覆い隠された欺瞞 その8
ルミは自分の予想であってさえ、心底つまらなそうな表情で吐き捨てていた。
レヴィンもまた、愕然とした気持ちで言葉を返す。
「本当に……本当に、そんな理由で、世界を破滅へ導こうと……?」
「真実のトコロは分からない。でも、そうだという気がしてるし、本当にそうなら馬鹿みたいな話だわ。こんな推測、外れていて欲しいと、切に願うわよ」
「そう、なんですか……。じゃあ、他の神々がアルケスと協力関係にないなら、頼りにしたり出来るのでしょうか?」
「いや、ないわね。神々はそう都合よく動いてくれない。何の為に神使がいるのよ。地上の問題は、アタシ達みたいので処理するって決まってんの。だから、ここにいる戦力でどうにかするのが大前提」
そう言って、ルミは目に映る範囲の兵を目でなぞった。
レヴィンもまた、その視線を追って兵達を見て、より硬くなった表情でルミを見返す。
「え、これだけで……ですか? 何か、他に、もっと……」
「増援は別途予定してるけど……。でもね、そもそも、神って戦力的に頼れる者ばかりじゃないし。更には、タイミングも悪い。……違うか、このタイミングだからこそ、なのかしら。丁度良いってんで、こうして襲撃に来てるんでしょう」
「タイミング……? もう少し、分かり易く言って頂けると……」
人には人の世があるように、神にも神の世があり、論理が成り立つものであるのは、ルミの話からも推測できた。
そして、大神がその頂点立ち、神々を御している様だった。
ただし、何らかのタイミングについては、レヴィンにとって全く理解の外だ。
それもまた、どうやら神の世の問題らしいのは、その口振りから想像は付く。しかし、あくまでそれだけだった。
「神々ってさ、別に普段から何もせずに寝転がって、人の世を見下ろしてるってワケじゃないのよね」
「いえ、そんな不遜なこと、考えたこともありませんよ……! 見守って頂いている、とは思ってますが……」
「もっと現実的にね、世界を救う仕事をしてるというか……。崩壊や破滅を未然に防いでいるというか……。まぁ、ちょっと口にし辛いコトやってんの」
レヴィンは思わず目が点になった。
破滅や崩壊が、現実として世界に訪れていると言われても、まるで想像できない。
笑うべきか疑うべきか、何と反応して良いか、レヴィンは大いに迷った。
ルミはその反応に面倒くさそうな身振りで手を振り、それから視線を足元へ落とす。
「分かって貰おうと思って言ってるんじゃないから、別にそれは良いんだけど……。つまりね、現状お仕事中だから、神々の多くは助けに応じられない、って言いたいのよ。崩壊の兆し――こっちじゃ虫食いって言ってるんだけど、それを放置するのも同じだけ危険だから」
「実は、神々はその御力で、人の世の基盤が崩れないよう、奮闘して頂いている……とか、そういう意味でしょうか?」
「その認識で、概ね正しいわ。実際にね、世界のあちこち方々で危機を救ってるし、辺境領付近でも多く行って来たからね。破滅の危機から救うって意味じゃ、もう何度も奔走させられてるワケよ」
それ自体は大変ありがたい事なので、レヴィンとしては今更ながらに、謝意を示したい気持ちが沸き上がる。
しかし、それ程の危機が身近にあったと言われても、即座に思い当たる節が、彼にはなかった。
神々……ないし、神使のご出陣ともなれば、それなりに大事件だろう。
そうだというのに、不自然な程、そうした逸話に聞き覚えがない。
それが顔をに出ていたのか、ルミは鼻で笑って嘲笑するように言った。
「ある日突然、地面にクレーターが出来ていたりとか、山の一部が削れていたりとか、そういう話……聞いたコトない?」
「あっ……!
アイナと旅している間にも、不思議な光景と言われて指摘されたことがある。
ただ、それらはレヴィンらにとって、あまりに見慣れたものでもあったのだ。
そして、気付けば出来ているクレーターなど、風に良く聞く現象でもあった。
不思議と思う事はあっても、そういうものだと思うばかりだったが、いざ指摘されてみると、改めて気付かされるものがある。
「実はあれが、神々御自らが動いた痕跡だったと……」
「そう。コトに当たる時は、目撃を防ぐと同時に、余波が外へ行かないよう結界を張るんだけど……。虫食いは自然現象に近いものの、解決には膨大な神力を注ぐ必要がある。そして結果として、大穴が出来てしまう」
「な、なんでまた……」
「神力を注ぐコトそのものってより、虫食い部分を消滅させた結果、出来てしまうのが大穴だから。多少地表が抉れようと、世界維持の方が大事って部分が先行するのよ。付近の住民は、ある日突然生まれたクレーターとかに驚くでしょうけど、別に実害はないし……」
ルミは疲れた様な息を吐き、それから表情を改め、挑戦的な笑みをレヴィンへ向ける。
「話はちょっと逸れたけど……とにかくさ、神々は今、お仕事中なの。淵魔とは別件で、『虫食い』を除去中なのよ。だから少なくとも、それが終わるまで、我々は独力で淵魔を排除しなければならない」
「じゃあ、終わるまで保たせれば、救援も有り得るのですか?」
「あり得るけど、手を煩わせるべきじゃないから、こちらで解決するのが最良。……ま、とにかくここで一番、実践経験豊富なのはアンタら二人。期待させて頂戴ね」
そう言ってレヴィンとヨエルへ目配せすると、それぞれから背筋を伸ばした返礼にて応答がある。
ルミはその横で小さくなっているアイナにも、小さなエールを送った。
「治癒術が使えるっていうのは、素直にありがたいわ。魔力総量……あぁ、そっちじゃ理力か。ともかく、総量的に多くを期待してないけど、可能な限り、お願いするわね」
「は、はいっ! 頑張ります……!」
アイナが意気込み頷いた時、地平線を埋め尽くしていた淵魔の絨毯に、とうとう途切れが見え始める。
いつまでも、どこまでも数が肥大すると思われた淵魔にも、限界はあったらしい。
ルミはそれを平然と見回すと、それから鼻で笑って腕を組んだ。
「総勢で三万ってトコ……? まぁ、随分と溜め込んでたモノよね。今日の為にせこせこと、まぁご苦労なコト……。それも全部、無駄になるけど」
「大層な自信は結構ですが、楽観できる状況じゃありませんよ」
「レヴィン、良いコト教えてあげる。
「大変、心強いお言葉ですが……」
これが魔獣の群れ、あるいは魔物の群れなら、レヴィンもまた悲観しなかったろう。
しかし、目の前の光景は、淵魔と長く戦ってきたレヴィン達だからこそ、絶望するには十分なものだった。
それでも、ここが本当の分水嶺だと理解しているから、誰もが奮起し逃げ出そうと考える者はいない。
何より、陣頭指揮を取るのは、大神レジスクラディスの神使なのだ。
地上における代行者と称される者を前に逃げ出せば、今後自らを大神信者であると口に出来ない。
それどころか、自責の念で潰されてしまいかねなかった。
アルケスは信仰心を利用してレヴィンを操ったが、同時にその信仰心が彼の野望を打ち砕かんと、その意思を燃やしている。
その敵意について多く差はあれど、歩廊に立つ兵もまた、その信仰心故に、圧倒的不利な数でも己を奮い立たせられている。
「……あの数じゃ、どこにアルケスがいるかも分からないですね」
「後方に陣取ってるか、隠れて何か別行動しているか……、そんな所でしょうねぇ」
「……あれだけの淵魔を陽動に使ってる? そんな、まさか……」
「そのまさか、を考えないといけないでしょ。用意周到、準備万端、この計画の為に軽く百年は時間を使った、そういう執念深さも持っているのが相手なんだから。そして、陽動を成功させるには、この数が必要って考えたかもしれないでしょう?」
あり得ない話ではなかった。
常駐させた兵は少なく、周囲から掻き集められる兵にも限界があるなど、神殿の事情を良く知る神には予想も容易かったはずだ。
そして、実際に集まった兵も千と少しで、余りに頼りない。
砦攻めをするといっても、十倍の数を用意すれば、それで事足りるはずだ。
しかし、実際にはその更に三倍、三万もの数を用意してきた。
力押しで、憂慮なく押し潰す――。
そう考えただけかもしれないが、他にも何か種があると言われたら、そう思えてしまえてならなかった。
「真の狙いは、また別にある……。そうと思える反面、ロシュ大神殿の龍穴を確保する為、全力で攻めてきた、とも考えられるわけですが……」
「当然、その可能性もあるわね。本命が別にあるかは分からない。これまでのお膳立てだって、十分こっちの裏を掻いてくれたんだから。……だから、仮にあったとしても、その時になって、初めて分かる類いの本命でしょうよ」
「そうですね……。ここで考えたくらいで、パッと浮かぶようなものじゃない。それだけは間違いない、という気がしてます」
「大体、アルケスが仮に戦場まで出ていようと、ここから捜すのはどうせ無理。遠見の魔術でも使ったところで……、でしょうね」
そう言って、ルミは苦虫を噛み潰したような、渋面を浮かべた。
「『姿隠しのフード』を持ってる相手に、正攻法で見つけるのは不可能に近いし……」
「それ、何ですか……? 魔術秘具、でしょうか?」
「そう、昔はアタシが使ってたヤツ。必要なくなったから、使用頻度が下がっていたのもあって放置してたんだけど……。いつの間にやら盗まれてたみたい。アイツが神器を持っていたのも、数々の暗躍を許していたのも、そういった理由があったからでね……」
「それは、また……、何とも……」
レヴィンも何と言って返して良いやら迷い、言葉を濁す。
神々であっても後手に回っていた理由――。
それは、そもそも見つけ出すことが困難だったからだ。
神々は、ただアルケスの蠢動を許していた訳ではない。
怪しいと狙いを付けつつ、強制的に拘束して話を訊くことも考えていた。
それが出来なかった理由は、広い地上の上で常に移動し、一箇所に留まらなかった、とした部分もある。
名を偽り、複数の名前を使い分け、そして悪い波風を立てない。
地域に溶け込み、重要な存在でありつつ、その中心には決して居座らなかった。
外側にいつつ、尊敬を集め、そして蔑ろにされない位置を取りつつ、部外者故に自由に出入りしていた。
意図してそういう立ち位置を作り、意のままに操れる駒作りを欠かさず、神の目から上手く隠れた。
その為に多くの異世界人を召喚しては洗脳し、使い捨ての駒として、その時々に便利使いしていたようだ。
全ては、この日の為……。
そう考えると、この地に淵魔を集結させた手際だけでも、十分な暗躍と言えた。
だが、それだけと安心して慢心するのは、アルケスを侮る事になる。
「……まぁ、アレコレ考えるのは、アタシの仕事よ。もうゆっくり、お喋りしている暇もないわ。アンタは思う様、淵魔を両断してやってればいい」
「はい、お任せを! ご期待には背きません!」
レヴィンが力強く頷き、そして眼下を見下ろす。
整然と行軍するわけでもない淵魔は、山間をただ闇雲に前進している様に見えた。
当然、陣形などなく、
その数は千の内に一体といった割合で、もしかすると、これが周囲の淵魔を指揮する役目を持つのかもしれない。
それもまた、あり得ない話ではなかった。
人間が指揮する程、有用な運用は出来ないにしろ、攻め込む順番を調整程度は可能かもしれない。
数は力だ。
ただ考え無しに攻め込まれても脅威で、そこに最低限の順序立てがあれば、厄介以上の脅威になる。
淵魔の大群は、いよいよ大神殿の城壁近くまで迫ろうとしていた。
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