不条理の打開 その5

「神妙に願います」


 巫女の一団は全員で五人いる。

 先頭の一人は老齢に差し掛かり、白髪も目立つ様になってきた女性だが、他の四人は誰しも二十代と若い。

 そして、全員の顔に緊張が走っているのが共通していた。


 敵意からではない。

 それはレヴィンにも、すぐに肌で察せられた。

 だから余計、混乱する羽目になっている。


 今までの歓待が、レヴィン達を油断させる罠、というなら話は早かった。

 客人と思わせておいて寝首を掻くなど、ごく有り触れた策だ。


 つい物騒になってしまう思考を自覚して、レヴィンは自分自身に苦笑した。

 そうして、直ぐにロヴィーサ達へ目配せする。

 警戒を解け、という指示だった。


 レヴィンにそう命令されれば、二人も素直に従う他ない。

 その様子を見て、老齢の巫女もそれと見せずに、ホッと息を吐いた。

 上手く隠したつもりかもしれないが、レヴィンからすれば、それを見抜けないほど節穴ではない。


 ただ、困惑が強まるのはロヴィーサ達も同じで、この事態にどう対処すべきか、既に迷いが出始めている。

 それを察し、先んじてレヴィンは二人に釘を刺した。


「こちらの常識を、俺達は知らないんだ。余り大袈裟なことはするな。俺達の行動如何で、大神レジスクラディス様の御名をも、汚すかもしれないと自覚しろ」


「そうは言うがよ、若。あれだけ物々しくやって来て、警戒するなという方が無理だぜ」


大神レジスクラディス様に有利な交渉材料として使う為、我々を利用する可能性はございませんか?」


 あり得るか、と問われれば、あり得るだろう、とレヴィンは思った。

 しかし、こちらの神とは親子関係であると、既に聞かされたばかりだ。


 親子関係だからとて、疑いなく信じて良い理由にならないが、さりとて豹変して見せる理由も不明だった。

 だが何より大事なのは、レヴィンは大神レジスクラディスを信仰する信者であるという事実だ。


 その御力を身近に感じ、直接声すら掛けて貰える立場を今現在、与えられている。

 好意や厚遇とは違うが、それでも見捨てるべき相手でない、とは認識されていた。

 その扱いに、レヴィンとしては背くわけにいかなかった。


「……よせ。たとえ不本意な形であろうとも、大神レジスクラディス様ならば正しく事を収めて下さる。何が起きてるか不明、理解しないまま勝手に暴れる方が余程まずい」


「そりゃあ、そうかもしれんがよ……」


 不満気に顔を顰めたヨエルだったが、レヴィンが咎める視線を送れば、流石に押し黙る。

 巫女に大丈夫だ、と首肯して見せれば、他の巫女を伴って近付いてきた。

 そうして座る事はないまま、起立した状態で丁寧に頭を下げる。


「ご理解いただき感謝いたします。抵抗あればその場で拘束、精査せよとの命を受けておりましたので、手間が省けて助かりました」


「散々な言われようだな……。暴れると思われていたのも心外だが、何より……拘束? それはそちらの神が命じたのか?」


「いえ、オミカゲ様ではなく、御子神様からの命でした」


「ますます分からん……。が、それが虚偽でないのだとすれば、従う他ない」


 正式な命令を認めた文書などが、ある訳でもなかった。

 不正に捕らえようと思えば出来てしまう。


 とはいえ、レヴィン達はこの奥宮にとっても、この世界にとっても異質な存在である事には違いない。

 レヴィンはいっそ開き直って、巫女に尋ねた。


「今はとにかく受け入れよう。……どういう事か、説明して貰っても?」


「申し訳ございません。それも出来ない事になっています。こちらはこちらで、受けた命を実行するまで」


 そう口にするなり、後ろの四人が両手を突き出し、魔力制御を始めた。

 レヴィン達の世界では魔族しか扱おうとしない、純粋な魔力の制御だ。


 刻印にとって変わられて久しい魔力制御だが、こちらの世界では同じ――同じように見える人間が、今も変わらず身に付けている技術らしい。

 ヨエルとロヴィーサから、やはり緊張した面持ちで是非を問う視線が向けられる。


 魔術の行使は、刻印と違って使用出来るまで時間が掛かる。

 彼女たちは優れた術士なのだろうが、それでも刻印の発動より勝る程ではなかった。


 不穏に思える発言といい、その真意を教えない姿勢といい、抵抗を試みるなら最後のチャンスだ。

 これを逃すと、もはや逃げられないと思って良い。

 しかし、レヴィンは二人に黙って受け入れろ、と首を振った。


 その直後、キンッという甲高い音と共に、レヴィン達をすっぽりと覆う結界が形成された。

 身動き取れない程ではないものの、両手を自由に動かせるまで広い空間ではない。


 何が目的だ、とレヴィンが鋭く目を向けると、老齢の巫女が手を近付けた。

 そのまま結界に触れて、数秒の間を置き、やはり魔力を制御して何らかの魔術を行使しようとしている。


 その直後、頭頂部から柔らかい風が撫でて行く錯覚を覚えた。

 薄い膜に包まれるようであり、それも一瞬通り過ぎただけで、何度も触れられるようなものではない。


 何をしたいんだ、とレヴィンが思っていると、老齢の巫女は難しい顔をさせて息を吐いた。

 それから後ろを振り返り、無言のまま首肯する。

 すると、レヴィン達の身体が宙に浮いた。


 いや、浮いたのではない。

 結界が持ち上がった結果、自動的にレヴィン達の身体も、上へ移動しただけだ。


「これは……?」


「如何なる質問にも答えられません。ただ、場所を移させて頂きます」


 その物腰は丁寧だ。しかしそこには、有無を言わせぬ迫力があった。

 レヴィン達は訳も分からぬまま、部屋から運び出される事になってしまう。


 お付きの女官にしても困惑を隠せない様子で、彼女らとは命令系統が違うことが窺える。

 ヨエルに目を向ければ、そら見ろと言わんばかりの視線を向けられたが、今更言っても後の祭りだ。


 結界は相応に強固で、武器を手放している今、破壊も不可能だった。

 たとえ持っていても、自由に取り回し出来ない


「むぅ……」


 状況を見定める為にも、今は大人しくしているしかなかった。

 そうして運ばれる事しばし、板張りの広い部屋へと運ばれてきた。

 奥御殿の中はとにかく広い。


 部屋数が多いのは言うに及ばず、廊下の幅、その長さもレヴィンが知るどの城より立派だった。

 その上、何に使うか不明な部屋も多い。


 この部屋も襖絵が見事である以外、他には調度品も置かれていない場所だった。

 明かりも少ない上に寒々しく、そもそも何も置かない事を目的とした部屋の様にも思えた。


 部屋の中央へ、レヴィン達は等間隔に幅を持たれて置かれると、少し遅れて別の誰かがやって来る。

 その人物もまた、レヴィン達と同じく結界内へ囚われており、不安げな表情で座り込んでいた。


 しかし、それが誰なのか認識した瞬間、レヴィンは結界内で飛び跳ねるように立ち上がる。


「――アイナ!?」


「れ、レヴィンさん!? それに皆さんも! 一体、どうしたんですか!?」


「どうしたんだも何も、それはこっちのセリフだ!」


 アイナは今にも泣きそうな表情で、こうしてレヴィン達と再会すると全く予想してなかったようだ。

 突然の別れと再会に、動揺を隠せずにいる。


「こっちも訳分かんない状況さ。唐突にやって来たと思ったら、拘束されてこのザマだ。……アイナはどうして?」


「いえ、わたしもその辺、全く分からなくて……」


「アイナの国の事だろ? 何かあったとか、思い当たる節とかないのか?」


「国の事とかは関係ないですよ。それにわたし、奥宮に入れるような身分じゃないんです。どうしてここに連れて来られたかなんて、全然……!」


 アイナの動揺は激しい。

 レヴィン達の顔を見た事で、押し殺していた感情が溢れ出てしまったようだ。


 結界を張り、それを移動させて来た巫女も未だに近くで待機しているが、彼女らからの説明は未だにない。

 このまま、ここに放置するつもりか、と思い始めた頃、女官に先導されて何者かが部屋の中に入ってきた。


 そして、その顔を見て、レヴィンはまたも驚く事になった。

 思わず結界に手を貼り付け、近付こうとする。


「ユミル様! どうして――いや、何か理由がおありと分かってはいますが!」


「驚かせちゃって、ゴメンなさいねぇ」


 大神レジスクラディスの指示があったとなれば、当然その周りでは神使が動くことになる。

 ユミルが掌をひらひらと振って入室して来ると、その後ろにはルチアも一緒に付いて来ている。


 二人は油断ない姿勢を見せているが、問題は何故、レヴィン達に警戒しているのかだ。

 しかし、理由はどうあれ、オミカゲ様の暗躍や独断による何かでない、とだけは分かった。

 とりあえず、レヴィンとしてはそれで十分だった。


「ろくな説明をさせなかったのには、ちゃあんと理由があるのよ」


 そう言って、ユミルは四人を見回したあと、ルチアへと目配せして続きを任せた。

 彼女は身の丈程もある杖を、どこからともなく取り出して、胸の前で抱くように掲げる。


「まずは始めてしまいましょう。今は何も言えませんから。何故言えないのか、その理由さえ。……でも、聞けば納得するだけの理由があると、予め言っておきます」


 一方的に言い放つと、ルチアは返事を待たず魔術を行使した。

 身構える暇すらない程の、迅速な魔術制御の果てに、閃光が放たれる。


 レヴィンの視界は真っ白に染まり、反射的に背中を逸らした。

 しかし逃げられるスペースなどなく、ただ背中を結界に押し付ける事しか出来ない。

 その閃光が収まる時間、閃光から逃れる一心で、瞼を強く瞑り、掌を突き出してそれに耐えた。

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