継がれる遺志 その4
「やはり妙だ……。神殿っていうのは、ここまで無警戒なものか……?」
「あり得ねぇな。これまで襲った神殿には、神官だっていたんだ。勿論、殺しちゃいなかった。それなのに報告してないって? 神殿は横の繋がりだって、相応にあるはずだろ?」
神は七柱いるから、当然、神殿の種類も七つ存在する。
それぞれの神殿には、やはり神同士の影響を受けて仲の良い神殿もあった。
これまで襲撃してきた神殿は、特に選んだわけでなかったので、横の繋がりがある神殿同士、警告くらいはしているはずなのだ。
「普通なら、警備を増強する。人を用意できずとも、別の何かをするだろう。それすら無いのなら、神の庇護があると慢心しているから、なのか……?」
「まだ情報が届いていないだけ、と楽観できたら良かったんだが……」
「若様、どうされますか?」
神殿を睨んだままロヴィーサに問い掛けられ、レヴィンは暫し黙考してから一歩を踏み出した。
「行ってみよう。――ただし、いつでも逃げられるよう準備しておけ。特にアイナは、真っ先に離脱させられるようにな」
「そんな……!」
アイナは抗議しようとしたが、それより早く、レヴィンが手の平を向けて制する。
「言ったろう、アイナは要なんだ。他の誰より重要だ。それに、他の誰かなら発見されても、上手く逃げ切れる可能性はある。もしも伏兵がいて、包囲されたとしても、強引に突破してやれるだろう。けど、アイナに同じ事をやれとは言えないから……」
「そう……ですね。皆さん、お強いんですもの。あたしが下手な心配する方が、かえって迷惑ってものですよね」
「何より君は、秘されていることに意味がある。誰か一人が犠牲になろうとも、継続する為に必要な鍵だ。一番に護ってやらなくちゃいけない」
これにアイナは反論めいたものを口にしようとしたが、すぐに視線を切り、次いで顔も背けられた。
レヴィンは首元に掛けていたスカーフを持ち上げ、口元を隠す形で結び直す。
フードとスカーフに隠れ、それで目元しか見えなくなった。
双方、緑濃色であることも相まって、草葉に隠れると、いよいよ見分けが付かなくなる。
そうして、レヴィンが声を上げないまま、身を低くしながら腕を上げた。
手を握り込むと同時に走り出し、ヨエルとロヴィーサの間に挟まる形で、アイナも走り始めた。
神殿は平地に作られる事が多いものだ。だが、同時に他より高い位置に作られるものでもある。
人を見下ろす位置にあり、人間は階段を登って、頭を垂れるように神殿へ向き合わなければならない。
その際、一本道の階段を登らねばならないので、どうしても目立ってしまうのだが、今回は準備を済ませてあった。
鉤縄付きロープで高台の手摺りへ引っ掛け、そのまま壁を蹴って駆け上がる。
ヨエルはアイナを背負いながらなので、他の者より若干遅い。
見る者が見れば、階段より余程目立つ潜入方法だ。
しかし、レヴィンが手摺りに手を掛け、そこから目だけ覗かせる段階になっても、発見される事はなかった。
そしてやはり、警備兵らしき何者の姿も見えない。
それどころか、巡回している兵すらも見えなかった。
レヴィンが完全に姿を現し、地に足を付けた後でも、誰何する声すら上がらなかった。
油断なく周囲を見据えながら、後ろ手で手首を動かし、ロープにぶら下がったまま待機していた、ロヴィーサ達へと指示を送る。
すると、軽やかな身のこなしでロヴィーサが手摺りを登って来て、そこから少し遅れてヨエルも顔を出した。
アイナを背負ったまま手摺りに身体を預け、アイナを丁寧な手付きで下ろすなり、自らも乗り越えて地面に足を付ける。
レヴィンはそれぞれに、視線だけで問題ないか問うた。
僅かな間もなく全員から問題なし、と首肯が返って来て、次に神殿の奥へ指差す。
レヴィンが先行する形で、身を低くしながら進み、そして最奥まで何事もなく進んだ。
最奥の間に鍵が掛かっているのは、これまで幾度も襲撃していて、当然理解している。
そして、それがアイナの『鍵』があれば、障害にもならないとも理解していた。
レヴィンが目線で問えば、頷いて扉へ近寄り、懐から取り出した神器を鍵穴へ差し込もうとする。
鍵歯が鍵穴に合わせて変化している、まさにその時、横合いから強烈な光と共に誰何が飛んで来た。
「――何者だ! 動くな、喋るな! 何一つ行動を許さない! 両手を上げ、顔を見せろ!」
「構うな、続けろ!」
レヴィンが光の前へ躍り出て、それに合わせてヨエルとロヴィーサも横に付く。
アイナは指示通り、慌てた手付きで鍵穴に『鍵』を差し込み、扉を開けようと試みた。
即座にガチャガチャと鍵を捻る音がして、それと同時に開く音も聞こえる。
「そっちは任せておこう。こっちはアレの相手だ」
光源は、魔術の杖から向けられているものだった。
それを手に持ち、誰何していたのは、ここを預かっている神官だろう。
そして周囲には、半円状で取り囲む兵隊がいる。
完全な待ち伏せと罠だったと、今の状況が示していた。
「動くなと言った! ――明確な叛意! 神の御名を持って、貴様らを拘束する!」
『ウォォォォォ!!』
取り囲んでいる兵が、雪崩のように襲い掛かってきた。
レヴィン達は素早く武器を構えて応戦する。
兵達全員、手に持っている武器は槍だった。
数とリーチを活かす為に選んだ武器なのだろうが、それだけで容易く討ち取れる程、レヴィン達は甘い相手ではない。
刺突を躱し、時に打ち払い、半円状から円周上に陣形を変えて来ようとする相手を、上手く牽制しながら自由にさせなかった。
改めて対峙して、レヴィンは断言する。
――彼我の実力差ならば、逃げるのは容易い。
勘に頼ったのは間違いではなかった、と胸中で吐露する。
そこへ横合いからヨエルが、こちらも余裕を感じさせる口調で語り掛けてきた。
「見つかりゃ、逃げるんじゃなかったっけ?」
「その必要がないと、いま実感している最中だろう? 兵は殺すな。こいつらに恨みはない。戦意の喪失、あるいは武器を握れなくさせるだけで十分だ」
「十分とは仰られてますけれど、増援が来ると厄介なことになるのでは?」
「だったら、手早く済ませよう」
数の利はいつだって厄介なものだ。
今だ実力伯仲と言える相手は出て来ないが、増援の中に含まれる可能性は十分にあった。
楽が出来る内に逃げてしまうのが、一番なのは間違いない。
「な、なんだこいつら……!? 賊の癖して、何故こうも……!?」
兵たちの驚愕も当然だろう。
数の差は一対十、あるいはそれ以上もある。
神殿へ入り込む不届き者程度、どうとでも出来ると思っていたに違いない。
そして、それは普通の賊を相手にするならば、当然の考えでもあった。
「何でこいつら、神へ不敬を働こうとしてるんだ!? それだけ実力があって、食い扶持に困ることなんてあるのか!?」
「うん……?」
どうにも大きな食い違いがある。
神殿への襲撃が、金目の物を狙っての犯行だと思っているらしい。
情報が正しく伝わっていないのか、あるいは欺瞞を隠す為に、わざと誤った情報を兵達に伝えたのか……。
どちらの可能性もあって、即座に判断できなかった。
「まぁ、とにかく……、眠って貰うことに変わりはないけどな」
レヴィン達の剣技は淵魔との戦いで磨かれたものだ。
淵魔が喰らう最初の犠牲者は人間になることが多く、だから対人訓練も欠かさない。
多少、刻印で強化されただけの人間は、相手する事に慣れていた。
そのうえ、実力が桁外れに離れているとなれば、全ての攻撃をいなしながら行動不能にするのは難しくなかった。
五分と掛からず、全ての兵隊を地に沈めると、後に残ったのは神官だけになる。
長い耳を持った魔族の神官は、自らの明かりに照らされて、その驚愕が顕になっていた。
倒れ伏す兵隊、傷一つなく武器を構えるレヴィン達――。
何が起きているか、全く理解できない、という顔をしていた。
「お、お前達……一体……? 神への不敬の何たるか、理解できぬはずもあるまいに……。何故、それ程の実力がありながら……」
レヴィンはこれに応えない。
どうせ言っても理解できないだろう、という思いが強い。
神官もまた、強い信仰を持っているに変わりなく、そうした者ほど真実に耳を貸してくれないに違いなかった。
それに、もしも事情を知っているのだとしたら、それこそ正面から戦う理由になる。
レヴィンは信仰に背を向けたが、その信仰全てを捨て切れたわけでもなかった。
神官を斬りたいとは思えず、未だにその覚悟を持てていない。
何も応えず、何も知らない方が互いの為だった。
その時、封印を完了したと思わせる光と音が、最奥の扉から漏れてきた。
アイナが扉の隙間から飛び出し、レヴィン達の後ろに付く。
驚愕の顔を見せていた神官が、何をされたか理解して、呆然とした顔付きになる。
アイナはそんな神官を見て、やはり呆然とした声を落とした。
「……エルフ? 神官って……いえ、魔族って……」
「――終わったなら、退くぞ! 急げ!」
呆けたアイナの肩を押し、自らも駆け出す。
慌てて動き出したアイナはヨエルが背負い、ロヴィーサがその背を守る位置取りで付いて行く。
その時、最奥の扉から精霊までも飛び出してきた。
龍穴を封じられた精霊は、怒り狂って襲い掛かって来ようする。
そして、神官は怒声を上げつつ、レヴィン達の背に向けて魔術の炎弾を放った。
しかし、ロヴィーサは投擲用ナイフを投げて、その炎が近付くより早く起爆させてしまう。
「――ぐぅ!?」
神官の直近で爆発し、精霊はそれから身を守るように、獣の姿から炎の球体へと姿を変えた。
爆発自体はそう大きなものでなかったが、精霊がその身で受けた炎は、より大きな炎となって燃え上がる。
神官は、堪らず顔を覆って爆風から逃げた。
そうして顔を上げた時には、既に何者の姿もない。神官は急いで階段方面へ向かって追う。
だが、そこには何者の姿もなく、駆け下りていく影すら見えない。
「ぐぅぅぅ……ッ!」
歯噛みした神官は獣の様な声を上げ、精霊もまた同じ方向を見据えて獣その物の唸り声を上げた。
そこへ兵達のうめき声が流れて来て、神官はハタ、と我に返った。
彼らの治療が優先と、身体の向きを変えたものの、不敬な者どもへの怒りは抑えきれず、階段下へと強い眼差しで睨み付ける。
手摺りのすぐ下から目だけ見せていたレヴィンは、最後に呪詛と共に一瞥して踵を返して行く神官を見て、音もなくロープを下って行った。
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