢の様に飛び交う中、その標的となって回避訓練を続けていた。

 制御能力を否が追うでも磨かれる状況、その動きはより機敏に、より俊敏なものへと変わっている。


「――何をしている! だらしがないぞ! 簡単に軌道を読まれるな!」


「はいッ!」


「射的でもしてるつもりか! 当てるだけじゃない、殺すつもりで撃て!」


 それまで順当に躱せているのも、彼らの心に火を付けた。

 その能力を十全に使えていなかっただけ、と聞かされていても、半日も経たずに順応し、追い抜かれては彼らの立つ瀬がない。


 痛めつける度合いによっては、消耗が激しすぎ続行不可能と判断されるかもしれない。

 それを期待するのが半分、もう半分が矜持を以って、更なる猛追でレヴィン達を襲った。


「ぐあぁぁッ!?」


 そうとなれば、いかなるレヴィン達でも、早々躱せるものではない。

 呆気なく理術の波に呑まれ、爆撃の海に沈んだ。


「治癒術、急げッ! あの間抜け共を叩き起こせ!」


「ハイッ!」



 ※※※



 屋台には様々な種類がある。

 多くは料理やお菓子だが、射的を始めとした遊戯も多く用意されていた。

 ミレイユ一行は、道を歩きながらそれらを眺め、そしてオミカゲ様が不意に一つの屋台を指差す。


「ほぅ、ヨーヨー釣りか。興味深いのぅ……。誰か、あれを一つ我に献上せぬか?」


「ふぅん……? 遊戯としては単純そうね。ただ、使う道具に仕掛けがありそう。簡単には取らせまいって寸法ね。このユミルさんと引っ掛け勝負しようって? ――上等じゃないの」


「おい、ユミル。乗らなくて良い。完全にこれ、オミカゲの接待になってるじゃないか」


「別に良いでしょ、それぐらい」


「どうせなら、この赤と白の縞々が良いのぅ」


 流れる小型プールの中には、色とりどりのヨーヨーが浮かんでは流れる。

 早々に座り込んで指差したオミカゲ様の横顔は、実に楽しげだ。

 ユミルがその隣に肩を突き合わせる形で膝を曲げると、次に挑戦的な笑みで口の端を曲げた。



 ※※※



「お前たちの敵は、変幻自在で攻撃の種類を限定しない、と聞いた! ならば、こちらもそれを想定した攻撃でなければならない!」


 レヴィン達が受けていた攻撃は、これまであくまで魔術の範疇に過ぎなかった。

 火炎や雷撃といったものは、その中でも、より一般的なものだ。


「どの様な攻撃であれ、初見で理解し、察知し、これを防げるよう感性を磨く必要がある! ならば、こちらも芸を尽くして見せねばならない!」


 これまでの散発的な攻勢理術から、それから突然毛色が変わった。

 レヴィンは水流に囚えられ、その身動きを封じられながら弄ばれる。


 水蛇とよく似た形を持った水流が、レヴィンを飲み込んで縦横無尽に駆け巡る。

 逃げ出せなければそのまま窒息するか、あるいは水圧に圧し潰されるかのどちらかだった。


「敵は如何なる攻撃をしてくるか予想できない! お前たちはそういう敵を相手にするんだろう!」


 ロヴィーサには鞭にも似たしなりで、攻撃して来る氷の刃がある。

 ただ、これの厄介なところは、先端の刃に返しが付いていることだ。

 ギリギリで躱したとしても、引っ掛かけられてしまう所に悪辣さがあった。


「拘束もまた良く取る手段だ! お前たちの敵がそうした手段を取ってくるか!? しないと断言できない以上、対処方法を学べ! 力では無理だ! 全身に理力を漲らせろ!」


 ヨエルは念動力で拘束された上で、身体を上下に揺さ振られていた。

 集中しなければならないと分かっていても、忙しく上下に身体が跳ね、その加重力に振り回される。

 結局、その力に圧し潰される形で、最後まで抜け出せないまま、ヨエルは意識を手放した。


「治癒術士、あのマヌケを早く叩き起こせッ!」

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