その後に備えて その2
御用材は神宮内へと運び入れられるが、奥御殿の中にまで入ってくる訳ではない。
奉納するべき場所があり、そして集積しておく為の場所があった。
そこへ今まさに、御用材を陸曳きしている者達が見えてきた。
御殿内には余り高い建物はないものの、外を見ようとして見られるスポットは存在する。
ミレイユはそこへ案内させ、遠くに見える祭りの様子を眺めていた。
「切り倒した材木を運ぶというから、てっきり一本ずつ運んでいると思ったが……」
「切り倒した直後や、川曳きの際は、その様に致します。陸に上がってからは積み上げ、あの様な形で運ぶのです」
お木曳車と呼ばれる、全てが木製の台車に何本も積み重ねられていて、ピラミッド状に重ねられた物が山を作っている。
それを二本の縄で繋ぎ、二列になって引っ張っているのだから、重さも相当なものだろう。
目算で五トンは軽く超えていると思われた。
「逆じゃないのか、普通……」
「川は流れが緩やかとはいえ、逆流の中を進むわけですから。それに一般人にとっては、その一本も十分な高重量です。陸曳きの際にも一本ずつ別方向から進んで、最終的にあの形へ合算されるのです」
咲桜の解説を後ろに聞きながら、ミレイユは納得しがたい視線を御用材へと向けた。
一本の縄に二十名程が連なり、笑顔と汗を振り撒きながら、掛け声を上げながら引っ張っている。
ミレイユにとっても見覚えのある顔が幾つか見え、誰もがこの祭事へ真剣に取り組んでいるのだと思えた。
「エイヤー、エイヤー!」
『エイヤー、エイヤー!』
ピッピと短い拍子で鳴る笛と、その合間に上がる掛け声は、ミレイユの耳にも良く届く。
お木曳車の側面には、オミカゲ様の紋入り提灯などが飾り付けられ、曳かれる動きに合わせて揺れる。
そしてその頂点には、全体に号令を掛け、そして左右へ動かす指示役が乗っていた。
年嵩の老人が、この時ばかりは晴れの舞台と言わんばかりに張り切っている。
現在はラストスパート、縄を曳く者達は御由緒家のみで構成されていると聞いていたが、既に還暦近い老男老女まで参加していた。
「それにしても、この光景を見るとオミカゲの奴は愛されているんだと、つくづく感じるな」
「勿論です。オミカゲ様は多くの方々に尊崇されるのみならず、愛されてもいらっしゃいます」
咲桜の口調は実に誇らしげだ。
そして、そうした神に仕え、奉仕できる事を誇らしく思っているのが窺える。
顔を紅潮させて、お木曳車を引っ張る彼らからもまた、そうした感情が伝わってきた。
「何と言うか……、身に摘まされる思いがする。長年やって来たオミカゲの生き様が、こうした姿となって現れているんだろうか。そしてこれは、そのほんの一部に過ぎない」
「まさしく……」
咲桜は多くを語ろうとせず、ただ粛々と頭を下げた。
重い物を引っ張る――。
傍目にはただ大袈裟に、囃し立ててやっているだけに見えた。
だが、その根底には別の思いが隠れている。
苦役を全うする事、力を合わせ一つの苦難を乗り越える事。
それを神への奉仕と重ね合わせ、祭事の形で体現している。
「神様は祭り好きなんて言うが、これを見ると、そうもなるという気がする……」
ミレイユは遠い目をさせ、お木曳車を曳く者らと、それらを見て応援、あるいは囃し立てる者達を見た。
積み重ねられた御用材は重いだけでなく、神宮まではなだらかな坂となっている。
これを引っ張り上げるには、単に人数を増やしただけでは足りない。
連なった人数だけで、楼門に達してしまうと思われた。
「だからこそ、なのか? お前たちは本来、理力を見せず秘匿しようとしてるだろう? だが今は、それを無視して総動員しているように見える。昔なら尚更、御由緒家でなければ、到底その任を全う出来なかったろうが……」
「仰る通りです。常人では到底、なだらかとは言え、あの重量を引き上げる事は出来ません。最後の見せ場を御由緒家に譲る、という見方もされていますが、実質的に相当な無理があるから、その様になったのです」
「だが、良いのか……? 昔ならばいざ知らず、現代ではスマホやら何やらと、証拠になりそうなものは多い。秘匿も何もないんじゃないか?」
「そこは逆に、現代こそ、ですから。車輪に工夫があるとか、実は内側に電動アシストが内蔵されているとか、そうした噂で占められています」
淡々と語る咲桜に、ミレイユは小さく笑って、今も赤い顔をさせる御由緒家を見つめた。
「なるほど、まぁ……現実的でない光景だからこそ、パフォーマンスだと思われるわけか。そして、実際そうした風聞を良しとしているんだな」
「オミカゲ様へ正しく伝わっている事の方が重要ですから。民衆にしても、分かっていようと野暮な事を言うものじゃない、と思うものです。冷やかしはいつの時代も耐えないと申しますが、それで真実に蓋がされるなら、むしろ好都合の様です」
「よくもまぁ堂々と……、と思っていたが、面白いな。伝統、そして祭事という特殊性が、実際はどうあれ隠れ蓑になっているんだな。彼らも堂々と信仰を発揮できて、損する者は誰もいない、という寸法か……」
ミレイユは妙に感心した素振りで何度か頷き、顎の下に手を添える。
その手へ甘えるようにフラットロが頭を差し出し、ミレイユは苦笑しながら頬や首筋を撫でた。
「私は騒がしいのを嫌うから、祭事にしても、もっと厳かなものが多いが……。こういうのを見ると、いっそアリだと思えてしまう」
「エルフがそうしたものを好むとは思えませんが……」
アヴェリンが困ったように笑うと、ミレイユもまた微笑みながら頷く。
「そうだな。しかし、思い返せば少々……、物足りなく思える。国民性の違いと言えばそれまでだし、毎年死者が出るような、狂った祭りをしたいとも思わないが……」
「御子神様の祭事とは何なのですか? 大層、荘厳なものとお見受けしますが……」
咲桜があくまで控えめに尋ねてきたが、その目には興味の色を隠せていない。
あからさまではないものの、好奇心もしっかり見えていた。
まだ若い咲桜は、心の内全てを隠す腹芸を、身に付けていないらしい。
「そうだな……」
ミレイユは視線を横に逸らす。
誤魔化したい気持ち半分、居た堪れない気持ち半分から来たものだ。
今の祭りと対比して考えると、ミレイユを祀る祭事は実に地味なものだった。
「何と言うか……。私は一つの終わりと、新たな始まりを示す神、などと言われているのだが……」
「御子神様に相応しい謂れでございます」
「だからなのか……。夜中に一切の明かりを灯さず祈り、夜明けの光を迎える事で終わる。そういう……実に地味な祭事だ」
「地味だなどと……。静謐と荘厳を愛する御子神様に、相応しい祭事であると存じます」
咲桜としては一切含むところのない、率直な意見だったのは疑いようがない。
しかし、だからこそ、ミレイユは居た堪れない気持ちを隠せなかった。
ミレイユの場合、ただ派手であったり騒がしかったりする祭りに、付き合わされたくないという事情があっただけだ。
何もするな、という指示が、今の祭事に繋がるとは思ってすらいなかった。
敬う気持ちは何かしら形にしたいものです、とはルチアから放たれた言葉だ。
ユミルも同様の意見で、実に冷めた視線を向けて来たものだった。
今更やめろとも言えず、代替案もないまま放置した結果、大神に喜ばれる信仰の示し方、という見解が独り歩きして今がある。
ミレイユが何とも言えない表情で顔を歪めた時、視線の先にて不都合なものが見えて、更に顔を歪めた。
「そういえば、ユミル達はどうした。祭り見物にも行ってると思ってたが、まさか外にいる筈ないよな?」
「神出鬼没な方ですから、何とも言えません。女官の誰もが行方を知らないのです。ただ、外に行くのを見た、という者の報告は受けております」
「やはりか……」
ミレイユが目を向けた方向には、祭りの法被を来たユミルが、お木曳車を引っ張る者達を応援する姿が見えた。
その隣には、法被こそ着ていないがルチアまでいて、楽しげな笑みを浮かべいている。
ルチアの場合、楽しげというより、皮肉げな笑みの方がニュアンスは近く、その視線の先に映るものが、どうにも気になって仕方がないようだ。
「ん……?」
ミレイユもその視線につられて見れば、そこには懐かしの顔が、紅潮させた顔で縄を曳いている。
「そういえば、あいつも一応、御由緒家だったな……。強い理力持ちとして、駆り出されていて不思議じゃないが……。迂闊な接触はするべきじゃないだろ」
「幻術で姿を隠している訳でもなさそうです。普通に賑やかしとして参加しているつもりかもしれません」
「何をやってるんだ、アイツは……」
ミレイユは溜め息を我慢して、額に手を当てる。
そうして顔を上げてから、祭りを満喫しているらしいユミルが視界に入ると、今度は堪り兼ねて盛大に息を吐いた。
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