反撃、逆転。そして…… その1
大扉前でリンを先頭とした騎馬隊が、二列縦隊で待機していた。
一様に緊張した面持ちで睨み付ける彼らの先には、今も破城槌による衝撃により、大きく扉が揺れていた。
急拵えの支え棒が扉と床の間に何本も刺さり、それらの多くは、既に大きく歪み、罅が入っている。
リンが合図をすると、大扉前に待機していた兵達によって、それらが一斉に取り払われる。
その瞬間、扉が大きな音を立てて開け放たれた。
兵達は壁に寄り、身体を垂直に立てて、僅かでも背中を壁に押し込もうと踏ん張った。
突然、抵抗を失ったせいで、破城槌の
そして、その僅かな間隙を、リンは見逃さなかった。
「――突撃ッ!」
大きく半円を描きながら、メイスを振り上げ馬の腹を蹴ると、
振り上げたメイスを、今度は逆半円を描き、下から掬い上げる様に
顎を捉えた一撃は、それだけで
騎馬の突進とリンの重撃は凄まじい威力を発揮し、そのまま一直線に突き進める道が出来上がった。
そのすぐ後ろに付き従うルミも、変幻自在のレイピアで淵魔を次々と貫く、合間に放たれる雷魔術で敵を焼く。
二人の突進が道を切り開き、その後ろに続くレヴィン達だった。
攻撃の漏れた淵魔、一撃では仕留めきれていない淵魔などを狩って行く。
「ハァァァァッ!」
正門を飛び出してから、回廊まで貫くリンの進撃は、正に一騎当千を評するに相応しかった。
埋め尽くしていた淵魔など、虫を払うかの気軽さで薙ぎ飛ばし、まるで無人の野を行くが如しだ。
轢き殺され、跳ね飛ばされ、打ち据えられる。
どの様な淵魔であれ、彼女の行く手を遮ることは出来ない。
熊にも似た、重厚な体躯を誇る
騎馬の鼻面が接触するより前に、全力で振り上げた一撃が、とてつもない衝撃波となって吹き飛ばす。
「ハイィィヤァッ!!」
リンは何一つ刻印を使っていない。
だというのに、凄まじい突進力を持って、全ての淵魔を掻き分けて進んで行く。
それはまるで、氷河の中を進む砕氷船の様だった。
どれ程の淵魔を用意しようと、彼女の突進は止められない。
まるで暴風の様なリンの進撃は、どこまでも続いた。
リンが崩し、ルミが補い、その後にレヴィンたち百騎が、左右へ分断された淵魔を攻撃する。
彼ら彼女らが進んだ後には、崩れて消えかける淵魔と、成す術なく轢殺され泥と消える淵魔のみ残された。
――しかし。
――それでも。
淵魔の数は膨大だった。
視界は依然、全て淵魔によって占められている。
永遠に続くかに錯覚してしまう程で、終わりが全く見えなかった。
その突進力を活かしたまま、大きく弧を描いて戦場を蹂躙しているものの、馬の体力もまた無尽蔵ではない。
特に戦闘中の全力疾走は、その損耗も激しい。
馬が倒れ、淵魔の渦中に取り残されては、今度は騎馬隊全員が呑み込まれ、喰われてしまうだろう。
何としても、それまでに淵魔の大多数を討滅する必要があった。
しかし、厄介なのは淵魔に、怖気や不安など無いことだ。
一方的に不利、戦局的に不利、襲い掛かっても敵わない、などといった判断はしない。
我が身惜しさに逃げ出すこともないので、本当に最後の一兵まで、戦うのを止めないのだ。
これが魔獣や魔物と異なる、淵魔と生命の間におかれた、絶対の違いであるかもしれない。
生命としての根幹となる、自己保存本能が存在しないのだ。
だから、リンの圧倒的武威による蹂躙、そして圧倒的戦果による威嚇は、敵の士気に影響しなかった。
いや、士気という概念すら、淵魔には存在しなかった。
現状は押している。それは間違いない。
しかし、これをいつまで続けられるのか、その不安は誰の心にも影を落とした。
その時、生じた隙を狙った訳ではないだろうが、淵魔の一体がレヴィンへ襲い掛かった。
「ギィィィッ!」
今もあわや、というところでレヴィンが斬り返し、空中にて両断した。
しかし、体勢は大きく崩れ、落馬しそうになってしまう。
既の所で、隣のヨエルが手を伸ばし、その襟首を掴んだ。
「――若、平気かッ!」
「あぁ、すまん! ……何にしても、この数だ! 騎馬隊だけで、削れる許容を超えている!」
戦端が開かれる前と後を比べると、その戦力を三割以上削ったと思われた。
残存数は二万前後、といった所だろう。
だが、それだけ削っても、それを百の騎兵で全て削り切るのは難しい。
リンたち神使が先頭にたってその力振るおうと、簡単でないのは誰の目にも明らかだった。
「このままじゃ、落伍する者も出て来る! 取り残される前に、戻った方が良いんじゃねぇか!?」
「余裕のある内に……確かにそうだ。馬を休め、兵は変えて、そうやって繰り返し……!」
籠城の継続は、大扉の破壊と共に、まず不可能になる。
そうなれば、全兵力を持って突撃するしか道は無くなってしまう。
そして、その時の被害は、騎馬突撃と比べ物にならないものとなるだろう。
大扉の損壊も時間の問題ではあるのだが、補強し続ければ、長く保たせる事が可能かもしれない。
どう足掻いても不利な状況で、少しでも勝利へのか細い糸を辿るには、神の救援を待つしかないのだ。
時間をどれだけ稼げるか、それが全ての鍵だった。
傷を負い、体力を減らしても、治癒術士がいれば回復できる。
備蓄の中には水薬もあって、生きて帰れさえすれば、戦線復帰の目が残されていた。
このたった一度の突撃だけで、無理をする場面ではないのだ。
ただ、アルケスの目的は依然、不明なままだ。
ここまで大規模な作戦行動でなければ実現できない、確かな狙いがあるはずだった。
目的は不明でも、生きていれば対抗し続けられる。
仮に大神殿襲撃の意味を履き違えていようと、生きていればそれを挫く事もできる。
「ルミ様! 無理と思ってからでは遅い! 神使様のペースに、我々は付いて行けません!」
「そうね、そうだったわ」
戦闘に集中していても、しっかり話を聞いていたらしいルミが、横目で振り返りながら笑った。
「レヴィン達はまだ余裕そうだけど、討滅士でもない兵が今は一緒ですものね」
そう言ってレヴィンの更に後方へ目を送り、悪戯めいた笑みを向けた。
そうして前へ向き直ると、決然たる意志を発奮する。
「夜は長い。どうにか夜明けまで保たせない事には、アイツの思惑を潰してやれないものね……、っとぉ!」
横合いから
馬上で身体を完全に横へ倒して躱し、バネでも仕込んでいるのかと錯覚するような動きで元に戻った。
「まぁ、上手いコト続けるのが肝要よね。……そのお高くとまった顔面殴ってやるまで、粘らなきゃならないでしょうよ!」
まるで、その声に反応したかのようだった。
突如、ルミの側面に
しかも見覚えがある造形で、人の上半身と馬の下半身を持っている。
「ハッ! どこで見てるものやら! 案外、近くにいるのかしらね!?」
「ルミ様! こやつらは――!」
声を張り上げて反応したのはヴィルゴットで、当然、あの姿に見覚えがあったろう。
そして、彼らの魂が――真実、そこにあるかは別として――救われんと、その討滅を誓い、参戦して来たのが彼らだった。
「いいわよ、トドメは譲るわ」
「気付い、有り難く! 者共、気合を入れよ! 淵魔の
「オォォォ!!」
終わりの見えない戦いに、萎み掛けていた気合が再熱した。
だが、追加された淵魔はそれ一体のみではない。
最初の出現を皮切りとして、次々と人馬の
突進を止めない馬速に付いて行くには、やはり馬体と同じか、それ以上の脚力を持っていなければ追い付けない。
リンの前にどれ程体格の良い淵魔を用意しようと、鎧袖一触だったから、そのテコ入れとして用意された戦力に違いなかった。
正面からは止められず、リンが最大の脅威であるなら、そこを避けて側面から、という考えだろう。
だが、人馬の
まさに馬と一心同体となって、ヴィルゴットを始めとした騎士達は猛威を振るう。
『ウォォォオオオッ!』
その鬼気迫る気合は、レヴィンをして身が竦む程のものだった。
人馬
ルミの両側面から攻撃を仕掛けても、彼女は馬上と思えぬ程の器用さで回避し、その上しっかり反撃までしていた。
攻撃を受け、首や腕を斬り飛ばされた淵魔は、縮小しながらも身体を再生させる。
それを後続のレヴィンやヨエル、ロヴィーサが削り、ヴィルゴットを始めとする騎士達が止めを刺した。
身体の一部を失い、損壊させた淵魔は、その再生中だけ無防備に近い。
身体を失った分だけ弱体化もするので、それで止めは刺せていた。
彼らは見事、その本懐を遂げ、戦場に雄叫びを上げる。
「我が友ら、その御霊に安らぎあらんことをッ!」
「――あらんことをォッ!」
その言葉に追従して、騎兵たちは声を張り上げる、中には涙を零す者までいた。
目的の成就が叶って気が緩みそうになる所だろうが、それで敵に不覚を取る無様な騎士はいない。
既に息も激しく、鼓動は荒れ狂う程であっても、その技の鋭さは、より一層激しさを増したようでもあった。
たかが百の騎馬隊が、戦場を蹂躙する。
神使の二人が先頭に立つとはいえ、異常な戦果だった。
どの様な淵魔であっても止められない――。
レヴィンが確信を持ってカタナを振るい、一体、また一体と斬り捨てている時、それは起こった。
リンはむしろ、そうした個体を目標に馬を突撃させていた。
しかし、それが前触れもなく、唐突に姿を消した。
「ムッ――!?」
それが権能を使った転移であると、直ぐに察せた。
では、どこに――。
不意打ちを狙った側面でもなく、神使以外を狙った場所にもいない。
視線を巡らせた先では、
「戦力を逃がした……いや、移した。――どこに!?」
「さぁて……。良く探して! 警戒を厳に!」
ルミの掛け声に応じ、誰もがいつ襲い掛かられても応じられるよう構え直す。
前方だけでなく、左右と後方にも目も向けるのだが、それらしい姿は確認できない。
誰もが訝しんだ直後、転移が神使二人の後ろ、その直上であると気付いた。
しかし、これは気付いた所でどうにかなるものではなく、そもそも
「――
リンが後ろを見ながら叫んでも、もう遅い。
優れた馬術、淵魔すら寄せ付けない剣術をもってしても、直上からの質量落下はどうしようもなかった。
それでも、レヴィンやヨエル、ロヴィーサは巧みに馬を操る事で、何とか難を逃れる。
しかし、狙いは中央部分の部隊であったらしく、少し横へ逃げた程度で躱し切れない。
騎馬隊は上下に分断され、足を止めてしまった騎馬から襲われる。
阿鼻叫喚の叫び声が、遠退く背後から聞こえていた。
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