継がれる遺志 その7

「その辺は、まぁ……成り行きですよ。色々あったんです」


 レヴィンは何とか誤魔化せないかと、慎重に言葉を選んで会話を続けていた。

 だが、ルミの追求を躱せる、気の利いた台詞には程遠い。


 却って彼女の好奇心を刺激した様で、ルミはアイナを見つめては、フードの奥に隠れた顔を覗こうとした。

 そこへロヴィーサが手を差し出して壁を作り、硬い声音で言葉を放った。


「あまりに不躾ではないですか? 誰にでも事情があり、そして探られたくない腹だってあるものです」


「……そうねぇ。誰だって痛くもない腹、探られたくないものね。でも、それだけかしら?」


「何が、でしょうか?」


「庇い方が、ちょっと過保護に思えるのよね。アタシの見た所、このコの魔力は制御技術を習った者の流れだわ。……素人じゃない。武力的な意味でアンタらに敵わないのは間違いないけど、それにしたって……」


 アイナに向けられるルミの視線が細くなる。


「制御の仕方には個人のクセが出る。それは確かよ。でも、誰に習ったかによっても、やっぱり流れ方に違いは出る。剣術の流派と同じよ。基本的な型、みたいな特徴があるのよね」


「……何が言いたいんです?」


「アイナは遠い別の国からやって来た、……そう聞いた気がするわ」


「……そうですね。だから制御の技術にも、この国とは違ったものが見られるのかもしれません」


 ――良くない流れだ。

 ジリジリと彼女の包囲網が狭まっているように感じられる。


 ルミが異世界人に対し、並々ならぬ歓心を持っているのは知っていた。

 人攫いに関係した人物――あるいはその首領である可能性すらあり、到底、心許せる人物ではない。


 そして、シルアリーの街にて、『銀朱の炎』ギキールに催眠を掛けて、操っていた可能性もあった。

 先程の質問も、それを含んだ品定めするものの様に思え、アイナをどうにか手中に収めようと画策しているようでもある。


 そして、それだけではなかった。

 彼女らは淵魔と無関係と思えない。


 むしろ、けしかけた可能性すらある、危険な人物だった。

 あるいは神の尖兵であり、壮大な人類抹殺計画の一部を担う者かもしれない。

 レヴィン達を超える圧倒的武威は、神の使い――神使であると考えれば、その説得力も増すのだ。


 そして、神々の計画が淵魔を使うことであるのなら、その神使が淵魔をある程度コントロール出来たとしても不思議ではない。

 本来ならば、暢気に焚き火を囲うのではなく、逃げるべき相手だった。


 しかし、あの場で即座に逃げ出していては、神殿襲撃と結び付ける材料にしかならない。

 そう思って、レヴィンは表情に出さぬまま、胸中で後悔し始めていた。

 それを押してでも、逃げるべきだったか――。


 だが、神ならぬ身で、一つのミスもなく行動するのは難しい。

 悔やむのは後にして、今はこの追求を躱す方が先だった。


「――あぁ、ルミさん。申し訳ないんだが、夜通し歩いて、こっちもクタクタなんだ。悪いが、そろそろ眠っておきたい」


「あら、これはこれは……。気が利かなくて、ごめんなさいね。すっかりお喋りに夢中だったわ」


 少々どころか、随分と強引な話題転換だったが、ルミは無理して続けようとしなかった。

 それならそれで、また明日にでも、と思っているのかもしれない。


 レヴィンは断りを入れて、焚き火から少し離れた所へ寝袋を敷いていく。

 そうしている間にも、傍に寄ったヨエルへ、ごく小さな声で耳打ちした。


「眠りに就いたと思ったら逃げ出すぞ。これ以上、一緒にいるのは拙い」


「既に十分、顔も見られた。名前も知られてる。拙くないか?」


 それはレヴィンにしても理解していたことだ。

 神殿襲撃犯と思われたくないから素直に応じたが、今ではそれが悪手だったと痛感している。


 そうして、このまま共に行動し続ける方が、リスクは大きいという判断だった。

 どうせいつまでも騙し続けられるものではない。

 アイナを守る意味でも、襲撃犯だと結び付けられるのを覚悟で離脱するべきだった。


 レヴィンはそう判断を下し、ヨエルにもそれを飲み込ませる。

 硬い顔をして頷く彼の後ろ姿を見ながら、寝る準備を進めつつ、他の二人にも伝えていく。


 ロヴィーサからは、ヨエルと似た雰囲気の視線を送られたものの、結局何も言わなかった。

 ただ素直に応じて、アイナの隣で手伝う振りをしながら、レヴィンから言われた内容を伝えていく。


 そうして、全員の準備が整い、最初の見張りをレヴィンが申し出て、しばらく経ってからのこと……。

 星明かりと僅かに揺らめく焚き火に照らされながら、レヴィン達は野営地から逃げ出した。



  ※※※



 夜を徹しての逃避行だったので、東の稜線に日が見えてくる頃、誰の顔にも疲労が明らかになっていた。

 神殿襲撃前に仮眠を取っていたとはいえ、追って来るかもしれないルミを警戒しながらの強行軍だ。

 淵魔と幾つもの修羅場を潜り抜けて来たレヴィン達も、これにはそれなりに堪えた。


 周囲から発見されづらい、丁度よい窪地を発見すると、今日の所はそこを野営地にすると決めた。

 レヴィンは一応、後方を鋭く観察しながら、設営を命じる。


「よく寝静まっていたし、後を追ってくる気配もなかった。上手く撒けたと思うが……」


「相手が相手だ。油断できるものじゃないな」


「それに、きっと……。十分過ぎる程、怪しまれましたよね……」


 アイナがしょんぼりと口にすると、レヴィンは硬い口調で否定した。


「あれはアイナに対して、最初から一貫して怪しんでいた。だから、そこについて今更、怪しまれたって大した痛手じゃない。問題は、次の襲撃が酷くやり難くなったことだ」


「……そうだろうな。じゃあ、どうする?」


「少し遠方に足を伸ばすか。それしか方法はない気がするな。……どちらにしろ、俺達の仕業だと判明するまで幾つ襲撃出来るか、そういう問題でしかなかったしな」


「そうだな……。最後まで見つからず、全ての神殿を襲撃できたはずもねぇんだ。幾らかやり辛くなったのは確かだが、時間の問題でしかなかった」


 ヨエルが苦い顔で言って、レヴィンも諦観の籠もった表情で頷く。

 その後は誰も言葉を発せず、黙々と食事を取り、昼まで仮眠を取ることになった。


 基本的に夜の移動は推奨されない。

 今日はたまたま運が良かっただけで、本当なら幾度も魔獣などから襲われて不思議ではなかったのだ。


 今は少しでもルミ達から距離を取りたかったし、神殿から追手が放たれている可能性もあった。

 常に逃避行を強いられる事になっていたのは間違いないので、尚のこと時間は無駄に出来なかった。

 寝ている暇すら惜しい程だが、本当に眠らないまま行動することは出来ない。


 焦る気持ちを抑えて、レヴィン達は眠りに就く。

 こういう時でも見張りを残して眠るのは変わらないから、全体的に睡眠時間は短くなりがちだ。


 それでも、少しでも疲れが取れるよう努力しなければならない。

 すぐに眠れる、起きられる習慣を身に付けるのは、こうした旅の中で求められる必須スキルだった。


 そうして昼まで休息を取り、全員が起きると焚き火を囲み、朝食もとい昼食を取っている時のこと――。

 干し肉を薄く切って、それを口に運びながら、レヴィンは今後の予定に頭を悩ませていた。


「山から見た光景を思い返すと、ここから東、山林を隔てた向こうに神殿があったはずだ」


「そこを目指すのか?」


「また険しい道を越えねばならないが、だから追手がいても撒ける。襲撃に対する情報も、上手く伝わらない可能性がある」


「追手はともかく、情報はどうだかね……?」


 訝しげなヨエルに、レヴィンも苦い笑みを浮かべながら頷く。


「確かに、そこは余り期待できないだろうな。危険を警告するのが神ならば、距離が幾ら離れていようが関係ないだろう。神託って手段があるはずだからな」


「……けれど、若様。それならば、敢えて離れた場所を襲う意味も薄いのでは? 追って来る何者かにしろ、何処へ逃げたか分からぬ者を、執拗に追い掛けられるものでしょうか」


「うん……、数日とか期限を決めて捜すかもしれないな。そうして、神殿の円周状を虱潰しに、目撃情報がないか探るだろう……」


「昨日、アレらに見つかったのは、痛手でしたね……」


 ロヴィーサが眉間にシワを寄せ、それきり黙る。

 レヴィンもまた苦い顔をさせて、それに同意した。


「ならばやはり、あの神殿近辺からは遠ざかるべきだ。そして龍脈上、直接繋がっている神殿も避けるべきだろう。そうなると、やはり東の山林越えが、一番面倒が少ないと思う」


「上から見た範囲でしか分かりませんでしたが、そう簡単に抜けられる様には見えませんでした」


「そうだな、簡単そうじゃない……。土地勘もなく、棲息してるだろう魔獣や魔物も知らないんだからな。危険も多いだろう。だが、今から隠れながら目指すとしたら、そこが一番近い」


 誰もが唸る様な声を上げて、そのまま沈黙してしまった。

 神殿への襲撃は、長く続けなければ意味がない。

 いつまでも続くものでないと理解していても、可能な限り続けられなければならなかった。


 いつか決定的なミスを起こすかもしれないし、それより前に本腰上げた神々が対処に乗り出すかもしれない。

 それでも、反抗する意思を消せないから――、反抗する者がいるのだと知らしめる為にも、安易に捕まるわけにはいかなかった。


「――なぁに? 東のロシュ大神殿に行きたいの?」


 突然聞こえた声の乱入に、全員が武器を取って戦闘態勢を取る。

 声の方向へ目を向けると、窪地の上からルミが覗き込むようにレヴィン達を見ていた。


 聞かれた、とレヴィンは歯噛みする。

 どこから、そしてどこまで聞かれたのだろう。

 ルミの表情は平素そのもので、怪しげな密談を聞いた者の顔には見えない。

 だが、だからと油断するわけにはいかなかった。


「聞いてたのか……?」


「えぇ、東の山林を越えたいんでしょ? にしても、薄情じゃないの。目が覚めたら誰もいないなんて。別れの挨拶くらいするのが、旅人の礼儀ってものだわ」


「すまないな。こっちも少しナーバスになってたもので……。あまり他人を信用しないようにしてるんだ」


 失礼な言い方だとは思うが、それでさえルミの感情を揺さぶることはなかった。

 したり顔で頷いて、そのまま会話を続けてくる。


「そういう慎重さってのは大事よね。顔見知りとはいえ、顔見知り程度じゃ信用しないってのは、時として必要なコトよ。無根拠な他者への信頼って、少しでも賢いつもりならするコトじゃないのよね」


「自分たちが信頼されてないって、分かってる口振りだな……?」


「まぁ、当然って感じでしょ。こっちは別に、どう思って貰っても構わないのよ。それで? どうする?」


 ここでやるつもりか、とカタナの柄に添えていた手を、握り込むように動かす。

 しかし、ルミには一切の動きも、気負いもまた見られない。

 どこまでも自然体の姿のまま、彼女は気安い口調で言葉を投げかけた。

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