継がれる遺志 その8
「だから、神殿に用があるんでしょ? 案内できるわよ? ここから東となれば、ロシュ大神殿だけだろうし……参拝に行きたいんじゃないの? アタシ達も丁度、通り道だし、ついでを買って出て上げても良くってよ」
ルミが傍らに立つリンへ目配せすると、好きにしろ、とでも言う様に、彼女は無言で首肯する。
彼女らがどこまで話を聞いていたのか、どこまで知っているのか、それは分からない。
声を掛けられるその直前まで、一切気配もしなかった。
気配を読むのに長けている、ロヴィーサでさえ感知していなかったのだから、何を聞かれていたのか分かったものでない。
しかし、もし彼女らが神使であるのなら、レヴィン達をただ神殿へ案内するつもりだとも思えなかった。
肉体的、精神的疲れが蓄積している今、正常な判断を付けられず、レヴィンは言葉に詰まる。
楽しげに見つめ返すルミへ、ただ睨むような視線を向けた。
ルミ達は信用できない、それは確かだ。
だが同時に、利用できる可能性はある。
迷いに迷い、レヴィンは一つ声を上げて、話を中断した。
「少し、仲間内だけで話をしたい。……考えさせて貰えるか?」
「勿論よ、好きになさいな」
断られないと思っているのか、それとも断られたところで問題ない、と思っているのか。
ルミは何の気負いも見せず、ヒラヒラと手を振った。
それを見てから、レヴィン達は窪地の中、なるべく遠く離れた所で、額を突き合わせるように密談を開始した。
「若、どうするつもりだ? すぐに拒否しなかったのは、拙かったんじゃないか?」
「明らかに奴らはこちらを追って来ています。目的があって、接触して来ているのです。到底、信用できません」
ヨエルとロヴィーサ、二人から否定的な意見が飛んで来る。
そして、それはレヴィンにも重々承知の上だった。
彼女ら二人もまた、目覚めると同時に動き出し、結果的に偶然出会った、などと考えていない。
アイナを探る意図も、単なる好奇心でないのは間違いないだろう。
すぐさま遠ざけるべき、同道を拒否すべき、という意見は当然でしかなかった。
「二人の意見は良く分かる。だが、ここで遠ざけようと……あるいは逃げ出そうと、その追跡を逃れられるとは思えない。こっちだって、ここまで馬鹿正直に足跡残して移動してたわけじゃないんだ」
「追跡する術は、よく心得ていると見るべきか……」
「その上、武力的な意味でもあちらが上だ。強制的な排除は、まず不可能と見るべきだ」
これにはヨエルも、苦い顔をして頷いた。
討滅士は相手の実力を見抜く力を、特に厳しく指導されるものだ。
淵魔が何を喰らったか、その上でどれだけ強化されたか、外見から察することは難しい。
見て敵わないと思ったら、まず援軍を呼ばなければならず、勝てないと判断してから呼ぶのでは遅いのだ。
自らが敗れることは、敵を強化することに繋がる。
それは味方へ盛大な不利を押し付けることにもなるから、そこに対する嗅覚を鋭くしなくてはならなかった。
だから、レヴィン達はルミ達との実力差を十分理解している。
五分に持ち込めれば良い方で、持っている刻印次第で、どうとでも逆転されるだろう。
敵対するのは、全く得策でなかった。
「だが、アイツらは敵……だろ? そうじゃないのか?」
「そう思われていないと高を括っているのか、それとも別に狙いがあるのか……」
「神殿関係の者で間違いない、という話だったのでは? 淵魔を操るような口振りも、路地裏で聞こえて来ましたが……」
「言葉尻だけ掴まえて、判断するのも危険だろう。だが、事実だけ見ると、あちらに害するつもりが無いのは確かだ。……今のところは、というだけかもしれないが」
不穏分子の排除を考えているのなら、周囲には何もない荒野だ。
ここで仕留めてしまえば良い。
ルミ達には、それが出来るだけの実力がある。
「抵抗も激しく、簡単ではない……そういう判断だとしても、やろうと思えば出来た。ついさっきにしてもそうだ。声を掛けずに、奇襲すれば良かったろう。俺達は完全な不意打ちを喰らっていた」
「それは、間違いないですが……」
ロヴィーサが悔しげに顔を逸らす。
誰より気配の察知に長け、誰より先に警告を発するのがロヴィーサの役目だ。
これまでも、その信頼に背いたことはない。
だが、今回に限って全くルミ達を察知していなかった。
これは単純に実力が上というだけでなく、ルミの隠密能力に掛かれば、いつでも裏を掛けてしまうことを意味する。
「逃げたつもり、撒いたつもりで、常に背後を気にするのも嫌なものだろう。見えない所より、見える所に置いておきたい。そちらの方が、まだしも安全だ」
「でも、奴らの目的は……?」
「十中八九、アイナなんだろうが……。何故なのか聞き出そうにも、素直に言ってはくれないだろうな……」
レヴィンは悔しげに息を吐いて、一度深呼吸する。
それから、ちらりと背後に、ルミ達を盗み見た。
「いずれにしろ、案内するって話に嘘はないと思う。森に誘い込んで殺す、なんてまどろっこしい真似、あの二人はする必要がないからだ」
「そこには同意するがよ、若……。でも同時に、二人が何か企んでるのは間違いないんじゃねぇか?」
「神殿の追手であるのも、また間違いないと考えても良いのでは……。一連の襲撃犯について、既にアタリが付いているはずです。殺す意図がないとしても、捕らえる機会を狙っているだけやも……」
総じて、二人の意見は否定よりだった。
当然、ここにいる誰もがルミとリンを信用していない。
あの二人に余裕がある様なのは、実力に裏打ちされた自信があるからだろう。
だが、それだけでなく、今すぐ何かせずとも、結果的に目標を完遂できると思ってのことかもしれなかった。
レヴィンは盗み見ていた視線を戻し、アイナの目を見つめる。
そこには不安も多く見えたが、同時に信頼を向ける色も見えた。
これまでの会話に積極的に参加しないのは、無責任からではない。
この三人に命を預けると、既に決めていて任せているからだった。
その期待に応えるべく、レヴィンは一つ意見を述べる。
「……こう考えよう。奴らは俺達を探りたい。もっと言うなら、アイナを。だが、神殿関係の者なら、襲撃やその対応についても知っているはずだ。――探られるんじゃない、こっちから探るんだ」
「うぅん……、あっちは口が
「ですが、上手く誤魔化せれば、アイナさんへの興味を失くせるかもしれません。追われる心配もまた、一つ消せる可能性があります」
ロヴィーサの意見にレヴィンは同意し、それに、と言葉を続けた。
「それに、これはチャンスかもしれない。平原など遮るものがない中で、睨み合って戦闘となれば勝ち目がないだろう。だが、遮蔽物の多い場所なら……?」
「こっちから仕掛けようってのか? そんな生易しい相手かね?」
「その程度の小細工じゃ、返り討ちに遭って終わりだろうな。――でも、こちらにはアイナがいる」
その一言で、全員の視線がアイナに集中した。
向けられたアイナは、途端に挙動不審に視線を左右に揺らす。
誰にも視線を向けられず、逃れる様に下を向いたタイミングで、更にレヴィンが続けた。
「アイナには『鍵』がある。何でも開閉できて、俺達の才能の扉を開いてくれた。じゃあ、その逆はどうだ……?」
「あの二人の、才能の扉に鍵を掛けるってのか……!?」
「そうだ。それならこちらの勝率も、グンと高くなる。不可能じゃないって思うんだが……」
意気込んで瞳に力を入れるレヴィンに、ロヴィーサは神妙に頷いて同意した。
「元に戻すことを約束すれば、有利な状況から情報を訊き出すことも、可能かもしれません。実際に戻すかどうかは別にして、脅しとしては十分効果的、という気がします」
「エゲツねぇこと考えるな……。しかし、そうだな……。どの程度、弱体化するかって問題もあると思うが、やれそうって気はするよな」
「勿論、それはチャンスがあったらの話だ。向かう先がどういう場所か分からない以上、自分の身を守るので精一杯かもしれない。だが、またとない機会でもある」
レヴィンの意見に、真っ先に乗ったのはヨエルだった。
「いいと思うぜ。いっそある程度、油断させる為に情報を渡すのも手かもしれねぇ。何を望んでいるか分からないから、そこは賭けになるんだろうが……。でも最悪、弱体化させてからの口封じだって出来るだろ? 悪くない賭けだと思うね」
「そうですね……」
しばし考え込んで、その上でロヴィーサも同意した。
「あの二人が損なわれることで、また神殿からの追手が強まるかもしれませんが……。初めから攻めの姿勢でいたことです。逃げ続けてもどうにもならない所に、細い糸を見つけたかもしれない。……乗るべきかもしれません」
「アイナ……どうだ、やれそうか?」
この質問は酷だと、レヴィンも自覚している。
鍵を使う事は、つまり相手の手に届く範囲まで近付く事を意味する。
実力的にも、それが簡単な相手ではないのだ。
しかし、それでもアイナは気丈に頷いた。
「はい、大丈夫です。……やってみせます」
「頼むぞ。一緒に歩けば、色々訊かれるのも間違いないだろう。矢面に立つようなものだ。その受け答えも大変だろうと思う」
「いえ、いつも守られてるんですから、このくらいあたしだって……! 大丈夫です、下手なこと口にしませんし、困ったらすぐ他の人に助けを求めるので」
「うん、決まりだな。『鍵』を使って欲しい時も、こっちから指示を出すから」
「締めたことなんてないので、本当に出来るか不安ですけど……。でも、はい、……大丈夫です! やってみせます!」
アイナから力強い返事が返って来て、レヴィンは口の端に笑みを浮かべて頷く。
その肩をポンと叩いて、突き合わせるように寄せていた額を上げた。
随分待たせたが、ルミはそんな素振りも見せない。
それでどうする、とでも言うように肩を竦めて見せた。
「話し合いの結果、頼むことに決めた。東への道案内、どうかよろしく頼みたい」
「勿論よ、お任せあれってね」
ルミが腰に手を当て、不敵に笑う。
それはまるで、レヴィンの作戦全てを知った上で、あえて承知しているように見えた。
隣に立つリンは、全く表情を動かさず、腕を組んだまま見下ろしている。
罠があろうと食い破る、挑戦は全て受けて立つ……。
きっとそれはレヴィンの妄想に違いなかったが、二人の表情からは、まるでそう宣言しているようにも見えた。
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