ロシュ大神殿の攻防 その4
歩廊での戦いは熾烈を極めていた。
城壁下に集合している淵魔の数は、確かに減っている筈なのだが、むしろ増えているように感じられる。
それは勘違いに違いなかったが、そうと思える程、淵魔の勢いは衰えが見えなかった。
元より、淵魔の中には特別な個体がいた。
他とは違い、
何も高みの見物を決め込んでいるわけではない。
状況を見極めようとしていたわけでもなかった。
命令がないから、新たな命令が下るまで、事の成り行きを見ていただけだ。
それらは膠着状態を打破する為に用意された淵魔であり、そして幾つもの種類が用意されている。
そして、その内の一つの
※※※
大神殿の城壁に築かれた城門へは、長い回廊を通る必要がある。
大人が五人並べば、もう窮屈と思える程の狭い道だった。
大神殿へ入るにはその回廊を通るしかなく、そして神殿とは高所に建立されるものだ。
だから必然、城門も高所に設けられていて、回廊の高さも近付くにつれ上がっていく。
そうした防衛措置があるので、城門へ周囲から寄ってたかって押し寄せる、力押しは不可能だった。
坂道になる構造上、行軍速度の低下も見込め、その間に矢を射かけるなどして一方的な攻撃が出来る。
普通に考えれば、攻める側からすると死出の道にしかならなかった。
石で作られた頑丈な回廊は、魔術による攻撃でもビクともしない。
これまでも何も考えない淵魔が、その道を通って城門へ攻め込もうとしていたものの、それら全ては撃退されてきた。
城門上に配置された兵が持つ武器は、弓や魔術だけではない。
溜め込んでいた握り拳大の石が、こういった時と場所では有効な武器になる。
淵魔に急所はないが、だからこそ守りについて疎かで、たとえ石でも効果はあった。
――しかし。
ここで淵魔側にも、とうとう別の動きが見られるようになった。
回廊を
外皮は厚く、四足歩行で、まるで亀の様な甲羅を背負っていた。
しかし、亀その物ではない。
爬虫類型の頭部を持っておらず、むしろ狼に良く似ている。
動きは鈍重で行軍速度も遅いのに、一糸乱れぬ動きは、淵魔の性質からは考えられぬものだ。
背中だけでなく、頭部にも甲羅に似た鎧を纏った淵魔には、矢を射かける程度では全く効果がない。
全て甲羅の鎧が弾いてしまい、その歩みを一歩たりとも遅らせられていなかった。
それに気付いたルミは、声を張り上げ、側面の部隊へ指示を送る。
歩廊の上で城壁下の淵魔と奮戦している弓兵だが、今はそれより優先して貰わなければならない。
「回廊の淵魔を射抜きなさい! 側面からじゃないと効果がない!」
声の届いた弓兵は、身体の向きを変えて矢を番える。
その間、歩廊の攻防が疎かになるのも覚悟の内だった。
城壁下から迫り来る淵魔は、その時だって決して減ってはいないのだ。
それでも、兵は命令通り、回廊上の淵魔目掛けて矢を射る。
次々と突き刺さり、動きを止め、回廊から落ちたりと数を減らしたが、損失は少ない。
多少の損害で止まるような行軍でもなかった。
更に、亀とも狼とも取れない
「構うなッ! 続けなさい!」
矢を番え、新たな一矢を打ち続けている最中は無防備だ。
城壁下から這い上がって来る淵魔を、留める者はいなかった。
神使の命令があっても、自分の命は惜しいものだ。
我慢できず剣に持ち替え、反撃する者が現れるのは止められなかった。
しかし、それでも構わず射続ける者とで分かれる。
自分はどうするか、迷っている内に一人が反撃すれば、それに倣う者も出始める。
歩廊の上は規律を失い、騒然となった。
「くっ……! 仕方ないか、誰だって命は惜しいものね……!」
ただ傷を負う、殺されるだけではない。
喰われてしまうのだ。
そして、喰った相手の力を得た淵魔が、今度は仲間の誰かを襲い出す。
それが分かっているから、反撃せずにいられない。
「投石部隊! とにかく投げ付けて!」
命じられる者達も決して、手を緩めていたわけではなかった。
しかし、石程度では甲羅に弾かれ、今ひとつ効果を上がっていない。
果たして続ける意味はあるのか、と疑問に思い出す者もいて、それに活を入れる意味でもルミは声を張る。
「淵魔の好きにさせないで! とにかく、少しでも嫌がらせを! 魔術を使える者は、今はまだ温存! 石にだけ集中してッ!」
淵魔の数は夥しい。
そして、戦闘はまだ始まったばかりだ。序盤でしかない。
だというのに、歩廊の兵士は、その殆どが刻印や魔力を使い切りそうな勢いだった。
しかし、全ての魔力を、ここで吐き出してしまうわけにはいかない。
体力が十分でなく、腹も満たされず、強いストレスに置かれる状況において、魔力は十分に回復してくれないものだ。
この戦闘中に再び回復し、再度使えるようになるとは、思わない方が良かった。
それならば、まだ未使用の者を温存して、ここぞという場面まで取っておく方が良い。
「まったく……ッ!」
ルミが高台の上から、苦々しく戦場を一望した、その時だった――。
戦場で変化が起きたのは、回廊だけではない。
城壁――レヴィン達が戦う歩廊の真下でも、違う変化が起きていた。
まるで何かを誘導するかのように、群れの中に道が出来ていた。
そして、その中を進む、別の淵魔がいる。
しかし、造形がどこまでも不釣り合いで、足に行くほど身体が小さい。
そして頭部は燃えている。
赤熱しているかの様で、しかも徐々に膨れ上がっていた。
走っているらしいと分かっても、その足取りは覚束なく、まるで酔っ払いの歩みだ。
放っておいても勝手に倒れてしまいそうな程、戦闘能力は小さそうだ。
しかし、それが危険な『何か』だと、ルミは瞬時に悟った。
「――射手ッ! 誰でもいいから、あれを射抜いて! 今すぐ殺して!」
声を聞いた兵士が複数、ルミの指差す淵魔へ矢を放つ。
一本が風を貫く様に飛び、その肩に突き刺さると、走る格好が大きく崩れた。
そうして更に、もう一本が頭部に当たると、もつれるように足を止め、そのまま前に倒れ込む。
それより前の瞬間だった。
実際は、頭部に矢が命中した瞬間に、それが起きていたのだろう。
膨れ上がった頭部が破裂し、大爆発を巻き起こした。
遠く離れた高台の上からでさえ、その爆風に煽られ、ルミは思わず顔を腕で覆った。
「爆弾……!? なに喰わせたら、あんなモンになるのよッ!?」
魔物の中には火を吹くものもいるし、爆発する粘液を分泌するものだっている。
だから、実際には口にするほど有り得ない淵魔ではなかった。
しかし、ルミの中では文句の一つも言ってやらねば気が済まない。
とはいえ、淵魔のど真ん中で起きた爆発なので、当然、敵側の被害も甚大だ。
大きく抉れた地面とその周囲は、爆発を受けてぽっかりと穴を開けている。
あれが城壁まで辿り着いていたらと思うと、ゾッとする光景だった。
そう思った直後、ルミの表情から血の気が引いた。
城壁へ続く
よくよく見れば、他に五つも、左右へ割れた道が出来上がっている。
そして淵魔の群れの中には、頭部を無様に腫らし、赤熱化させた
ルミは声を枯らす勢いで張り上げ、自らも魔術を放ちながら指示を飛ばす。
「あの
淵魔と城壁までの距離は、まだそれなりにある。
だが、周りには
単にいるだけでも邪魔なのに、自ら矢を受けようと、飛び出す個体までいる。
弓兵も直前の爆発を見ているので、あの
しかし、城壁下から這い上がって来る淵魔が、これまた妨害しようと襲い掛かってくる。
矢はあらぬ方向へ飛んで行き、圧し掛かられた淵魔を殺そうと、他の者も剣を手に取り、弓攻撃が疎かになった。
そこへルミの雷魔術が
更に、違う箇所から援護射撃として撃たれた矢が、また別の一体に突き刺さり、これを起爆させる。
続けて巻き起こる大爆発と爆風に、多くの淵魔と砂煙が巻き上がった。
「あぁ、クソッ! これじゃ見えない!」
弓兵も上手くやっていた。
一つ目の爆発と爆風に煽られ、それでも矢を命中させたのだ。
しかし、その連続した爆破が、多くの砂煙を巻き上げる結果となってしまった。
計算されたことか、単に一つでも到達すれば良い、と考えてのものか――。
とにかく、全ての爆弾型
しかし、ルミはあらん限りの声を振り絞りながら、自らも当てずっぽうになりつつ、残った
「あれを殺せッ! 誰でもいいから、とにかく矢を放てッ!」
その声に呼応した兵は、一人や二人ではない。
砂塵で視界が利かずとも、近くまで来れば、その赤熱した頭が良い目印になる。
日も落ち暗闇の中にあって、それは良く目立った。
一人が放った矢は、吸い込まれる様にして
身体がグラつき、歩みが止まった。
もう一つ、別の弓兵が放った矢は、一歩踏み出した
またも動きを止めたが、歩みを止められたのは、僅か二秒に過ぎなかった。
どちらも命中には違いない。
しかし、痛みを知らず、筋肉や急所もない淵魔には、まったく致命傷とはならないのだ。
覚束ない足取りは変わらず、更に城壁目指して歩を進める。
「止めろッ! あれを射殺せッ! 絶対に近付けさせるなッ!」
ルミの叫びへ応じて、複数の矢が放たれる。
しかし、周囲の淵魔が飛び交い盾になることで、これを妨害し、あわやという所の矢も
そして遂に、
その頭部を壁に押し付けると、堅牢化の付与ごと吹き飛ばす、巨大な爆発が巻き起こった。
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