継がれる遺志 その3

 クレーターを天然の壁として利用し、魔物の侵入を防いでいる街の名は、キブールといった。

 東から西へ太い道が貫いていて、クレーターの外壁を貫通しているのだが、南北までは通っていない。


 どちらかへ向かいたい場合は、まず東西どちらからか抜けて、そこから外壁沿いに作られた道を使って向かう必要がある。

 実に面倒な話だが、全てを計算ずくで作られた街でないからこそ、生まれた弊害でもあるようだった。


 北方には神殿があるのに、交通の便を考慮して新たに道を作られないのは、単にやらないのとはまた別の理由がある。

 クレーターの北側には主に貴族や富豪など、権力者か権威ある者の住宅街となっているからだった。


 道を通すには豪邸を解体せざるを得ない箇所も出て来て、しかも、おいそれと道を通せば威厳を損なう。

 閑静で高級な住宅地、というステータスも失うだろう。

 実に下らないことだが、そうした理由で不便を強いられているらしかった。


「我が領だったら、まず利便性を重視するだろうになぁ……」


「エーヴェルト様なら喜んで自宅の解体すら許可するでしょうけど、世の権力者は大抵、そうではないらしいですね」


 町並みを物珍しく見つめながら、レヴィンとロヴィーサは端的な感想を口にしていた。

 主要道路を歩いているだけに、人の数より馬車や荷駄の方が多く通った。

 道の端……商店などの前を歩きながら、今は食糧店を目指していた。


「保存食の補充だけじゃなく、顔を隠すものも必要かな」


「少しでも発見を遅らせようと思えば必須でしょう。そう考えると、今まで無かった方が不思議ですね。とはいえ……」


「分かり易く顔全体を隠せるものなんて、早々あるもんじゃねぇだろ。仮にあったとしても、複数買ってるところを見られたら、怪しんでくれって言ってるようなもんだ」


「あぁ……、目出し帽とか、そういう感じの物ですか? 特徴的なものだと、下手に手を出せば逆に特定される原因になっちゃいそうです……」


 二人の会話にヨエルとアイナも加わり、それぞれ意見を開陳する。

 目出し帽について理解している者はこの中に居なかったが、特徴的な物と特定については十分な理解を示していた。

 レヴィンが視線を斜め上に向けながら、軽い調子で応える。


「旅の者が購入して不自然でないものと考えたら、アイナみたいにフード付きローブが良いのかもしれないな。あとは……、スカーフなんかで口元を覆うぐらいか」


「そうですね……あまり柄物がらものは選ばずに、目立たないような色で……。現実的なものを考えると、そんな所に落ち着くでしょう」


 そうだな、とレヴィンが頷き、他の二人も同意した。

 それから何気ない振りをしながら周囲を見回し、誰とも目を合わせないまま呟く様に言う。


「……これは勘だが、何者かに見られている気がする。追手を撒いたつもりで、自ら見つかりに来てしまったかもしれない」


「俺にゃあその辺、全然分からんが……」


 ヨエルは欠伸あくびする振りをして、顔を覆いながら外へ視線を向けた。

 しかし、言葉通り誰かや気配を見つける事なく、やはりピンと来ない顔のまま続ける。


「ともあれ、若の勘は良く当たるからな」


「私の方でも感じています。ただ、好奇心による視線なのか、それとも目的あってのモノなのか、そこまでは分かりませんが……」


「街に入るのは早まったか……」


「そうとも言えないんじゃねぇか」


 ヨエルは露骨に警戒する様な真似はせず、露天に目を奪われた振りをしながら、それとなく周囲を見回す。

 そうして、商品の感想を口にしているような素振りで、レヴィンへ言葉を投げた。


「どうしたって、野宿だけで生活できるものでもないからなぁ……」


「それこそ、いつだったか出会った野盗みたいに、食い詰める破目になってしまいます。今は金銭的な余裕がありますけれど、それも擦り減っていくだけですし……。結局、どこかで資金の調達は必要で、街に入らねばならないところでした」


「そうだな……」


 ロヴィーサもまた、露骨に視線の出所を探すような真似はしなかった。

 誰とも目を合わせないよう意識しながら、それでも視界を広く取りつつ会話を続けている。

 レヴィンは溜め息をついて、ままならない事態を憂いて顔を俯ける。


「どこまで行っても、発見されるのは時間の問題……そういう話でもあった。だが、とりあえず買うもの買ったら、街を出よう。温かいベッドとは、また長らくお別れだ」


「そうですね、そうなりますか。残念です……」


 アイナから悔やむような声が上がったものの、強く反対したり、非難する様な色は浮かべていない。

 ただ、押し殺した不満の様なものだけは窺えた。

 彼女に限らずレヴィンでさえも、今日こそは温かな寝床で眠れると期待していたのだ。


 食事に関してはロヴィーサが良く気を付けてくれるお陰で、余程上等な物が口に出来ていたものの……。

 しかし、そうであっても野宿なりの限度があり、今日こそは久々に文明的な生活を送れると期待していたのは事実だった。


「ともかく、手分け……はこの場合、危険か。地理感もあるわけじゃないからな……。手早く見繕って、早々に街を出るぞ」


 やはり周囲へそれとなく目を向けたまま、レヴィンがそう方針を述べると、誰もが顔を見合わせぬまま頷く。

 そうして日が中天へ昇るより早くギブールの街へ入り、陽が傾き始めるより前に街から出て行ったのだった。



  ※※※



 ギブールの街から神殿まで、そう遠い距離でもなかったが、途中で休息を取ることにした。

 何しろ山を降りたばかりで疲労も馬鹿にならず、神殿への襲撃は夜の方が好ましい。


 それで街道から目立たない距離で、上手く隠蔽できる場所、そして何者かが近付いて来れば、即座に気付ける好条件を探さなければならなかった。

 神殿からも程よく離れておらねばならず、煙で警戒を呼び起こすなどあってはならない。


 都合の良い場所など早々あるものではなく、そうしてようやく見つけ出した時には、太陽が大きく傾き始めた夕刻だった。


「……まぁ、都合が良かったと考えよう。どうせなら、神官だって寝静まった後の方が良い。夜の警備状況だって確認しておきたいしな」


「警備が厳重だったらどうすんだ? 日を改める? 警備体制の薄い場所を探り出すとか?」


「あぁ……。さて、どうしたものか」


 レヴィンは焚き火の前に座り込みながら、遠く神殿を見つめながら答えた。


「厳重な警備がされてると分かれば、素直に諦める方が良さそうだ。そういった道のプロでもないし、これをこの先も続けようと思えば、敢えて危険な橋を渡る必要もないと思う」


「分かる理屈だが、ここから全ての神殿がそういう体制だったらどうすんだ? 常に危険と判断して逃げ出してたんじゃ、まったく意味ないぜ?」


「それもまた、よく分かる理屈だな……」


 レヴィンは焚き火の炎を見つめながら、頭の先を掻きつつ顔を顰めた。


「だがまさか、その道のプロを探し出して、ご教授願うわけにもいかないだろう。危険と成功を天秤に掛けて……。俺に出来る判断って言ったら、そのぐらいだ」


「まぁ、そうさなぁ……。命あっての物種ってわけでもないが、成功させなきゃ、やる意味もないしな」


「悪い想定も当然しておくべきだが、まず現場を確認してからだ。悲観的になるのは、それからで良い」


「尤もだ。それじゃ、早いとこ飯食って一眠りしておこうぜ。活動は夜、皆が寝静まった時間だろ?」


 レヴィンは神殿からヨエルへ視線を戻し、それから力強く頷いた。


「やるとしたら、その時間だからな。今日が下見で終わるのだとしても、同じ時間帯で見に行かなければ意味がない」


「了解だ、若。じゃあ、さっさと準備済ませちまおう」



  ※※※



 壁の外は暴力の世界だ。

 人が寝静まり、警戒が薄くなる時間帯こそ気を付けなければならない。

 夜行性の魔獣や魔物は決して珍しくなく、むしろ主流だ。


 辺境領の外では、魔物の駆除にも積極的とはいかないから、すぐ傍に街や神殿があるからといって、油断できるものではない。

 前方に見える神殿を睨みつつ、四方全てに注意を向けなくてはならなかった。


 そうして足音を忍ばせ移動しながら、途中魔物などと遭遇もなく、レヴィン達は神殿の近くまで身を寄せた。

 木陰と下生えに上手く姿を隠し、篝火で照らされる神殿を見やる。

 石造りの平屋根、そして石柱による建築様式は、何処の神殿とも代わり映えしないものだ。


 そして、いつだったかと同じく、ろくな警備兵が用意されていないのもまた、同様だった。

 偶然、巡回兵の動く隙間を見ているだけか、と暫く待っても、やはり代わり映えしない警備体制が続く。


「……妙だな」


「余りに警戒心が無さ過ぎる……。若、これは罠かもしれねぇぞ」


「あるいは、神の庇護があると、高を括っているのかもしれないな。実際、絶対あり得ない、とも言い切れない。どの神を祀る神殿かで、そうした対応も変わってきそうだ」


「……どうする?」


 それが問題だった。

 外側から見ているだけでは、正確な判断を下せない。

 レヴィンとしても、非常に悩ましく、頭を捻られ馬ならなかった。


 あえて、明るい内から参拝者を装って調べれば良かったか、と言えば決してそうもいかない。

 顔を見られること、それ事態が大きなリスクだ。

 この神殿を最後に襲撃を止めるならば、それも選択の内に入ったが、そうでなければ極力露出は避けねばならなかった。


「……まず、近付けるところまで行ってみよう。ここからでは分からないことも、何か見えてくるかもしれない」


 レヴィンの意見に、誰からの反対意見も出てこない。

 無言で首肯するのを見て、レヴィンは木陰から姿を現し、そろりと足を動かした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る