神たる者 その8
車が道を進んでいくと、次第に周囲の町並みにも変化が現れた。
現代的なビルの代わりに、古めかしい時代の木造住宅や、瓦屋根の店舗などが軒を連ね始める。
だが当然、そこにある歴史的背景など、レヴィン達には知りようもない。
ただ大きく周囲の雰囲気が代わり、空気の質感さえ変わった様に感じられただけだ。
そして、町並みを歩く者の姿と反比例して、車の数も少なくなり始める。
車両の通行に一部制限があるせいなのだが、当然そんな事情もレヴィン達には知りようもなかった。
ただ、人々の顔には笑みが浮かび、そして活気に溢れているという事だけは理解できた。
そして、これと似た雰囲気に、レヴィンは覚えがある。
「大神様を祀る神殿の活気に、少し似ている気がする。神を傍に感じる安心感……、のような。人心の拠り所、というか……」
「それもあながち、間違っていないかもしれません。建立の形式などに大きな違いはありますが、明らかに何かを敬う物がありますよ」
ロヴィーサが正面を見据えながら言った先には、まさにその通り、神を祀る神宮が見えていた。
まだ正面には辿り着いておらず、全貌まで見えていない。
しかし、御影石による大鳥居と、その奥に見える朱色の楼門は、威風堂々たる佇まいを見せている。
神を祀る神殿がその奥にあるのだろう、とロヴィーサが予想するのは、不思議でも何でもなかった。
車はいずれ主道を外れ、楼門を正面に右へ曲がって行く。
目指す先は門の先だと思っていたレヴィンは、思わず拍子抜けした。
神の招きに応じた先として相応しいと思ったからだが、それもまた先走った考えだと、直ぐに分かる。
行き着いた先は、倉庫めいた建物だった。
立派な外観をして、やはり木造の威厳ある形をしている。
そこへ入ると、似たような車が多く並び、そうして大神や神使が車から降りる所まで見えた。
どうやら、車で行ける場所は限られ、ここからは歩けという話であるらしい。
今度は輿へ乗り換えるようなのだが、そこで何やら一悶着が起きている。
車の運転手が最初に素早く降り、恭しい態度で扉を開き、外へ促される。
されるがままに降りると、大神と何者かが口論らしきものを広げていた。
「……だから、輿に何か乗ったら、そこに誰が居るかなんてすぐ分かってしまうじゃないか」
「それの何が問題でございましょう? 御子神様が神宮は奥御殿へ参られるとなれば、神輿でのご入城以外考えられません」
「何と言うか……。変わらないな、そういう所。オミカゲならばそれで良しとしても、私までそれに倣わせる必要はない。普通に歩いて行く」
「あ、歩く……!?」
大神を何とか輿へ乗せようとしている女官は、引き攣った叫び声を上げて、今にも倒れそうな程ショックを受けた。
「神がその
「別に土で汚れるくらい、何だって話だけどな……。それに、奥で過ごしていた時は、普通に中庭とか歩いていたわけだし……」
「御殿内と外とを、同じく思って頂いては困ります! 神域にあると同時に聖域、外界とは全く別物です!」
「まぁ、そういう反応になるか……」
どこか遠くを見て重い溜息をつく傍ら、レヴィンはそれを見守って立つ者の一人――ユミルへと寄って、小声で話し掛けた。
「何があったんです? どういう状況ですか?」
「あぁ……? まぁ、何と言うかね……。ここの巫女とか女官って、神様の事が好き過ぎるのよね」
「はぁ……。大変、結構な事なんじゃないでしょうか」
神に仕える巫女や神官は、神を敬い、奉るものだ。
時として、レヴィンの目からしても、行き過ぎと思える信仰を向ける者だっている。
しかし、それは異常というより、熱意があり過ぎる弊害とも言えるものだ。
直接神へ侍り、奉仕する者ならば、好きの一言で片付かない、強い感情を併せ持つ者は決して珍しくない。
ユミルの言わんとしている事が分からず、レヴィンは首を傾げた。
「神は只その信奉を受け取り、良きに計らせれば良いのでは?」
「一般的にはそうだし、他はそれで良いんだろうけど……。ウチの神様はそういう態度を嫌うからさぁ……」
「……何を今さら?」
「ホント、そうよね……」
未だに言い合いを続けている一柱と一人を見ながら、ユミルは重い溜息をついた。
胸の下で腕を組み、片足に体重を掛けると、首を小さく振って言う。
「自分の知らない所で好きに信奉を向けるのは結構でも、あぁして形ある信奉の向けられるのは、どうも嫌うらしいのよね。アタシに言わせれば、ドンと構えて好きにさせとけって感じだけど……」
「何とも……。何と言ったら良いのやら、ですが……」
まさに口にした通りの心境で、レヴィンも反応に困ってしまう。
目立ち嫌いの神など聞いた事もないし、それがこれまで信奉して来た大神の正体などと、思ってもいなかった。
ユミルも積極的に仲裁するつもりもなく、完全な静観の構えだ。
付き合うのも馬鹿らしい、という心境が態度に現れている。
他の神使の態度はその外見からは分からないが、止めようと割って入らない辺り、ユミルと大きくは変わらない模様だ。
それでレヴィンも静観する事に決めた。
改めて顔を見渡すと、足りない顔ぶれがある事に気付く。
てっきり一緒に来たと思っていたアイナが、この場に居なかった。
「あの、アイナについて……何か知ってますか?」
「別に多くは知らないけど、家に帰ったんじゃないの? 結希乃とそれらしき話をしたの聞いてるから」
「あ、やっぱりそうなんですね……」
「まぁ、せっかく帰って来たんだから、まず家族の元に帰すのは自然って感じでしょ。事件性となると、ちょっと微妙な感じだしね。後日、事情聴取とかあるかもしれないけど、そんなの知ったコトじゃないし」
その通りかもしれないが、レヴィンはどうにも腑に落ちなかった。
アイナが完全な被害者あるのは間違いない。
そして犯人は、小神の一柱であり、アルケス神だ。
世界を渉る拉致事件に対し、その小神を統括する大神が、全くの無関係と主張するのも違う気がした。
アルケスは誅する、という話はあったものの、それだけでこちらの神が納得するのだろうか。
その責任と実証はどうするつもりか、レヴィンは訊かずにはいられなかった。
「拉致計画と実行は、アルケスだったわけじゃないですか? 神の犯行や蛮行に対し、色々とこちらの神から苦情もあるのでは? 正直な感想として、厄介な事態にならざるを得ないと思うんですが……」
「まぁ、普通はね……。基本的に、発見した被害者はこちらで対処し、都度送り返していたんだけど……」
そういう話だった。
見つけ次第、異世界で暮らしていた記憶を消去し、そして送り返していた。
洗脳の手段を使って利用されていた人ばかりで、中には完全なブラフと、示威行為のつもりで自爆させられた人までいたらしい。
だが、どこの誰が、と立証するのは難しい。
突如姿を消した者全てが、アルケスの犯行であるとは限らないからだ。
純粋な犯罪事件に巻き込まれ、音信が途絶えた者もいるだろうし、単に家出したまま帰らない者もいるはずだった。
「でも、大神様が統括する世界にいる神が、こちらの住民を害した事実はあるわけじゃないですか。謝って済む問題なのかどうか……」
「そういうのは、政治官にでも任せとけって話だけど……」
ユミルはそう前置きしてから、面倒くさそうに顔を歪めて続けた。
「まぁ、詫びの一つでもしなきゃいけないでしょうよ。大神が頭を下げて、それでお終い、かしらね」
「そんな軽々しく……」
レヴィンが言った言葉には、二つの意味が込められている。
大神に軽々しく頭を下げさせて良いのか、それが一つ。
もう一つが、その程度で許されるのか、という問題だ。
それに頭を下げてしまえば、立場上どちらが上であるか、示してしまう様なものだ。
「オミカゲ様……とやらに、大神様は頭を本当に下げられますか? 下げたとして、許されるのでしょうか……」
「アンタが何を不安がってるか想像付くけど、変なコトにはならないから安心なさい。上下関係なんかも、二柱の間には生まれない。出来よう筈もないのよ」
ユミルの口調は断定的で、確信に満ちている。
そして、神使がそこまで強く言うのなら、レヴィンから何を言えるものでもなかった。
神使が信じているのであれば、レヴィンもまた信ずるのみだった。
しかし、国が二つあれば、上下の位置付けは考えられるものだ。
また、同じ国内の領同士であっても、その上下は比べられる。
全く違う世界の神同士で、似た事が起きないとは思えなかった。
何より、大きな文明差もある。
ここまで車で移動する中、実に様々なものを見せられ、レヴィンは大いに驚かされた。
そして、どちらの文明が上であるかは、まさしく一目瞭然だった。
魔獣や魔物の類も見えない。
それら全ては一掃されている様にも見えた。
アイナから聞いた話では、魔物から陰ながら人々を救っている、との事だったが、今こそ理解が及ばなくなっている。
物と人、整備され尽くされた道と建物……。
あれらの何処に、魔物が蔓延る余地があるのか。
レヴィンは本気で理解できず、魔物どころか獣すら存在しないのでは、と疑いかけていた。
こちらの神――オミカゲ様とやらは、完全で完璧な世界を築き上げているように見える。
その神が隠蔽している魔術を見破り、顔を出せと言ってきたのだ。
そこに何の意図もないとは、レヴィンには到底、思えない。
ようやく話が纏まったらしい神と女官の姿を見て、これから起きる何かに、レヴィンは早くも胃を重たく感じ始めていた。
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