反撃、逆転。そして…… その8

 大神レジスクラディス目掛けて突き出された神器は、やはりその効力を発揮せぬまま、中空で受け止められていた。

 透明な壁に阻まれ、突き出す力と拮抗している。

 それでも尚、大神レジスクラディスは身構えぬまま、頭上の人影へと目を向けた。


 金色というより黄色の髪、そして短い頭髪に、灰色の瞳。

 それは神にとっては百年前から姿を隠していた者であり、人にとっては死んだと思われていた者――。

 アルケス神で間違いなかった。


「――先生ッ!」


 レヴィンは咄嗟に声を張り上げ、アイナへ飛び付こうとしていた、その動きを止めた。

 身体をアルケスへと向け、右手はカタナの柄へと手が添える。

 しかし、まだ抜いてはいない。


 その顔には苦渋と困惑、怒りと悲しみ、様々な感情が入り乱れ、掻き乱されていた。

 アルケスは挑戦的な硬い顔を大神レジスクラディスへ向けていたが、それをレヴィンへ移すなりチラリと笑った。

 

「おや、まだ先生と呼んでくれるのか。まぁ、別段悪い気もしないが……、お前の直情的な性格は、この期に及んでも治らないのか。だから、都合よく転がされたりするんだよ」


「アルケス……ッ!」


 レヴィンは顔面を恥辱で染め、怒りで顔を紅潮させながら、カタナを抜く。

 あくまで咄嗟の事で、言い慣れた呼び方が口から突いた言葉だった。


 しかし、そうだとしても仇敵より更に醜悪な相手に、親しんだ名で呼んだのは、間違いない失態だ。

 その屈辱を晴らそうと、レヴィンは飛び掛かろうと身を屈め――。

 そして、それより前に神使の三人が立ち上がった。


「流石に、この状態で傍観はありえないでしょうね」


「たとえ何が出来ると思えなくともな」


「実力差は理解してるでしょう。ここまでのお膳立て以上に、ここから更に策を弄するつもりと見るべきです」


 実力的にも、そして立場的にも遥か上位の三人が動くとなれば、レヴィンも勝手を出来なくなる。

 遣り場のない怒りを持て余し、歯噛みしたその隙間から、くぐもった声が零れ落ちた。


 そんなレヴィンの心情など知らぬまま、そして未だに臨戦態勢すら取らぬまま、大神レジスクラディスはユミルへと顔を向けた。


「お前、こうなる事を知ってたか?」


「知っていたなら、こうした場を設けないよう進言しておりました。場合によっては無理やりにでも。それ以前に、ここまで急行頂けるとは考えておりませんでしたので」


「あぁ……。『虫食い』は何者かが、既に処理した後だった。前提として、こちらも夜明けに間に合うかどうか、と思っていたが……」


 そのお膳立てとも言える行為を、アルケスがする理由はない。

 淵魔の氾濫を神は決して見逃さないから、急行するのは予想の範疇だろう。


 だから、そこに罠を張るのも、アルケス側からすれば当然といえる。

 だが、ロシュ大神殿へ大神レジスクラディスを招き寄せるだけにしては、戦力過剰に過ぎた。

 攻め落とすに十分な数を用意してあったならば、その目的が前提としてあったに違いないのだ。


「クソッたれの大神レジスクラディス! 何故こうも邪魔をするッ!? 何故お前にばかり味方するんだッ!」


「それはこの状況に間に合った話か? それとも、運命の悉くが味方だという話か?」


「ハッ、抜かせ! 隠し手駒を暗躍させただけで、運命だなどと軽々しい戯言を!」


 大神レジスクラディスは、アルケスの神器を受け止めながら眉根を顰めた。

 多くの神がいる中で大神を信奉する者は多く、傍に立ちたいと思う者も、やはり多い。


 しかし、手駒として実働させる者となると、極端に少なくなるのが実情だ。

 神使は三人しかおらず、実際の手足として動かせる実力者は限られる。


 暗躍する手駒などいても可笑しくないと思われる一方、実際には持っていないのだった。

 それは大神レジスクラディスが、余りに人員を選り好みし過ぎるから来る弊害だ。

 だがアルケスは、この場に駆け付け間に合ったのは、その手駒がいてこそだと思っている。


 その齟齬に、大神レジスクラディスは違和感を覚えずにいられなかった。

 アルケスもやはり、この場に間に合わせないつもりで、ここまで段取りを付けていたのだ。


「だが、その余裕……! いつまで保つか見物だな!」


 言うなり、アルケスは懐からまた別の神器を取り出した。

 それも一つではない。二つ、三つと、更に数を増していく。


 小神が一柱、大神へ楯突いたところで、何程の事もない――。

 その様に思って、余裕を持っていたの神使達も、これには表情を強張らせた。


「流石に拙い……?」


「――止めるぞッ!」


 どこまでも動きのない大神レジスクラディスに代わり、神使の三人が動き出す。

 しかし、既に準備万端整え、あらゆる覚悟の上で襲撃していたアルケスは、既に先手を打っていた。

 武器を構え魔力を制御し、即時戦闘態勢へ移った三人に、その背後から数十人の信徒が、怒涛の如く襲い掛かって来た。


「これは……!?」


「――殺すな、洗脳されている!」


 アヴェリンが咄嗟に制して、手を横薙ぎに動かす。

 その顔、その表情を見れば明らかだった。


 アイナ同様、虹彩に光はなく、いかなる感情も映していない。

 彼らはその手に武器を持ち、一心不乱に襲い掛かろうとしていた。


「いつの間に――なんて、驚くところじゃないわね! 襲う場所は決まってたんだから、幾らでも準備する時間はあった!」


「殺さなければ何でも良いだろう! 後でルチアに回復させれば……!」


「――そうするだろうと思うから、こっちも当然こうするのさ!」


 そう言ったアルケスが手にした神器は、大神レジスクラディスではなく、神使の三人に向けられていた。


「馬鹿ね、大神の権能を有した神器を持つアタシ達に、神器を持って拘束ですって? 意味ないって理解できない?」


「だから、喜べ。大盤振る舞いだ!」


 最初の一つ目、そして二つ目までは、ユミルが言う通り、幾らかの均衡を持ってから無効化された。

 しかし、続く三つ目からは様子が違った。


 抑え込んでいる力が弱まり、押し切られそうになっている。

 これには流石に、神使の三人も表情を変えた。


「ちょっと拙いわよ! 数に圧倒されてる! 全てを無効化できない!」


「逃げる選択肢がない以上、これは……!」


 無力な神官兵たちによる襲撃、それが今は拙かった。

 本気で抵抗し戦闘すれば、枯葉を散らすが如く、薙ぎ払うのは簡単だ。

 しかしそれは、彼らの命を考慮しない場合だった。


 神使達と比べて遥かに弱い彼らは、どれ程手加減しても手加減し過ぎる、という事はない。

 それだけ戦闘力には開きがある。

 周りの正常な兵達は、彼らを取り押さえようと奮闘してくれている。

 しかし、洗脳を受けた者達はなりふり構わず暴れようとするので、手こずって押し切られようとしていた。


 あまりにやり辛い相手だった。

 アルケスを攻撃するには、まず邪魔しようとする彼らを無力化しなければならない。

 だが、彼らの弱さがそう簡単にやらせてくれなかった。


 弱者など戦場において役に立たないと思っていただけに、アヴェリンはその悪辣さに歯噛みした。


大神レジスクラディス様の神器といえど、これでは……! 一度に幾つもの神器や権能を、無効化することまで想定していない!」


「仕方ないわ、まずはアイツらを優しく寝かしつけてやりましょうッ! 死んでなけりゃ許容範囲よ。とにかく――!」


 続く言葉は、アルケスのしたり顔と共に、大神レジスクラディスへ発せられた。


「そうとも! お前は想定しない! 権能で攻撃される時、一度に幾つも、同時にぶつけられるなんてな!」


「そうだな。だから……? 一度に無効化できる許容量は、確かに限界がある。その手持ちじゃ足りんだろう。よく浅はかだって言われないか?」


「それはお前だ! 止められると思ったから、驕り高ぶって攻撃を受けた! 受けたところで問題ないと思った! お前の権能は強力だが、発動にはまずその身に受けてからでなければならない! 抵抗し、挫滅させる。その特性故……!」


「前口上の長い奴だな。最後まで聞いてやらなきゃ、攻撃は始まらないなんて言うなよ」


 大神レジスクラディスは、その余裕をどこまでも崩さない。

 肘掛けにされている精霊は、今にでも飛び出して襲い掛かろうとしていたが、それを撫でて宥めている程だった。


 自身の無事を疑っておらず、また勝利も疑っていない。

 そして何事も起こらないと、高を括っているかの様だ。

 

「思い違いだ、大神レジスクラディス!! 何の勝算もなく、こんな事が出来るものかッ!」


「ならば、やってみろ。私の驕りを崩せ。――出来るものならな」


「だから、そう言ってるだろうッ!!」


 怒りと怨み、あるいはそれ以外の感情を吐き出しながら言うと、アルケスは懐から更に神器を取り出した。

 取り出したというよりは、空中へ投げ捨てたというべきだった。


 そして、その数は優に十を超えている。

 その神器全てが発光しながら形を変え、そこの込められた力を発揮しながら大神レジスクラディスの周囲を舞った。


「これは……」


「予想外か? 想定外か? お前はさ、神殿に神器を安置なんてさせるべきじゃなかったんだッ!」


「盗難防止はさせていた筈だが……。そうだな、まさか神が盗人風情に成り下がるなど、誰も想定していなかったろうしな」


「単に神器を盗んだだけと思うから、お前は今日、ここで負けるんだッ!」


 アルケスは怒りを発奮させているというより、その不満をぶち撒けているかの様だった。

 そして、それは大きく間違ってもいない。

 それこそがアルケスの原動力だった。


 しかし、そんな事は大神レジスクラディスにとって、思慮の内にも入れる必要のないものだ。

 既に動機が何かなど、考える必要もない。


 単なる叛意なら笑って済ませた。

 直接的な攻撃でさえ、多少の折檻で終わらせていただろう。


 しかし、アルケスは淵魔と接触し、これを利用する手段を取った。

 如何なる理由があろうと、それだけは許せない。

 大神レジスクラディスはここで初めて、敵意ある視線をアルケスへ向けた。

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