その後に備えて その7

 対戦形式は、一対一を三組同時に行う、というものだった。

 広い道場なので、それぞれ十分な間隔を取って戦えるのにもかかわらず、なお余裕がある。


 レヴィンが相手を負かすか、あるいはその逆でも、対戦相手を変えてまた再戦する。

 そうやって、乱取り稽古を繰り返す形式だった。


 道場の壁際に並んで座って待機している者、それら全てが対戦相手だ。

 レヴィン達は常に戦い続ける必要がある反面、相手側は常に休息する時間が与えられている。


 レヴィン達はその精根尽き果てるまで、ひたすら武器を振るい続けなければならなかった。

 負傷をしても治癒術士によって癒やされるので、それを理由に中断されることもない。


 最初から、勝たせようとは思っていない鍛錬法だ。

 しかし、それをレヴィンは不満と思わない。


 短期間で強くなるには、とにかく強敵と戦い続けるしか方法はなかった。

 それに合わせてくれている、と肯定的に捉えていたし、何よりそうした『可愛がり』は故郷にあっても珍しいことではなかった。

 レヴィンは挑戦的な笑みを浮かべ、カタナを鞘から引き抜く。


「むしろ、ありがたい。負けてたまるか、って気持ちになる」


「結構。……お互い、なるべく急所は避ける様に。なお、武器以外にもあらゆる攻撃手段を許可します。体術、理術など、基本的に制限はなし。よろしいか?」


 結希乃の問いに、レヴィンの相手は無言で首肯し、武器を抜いた。

 相手の武器もレヴィンと同じ系統の武器、カタナだった。

 眼前の相手のみならず、彼らはそうした武器の使い手であるのは間違いないらしい。


「しかし、理術か……」


「何か問題でも?」


「いや、ない」


 レヴィンにとって理術は耳馴染みがない。

 魔術とよく似たものだと知ってはいた。

 しかし、知っているといってもそれだけの事で、詳細までは教えられていない。


 もしかすると、全く奇想天外な方法で攻撃してくるかもしれなかった。

 だが、敢えて口は挟まない。

 淵魔もまた、予期せぬ攻撃を仕掛けてくるものだ。


 外見から推測できるものが多い一方、まったく予想のつかない攻撃をしてくる事もある。

 その対応を学び取る場だと思えば、今こそ何も知らずに対応する術を身に着けるチャンスだ。


「――始めッ!」


 結希乃の号令で、三組六者が一斉に動き出す。

 死ぬ危険は少ないと分かっていても、真剣を使った真っ向勝負だ。

 危機意識も十分、そして戦意はそれ以上に高揚だった。


「ウォォォアアア!!」


 怒号にも似た雄叫びと共に、レヴィンは相手に斬り掛かる。

 気合の乗った一撃だったが、これはいとも簡単にいなされてしまった。


 その見事なカタナ捌きに、レヴィンは内心で舌を巻く。

 分かってはいた事だ。

 彼らは戦士ではない。

 単に勘と経験を頼りとして、ただ武器を振り回すような輩とは、そもそもとして根本からして違う。


 彼らは剣術家だった。

 武器の持ち方、振るい方、受け方、攻め方その全てに理由を持つ。

 理合を制し、理合の元に剣を振るうのだ。


 レヴィンもまた、先祖代々伝わる剣術を伝授されてきた、という誇りがある。

 祖父にも筋が良い、と褒められもした。


 しかし、人を相手にするには良くても、その理合が魔物相手に通用しない事は多々あった。

 特に顕著なのは、淵魔を相手にする時だ。


 奴らには骨どころか、筋肉すらもない。

 物体を動かすには都合が良いから、それらしく模倣しているだけであって、関節の可動領域を全く無視して動かすこともできる。


 だからこれまで、レヴィンは敢えて理合を捨てた、剛の剣を使う場面が多かった。

 理合は大事だが、それに囚われ、淵魔に有利を許しても意味がない。

 しかし、今一度基礎から見直すには、これは丁度良い相手と言えた。


「――グッ!?」


 甲高い音と共に、相手の剣を受ける。

 上手く衝撃を逃がせず、動きが固まり、力で押し返そうとした所を上手く返され転ばされた。


 咄嗟に起き上がろうとした時には、もう遅い。

 そのカタナの切っ先は、既にレヴィンの喉元へ突き付けられていた。


「……参った」


「それを言うには早すぎる。まだ、本気を出していないんだろう?」


「お互い様だな、それは……」


「だったら、次からは最初に使え。持ってる札は隠しておきたい、というならそれでも良いが……」


 言うだけ言うと、相手は開始位置に戻って一礼した。

 勝敗がどちらかにかかわらず、一戦交代で相手は変わる。

 レヴィンは悔しげに顔を俯かせながらも開始線の前まで戻り、見様見真似で一礼した。


 ――侮っていた、つもりはなかった。

 道場へ足を踏み入れた時点で、ここにいる戦士は誰もが第一線で活躍できる実力の持ち主たちだと、レヴィンは見抜いていたからだ。


 しかし、刻印を使う素振りも見せず、そのまま斬り掛かってきたので反応が遅れた。

 レヴィンが持つ常識として、本気の勝負をする場合、まず刻印発動させるところから行動が始まる。


 ――言い訳だ。

 レヴィンは心中で、自らをなじる。

 刻印発動を見てからが本番だ、と思い込んでいた事こそが敗因だった。


 そして、対戦相手は何一つ魔術を――理術を使う事なく、勝利を得た。

 それは単純な地力の差が大きかったことを意味する。

 力で負けているとは思えないから、そこから先は技術の差だった。


「えぇい、反省は後だ……!」


 レヴィンは顔を横に向ける。

 そこではレヴィン同様、敗北を喫したヨエルとロヴィーサがいた。

 どちらも悔しげに顔を歪め、相手の一礼に返礼しているところだった。


「二人までも、か……」


 ヨエルはともかく、ロヴィーサは相手を見た目だけで侮ったりしない。

 そのヨエルにしても、明らかな格下相手ならともかく、強敵を前にして油断したりしないだろう。


 自分達は強い、という驕りは、少なからずあった。

 それはアイナに『鍵』を使って貰い、才能の扉を開かれてから生まれる以前からあり、そして開かれたからは顕著になった。


 そして今も尚、その力に振り回されている最中でもある。

 使いこなすには修練が不可欠で、その為に使える時間など、これまで持てなかった。


 ――それもまた、言い訳か。

 レヴィンは内心で自責しながら、次の対戦相手が来るのを待つ。

 勝てない理由を探すのは後で良かった。

 今はただ、己の力を使い熟せるよう、自らを磨くしかない。


 そして、だからこそ、この場を整えてくれた大神ミレイユに感謝の念が湧き上がる。

 これほど大量の手練れと、技と力を競い合える機会など、早々ない。


 レヴィンがちらり、と視線を向けると、壁際に座っている者たちから、裂帛の気合が返ってくるのを感じた。

 彼らには些かも油断した様子がなく、レヴィン達の様子を無言で伺っている。


 一人の剣士として矜持が、彼らにもある。

 踏み台になってやるつもりはない、と彼らの顔に書いていあった。

 レヴィンは俄然やる気を増して、カタナを強く握りしめながら、隣の二人へ声を掛ける。


「――いいか、出し惜しみナシだ。相手は手練れ、それは確かだ。だが、俺達にも誇りがある。そうだろう?」


「よく分かるぜ、若。負けっぱなしでいられるか」


「たとえ異国の地であろうとも、ユーカード家ここにあり、と示してみせましょう」


 二人から不敵な笑みを受けて、レヴィンもまた口の端に笑みを浮かべる。

 その時、次の対戦相手が開始線の前に立った。


 互いに一礼し、武器を構える。

 それと同時に、レヴィンは刻印を発動させ、獣にも似た咆哮と共に斬り掛かった。



 ※※※



「いやぁ……、負けだ。負けた、負けた……」


 道場の床で仰向けになって転がりながら、レヴィンは素直な気持ちを吐露していた。

 刻印を使用することで、無様な負けはなくなった。

 それは確かだが、同時に戦闘を長引かせる事にしかならなかったのだと、使った後に思い知らされた。


 刻印には使用回数上限があり、終わってしまえば優位性は消える。

 そして、この試合は一度の勝敗で決するものではなかった。


 地力に差があれば、レヴィンが頼みとしている『年輪の外皮』は一枚、また一枚と削られる事になる。

 その上、無くなったから今日は終了、ともならない。


 刻印が切れてからは連敗を重ね、そこからは一度も勝ちを拾えなくなった。

 敗北に敗北を重ね、結果……性も根も尽き果て倒れ伏している。


 時刻は夕刻、橙色に染まった明かりが道場を照らし、外ではカラスが鳴いていた。

 レヴィンが生きて来た中で、ここまで惨敗した記憶はない。


 才能に胡座をかく事なく、鍛練を続けていたからこそ、そうした過去がある。

 しかし、それ以上に、ここまで高いレベルの手練れを、相手にした事がなかったからだとも理解していた。


「敗因は良く分かってる……。魔力の制御精度が雲泥の差だ。魔力総量において勝り、剣技において大きく差がないのに、負ける理由はそれだ……」


「よく自己分析できているようで、大変結構」


 そう頭上から言葉を落として来たのは、結希乃だった。


「ならば、どうすれば良いかも分かりますね」


「あんた達から、その技術を盗む。戦いの中で使い方を学び、模倣し、身に付ける。その為の対戦相手か」


 相手に魔術を弄する相手は一人もいなかった。

 対戦するのは全て剣士で、近接戦闘に秀でた人物ばかりだった。


 レヴィンもまた同種の戦士で、その為の魔力制御を磨いてきたつもりだったが、その洗練において一枚も二枚も上を行く。

 戦っている間も、舌を巻く思いをしたのは一度や二度ではない。


 大神ミレイユも、レヴィン達の欠点を見抜いたからこそ、こうした相手を準備してくれたに違いなかった。

 その顔を潰さない為にも、レヴィンは尚、その奮起を見せつけねばならない。


「今日の俺は負けた。……だが、明日の俺はきっと勝つ」


「大変、結構」


 結希乃は満足気な笑みを見せ、それからレヴィン達を治癒するよう、後方の治癒術士たちへと指示を向けた。

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