ロシュ大神殿の攻防 その5
石材は砕かれ、瓦礫が高く舞い上がり、真上にいた歩廊の兵も、その爆発に巻き込まれている。
犠牲になったのは歩廊の兵達ばかりでなく、淵魔にとっても同様に吹き飛ばした。
大規模な爆発はその地点を中心として大きく穴が開き、周辺にいた
しかし――。
しかし、払った犠牲に比べて、淵魔が優勢に傾いたのは言うまでもない。
城壁にはぽっかりと穴が空き、大人五人が並んで歩ける程の大きさを見せている。
そして、その穴目掛けて、まだ幾らでもいる淵魔が、今にも飛び込もうとしていた。
「が……っ! く、ぐぁ……ッ!」
レヴィンはその大穴近くの地面で、腹ばいになって痛みに喘いでいた。
砂と埃、砕かれた石片まみれになりつつ、あれ程の衝撃を受けても尚、武器を手放してはいない。
ユーカードの人間は、気絶してでも武器だけは手放すな、と教育される。
それは戦死としての矜持も勿論だが、同時に先祖代々の教えでもあった。
その教訓が、今もレヴィンに戦う機会を与えてくれている。
「ぐ、くそっ……!」
上空に吹き飛ばされたレヴィンだが、所持する刻印効果もあって、傷は受けていない。
ただ、傷は受けずとも衝撃だけは逃せないので、痛みに悶えていたのだった。
爆発の衝撃、そして地面へ強かに打ち付けられた衝撃、二つの痛みで頭が朦朧となっている。
それでも、他の兵があの爆発で死んでいったことを思えば、十分軽傷と言えた。
――だが。
朦朧とする頭でレヴィンが顔を上げると、城壁に開いた大穴へ、殺到してくる淵魔が見えた。
退却は許されない。
穴が開いたなら、ここで身体を張って食い止めなくてはならないのだ。
殆ど本能的な判断で、レヴィンは顔を上げて身体を起こす。
「ヨエル……! ヨエルは無事かッ!?」
痛む腹を抑え、立ち上がりながら、レヴィンは声を張り上げた。
しかし、それに応答する声はない。
ヨエルは少し離れた場所で応戦してたから、爆発を直接受けてはないだろう。
しかし、その余波は凄まじく、たとえ直撃でなくとも、大怪我している可能性は大きかった。
チラリ
レヴィンは迫り来る淵魔を睨み付け、それからチラリと背後へも目を向けた。
神殿には予備戦力がいるのだ。ハスマルクが連れて来た討滅士も、まだ多く残っている。
歩廊の上に立っていた兵が、戦力の全てではない。
防戦側が有利な状況と言えど、淵魔が城壁を乗り越えてくる可能性は十分、考えられていた。
その場合、歩廊の損耗率が激しくなることも見越して、予備戦力が城壁内で待機しているはずだった。
そして、目を向けたことで、それが事実だったと分かる。
駆け付けた兵の姿は二百と、まだ少ない。
混乱が多い中、まず動ける者、そして近くにいた者が駆け付けた格好だった。
整然とした陣を敷けたわけでもない。
だが、討滅士を中心として、とりあえず長方形とよく似た不定形が、十歩離れたレヴィンの後ろで形成される。
「剣、構えぇッ!」
顔を前に戻しながら、レヴィンが吠える。
それと同時、大穴を通り、淵魔が神殿内へと入り込んだ。
だが入口が狭いせいで、その総量に対し抜け出てくる数は、そう多くない。
ただ、その後ろに控えている数を思えば、全く楽観できる状況ではなかった。
レヴィンは腰溜めに剣を構え、更に深く腰を落とす。
淵魔を睨み付け、裂帛の気合で――その声一つで淵魔を滅する気概でもって――吠えた。
「――突撃ッ!!」
レヴィンが走り出し、その後を二百の兵が付き従う。
怒号の雄叫びと共に、なだれ込む淵魔とぶつかり合った。
逆袈裟に斬り上げた一撃が、淵魔の一体を両断し、傍の一体へ更に斬撃を振り下ろす。
次々と襲い掛かる淵魔と、前へ進ませまいと耐える兵達。
戦況は不利――。
それは分かっている。しかし、ここは耐えねばならない所だった。
混迷を極めた戦場で、少しでも悪化を押し留めようと、レヴィンは必死にカタナを振るう。
「ウォォォオオッ!!」
横一文字の斬撃が淵魔の身体を上下に分断し、上半身を吹き飛ばす。
苛烈な雄叫びと共に、淵魔は次々とそのカタナの餌食となって吹き飛んでいった。
※※※
レヴィンが奮戦している一方で、回廊方面にも動きがあった。
甲羅を背負った
ルミが爆弾
それに気付いたルミが、顔を顰めて唸りを上げる。
城門に迫ったこと、それ自体にではない。
甲羅の間を通り、甲羅を盾にした別の淵魔が、城門へ迫っていると気付いたからだった。
「門を守れッ!」
声を上げるのと、甲羅の間から、その淵魔が顔を出したのは同時だった。
爬虫類型をした体躯に、二足歩行している淵魔で、頭部にはトサカと似て非なる突起が生えている。
顎を下げ、首と背中が一直線を描くと、そのトサカが何を意味するか、嫌でも分かった。
――あれは破城槌だ。
攻城用……城門破壊用の淵魔として、この為に作られた淵魔で違いなかった。
「城門内の兵は、扉を抑えろッ!」
ルミの号令と同時に、破城槌が扉に打ち付けられる。
凄まじい衝撃と轟音が、門扉を揺らした。
武器をしまい、盾で扉を抑えていた兵も、その勢いに押され、一歩二歩とたたらを踏む。
彼らの中から、思わず動揺した声が漏れ出た。
それでも、背後から押す兵にされるがまま、再び門扉に齧り付く。
城門前の回廊は、甲羅の
狙う隙があるとすれば、そこしかなかった。
「投石を続けろ! 槍を投げろ! 淵魔の好きにさせるなッ!」
ルミもまた、声を張り上げながら魔術を放つ。
しかし、基本的に周囲を甲羅の
生命の基本原理、自己保存本能などないので、幾らでも自らを駒として消費する。
攻撃の幾つかは破城槌の
その頭を打ち付けるには、幾らかの助走が必要だ。
だから基本的に、一撃を門扉へ与えたら即座に後退して、盾である甲羅の中へ逃げ込んでしまう。
時として、その頭に石が落ちたり、槍が射抜く事もあった。
しかし、生物ならば死ぬ傷だろうと、その程度淵魔ならば耐えてしまう。
一発当たり所が良ければ即死する、ということはまず起こり得ない。
それが破城槌の
「何としても支えなさい! 門扉まで抜かれたら、もうどうしようもないッ!」
只でさえ、城壁には穴を開けられたばかりだ。
そちらは今のところ、奮戦しているレヴィンが抑えているし、踏ん張ってもいるが、長くは保たないと理解している。
そして、この門扉まで抜かれてしまえば、淵魔の侵入はもう止められない。
ここが正念場だと、言われずとも誰もが分かった。
兵達も己を鼓舞し、周囲を鼓舞して淵魔に立ち向かっていく。
レヴィンもまた、目の前の淵魔を斬り伏せながら声を上げていた。
まだ負けてはいないのだと、まだ戦えるのだと、必ず勝てるのだと、味方を鼓舞してカタナを振るう。
「立ち向かえ、勇士たちよッ! 決して、人間は淵魔に負けないッ! 決してッ!」
息は荒れ、汗は顎を伝い、土と埃で汚れた姿だ。
それでも、そこにいるのは間違いなく、誇り高き討滅士を体現する戦士だった。
仲間を鼓舞して、武器を振るう動きが止まらない。
誰よりも前に出て、誰よりも淵魔を滅しているのは、声を張り上げ続けるレヴィンだ。
その奮戦、その掛け声に励まされ、兵達も淵魔へ立ち向かう。
だが、数に押され始めていたのも、また事実だった。
一つの淵魔を倒す毎に、二つの淵魔が大穴から湧き出して来る。
最初は大穴に張り付いていたレヴィン達だが、徐々に押され、封殺するのが難しくなっていた。
大穴から離れてしまえば、それだけ淵魔の浸出は増えて来る。
今も既に、押され続けたせいで形勢は逆転しようとしていた。
大穴から徐々に後退を迫られ、生じた隙間を淵魔が生め、そうして扇状に拡がろうとしていた。
「これ、以上は……!」
下手をすると包囲される。
広がり続ける戦力差に飲み込まれ、全滅する可能性も見え始めた。
レヴィンの中にも焦りが滲み出て、焦燥感に心が圧迫されそうになる。
目の前の淵魔を一体また斬り伏せ、倒れた兵に殺到しようとする淵魔を、横薙ぎに斬り捨てた。
その間に他の兵が、重傷の兵を引き摺って後方へ逃がしていく。
一人の兵の損失は、更に一人の兵を戦場から引き剥がされることを意味し、それがまた淵魔の圧力を抑え切れない原因となっていた。
――もう、これまでか。
独断での撤退を視野に入れ始めた、その時――。
「オッラァァァ!」
豪快な咆哮と共に、ヨエルが大剣を振り回して参戦して来た。
その声だけが豪快なわけでもなく、振り回す大剣に淵魔は次々と薙ぎ倒されて行く。
それまで押されていた敵の圧力が、これでグッと楽になった。
「ヨエル! 無事だったか!」
「無事の定義にも寄るが……まぁ、そう簡単に死ねねぇよ……! ロヴィーサもいないのに、若を一人にさせる訳にゃいかねぇんだから!」
軽口を叩きながらも、二人は淵魔を斬り殺す。
大振りで範囲の広い攻撃と、打ち漏らしを的確に処理する二人の連携は、襲って来る数以上に処理できている。
「実際の所を言うと、割と死に掛けた! だが、アイナの治癒術に助けられた! あとでしっかり礼を言っとかねぇと!」
「そうか! 確かにアイナの治癒術は大したものだった!」
湧き上がる歓喜に笑みを浮かべつつ、レヴィンは今まさに、ヨエルによって両断された
二人が揃って連携できれば、その程度の敵に苦戦しない。
しかし、物量差だけはどうしようもなかった。
前面から押し寄せる圧力は、依然変わりない。
戦力をどれだけ削っているのかも、全く実感が沸かない状況だった。
何もかもが不鮮明で、後どれだけ戦えば良いのか分からない。
それでも、淵魔を好きにさせてはならない、淵魔は必ず討滅する、その意思の力だけで戦っていた。
淵魔の圧力が少しは低減したとはいえ、依然として扇状に拡がろうとする動きは止めようがない。
予備戦力が投入され、兵達も果敢に対応しようとしているが、数に於いて劣勢なのも止めようがなかった。
壁に空いた大穴を、兵士の肉体という壁で補っている状態で、ここのどこかが食い破られるのも、もはや時間の問題だった。
「まったくよ……ッ! 一向に終わりが見えねぇッ!」
「泣き言なんか言う暇ないぞ! とにかく堪えろ! 堪えて――」
疲労は誰の顔にも顕著だった。
しかし、それでも、ここで耐えねばならないと分かるから、終わりが見えずとも武器を振るった。
仲間を鼓舞し、繋ぎ止めようと必死なところへ、そこにルミからの声が届く。
「引き上げなさいッ! 神殿内で迎え撃つ! 現場は放棄、退却なさい!」
レヴィンは荒い息を吐いて、また一体、
そうして、高見台の方へ顔を上げながら、呻く様に息を吐く。
整然と退却は無理だろう、彼らはそれだけの訓練を受けていない。
「ヨエル、ここは言いっこなしだ! 二人で受け持つ!」
「了解だ、若。――聞いたな! 引き上げだッ! 退却、退却ッ、退却ッ!!」
ヨエルの怒号で、声の聞こえた範囲から兵達が動く。
城壁と神殿の本殿まで、それほど距離はない。
だが、神殿は高台に作られている為、ここから更に折り返す階段を登らなければならなかった。
階段の道は細く、大人二人が横並びになれるだけしかない。
高所を取って戦え、横からの攻撃を考えなくて良いので、防戦に限っていえば、むしろ楽そうではあった。
ただ、彼ら全員が退却するだけの時間を、レヴィン達二人で引き付けなければならない。
大神殿を巡る攻防は、まだ長く続きそうだった。
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