不条理の打開 その4

 ミレイユ達の話し合いは有意義に進み、実りある結果を得られた。

 ただ、帰還の目途は付いたものの、帰還してからの行動について、まだ問題は残されている。


 予断が許されない状況は変わらない。しかし、希望は繋がっている。

 その上、全てを一足飛びに解決できる訳でもない。


 だが、そこに進むべき道があり、その先に光が見えたのなら、進むべきだという話だった。

 その為の力も、そして意志も、ミレイユ達は持ち合わせている。


 着々と前に進んでいる一方、完全に停滞しているのがレヴィン達だ。

 現在彼らは純和風の、レヴィン達にとって全く馴染みのない部屋の中で、身を寄り添うようにして固まっている。


 丈の低い上品な艶と木目のテーブルを囲み、柔らかく厚みのある座布団に腰を下ろしながら、今も恭しく女官から給仕を受けている。

 そうしてお茶とお茶菓子を用意した後、女官らは背後の控えに戻った。


 その彼女らは壁の一部と化しているかのようで、視線や気配などといったものは感じさせない。

 それだけ高い技術を持つと分かるのだが、レヴィンはバツの悪い顔をさせて、口を窄めながら言った。


「何が不満という訳じゃないんだが、身の置き場なくて困るな……」


「一応、賓客の扱いではあるみてぇだけどよ……」


「これまで見て来た対応や、その物腰も、若様へ向けるに相応しいものではありましたね……」


 決して否定的でないものの、三者の反応は芳しくない。

 その対応も、ミレイユの連れという認識から、丁寧にされていると分かっていた。


 貴族どころか王族にも準ずる扱いは、まさにその為だろう。

 何一つ不便が出ない様、付き人となる女官が、レヴィン達一人ずつそれぞれ付けられている。


 彼女達はその容姿のみならず、身なりまでが美しい。

 華美な装飾などはないが、衣に使われる材質や、帯の一本に至るまで、粗悪な物は一切使っていないと分かった。


 レヴィン達を遇するにあたり、不躾にならない配慮は窺える。

 とはいえ――。


「窮屈だよな……」


「まだ、ここに来て二日だ。物珍しさがあるからよ、退屈とは違うんだが……」


大神レジスクラディス様が仰せのこと、待機とのお命じであれば従うまで、ですが……」


 見るもの全てが新鮮の状況だ。

 何もかもが違う、とアイナが言っていた通り、こちらの世界で見るものは驚きの連続だった。

 それら全てに、興味がなかったといえば嘘になる。


 ただ、レヴィン達が遇されている部屋は、興味本位に触れて良い段階を超えていた。

 何より洗練された文化が、迂闊に触れて良い気安さを損ない、躊躇わせている。

 お茶の入った容器一つ取ってもそうで、見たこともない形なのに、その色合いや手触りが粗末に扱えない逸品だと訴えているのだ。


「遠からず、お呼びが掛かるだろう。帰還方法や、アルケスや淵魔の対策など、既に講じておられるはず……。俺達はその時の為、剣を磨いていればいい」


「帰還について、疑うつもりは毛頭ないがよ……。神の為さる事だ、俺達はそれに付き従う。……ただ、不安には思う」


「何がだ?」


「このまま帰って、そのまま剣を持ち上げてよ、それでアルケスの野郎をぶちのめせるのか? それだけの実力が、間違いなくあると胸を張って言えるか?」


 これにはレヴィンも言葉に窮した。

 一度は、してやられた。

 まさしくアルケスの思う壺、計画通りに事が運んだのだろう。


 正しく剣を振るう機会を奪われ、そして剣の届かない位置に身を置いてもいた。

 では、それら全てが取り払われた場合でも、間違いなくその首に剣が届くのか――。

 そこは疑問に思わねばならない所だった。


「そうだな……。過信できるほど、俺達の強さは上等じゃない。そして、この刃が届いたとして、確実に落とせる自信もない」


「その上、間違いなく正面から戦ってはくれねぇぜ? 俺らを弱者と見るなら、それもあり得るがよ。それでも、何かしら策を弄するだろうって予想はつく」


「そうだな……。目的の為なら、幾らでも犠牲を許容する様なヤツだ。何をしてくるのか、その予想すら付かない」


 そして、どこまでが計画の内なのか、それはレヴィンにも分からない事だった。


大神様レジスクラディスの御力は、俺達よりも、アルケスよりも、更に上だ。しかし、そんな事ぁアルケスの方が、良く知ってるんじゃねぇのか。そしてヤツは、不戦勝を選んだ」


「追い落とせばそれで勝利……、そんなことを考えるタイプとも思えませんけどね」


 ロヴィーサからも追随されて、ヨエルは更に意気込んで頷く。

 レヴィンもまた同意しながら、しかし、と考え込んだ。


「二度と帰って来させない確信があるなら、そうなんだろう、とも思うが……」


 レヴィンは厳しい顔で唸ったが、それから幾らもせず、吐息と共に考えを放りだした。


「……まぁ、アルケスの企みなんて、俺には分からない。その本音から何まで、全て欺かれていたんだ。考えるに相応しい方なら既にいる。助言を求められた時だけ、発言した方が良い」


「……ま、そうかもな。誰しもそれぞれ役目があるというのなら、難しく考えるのは、少なくとも俺の役目じゃねぇ」


「それこそ、大神レジスクラディス様と、その神使様のお役目でしょう。それにしても……」


 ロヴィーサもまたヨエルの発言に追従してから、僅かに首を傾げて女官たちへ目を向ける。


大神レジスクラディス様が、こちらの世界における神、その御子様だとは知りませんでした」


「異世界とは、何やら繋がりだか縁がある、という話から推測できたが……。そこまで深い縁とは知らなかった……」


 レヴィンが感嘆したものか、それとも驚くべきか困った顔を浮かべていると、お茶の代わりを注ごうと近付いた女官が、柔らかい声音で口を挟んできた。


「これより約半年程前、未曾有の災禍がございました。地獄の釜の蓋が開いた、と誰もが思う程の災禍でございます。それほど多くの鬼と異形が、この地を満たさんと溢れたのです」


「鬼……、異形。魔物みたいなものか? アイナがそうした奴らと……陰ながら戦う者達がいる、と言っていたが……」


「正しく。我らがオミカゲ様と、御由緒家を始めとした隊士達がこれに奮戦しました。その折、御子神様が軍を率いて、その窮地をお救い給い、これを退けました」


「へぇ、軍隊……。俺にもお呼び掛け頂きたかったものだが……」


「この事は広く知れ渡る事実ではございませんが、奥御殿に居る者は全て、これを理解し、感謝しております」


 そう言ってお茶を注ぎ終わると、女官は上品な笑みと共に一礼する。


「御子神様がお連れになった皆様ですから、その時の方々同様に接しさせて頂きます。ご不便を掛けるつもりはございません。叶えられないものもございますが、何か必要な物などありましたら、何なりとお申し付けください」


「気遣い、ありがたく……。いや、当てつけで愚痴を聞かせた訳じゃなくて……」


「はい、よく存じております」


 その言葉に嘘はなく、心からのお礼尽くしとして、接したいと思っているのが見て取れた。

 また、自らの仕事に誇りを持っているのも感じ取れ、レヴィン達が室内調度品などを質問すると、嬉しそうに答えていたものだ。


 ただ、あらかた見る物、聞く物もなくなると、手持ち無沙汰にはなる。

 レヴィンは大神レジスクラディス様からお呼びが掛かるまで、素直に待機しているつもりだった。

 しかし、退屈な時間が続けば、余計な事にも考えを巡らすようになってしまう。


「部屋で燻ってるのが、良くないのかもしれない。さっき剣を磨くと言った手前、身体を動かしておいた方が、まだ意味もあるか……」


「そうですね……。傷らしい傷は癒やして貰った訳ですし、あまり長い間この状態だと、身体が鈍ってしまうかもしれません」


 ロヴィーサが乗り気で頷くと、ヨエルもまた挑戦的な笑みで頷いた。

 だが、広い室内とは言え、流石にここで手合わせする訳にもいかない。


 素手のみでの立ち合いは出来るが、レヴィン達の本領は武器を持った戦いだ。

 どうせなら、広々とした場所で鍛練したかった。


 レヴィンは窓の外へ顔を向け、その広々とした美しい庭を見て黙考する。

 広さは申し分ない。

 しかし、その一本ずつ全て綺麗に切り揃えられた芝は、荒々しく踏み抜くのを躊躇わせた。


 実際、その庭は観賞用にと手入れされたものに違いない。

 本気でなくとも、レヴィン達が動き回ればそれだけで、綺麗に生え揃った芝生は見るも無惨な格好になるだろう。


 その視線が顔に出ていたのか、女官の一人が苦笑しながら、控えめに提案して来た。


「もしよろしければ、道場の方へご案内できますが……」


「道場……? 鍛練場みたいなものか?」


「その認識でよろしいと存じます。武芸を磨くため、切磋琢磨する場所です。今日の所は真剣の持ち込みをご遠慮願いますが、武器を持って立ち会うには十分でございましょう。如何でしょうか?」


「あぁ、いいな。……でも、部屋から長時間離れて大丈夫だろうか?」


 これまでレヴィン達は、部屋から全く出なかった訳ではない。

 夜、夕餉の前には風呂を頂戴しているし、簡単ながら女官案内の元、周囲を見て回ったりもした。


 しかし、それらはどれも短い間の話で、鍛練するとなれば簡単には終わらない。

 外へ出ていたのも、短い時間に限るのだと、レヴィンは理解していた。

 それを思って尋ねたのだが、女官は問題ない、と口にして首を縦に振った。


「神の御前へ参られるとなれば、それ相応の格好が御座いますから、汗塗れなど許されません。身を整える時間が必要となり、その間、不遜にもお待たせする事になります」


「まぁ、許される事じゃないわな……」


 ヨエルが渋い顔をしながら頷いて、女官も柔らかく首肯した。


「ですが、本日オミカゲ様のご予定では、御子神様とお過ごしなさるとの事です。滅多な事でない限り、こちらに御声掛けはないと思って良いと思います」


「なるほど……。神様同士の話し合いで時間を使われるというなら、俺達の出る幕はないか」


 納得して首肯し、レヴィンが顔を綻ばせた時だった。

 控えめに戸を叩く音があって、女官の一人が取り次ぐと、剣呑な雰囲気をした巫女達が入室して来る。


 赤い袴に白い装束姿の女性達は、レヴィン達をまっすぐに見据えた。

 その態度に訝しむものを感じて、心なしか身構える。


 原因や理由は不明でも、突然の事態の反射みたいなものだった。

 ロヴィーサとヨエルまで、レヴィンの盾となるよう身体を向けている。

 レヴィンはいつでも腰を上げられる体勢を取っており、続く言葉を緊張した面持ちで待った。

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