不条理の打開 その7

 ユミルが断定する様に放った言葉は、レヴィン達の身体を貫いた。

 まるで電撃が走ったように身震いし、そして身体を硬直させる。


 そこまで言われて、何も察せられないレヴィン達ではない。

 しかし、否定したい気持ちは抑えられなかった。


「俺達が、その罠だと……。そして、実際に洗脳も仕掛けられていたと……そう、仰るのですか!? まさか、本当に……?」


「下手にヤブを突付くとさ、発狂しちゃうってのは、前に話したでしょ? だから、解呪するまで何も言えなかったんだけど……」


「では、実は最初から、そういう想定をされていたのですか?」


「いえ、気付いたのは割と最近よ。具体的には二、三時間くらい前ね」


「最近っていうか、直前じゃないですか……!」


 非難できる立場にないと分かっていても、非難めいた言葉がレヴィンの口から漏れ出ていた。

 だが、その心情をユミルも理解しているから、素直に言うだけ言わせて流している。

 彼女は形だけ詫びて、軽い調子で続けた。


「まぁ、これまで無事だったんだから良いじゃない。下手な質問ぶつけてたら、アンタら発狂した可能性あったけど」


「いや、シャレになりませんよ……!」


「完全に想定してなかったのも事実だしさ。実際、隠密性の高い罠として、上手く潜り込ませていたのよねぇ。それこそ実行される寸前まで、気付けなかった可能性もあったんじゃないかしら」


「では、何をキッカケに気付かれたんですか……?」


「それこそ小さなコトから……、他愛ない会話をキッカケに気付いたんだけど……」


 ユミルはそう前置きして、ルチアへ流し目をしながら続ける。


「いつまでも神器を放置は拙いって話になって、回収しようとした段に、アイナが洗脳されてた事実を思い出してさぁ」


「だから、俺達も洗脳されてるだろう、と?」


「色々と端折ってるけど、つまりそういうコト。――というか、考えてみる程、何故と思わずにはいられなくて、だからきっと洗脳されてる、って思ったワケ」


「考えてみる程……? 俺達は洗脳されてなければおかしい、との結論に至ったという意味ですか? ……何故です?」


 レヴィンからすると、それは至極真っ当な疑問だった。

 アルケスには良いように転がされてきた。

 都合の良い駒として利用され、そして実際、アルケスの期待通りの働きをした筈だろう。


 行動をそれとなく誘導されて来たと思っていたが、実は洗脳されていたからこそ、都合よく動かされていたのだろうか。

 その可能性に思い当たり、レヴィンは今更ながらに顔面を蒼白にさせる。

 しかし、表情だけで心底を汲み取ったユミルは、それをキッパリと否定した。


「ところが、そうじゃないのよね。聞いた話じゃ、アンタら長くアルケスと一緒に居たんでしょ?」


「はい、それこそ生まれる前からの付き合いです……」


「そして、旅が始まってからも、途中で合流して来て、その行動を誘導されていた」


「そうです……」


 ユミルの指摘には、レヴィンの表情は大いに歪まされた。

 ロヴィーサやヨエルもまた同様で、苦渋に満ちた表情をしている。

 しかし、ユミルにしても、今更分かりきった事実を、殊更指摘したいわけではなかった。


「でも、それがおかしいってのよね」


「え……?」


 俯くようにしていたレヴィンが、その一言で顔を上げる。

 すると、ユミルがしたり顔で、掌を上にして指を一本伸ばして突き付けた。


「わざわざ傍に居てとか、言葉巧みに誘導してとか、そんなまどろっこしい真似をするくらいなら、洗脳しちゃえば済む話なのよ。物心付く前からの付き合いっていうなら、洗脳する機会なら幾らでもあった。それに、日本から召喚していた奴らには、実際バンバン使ってたんだから」


「でもそれは……、魔力の有無なども関係していたのでは?」


「全くないとは言い切れないわね。でも、魔力を持つ――あぁ、こっちでは理力ね。理力を持つアイナにはやっぱり使用していた。アンタらには使えなかったか、と問われたら、簡単ではないけど可能、って返すわね」


「でも、何故……いや、そうか……。洗脳は単純な命令が好ましい、という話だったから……」


 そう、と首肯してユミルは続ける。


「アンタらには別の命令を刻みたかった。だから旅を始めさせるところや、それ以降の動きを、アルケス自ら制御する必要に駆られた。自らの掌で転がして悦に浸る……なんていうのは、思い違いだった。単に、そうせざるを得なかった話なのよね」


「でも、それを事前に見つけ、防いでくれたんですね」


「ざまぁみろ、って感じでしょ?」


 ユミルは大義そうに胸を張って、それからニヤリと口角を上げた。

 レヴィンもこれには同意する。


 何より、その命令で何をさせられたのかと思えば、恐怖しか湧き上がってこない。

 そして、もし実行していたら、きっと悔恨の後に頭を掻き毟る様な真似をしていたに違いなかった。


「感謝いたします、ユミル様。それには素直に感謝する思いなのですが……、俺達は何を命令されてたんですか? その瞬間が訪れれば、俺達はきっとその命令に抗えなかったのでしょう?」


 この質問に、ユミルは即座に答えられなかった。

 洗脳の有無について、施術について有無の判断は出来ても、その命令にまで詳しく知れる立場にはない。


 術者本人か、あるいは解析して解呪して見せた術士にしか分からぬものだ。

 それでユミルは顔をルチアに向けて、説明するように求めた。


「命令事態は単純で、ありふれたものでした。――暗殺です」


「あ、暗殺……!? 誰を!?」


「ミレイさんと一緒に、追い落とされる前提の命令ですよ。誰が目標かなんて、決まっているようなものじゃないですか」


 ルチアは小馬鹿にする様な笑いを向けたが、それはレヴィン達に対するものではない。

 その命令を刻んだアルケスに対してのものなのだが、レヴィン達はそうと受け取らなかった。


 青い顔を更に歪ませ、大神レジスクラディスへと目を向ける。

 神獣をソファー代わりに寝そべっている姿は、いっそ無防備だった。


 しかし、見た目ほど簡単に襲撃は出来ない。

 何しろ神獣そのものが、大神レジスクラディスを守る壁だ。


 その上、近くには必ずアヴェリンが控えている。

 二つの壁は常に彼女を覆っており、鉄壁の防御手段として機能していた。

 仮にこの二つを突破できたとしても、大神レジスクラディスへ直接刃を届かせるのもまた、決して簡単ではない。


 単に他の小神を統べる神という立場を持っているだけでなく、他の小神全てを相手取れる程、遥かに隔絶した力を持つ戦神なのだ。


 完全な不意打ちする機会があったとして、二つの壁を突破した上で可能かなど、考えるまでもなかった。

 レヴィンは顔面を蒼白にさせたまま、素直に心中を吐露する。


「そんな命令が、本当に……? 到底、可能だとは思えないんですが……」


「まぁ、そうでしょうね。アンタ自身がそう自覚しているように、不可能な状態だったから、これまで手を出さなかった。その実行判断と基準は、あくまでアンタ自身になるんだからね」


 だが、機会到来と一瞬でも判断したら、我が身を犠牲にしてでも刃を突き立てようとするのだろう。

 アイナが大神レジスクラディスへ『鍵』を使用した時の様に、防がれた場合など考えず、躊躇いなく実行するに違いない。


「俺には、永遠にチャンスが来るとは思えません……。アルケスは、勝算ありと考えていたんでしょうか」


「まさか!」


 ユミルは笑って手を叩く。

 その顔には蔑みが浮かんでいたが、同時に油断なく見据える警戒も見えた。


「可能性の有無だけでいえば、有ると考えたんでしょ。ウチの神様は、懐に入れた相手を大事にする性質タチだからさ。もしかしたら、一割くらいは……あるいはそれ未満でも……。そう思って敷いた罠でしょ」


「機会が見つけられたとしても、だから成功するとは限らないと思いますが……。それとも、逆に大神レジスクラディス様が俺達を手に掛けて、嫌な思いの一つでもすればいい、と考えたんでしょうか……?」


「そうねぇ、その可能性もあったと思うわ。でもさ、一割だろうと――まぁ、実数については異論あるでしょうけど……とにかく、一割以下だろうと大神を殺せると思ったなら、やって損のない手よ。大番狂わせが起こったら、小躍りして喜ぶつもりだったんじゃない?」


「そんな、馬鹿な……!」


 レヴィンは怒りを必死で抑え込もうと拳を握り、落ち着こうと呼吸の繰り返したが、一向に収まる気配がなかった。

 これまでアルケスが行ってきた事――異世界人を召喚しては、使い捨てにして来た事を思えば、レヴィン達も使い捨てようと考えたのには疑問も沸かない。


 しかし、どこまでも卑劣なやり口に、レヴィンは怒りを抑えられなかった。

 そこへ飄々としたユミルの声が、レヴィンの頭に落ちる。


「まぁ、実際……あり得たかもしれない、とは思うわよ。アンタはユーカードだから」


「え……?」


 その名が特別であるとは知っていた。

 初代となるユーカードが、大神レジスクラディスに直接、淵魔討滅を宣下されたとも知っている。

 しかし、彼女の口調からは、単なる事実とは別の意味を含んでいるように思えてならなかった。


「家名を誇って参りました。大神レジスクラディス様を信仰する一信徒として……。でも、もしかして他にも意味があるんですか……?」


「そうねぇ……、絶大な力を秘めた血族ってワケじゃないし、そういう意味での特別感は全くないけど。でも、他と比べて特殊な立ち位置なのは本当。いずれ、知る機会があるかもね。こっちの世界に滞在してるなら」


 謎めいた台詞だけ言って、ユミルは会話を打ち切る。

 これ以上言うつもりはないという表明であり、そして他の誰も言うつもりがないのなら、レヴィンは黙って受け入れるしかなかった。


 だが、その知る機会がそう遠くないと知るのは、このすぐ後のことだった。

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