覆い隠された欺瞞 その4

「えっと、あの……! あたしが……あたしも、付いて行って良いんですか……!?」


「何でそんなコト聞くの? 未だに信用されてないと思ってるから? 今も先生と呼んで、慕っている輩なんて、傍に置く意味が分からない、……とか思ってる?」


「い、いえ、そういうつもりじゃ……!」


 大袈裟に手を振りながら否定するも、アイナの表情を見る限り、ルミの言い分を肯定していた。

 何しろ、アイナを傍に置いておくメリットこそがない。

 洗脳されている可能性は高く、そして何をするか分からない相手を、傍に置く理由が分からなかった。


「あの……、牢に繋いでおくとか、身動き出来ないようにしておいた方が、安全じゃないかと……」


「アンタを繋ぎ続けられる牢なんてないわよ。が揃った時、勝手に抜け出すと分かってる相手に、入れられる牢なんてある? だったら、傍で見張っている方がまだ安全だわ」


「でも、手錠をするとか、見張りの兵を置くとか……」


「どれも確実性に欠けるの。後ろ手に縛ったところで、神器はその意思で発動させられる。手の中に握る必要はないからね。それは兵も同じ。アンタの『鍵』で閉じて、能力を著しく弱体化させられた後、突破するコトでしょうよ」


 どれも事実で、確実性に欠けるという部分に納得できるものはあった。

 しかし、弱体化――才能の扉を閉じる、という意味なら、ルミにとっても同様のはずだ。


「あの……、条件付けでルミ様に鍵を使ったら、それも非常に問題なのでは……」


「アンタの基礎能力じゃ無理ね。この距離なら何かする前に、捻り上げて無力化できるから。気絶させれば流石に神器も発動しないし……いや、どうかしらね。発動させしてまえば……。まぁ、他にも防御手段は講じてある。それを教えるワケにはいかないけど」


「な、なるほど……。えぇ、それは、勿論です。聞き出そうだなんて、そんな……! ただ、傍に置いても問題を起こさせないだけの、自信があるってことなんですね」


 これにもルミは、うっそりと頷いて肯定した。

 実際、素の身体能力において、ルミとアイナでは天と地ほどの差がある。

 何かしようとする前に、無力化できると言われたら、きっと可能だろうと納得せざるを得なかった。


「とりあえず、執務室に戻るわよ。淵魔が本当に来るかどうか、口で言っても分かり辛いでしょ。見た方が早いわ」


 否定する材料も、そのつもりもなく、二人は先導して歩き出したルミの後に付いて行った。

 執務室に戻ると、ルミは神殿長へ何かを申し付けて、元の応接室に戻る。


 新たなお茶が用意されている間に、別の神官が地図を持って来て、テーブルの上に詳細に記された羊皮紙を広げた。

 製紙技術はあるはずだが、敢えて羊皮紙を持って来たのは権威付けの為か、神使へ見せるに相応しい品格を、と思った為か……。


 ともかく、周辺地図を指差しながら、ルミは解説を始める。


「まずね、アンタらが最初に襲撃した神殿は、――ココでしょ? 東に分断する様な河が流れてて、その更に東はシルアリーの街がある」


「えぇ……、はい。冒険者に扮してたルミ様と出会った街でしたね。そして、市場で淵魔に襲撃された街でもあります……」


「そう、そこ。……で、最初に襲撃したアルケス神殿から南下するように、他の神殿も襲撃してるんだけど、全てではない。その理由は分かる?」


「先生が……アクスル、いや……アルケス神って呼んだ方が良いですか?」


 元より似た名前と思っていたものが、ここに至って全く違う意味合いで不快になる。

 似せたのではなく、自分の名前をもじって付けていただけなのだ。

 どうせ気付くはずがない、と高を括っていたから、そうした名前を付けたのだろうし、事実そうなっていた。


「呼び方なんてどうでもいいけど、単にアルケスって呼ぶと良いわ。もはや神として敬うべき存在じゃなくなったし」


「では、そのように。……えぇと、それで、どの神殿を襲撃するかは、アルケスが決めていました事ですから……。分かり易く経路上に襲っては、すぐ足が付くという理由で、こう……ランダムに見える感じで襲っていたはずです」


「でも当然、そんなワケないのよね。アルケスにとって都合の良い、計画を後押しする神殿を狙って、襲撃していたはずよ。――御覧なさい」


 ルミが地図の上に印代わりのピンを置いて行く。

 最初の神殿と、実際に襲撃していった神殿、そして放置された神殿が、それで一目瞭然となった。


 だが、それらを俯瞰して見たところで、レヴィンにはルミが言わんとすることまで理解できなかった。

 首を傾げて地図のピンに意識を巡らせていると、ルミは更に現在地、ロシュ大神殿へと指を向けた。


「神殿っていうのは、単体で龍穴を抑えているんじゃないの。他と合わさって、互いの龍穴と線で繋ぐことで、より強固なものとしてる。蜘蛛の巣みたいにね」


「……でも、他に放置されてる神殿も多くありますよね?」


「神殿はその龍脈が交差する地点に作るものだけど、お行儀正しく直線上に流れるものでもないから。さっきは蜘蛛の巣って言ったけど、龍脈の流れとしては血管の方が近いかもね。手の甲を見てご覧なさいな。必ず十字状に交叉してるワケでもないでしょ?」


 言われてレヴィンとアイナは、手の甲を見つめる。

 隣り合った血管はあり、どこかで繋がってるのは間違いないが、十字状にはなっている部分は見受けられない。

 多く張り巡らせている血管だが、綺麗な十字状などまずないものだった。


「アルケスとしては、全ての龍穴を封じる必要はなかった。さえ作られれば、それで良かったのよ。ある一点に、集中して戦力を運べる通路を作るコト。それこそが目的じゃないかと見てる」


「つまり……」


「そう、ロシュ大神殿にね。隠し持っていた淵魔を、合流させつつ龍脈に乗せて運ぶ。その為に、アンタらは利用され、そして……用が済んだから、雲隠れした」


「地下に隠された神殿……!」


 悲鳴を上げるように声を出し、レヴィンは地下神殿があった場所へ目を向ける。

 山の中にあるので、位置としては正確でないかもしれない。

 だが、そことロシュを繋ぐ龍脈上には、邪魔するものが無くなっていると分かった。


「物理的な封鎖は意味がない、龍脈上を移動するから……! むしろ、未然に討滅される危険から逃れた、と見ることも出来る……!」


「こっちでもね、討滅していた淵魔はいたワケよ。でも、蜥蜴の尻尾切りね。目に見える全てを討てば、それで結果は出したように思える。でも実際の戦力は、既に地中を使って移動済みってトコロでしょうよ」


 吐き捨てる様に言って、ルミは地図上に置いた指を、別の一点へ移した。


「そして、最後にココ。この神殿を最後の地点と想定した場合、ロシュを攻めるには絶好の場所。他に封じられた龍脈上の先にあり、目を誤魔化す役目にもなる。死を偽装してからこちら、自由に動ける時間はたっぷりあった上に、アンタらは大神を祀る神殿への襲撃を行っていた。良い陽動ともなったでしょう」


「く、くそっ……!」


 レヴィンは歯噛みして拳を強く握る。

 虚仮にされた、……それだけではない。

 感情を利用され、神への信仰心を利用され、その全てを利用されたことに怒りが湧く。

 何よりレヴィンは、良いように利用された自分自身に腹が立っていた。


「気持ちは分かるけど、落ち着きなさいな。舐められ、おちょくられていたのはこっちも一緒よ。――借りは百倍にして返してやる」


 ルミの瞳には溢れんばかりの怒りで燃えている。

 その強過ぎる敵意は、レヴィンの怒りすら鎮圧するほど、凄まじいものだった。

 今も部屋の入口では槍を持った兵が立っているが、ルミから最も遠い地点にいるにもかかわらず、顔を青白くさせていた。


「……でも、分かりました。襲われた神殿を結び合わせると、目標地点がここになる、という話には納得しかありません。……しかし、なぜ狙われるのでしょうか? ロシュ大神殿は、それ程までに重要な地点なのですか?」


「えぇ、それこそ盤面からひっくり返そうと思えば、非常に重要な地点と言えるでしょう。謂わばここは大動脈、大陸中の龍脈に作用する点穴なのよ」


「他の神殿とは比べ物にならない要所、というわけですか……」


「そう。ここを攻め落としただけで、淵魔側は有利になる。そして、逆にこっちはゼロから討滅を始めるくらい、とっても面倒な話になるわね」


 ルミの感情を押し殺した声を聞いたレヴィンは、あまりの衝撃に二の句を継げない。

 神殿の破壊、あるいは無効化されてしまう意味は、余りにも明白だった。


「人類の敗北にもなりかねない……、ですね。じゃあ、さっき神殿を狙う理由がどうの、と言ってたのは……」


「最初からこれが目的、とも思ったわ。でもやっぱり、アイナの『鍵』が宙に浮くのよ。だから、確実なコトとは言えないんだけど……」


 そう言って、地図を睨んでは唸り声を上げて、胸の下で腕を組んだ。


「とはいえ、陣取りゲームよ。そういう話、どこでも聞いてるでしょ? このままやれば人類は、淵魔を押し切って勝てる状況まで来ていた。でも、それを想定して、盤をひっくり返す手を残していただけかもしれないし……」


「それは、はい……確かに。アルケスは明らかに、古くから淵魔へ与していたわけで……。今が盛り返すには、最善のチャンスと見たのかも……」


「まだ裏があるのは間違いないでしょう。でも、ここへ来て襲う価値が十分にあり、どうやら下準備は済んだらしい。神使の手に渡った『鍵』を取り戻そうとしてるんだとしても、やっぱり戦力は必要になる。淵魔は必ず襲って来る」


「――負けられない。戦略的な意味だけじゃなく、心の拠り所としても、ここは勝負処だ……!」


 レヴィンが武者震いに打ち震えていると、その熱気を振り払うような動作でルミが手を振る。


「今から熱くなってたら、身が保たないわよ。淵魔がココを攻め落としたかろうとも、今すぐってワケじゃないだろうから」


「それは、そうかもしれませんが……! でも絶対、死守せねばならないと、気持ちを新たにしたら……!」


「……まぁ、好きになさいな。大神だって、この状況には着目してる筈だから。もう無理だと思えば、御自ら出向く可能性すらあるかもね」


「ま、まさか……そんな事あり得るんですか!? とても、そんな不敬させられません! ユーカードの名に賭け、一命を賭しまして、必ずや淵魔を食い止めます!」


「頼もしいコト。こちらも常備軍として神官兵はいるんだけど、数が少ない。この可能性に気付くまで、ちょいと時間が掛かったのもあって……。援軍は呼んであるんだけど、果たして間に合うかどうか……」


 ルミが指先で地図上のピンを一本倒し、軽く息を吐いた。

 深刻そうな発言とは裏腹に、その行為はずっと軽いものに見える。

 レヴィンは聞くのが怖いと思いつつ、尋ねられずにはいられなかった。


「到着は、いつに……?」


「早くて明日。日の出に間に合うかどうか……、そのぐらいだと踏んでるわ」


「あぁ、なんだ、それなら……」


 レヴィンが安堵の息を吐いた時だった。

 慌ただしい気配が外から聞こえ、乱暴にも思える手付きで執務室のドアが開かれた。

 切羽詰まった兵の声は、半ば恐慌を来たしているようにも聞こえる。


 兵は神殿長へと身体を向けていて、応接室にいるレヴィン達から、その表情までは見えない。

 だが、何を言うつもりなのか、ルミは勿論レヴィンにさえ、十分理解できていた。


「……あらヤダ、小憎たらしい。もう来たの。案外、早かったわね」

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