継がれる遺志 その6

 突然のことに、レヴィンは驚きを隠せない。

 ヨエルは元より、ロヴィーサもそれは同様だった。

 自分たちの野営地に先客がいたのだ。

 前方に注意を払っていたし、そこに人物がいて注視しないはずがない。

 

 それでも、簡単に背後を取られるほど、耄碌していないつもりだった。

 特にロヴィーサは気配を読むのに長けている。

 目に見えずとも、事前に危険を察知するのは自分の役目だと思っていた。


 それを簡単に覆して来たのだから、忸怩たる思いで声掛けして来た人物を睨んでいる。

 まだ武器さえ抜いていないが、レヴィンの命令があれば、いつでも攻撃を仕掛けられるよう、腕は後ろ腰へ向いている。


 声の主はルミだった。

 底知れぬ強さを持った冒険者で、才能の扉を開いた今でさえ、勝てると断言できないほど強大な相手だ。


 レヴィンが小さく首を振り、武器を仕舞うよう、視線で命じる。

 そこへ空気を読まない――敢えて読まないルミが、更に言葉を重ねてきた。


「どうしたのよ、久々の再会でしょ? ちょっとは愛想良くしなさいな」


「……あぁ、えぇ。突然のことだったので、驚いてしまって……」


 レヴィンがとりあえず、当たり障りのない返事をすると、さもありなん、とルミは頷く。


「そうでしょう? こっそり忍び寄って相手の肩を叩くの、アタシの得意技だから。……それよりどうしたの? 押し殺した殺気を見ると、今にも襲い掛かりたいって言ってるみたいよ」


 ルミの顔面にはニヤニヤとした、人を食った笑みが浮かんでいる。

 どこまで、何を知っているのか――。

 そして、彼女らが何者なのか、それが分からなくて警戒を解けない。


 しかし、ここで大袈裟に否定するのも憚られた。

 今し方、ひと仕事終えてきたばかりとはいえ、現状、今すぐそれと繋ぎ合わせるの強引過ぎるし、結び付けるものは少ない。


 そして、不用意な証拠もまた残してはいなかった。

 レヴィン達が神殿襲撃犯だと、看破される可能性は低い。

 さりとて、やましい気持ちが根底にあるので、心は全く落ち着かなかった。


 実力的に排除するのが困難である以上、何の疑いも持たせず、この場を去るのが最良だと分かる。

 しかし、ルミは既に親指を野営地に向け、その場へ招こうとしていた。

 これを振り切ったところで、そう問題になるとは思えないが、不自然に映るかもしれない。


 何しろ、深夜の行動というだけで、怪しむ材料になる。

 既に綱渡りの崖っぷちみたいなものだから、無視して去るのが最良かどうか、即座の判断が付かない。

 迷いが即断を許さず、固まってしまったレヴィンの手を、有無を言わさずルミが握った。


「あ、ちょっと……!」


「何してんのよ、愚図ね」


 傍若無人な強引さで、ルミはレヴィンを引きずって行く。

 手を握った強さからも、無理して振り解くのは不可能と分かった。

 それで仕方なく、レヴィンは成り行きに任せるしかない、と従う事にした。


 今にも武器を持ち出して刺し殺そうとするロヴィーサを宥めて、何とか話を合わせろと、小声と身振りで命じる。

 苦虫を噛み潰したような顔をして、ロヴィーサは武器の柄から手を離し、ずんずんと歩くルミの後に続いた。


 焚き火の前に陣取り、火の管理をしていたのはリンだった。

 レヴィンたちを一瞥したものの、口も開かず薪を足して火力を調整している。

 焚き火の上には鍋が置かれていて、まさに湯を沸かしている最中だったようだ。


「とりあえず、白湯の一杯でも飲んで落ち着きなさいな。こんな夜の日に、偶然出会ったとなれば、寝る場所だって共有するモンでしょ」


「偶然、ね……」


 どうにも含みのある台詞に突っ掛かりながら、とりあえずレヴィンはリンの対面へ腰を下ろす。

 それぞれが思い思いの場所へ座り、ルミはリンのすぐ傍、ヨエルはその隣で、その対面にロヴィーサとアイナが腰を落とした。


 リンは誰にも歓心を示す素振りを見せなかったが、唯一の例外がアイナだった。

 だが、思う所を口にせず、ただ値踏みするような視線を向けている。


 それぞれの旅装から木製マグを取り出し、そこに白湯が注ぎ終わると、ルミから明る声音が上がった。


「さて、偶然の再開を祝して、乾杯と行きましょう。ワインでないのが残念でならないけど……、こういうのは気持ちの問題よね」


「えぇ、まぁ、そうかもしれません……」


「何よ、煮え切らないわね。……ま、いいわ」


 ユミルは白湯を飲んだ口から湯気を吐き出し、それから悪戯好きそうな笑みを向ける。


「……それで? こんな時間にほっつき歩いて、何してたのよ?」


「別に、何というわけでは……。適した野営地を探していたら思いの外、時間が掛かってしまって」


「思いの外、ねぇ……?」


 ヨエルはわざとらしく空を見回し、そして全員へ視線を回す。

 そのような言い訳など、まるで信じていないと言外に発していた。


 それが分かっていても、レヴィンの口からそれ以上なにかを言うつもりはない。

 ルミは構わず視線を向けていて、他に面白い話は出て来ないかと、期待しているかのように見えた。


「そうは言ってもさ。だからって、こんな時間まで歩くコトないでしょ。適当な場所なんて、それこそ幾らでもあるわ。深夜まで歩き回るコトに比べたら、ね……? 他に何かしてたんじゃないの?」


「さて……。その辺は、色々と複雑な事情がありますので。口に蓋させて貰いますよ」


「守秘義務ってのは大事だわ、そうよね。こんな時間に出歩く位だから……、夜行性の魔物退治かしらねぇ? もしくは、魔獣の捕獲とか? こういう時間じゃないと、遭遇することすら難しい相手っているものね」


「まぁ、当たらずとも遠からず……ですか」


「ふぅん……?」


 レヴィンの返答に、ルミは嬉しそうに笑みを深める。

 これではまるで、タヌキとキツネの化かし合いだ。

 探りたいルミと、誤魔化したいレヴィンの攻防に、それを見守っているアイナはハラハラと視線を動かしていた。


「――で、そう。そっちのお嬢ちゃん」


「は、はい!?」


 突然、声を掛けられて、アイナは肩を跳ねさせた。

 持っていたカップの白湯が跳ねて、アチチと手首を振ったり拭ったりと忙しい。

 その一部始終を面白おかしく見つめていたルミは、騒ぎが収まった所を見計らって、また声を掛ける。


「アイナ……で、良かったわよね、確か? ちょっと、お話出来ないかしら?」


「え、は……。そのぉ、いやぁ……?」


 アイナから明らかに助けて欲しいとのアイコンタクトを受け、レヴィンはそれに割って入る。

 ヨエルもまた、注意を逸らせないかと会話に混じって来た。


「彼女は人見知りな上、口下手でしてね。お相手は出来ないかと……」


「――そうそう! 俺達でさえ、打ち解けて話せるようになるまで、結構な時間掛かったんだぜ? 割と頑ななんだ、あぁ見えてな」


「そうなの、お嬢ちゃん?」


 しかし、そう言われたところで、ルミの興味はアイナから動かなかった。

 レヴィン達の奮闘は空を切ったが、一言二言で諦めるほど、ヨエルも諦めが良くない。


「いや、それより俺は、二人の強さの秘密に興味あるね。自慢になるか分からねぇが、俺達ゃずっと淵魔と戦ってきたんだ。強さも相応にあると思ってた。けど、二人の強さはその上だ。何と戦ってたら、そんな強さが手に入るんだい?」


「はァん……? 強さの秘密というのなら、アンタらに起きた変化の方が気になるわ。時として、人の成長は目で追えない、なんて言うけどさ……。そんな言葉じゃ片付かない程、異常な伸びをしてるじゃない。何があれば、そんなコトになるワケ?」


 藪蛇ヤブヘビだったか、とヨエルは顔を顰める。

 戦闘に身を置く人間は、対峙しただけで相手の力量を計れたりするものだ。

 それは魔物や魔獣、淵魔に対して活かせる力であり、そうした勘働きは強い人間ほど正確に備わっている。


 ルミほどの人間ならば、より正確に力量を見抜けて不思議ではなく、そしてひと月に満たない再会で考えられない程、レヴィン達はその力を増していた。

 勿論これは、通常では考えられない方法で得た力なので、レヴィンとしては下手に勘ぐられたくない話だった。


「まるで、持てる才能全てを、十全に発揮しているかのようよ。……あれ、もしかして、そういう話?」


「――どういう話かはともかく、ちょっとした修羅場を潜ったのは確かですね。死ぬ目にも遭いましたし、それを超えてきたから今がある。何か特別なものを感じられたとしたら、そのせいかと……」


「なるほど。修羅場に……死ぬ目、ね……」


 ルミの視線が舐めるように、レヴィンの身体を上から下まで動かされる。

 ロヴィーサが不快に感じて鼻の頭にシワを作り、大いに睨み付けた。

 しかし、ルミは全く気にした素振りも見せず、更に二往復ほどさせた後、ようやく視線を外した。


「たかが一度や二度、死ぬ目に遭ったから、で納得できる規模じゃないけど……。そういうコトにしといてあげるわ。アタシとしては、アイナの存在が大きいんじゃないかと思ってるケド」


「……あぁ、彼女は良くやってくれてますよ。厳しい旅にもかかわらず、良く付いて来てくれています」


「そう、気丈なのねぇ……。アンタら三人は分かるけど、アイナ一人が明らかに異質よね。どうして一緒に旅してるの?」


 何とも答えづらい質問だった。

 そして、質問一つ重なる度、徐々に追い詰められている気もする。


 レヴィンは、ルミからの疑問や質問を躱しているつもりだった。

 しかし、実際は落とし穴へと誘導されているだけではないのか――。

 彼女と目を合わせて、そう錯覚を覚え、ゾクリと身体を震わせる。


 ――まるで蛇だ。

 長大な身体で包囲し、そして鎌首を持ち上げ、チロチロと舌を這わせているようでもある。

 会話そのものが毒になるのだと、今更ながらに気が付いた。


 レヴィンは、追い詰められている自分を、自覚せざるを得なかった。

 少々強引でも、強制的に会話を終わらせるべきか――。

 レヴィンはその瞳から逃げるように焚き火へと視線を移し、それからカップの中身を飲み干した。

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