反撃、逆転。そして…… その6

「レヴィン・ユーカード。お前は実際にアルケスと共に行動し、計画の一端を担った。その事実に間違いはないか」


「ございません。全て私の不徳と致すところです。我が臣下は命じられて付いて来ただけで、どうか二人の――」


「欲しいのは謝罪ではない。そして、今は懺悔する場でもない。訊かれたことのみ、答えなさい」


「ハッ! 失礼いたしました!」


 ユミルの言葉はどこまでも事務的で、まったく感情がこもっていない台詞だった。

 これまで幾度となく会話を重ねて来たのは誰だったのか、分からなくなる程だ。

 目の前の人物が本当にルミと同一なのか、レヴィンは不安になる。


 この場では、いっそ別人と考えた方がよさそうだった。

 今は知り合いや戦友といった過去は切り捨てるべきだと、認識を改める。

 レヴィンは頭を下げたまま、次なる質問を待った。


「アルケスはその名を偽り、身分を隠し、そして百年程前からユーカード領と接してきた。……そこに間違いは?」


「ございません」


「そうした前提の元、信頼を根付かせ、依存させた。その上で指示を受けるまま、神殿を襲撃したと認めるか?」


「……認めます」


 これを告白させられるのは、レヴィンとしても辛い所があった。

 物心付く頃には、アクスルは既に領の一員と言って良い待遇を受けていた。

 最低でも数年に一度は顔を見せるので、親類と似たような気安ささえあったのだ。


 それが全て、信頼を根付かせる為の欺瞞だったなど、今になっても信じられない思いがする。

 それ程、彼は領主一家に認められていた。


 何より、淵魔という喫緊の問題へ、常に対処しようと見せていたからこそ、その信頼は重かった。

 レヴィンのみならず、ユーカード家はそこに裏の顔を持っているなど、露とも思わず敬意を向けて接していた。


 ――その、後悔。

 分かった今だからこそ、言えることではある。


 そんなつもりはなかった。

 神への畏敬と尊崇を利用され、そのまま反転するよう仕向けられたのだと、レヴィンは声を出して弁明したい。


 しかし今更、そのような発言に、どれ程の意味があるだろう。

 今回行われた神殿への大襲撃は、レヴィンの行動なくして起きなかったことだ。

 意図的であったかどうか、関係ない程の被害を出した。


 謝罪も弁明も、懺悔すら許されない立場であるのは、既に通達されたことだ。

 処罰される者として、それを受刑する者として、レヴィンは心を定めなければならなかった。


 悔恨に打ち震えている最中でも、ユミルから鋭い詰問は飛んでくる。


「各地神殿への襲撃の発案はアルケスであり、それに沿うよう指示されたか? 神殿は憎むべき物、忌避すべき物として、その思想を植え付けられたか?」


「え……?」


「……神殿襲撃は、お前自身の発露から出たものか?」


「い、いえ……。確かに、それは……直接的な指示と誘導、両方あって襲撃したもの……かもしれません」


 突然、質問の流れが変わったように思えて、レヴィンは動揺から答弁に困る。

 あの訊き方では、まるでレヴィンを庇う意図があってのものだと思えてしまう。


 確かに、レヴィン達は神殿襲撃に加担した。

 アクスルの死んだと思い込んだ以降は、自ら率先して襲う計画も立てていた。

 だがそれは、その様に誘導され、植え付けられた信頼の元、行ったものであったかもしれない。


 突然変わった風向きに、どういうつもりかと疑いたくなる。

 レヴィンは恐る恐る顔を上げて、ユミルの表情を盗み見ると、そこにはいつも見ていた様な、悪戯好きのする笑みを浮かべていた。


 目が合うと更に笑みを深め、口の端を吊り上げたかと思うと、すぐに引っ込む。

 また厳しい表情を顔面に貼り付けると、形式張った口調で再び詰問を開始した。


「神はその気になれば、人心を操るのは実に容易い。しかし、それは同時に、神の目に映ることも意味する。我々の間から長らく姿を隠し続けていたことも加え、彼らに一方的な非があると考えるのは些か問題があると考えます」


「ハ……。それは……」


「これはアルケスの暗躍を許していた神界側にも、一切問題がなかったと断ずるのも不可能です。アルケス神がアクスルと名乗り、そして行っていた全てに対し、携わっていた者は罪科について一考する必要あり、と判ずるのが妥当と思えます」


 ユミルがそこまで言い切ると、背後を振り返り、最敬礼の角度で一礼した。

 レヴィンも慌てて頭を下げて、地面を一点に見つめる。

 あるいは、もしかしたら、という心の思いを留めることは出来なかった。


「大神をも騙した一計、これを人の怠慢と断ずるには些か酷であります。如何でありましょうか」


 ユミルがそこまで言い終わると、場にしんとした空気が降りた。

 レジスクラディスは沈黙を保ち、一切の言葉を発しない。

 しかし、その沈黙に緊張は全く含んでいなかった。


 本来ならば痛いほどの沈黙と、吐き気を覚える程の緊張があって当然だと思うのに、そこにはむしろ愉快に思う空気が蔓延している。

 肘掛け代わりの精霊が頭を上げ、それから背後を窺う様な仕草をした。


 再び頭を下げて今度は耳打ちする様に顔を寄せると、レジスクラディスもまた聞き耳を立てるような仕草をする。

 それからしばらくすると、大義そうに顎を上下させた。


「そなたの言うこと、理に適う。これで罰しては、神としての面目も立たなかろう。――差し許す。此度の陰謀に関わったレヴィンとその仲間、罪科について不問に処すとしよう」


「御寛恕、ありがたく」


「あ、ありがとうございますっ……!」


 レヴィンは叩頭していた頭を、更に深く――地面へ額付けんばかりに、深く下げた。


「大神レジスクラディスの名において、お前……そしてユーカード領の者すべてを許す。他の者も、そうなるものと心得よ」


『ハハッ……!』


 全員から返事があって、レジスクラディスも満足気に首肯した。

 再び、頭を上げる許可があって次の視線を、アイナへ移した。

 それが分かって、レヴィンは自分が名前を挙げられた時より緊張したのを自覚する。


 彼女はユーカード領の人間ではない。

 神はその名を以って、ユーカード領の人間は罪に値しないと宣した。

 ただし、それ以外について言及はなく、ともすれば許さないと言っているようなものだった。


 ならば、アイナは――。

 彼女もまた、利用された者の一人には違いない。

 守るというなら、彼女もまた守って欲しい。

 だが、それをこの場で口にするのは不敬に当たるのだった。


 それでも、この場で沈黙するのは、自らの良心が許さないレヴィンは強く思う。

 意を決して顔を上げ、口を開こうとした時――。


 それより早く、ユミルが振り返って目を射抜いた。

 その目には、やはり悪戯好きのする笑みが浮かんでいる。


 大丈夫だから、とその目で訴えているようでもあり、だからレヴィンは躊躇いつつも口に蓋をした。

 そこへ、改めてレジスクラディスから声が降る。


「異世界人、……そこにいるな。起立し、即座に前へよ」


 その声に反応して、アイナはビクリと肩を震わせた。

 恐る恐る上げた顔には、明らかに怯えた表情が浮かんでいる。


 しかし、迷う素振りを見せたのは一瞬だった。

 意を決して立ち上がると、大きく外を回ってレヴィンのすぐ傍で膝を付いた。


 アイナが怯えている理由は二つある。

 自分が良く知る、自分の世界の神と、瓜二つの存在が目の前にいるから。

 そして、封印の実行犯は自分である、という点だった。


 レヴィンは己こそが皆を率いていて、自分こそが罰せられるべき、と主張していた。

 しかし、その実、アイナがいなければ、そもそも龍穴の封印など出来ていない。


 そのかなめを担っていた者こそが、アイナだった。

 だから、思い処罰を覚悟して、粛々と頭を下げる。

 そうして、次に掛かる言葉を待った。


「お前の罪科を定めるのは難しい。同じく利用されていたのは疑いようもなく、更に言えば、拉致された身の上だ。全く一人で孤独に立ち向かわねばならぬ所へ、手を差し伸べる者がいたなら、頼られずにはいられまい」


 硬い口調であったとしても、その発する声音は柔らかい。

 その身に起こった不条理に、同情している節さえ感じられた。


「その上、異世界人は召喚に際して、例外なく洗脳を受ける。どういった指示を受けていたのかともかく、本人が望むにかかわらず、その行動を強制された事実は変わらない」


 アイナはそれでハッとする。

 そういう話は既に聞かされていた。

 そして、今の今まで、全く実感できていなかった事でもある。


 これまでも神殿で、龍穴への封印は幾度となく行われて来た。

 しかし、それに際して、どうしてもやらねければといった使命感や、逆らえない衝動など、一切感じていなかったのだ。

 ただ、恩師の――アクスルの言うことだから、レヴィンの熱意に動かされたから、だから己も協力したいと思っただけだった。


 それは洗脳とは別の、自らの内から生まれた情動だと思っている。

 しかし、洗脳の話を思い出した今、果たしてどこからどこまでが自分の感情だったか、分からなくなってしまった。


「異世界人、お前に対する沙汰は、国外への追放……。言い方を変えれば、元の世界への追放となる。その際には、こちらで過ごした記憶は抹消される。何も知らず、何も為さなかった。こちらで築いた何もかも捨てて貰う。……罰と言うなら、それこそを罰と定めよう」

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