その後に備えて その3

 その夕刻、日が沈み切り、ミレイユ達も自室に帰ってからの事だった。

 ユミルは大変ご満悦で祭りの様子を語り、ルチアがそれを補足する形で、現地で見たこと感じたことを解説していた。


「いやー、やっぱり人間ってのは、バカやってる時が一番楽しいものなのかもねぇ」


「別にあれは、はしゃぎたいからやってる事じゃないですよ。……いえ、冷静になって見てみると、凄く馬鹿みたいですけど」


 多くのことを、魔術で解決できる世界で生きて来た二人だ。

 木材を縄で引っ張る光景は、彼女らには遊びの範疇にしか見えないのも、その見解に一役買っている。


「そうよねぇ、大体、坂を登り切った後のアレ見た? 何か上下に揺らすっていうか、こう……」


「あの……何でしょう、曳き車……って言うんですか? あれを前後に動かして、やいのやいのと騒ぐんですよ。到達を祝う喜びの表現なんでしょうか」


 二人は初めて見る物を丁寧に解説しようとしているが、身振り手振りで教えるには限界があった。

 専門用語や祭事について詳しくないので、非常に曖昧な表現になる。

 そこへ微笑ましいものを見る表情で、とある者から解説が飛んだ。


「理術は秘匿するべきものである以上、些か道化じみたものに見えるのは致し方なかろう。それに、あれは到達を祝うものであると同時に、それまでの労苦をねぎらうものでもある。そして、見る者も共に一体感を味わう意味もあるのよ」


「へぇ、一体感ね……。そういえば、こっちでは『踊る阿呆に見る阿呆』なんて言葉があったっけ?」


「それはまた意味が違うの」


 そう言って、オミカゲ様は朗らかに笑った。

 声を立てる陽気な姿は、それを見守る女官たちを明るく照らしていたが、それに一言物申したくなったのはミレイユだ。


「いや、何でいるんだ。さも当然、みたいな顔して混ざるな」


「何だ、良いではないか。我は今日の祭事を皆で分かち合いたいと思って、ここまで足を運んだというのに」


「何か……乗り気じゃない、みたいな話を小耳に挟んだんだが……」


「無論、乗り気でいられぬとも。御用材が届くまで、我は奉納処にて待機しておらねばならぬのだぞ。それも陰気臭い祝詞を捧げられながらじゃ。理術で覗き見しておらねば、到底我慢できる事ではないわ」


 逆ギレにも近い憤りの仕方に、ミレイユは思わず半眼を向けて呻く。


「いいのか、覗き見……。それって割と不謹慎に思えるんだが……」


「良いのじゃ。見晴らしの良い場所で、酒を片手に見てないだけ良しとするべきであろう。あれだけ溢れる陽気の傍で、神官多数に囲まれて座っているだけとか、ある種の拷問だと思うておる」


「お前って……、実は祭り好きだったりするのか?」


「然にあろう。我のことを思うて行われる、祭事な訳であるからして。それとは裏腹に、参加もできず裏からこっそり見るしか出来ぬから、祭事が疎ましく思えるだけじゃ」


 神には神の、祀られる側にも色々と苦労があるものらしい。

 それを微笑ましいとも思っていられず、ミレイユは渋い顔をさせて外へ背けた。

 しかし、それを逃さんとするユミルが、嫌らしい笑みを浮かべて声を放つ。


「あぁら、オミカゲ様はしっかりと神の本分ってやつを全うしてるみたいよ。面倒だからと、祭事そのものを投げ出す誰かとは大違いよねぇ」


「新しく何か、こちらの祭りを取り入れてみましょうか? 面倒じゃなく楽しい祭りなら、喜んで参加してくれるのでは?」


 ルチアもまた、ミレイユの神としての態度に、どうやら思う所があったらしい。

 唐突な裏切りを受けた気持ちになり、ミレイユは非難する視線を向けた。

 しかし、これには全く梨の礫だった。


「祀られるべき者は、素直に祀られてろって話なんですよ。敬虔な信者は、ただ毎日の祈りをしているだけじゃ不満なんです。祭りにかこつけて、その信仰心を捧げたいんですよ」


「……逆じゃないのか、普通?」


「それは宗教が先行している場合であろう。そなたは今少し、自分がどれほど偉大であるか自認すべきだな。敬われるのは負担かもしれぬが、いい加減慣れよ。好きにさせ過ぎるとな、少々大変な事になったりするのだぞ……」


 そう言うとオミカゲ様は、見えないように女官たちへと視線を送り、片目を瞑った。

 オミカゲ様を取り巻く環境は、少々異質だ。


 それは長い年月、神として降臨した結果、生まれた伝統でもあった。

 ただし、女官との付き合い方を見ると、そこには行き過ぎた信仰もまた見て取れる。

 好きにさせると大変、という言葉には、今の環境も含めてのものかもしれない。


「うん……、まぁ分かった。私はかつてのお前程、信仰と信心を求めていた訳じゃないからな……。そもそもの土台が違うから当然とも言える。収穫祭とかあるだけで十分と思っていたし、関心もなかったから今の形になっていたが……もしかして、不満なのか?」


「アタシ個人にかかわらず、特別な祭事を欲している者は多いでしょう」


「本当に……?」


「その言葉だけで、どれほど無関心だったか、分かろうってものですね」


 ルチアからも冷めた視線を向けられると、流石に考え直しが必要と思われた。

 アヴェリンへ窺ってみても、その顔に含むところは見られなかったが、やはりルチアたちを肯定する仕草を見せる。


 ミレイユは顎先を撫でては、厳しい表情で唸りを上げた。

 それを楽しげな表情で見ながら、ユミルが言葉を投げる。


「まぁ、信仰の捧げ方は色々だと思うけど、時にはそれを開放する催しってのは喜ばれるものよ。少し前向きに考えて良いんじゃない?」


 得意げな顔をさせ、ユミルは法被はっぴの襟を正して、ピッと伸ばした。

 ミレイユは顎先を撫でていた手を止め、胡乱げな視線を向ける。


「っていうか、いつまでそれ着てるんだ。……脱げ」


「あらヤダ、目障り? 仕方ないわね、アタシの肉体美を見て発情しないでよ」


「全部脱げとは言ってない。上のだけ脱げって言ってるんだ。大体なんだ、発情ってのは……」


「いや、そりゃあ誰しも、アタシの曲線美には抗えないって思うから。ところで、布団の用意は大丈夫?」


「何でお前の方がやる気なんだ。やめろ、女官がそわそわし始めただろ……!」


 翌日に、あらぬ噂が飛び交っては目も当てられない。

 ミレイユが本気で嫌がってるのを察すると、ユミルも長く悪戯は続けなかった。

 素直に脱いで、手近な女官へ投げつける。


「それ、畳んで部屋に置いといて。明日も使うから」


「――ちょっと待て」


 何気ない振りを装って言い放った言葉に、ミレイユは黙っていられない。

 素直に腰を折って退出しようとする女官と、それを申し付けたユミルを交互に見やって、それから詰問するように問いかけた。


「明日って何だ? 使う……明日も祭りがあるのか?」


「そりゃ今日みたいのがあるワケじゃないけど、出店は明日もあるらしいわよ」


「御用材の奉納自体は終わったがのう。その後、お迎えした御用材に対する儀式も別にある。その間、宮下ぐうかの御店通りには、屋台が出ておるのよ」


「ほぉ……。それは楽しそうだな。――で、ユミルはもう行くの決定だって?」


「そうよ、一緒に行く?」


 別に参加自体を止めるつもりはなかった。

 元より、現代で過ごす時間が長くなかったからといって、今後の作戦に支障は出ない。

 考えるべきは他にもあり、順序立てて練る必要がある以上、今日明日出発という話にならないのも確かだった。


 息抜きも必要と思っていたのは事実で、だから何処かに出かけよう、とも考えていたのだ。

 しかし、行き先については熟慮の必要があった。


「私達を知ってる人間が多い場所、知られる可能性の多い場所は控えるべきじゃないか?」


「知ってる人たち? 御由緒家とか、それ関連の話してる? 別に発見されたって、問題にはならないでしょ。空間だけでなく、時間まで飛び越えてこっち来てるなんて、誰も想像しないわよ」


「用心の問題だ。何がどう影響するか不明である以上、どうせなら影響がより軽微な場所にしろって言ってるんだ。わざわざ自分から、問題点を作り出す必要はない」


「そうよねぇ……、仕方ないわ。ちょっと、はしゃぎ過ぎてたみたいね」


 ユミルは素直に認めると掌を立て、ゴメン、とチョップする形でオミカゲ様へ謝罪した。


「な、なん……!? 我との約束を反故にするというのか!?」


「いや、だってウチのコが駄目って言うから」


「そなた、どういうつもりか!」


「いやいや、待て待て。どういうつもり、はこっちの台詞だ」


 詰め寄ろうとするオミカゲ様を堰き止め、ミレイユは逆に顔を近付け問い返す。


「お前は祭事に参加するんじゃないのか? 抜け出して屋台に……? そんなの許されるのか?」


「その日については、我の出番はないのでな。宮中の者が整えてくれる。長く居てくれて良いと言っても、どうせそなたらは準備と対策が整い次第、あちらへ帰るのであろう。ならば、少しぐらい遊びに付き合うてくれても良かろうが」


「いや、でも……お前って、宮中から外へ出られるのか? よく鶴子が許したな」


「そなたらが一緒ならばと許しを貰ったのだ。だから、問題ない」


 本当か、と言葉にはせず、部屋の端でまんじりともしない鶴子へ顔を向けると、ただ無言で肯定する仕草が帰って来た。

 到底、信じられないのだが、それだけミレイユを信用している、という事らしい。


 ミレイユとしては到底、その信用を受取る気持ちにならないが、ともかく、オミカゲ様は得意満面の笑みで胸を張った。


「断ると言われた時、手足を振り回して駄々をこねると脅したら、素直に了承してくれた」


「やっぱりやってるんじゃないか、お前!」


 ミレイユは悲鳴にも似た声で抗議したが、それに続く者はなく、ただ虚しく音が広がった。

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