その後に備えて その6

 レヴィン達は現在、自分達が格別な待遇を受けているという自覚はあった。

 何しろ、神が直接その地に降り立ち、暮らしている神性な地だ。

 本来ならば、部外者を招き入れるものではないし、近くに置くのも憚られるものだろう。


 しかし、実際に格別な待遇を受けているのは、一重に大神レジスクラディスの口添えがあったからだ。

 自分たちが特別な訳ではなく、あくまで自らの主神が、その身分を保障したから受けている待遇だった。


 レヴィンはそれに感謝していると共に、そうして気にかけて下さる神を、失望させてはならない、と強く自分を戒めている。

 それは神宮での過ごし方一つ、他者へ向ける敬意一つ、そして自らの武を示す事にも通じていた。


 レヴィン達は神宮敷地内にある、ひとつの道場へと案内された。

 木造造りの立派な平屋で、年季が入っていても丁寧に扱われている、と分かる建物だった。


 外観だけ見れば、罅の入った箇所もあり、古めかしい印象を受ける。

 しかし、年月と共に色褪せ、独特の深みを持った木材は、それだけで一種の威圧感を放っていた。


 それは外からでも聞こえる木製武器を打ち付け合う音、そして他者を圧倒しようとする掛け声からも感じられる。

 活気と威勢があり、レヴィンが過ごした辺境領での鍛練場とも似た雰囲気があった。


「この中には……、良い兵士、良い戦士がいるようだな」


「単に良いってだけじゃないぜ。強い奴もいる」


 ヨエルが口元を吊り上げて、獰猛に笑う。

 彼も淵魔と戦う際には、将として指揮を取る事は多い。しかし、その本質は常に戦士だ。

 強い人間相手となると、見慣れた顔ぶれとしか相手に出来なくなって久しい。


 辺境領の兵士は基本的に粒ぞろいだが、レヴィン達の様に頭一つ二つ抜けた戦士となると、流石に数が減る。

 ヨエルとまともにぶつかり合える戦士となれば、ユーカード家ゆかりの者しかいない程だ。


 ヨエルが昂ぶりを見せるのも、当然と言えるところがあった。

 そして、それはレヴィンも同様だ。

 強さは求めると限りがない。


 アヴェリン程の戦士となると、もはや競い合おうという気持ちすら沸かないが、この先にいる戦士達は、間違いなくレヴィン達と伍するか――それ以上の相手だ。

 だからこそ、腕が鳴る。


 女官が案内するのは、道場の門構えまでだった。

 入口前で丁寧に頭を下げた相手に、レヴィンもまた丁寧に礼を返して中に入る。


 開け放たれた道場入口の前には、道着を身に着けた戦士が立っていた。

 鋭い目つきをした男だった。

 その男の前にレヴィンが近付くと、一礼と共に道場内へ入っていく。


 靴を脱ぐ、素足になるなど、細かな指示を受けてから廊下に出た。

 入口と道場までは短い廊下になっていて、幾らもせずに到着する。

 道場に戸はあったが広く開かれていて、そこから激しく打ち合う戦士たちの動きが見えた。


 手に持っているのは木刀で、一対一の戦いを、同時に何組も広い道場内で繰り広げている。

 防具のたぐいは着けていない。

 どうやら、身に纏う魔力で防御するのも、一つの訓練であるらしかった。


 案内人は戸口の前で一度立ち止まり、一歩跨いだ後に一礼して、それから声を張り上げる。

 幾合も打ち付け合う、木々の激音すら押し退ける、凄まじい声量だった。


「お客人を連れて参りましたッ!」


 その一言で、道場内の動きがピタリと止まる。

 それまであった音が一斉に静まって、熱気だけが留まった。


 全員の視線が、一心にレヴィン達へと向かう。

 気圧される程、熱意の籠もった視線だった。

 レヴィンが思わず、物理的に押されるかと錯覚したのも無理はない。


 それほど彼らの気合は異常だった。

 ただの鍛練、ちょっとした合同訓練という意味合いでの参加だった筈だが、その様な気配は微塵もない。


 道場の中央、誰とも打ち合わず、それらを監督していた麗人が、一歩前に出て声を放つ。

 男と違って声を張り上げていなかったが、道場の隅々まで届く声だった。


「ご苦労さま、漣。……さて、お客人。中央までどうぞ」


 掌を上に腕を横に動かし、向い入れる仕草をされれば、これを受けない訳にはいかない。

 道場内でそれぞれ木刀を打ち合わせていた戦士たちは、その合図を見るなり、武器を収めて道場端へと寄る。


 東西両方の壁際一列に並び、先に騎座――両膝を畳や床につける事なく、尻が踵の上に載っている状態――となり、それから正座へ移行した。

 その動作が一律で、よく訓練されている事が窺える。


 彼ら彼女らが向ける熱気の帯びた視線と、威圧感の間を縫うようにして、レヴィン達は一直線に進んだ。

 手招きした女性の前に立つと、不敵に見える笑顔と共に名を名乗った。


「先にご挨拶を。私は阿由葉あゆは結希乃ゆきのと申します。御由緒が一家、阿由葉の者です」


「ご丁寧に。ユーカード家のレヴィンと言います。神の勅命を帯びた一族の人間です」


 レヴィンは表情を崩さず、挑むような目つきで名乗った。

 結希乃は口元を不敵に曲げていたものを、更に釣り上げる。


「御子神様より、面倒を見て欲しいと、申しつかりました。相当な実力者であるのは、こうして対峙しているだけでも分かります」


「それはこちらも同じこと。道場の外からでも、ここにいる全てが並々ならないと分かっていた」


「私ども、貴方がたの様な戦士とは、些かご縁があります。かつて神宮を襲った災禍の折、多くの戦士にご助力願いました」


 ユミルからも聞いていた事だ。

 何やら大きな事件――襲撃があったのだとは、レヴィンも承知していた。


 しかし、詳しい事情までは知らされていない。

 結希乃が言う様な、異世界からの戦士が世界を渡って、どれ程の者達が共に戦ったかなど、詳しく知れる立場にもなかった。


「御子神様が擁する戦士……、これが気にならない筈もありません。我らもまた粒揃いと自認しておりますが、果たしてどちらが上か……。それが気になっていたのも事実です」


「同じく神へ仕える一族として、その実力が如何ほどか知りたい……。そういう事か?」


「有り体に言えば。……本日ここに集まったのは、それを是非知りたいと申し出てきた者たち。是非、お相手頂ければと思います」


「この世界、有数の実力者か……。有り難い」


 レヴィンは今度こそ不敵に笑って、腰に差したカタナを叩いた。


「自分の力を鍛えるには、自分と近い実力を相手しないとな」


「へぇ……?」


 結希乃の瞳が剣呑な色を帯びる。

 その口元からは、笑みがすっかり消えていた。


「負けているとは思っておらず、そして当然の様に勝つ気でいる……。そうでなくては、と思うと同時に、少し舐めすぎている……とも思いますね」


「そんなつもりはないが、こういうのは口で言っても仕方ないだろう。是非、手合わせの上で見極めてくれ」


「そうですね……。せっかく身体を温めて待っていたというのに、こうして話すばかりで、冷やしてしまってはいきませんもの」


 結希乃は剣呑な色を瞳に宿したまま、口の端を小さく上げて後ろに下がる。

 その背を見送りながら、レヴィンは咄嗟に手を伸ばした。


「貴女が相手してくれるんじゃないのか?」


「――いいえ」


 結希乃は背中を見せたまま、横顔だけ向けて、やはり不敵な笑みを見せる。


「最初から私が出ては、他の者に申し訳が立ちません。心配せずとも、あなた方が求める強者は、十二分に揃っています」


「まぁ、そうか……。今日一日しかないって話でもないんだしな」


「私も忙しい身。此度は場を整える為に、尽力したに過ぎません。機会があれば、とも思いますが……、そんなことを言っていられる余裕も今の内です。どうぞ、ご存分に」


「そうか、まぁ強者に事欠かないのは確かなようだ。……武器は何でも良いって話だったよな」


 レヴィンが腰に佩いたカタナの柄に手を乗せると、道場の端に寄った結希乃は大きく頷く。


「はい、どのような獲物でも結構です。道場には防護結界を張りますので、損壊も気にせず、持てる力全てを持って挑んでください」


「そりゃ、ありがたいが……。怪我させても大丈夫か?」


「それもまた訓練ですから。怪我をする前提でいるのと同時に、その怪我を癒す者の訓練ともしています。ですが、もしも死の危険がある攻撃と判断すれば、どちらの攻撃か問わず、割って入りますのでご了承を」


「訓練で兵を殺すのは恥だ。勿論、構わない」


 レヴィンも結希乃に頷き返すと、道場の端、その更に端に座っていて五名が起立し、それぞれが一礼した。

 自分たちがその担当をする、という自己紹介を兼ねたものだった。

 そして、そこにはレヴィンにとって見慣れた顔があって、思わず凝視して声を上げる。


「アイナ……!? お前もここに……?」


「はい、お話を頂きまして、志願を……。昔から何かと駆り出されて、治癒する事はありましたので……」


「へぇ……、確かに良い腕してもんなぁ」


 そう言って、ヨエルもまた笑い、アイナへ近付いていく。


「昔から色々鍛えてたってんなら、納得だ」


「あの、ヨエルさん……。周り……、周りの目が……。今はそういう場合ではないので……」


 言われて周囲の剣呑な目に、ヨエルは今更気付いたようだった。

 元からレヴィンともども、強く注目を浴びていたせいもあり、そうした視線には鈍感になっていたらしい。


 それまでは、強いライバル意識だけだった視線が、敵意混じりのものに変わっている。

 特に男からの視線は、まるで射抜かんばかりだった。


「俺らのアイドル、愛菜ちゃんに……やけに気安いじゃねぇかよ」


「こいつは少しばかり、分からせてやる必要があるようだな……」


「でも、あの子が行方不明中、護衛として無事送り返してくれてた人だろ?」


「……あ? 関係あるかよ」


 先程までは油断ならない戦士として見えていたのに、その一部は今やチンピラの様相を呈していた。

 結希乃が大声を上げて一喝すると、睨みを利かせていた男たちの背筋が伸びる。


 次に号令が上がって、選抜された戦士たちが起立した。

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