反撃、逆転。そして…… その4

「ぐ、ぐぅぅぅ……ッ!?」


 凄まじい爆発が起きたのだとレヴィンは、一瞬後に理解した。

 身体を叩き付ける爆風、目も開けていられない爆光が、それを証明している。

 ただ、それだけの大爆発だと言うのに、身体が受ける衝撃は恐ろしく少ない。


 ――おそらく。

 直前に身体を纏っていた光が、何かしらの防御効果を発揮しているのだろう。

 そうでなければ説明が付かない程、その爆発は常軌を逸していた。

 本当ならば、馬体ごと吹き飛び、小石の様に転がされていたとしてもおかしくないのだ。


「こ、これは、一体……!?」


「淵魔を一掃するのに、丁度良い魔術でも使っただけよ」


「何か知ってるんですか……!」


「そりゃあね。淵魔は一匹でも残しておくと厄介なんてのは、当然知ってる話だけど、神が直接手を下す時は、少々荒っぽくなるのよ。一体も残せないからって理屈なんだけど……」


「だ、だとしても……!」


 両腕で顔を覆い、爆風から身を守っている現状、それ自体が信じられない。

 後方へ流れていく爆風の衝撃だけで、凍り付いた淵魔が破砕され、流されていく。

 余りに過剰な威力と思わざるを得なかった。


 しかし同時に、これ程の威力ならば、淵魔は一体として残っていまい、と思える安心感もある。

 爆風はそれから数十秒に渡ってレヴィン達の身体を打ち付け、それが一通り収まった後には、周囲の全て余さず消えていた。


 視界の中を埋め尽くしていたはずの淵魔も、消滅している現実こそが信じられない。

 本当に何一つ――草木の一本すら残らず、遠くには巨大なクレーターが出来ていた。


「結界、抹消終結」


 そこへ凛とした、厳かな声が響いた。

 それを皮切りに、遥か彼方から、半透明の壁が近付いて来た。


 結界が張られた、という言葉があった。

 しかし、結界など何処にある、とレヴィンは疑問に思っていたものだ。

 ――そうではないのだ。


 結界はしっかりと張られていた。

 それが常軌を逸した、巨大な結界だから視界に映らず、気付けないだけだった。


 頭上を見上げれば、先程見えた銀髪の妖精女王が、杖を掲げて魔力を制御している。

 杖から魔力の燐光が波打つ度に、結界の収縮も早まっていく。


 直方体型の結界が狭まり近付いて来るのは、本能的な恐怖が付き纏うが、それをやっているのは神使なのだ。

 ある種の覚悟をしながら迫るのを待っていると、いとも呆気なく結界が通り過ぎていく。

 そして後には、草木を始めとして、元に戻った世界が目の前に広がっていた。


 それでようやく、レヴィンは結界内に居たのだと実感する。

 高度な結界術は、外界の全てを遮断し、その内部で起きたこと全てをなかった事に出来るという。


 雲が流れ、風の流れを肌で感じると、今までそれが無かったのだと初めて気づいた。

 それこそまさに、結界内にいたという証拠でもあった。


 膨大な爆発と衝撃波は、地上の全てを薙ぎ払い、更地にしていたが、それらは結界の解除を前提にして行われた事だったらしい。

 だが、全てが元通りになったわけでもなかった。

 大きなクレーターが大地に刻まれ、そこには破壊痕がしっかりと残されている。


「つまり、これが……。突然ある日、クレーターが出来ていた理由、ですか……」


「そう言ったでしょ」


「えぇ、しかし……」


 レヴィンは改めて周囲を見回す。

 山々の岩肌すら削っていた破壊の爪痕は、そこには見えない。

 根から千切れ、吹き飛ばされていた木々も、元に戻っていた。


 多くの物は結界外へ影響を及ばさなかったと分かるのに、術の着弾点だけ残っているのは、つまりそれだけの高威力が放たれたことを意味していた。

 結界を用いてさえ、その威力全てを閉じ込めること叶わない――それが破壊痕の理由だろう。


「ここまでやる必要あるんですか……? 破壊の爪痕まで、しっかり残ってしまってますし……」


「あれでも威力を絞ってるつもり、ってのは置いといて……。まぁ、そうね。あるわよ」


 ルミは上空の赤竜を目で追い、それから地上の破壊痕を見ながら言った。


「無駄に爪痕残したいワケじゃないし、竜のブレスで一清掃射しても、ケリを付けられるハズだった。でも、それで良しとしなかったからには……」


「わざわざ、高威力の魔術を使うだけの必要があった……?」


「そう、『虫食い』の根を発見……いえ、違うわね。作られる可能性があったから、先に潰したつもりでしょう。後から実は、この時点で種を植え付けられてました、とかなっても困るし」


 つまり、とレヴィンは畏怖する様な目を向ける。

 ルミはそれに、大袈裟とも取れる首肯で応えた。


「淵魔と『虫食い』には関連性がある。淵魔出現地点に『虫食い』が必ず発生するものじゃないけど、その発生を誘発させる根本原因が淵魔だからね」


「何だか、よく分かりませんが……。表面的な被害を出すのが淵魔で、裏から浸食する様な行為が『虫食い』って事ですか」


「それは非常に正しい理解よ。詳しい口説明は難しいけど、とにかくこれは討滅士……に限らず、人の手には余るのよ」


「知らずとも、我らと共に神は戦っておられたのですね……」


「まぁ、それなりにはね。隠してるワケじゃないけど……ホラ、ウチの神サマって奥ゆかしいから。自らの手柄や功績を、喧伝したくないタチなのよねぇ……」


 そう零してから、ルミはクレーターの中心――最早何の動きも見せない場所へ、敵意がありありと浮かんだ視線を向けた。

 鼻を鳴らして視線を切ると、今度は上空の竜群へ目を向ける。


 レヴィンも釣られて視線を向けると、竜の群れは西へ飛び去ってしまった。

 残ったのはたった二体だけだ。

 一際巨大な赤竜が、その巨大な翼を広げ、大神殿の方へと緩やかな速度で飛んで行くのが見える。


「どうやら、今回の奮戦を労うつもりであるらしいわね。アタシ達も行きましょう」


「は、はい……っ!」


 神と――それも強く信奉する神と、直接対面できるのは至上の喜びだ。

 人間にとって、一生に一度あるかないかの事で、大神はその中でも特に姿を見せないことで有名だった。

 祖父エーヴェルトでさえ、未だ対面叶ったという話は聞いていない。


 それを今、レヴィン達が対面できる喜びを得た。

 しかし、それと共に、懺悔の機会を与えられた、と思わねばならなかった。

 神へ直接行う懺悔は、その拒否をされるかもしれないと思えば、何より恐ろしい。


 それでも、そうであっても――そうであればこそ、レヴィンは己の失態と不信心を詫びなければ気が済まない、と思っていた。

 直接の機会を与えられ、身震いとも、武者震いとも取れない身体の震えと共に、リンが先導する馬の歩みに付いて行った。



  ※※※



 リンが先頭になって回廊を抜け、神殿内中庭へ入ると、レヴィン達は万雷の拍手と歓呼の礼によって迎えられた。

 これ程の歓待を受ける理由は、彼らが目の前に絶望せず、最後まで抗ったからだと思っている。

 その姿が神の目に適い、だから助力を得たと映ったのだ。


 それ程までに、神の顕現とは本来あり得ないことで、それに見合うだけの何かを成したのだと考えるものだった。

 上空にあった竜の群れは既に空の彼方へと消え、その影すら見えない。

 今ではたった二体が、連なるように上空を旋回している。


 リンは騎馬隊を率いて神殿の大扉方面へと向かい、そうしながらも、周りに溢れた神官兵や騎士達へと指示を飛ばす。

 これから神がこの場に降臨するにあたり、彼らは整然と並び迎えなければならない。


 騎馬隊も馬を降り、侍従に渡して厩へと連れて行くよう命じる。

 そうして神使が正面となり、その後ろに神官、そして周りにその他の兵、という形で配置された。

 準備が整うと、中庭には竜一体が降りて来られるだけのスペースが出来上がる。


 本来なら一体と言わず、三体は降りてこられるだけの広さがあるのだが、赤竜は――大神が直接その身を預ける竜は、他と比べて遥かに巨大なのだ。


 巨体に見合わぬ軽やかな調子で地面へ降り立ち、空気が押し出され、それで僅かな風が巻き起こる。

 間近で見ると更に巨大と感じられ、まるで城が目の前に出来上がったと錯覚する程だった。


 赤竜がゆったりとした仕草でその場に鎮座すると、リンが最初に地面へ片膝を付ける。

 胸に手を当て一礼する仕草を見せると、誰もがそれに倣って同じ礼を示した。


 レヴィンが呆ける様に見つめていた横で、同じ様に跪いたロヴィーサが、腕を引っ張り小さく嗜める。


「――若様」


「あ、あぁ……」


 それでレヴィンがようやく我に返って、同じ様に膝を付いて拝礼した。

 気付けば、いつの間にやら三人目の神使――銀髪の彼女もリンの横で、同じく膝を付いている。


 顎を引き、深く頭を下げる拝礼は、神像などに向けて行う礼式の一つだ。

 それを神前で実際に行える機会など、そうあるものではない。

 神官長などは、それが出来る喜びを噛み締めている様でもあった。


 レヴィンにとってもまた、それは同様で、間近に接する機会を得られて身震いしている。

 一言だけでも詫びる事が出来たなら……。


 直接、言葉を交わすのは不敬だと思う。

 しかし、己の不信と不備を、レヴィンは詫びたかった。


 地面の一点を見つめ、ただ深く思いを向ける。

 その時、厳かな声が頭上から降ってきた。


「一同、おもてを上げよ」


 まるで、言葉そのものに重力が乗っているかの様だった。

 許しを得られたというのに、身体が持ち上がらない。

 上から押さえつられる圧迫感があり、それは対面を許された事実に対する畏れと気付いた。


 レヴィンは生唾を飲み込み、意を決して顔を上げる。

 その時、背後から驚愕した声が周囲に響いた。

 その声がアイナだったと気付いたのは、一瞬後の事だ。


「――オミカゲ様!?」

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