隠された神殿 その8

 レヴィンもまた、ロヴィーサの疑問に理解が及ばず、首を傾げた。

 神殿に淵魔が潜んでいるなど、分かり切っていたことだ。

 それがアルケスの祀る神殿かどうかは、大した問題でないと思っていた。


 それとも、ロヴィーサはそれ以外の何かに疑義を呈したいのだろうか。

 レヴィンの疑問は、すぐに形となって現れた。

 ロヴィーサは、アクスルへ試すような視線を向けながら言う。


「果たして偶然か、と思えただけです。淵魔は必ず神殿の表に出ていた訳でありませんが、アルケスに限って姿が見えていた……。他の神殿では、その姿を見る前に封印できていた。……そう思っていましたが、実際はどうだったのだろうか、と」


「さて、どうなんだろうね……」


「他の神々も、全て敵であるかどうか……。確実と言えなくはありませんか?」


 今までの結果だけ見ると、襲ったのは主に大神の神殿だ。

 だから、他の小神神殿においても、同様に淵魔が出現していたかどうか、それは分からない。

 確定させようにも、現状では余りに情報が足りなかった。


「未だ本腰になっていないだけ、かもしれません。でも、大神の元に全ての小神が、結託している訳でもないのかも……。仮にそうなら、救いがあるかもしれません……」


「なるほどね、確かにそうだ。調べて見なければ分からない事だけど、果たして調べて分かることか、という問題もあるよ」


 アクスルはどこか安堵にも似た息を吐き、入口から顔だけ覗かせて神殿を見た。


「神同士の連携や、協力体制がどうなっているか知らないけど……。そうだね、他の小神神殿でも淵魔が発生すれば、そこからある程度、敵かどうか計る尺度にはなるだろう。けれども、それは事態が本格化するまで、分からないことでもあるんじゃないかな」


「……そうかもしれません。けれど、これまでの大神神殿で、淵魔は発生していませんでした」


「それとて既に分かり切ったことだよ。発生するより前に、封じ込め出来ていただけだろう」


 ロヴィーサは素直に頷いたが、同時に懐疑の視線もアクスルへ向けた。


「どの神殿を襲撃し、封印するかは先生任せでした。大神こそが大元だから、他は捨て置いたのかと思ってましたが……。他の小神神殿は、経路上に幾らでもありました」


「ロヴィーサ、何が言いたい?」


 レヴィンからも質問が飛んで、ふっと横目に逸らして息を吐く。


「……いえ、狙いが龍穴の封印にあったのなら、別に大神神殿に絞る必要はなかったんじゃないかと思っただけです。どの小神が敵かどうかも含めて、もっと対象を広げた襲撃が合理的だったのではないかと……」


「……潮時か」


 アクスルがゾッとする様な低い声で呟いた。

 ロヴィーサが身構える仕草を見せると同時、アクスルは眼下へと指を向ける。


「勘付かれた。奴ら、ここに何者かがいると察知した」


 その声が引き金となったかのようだった。

 ただ蠢くばかりだった淵魔から、不協和音の叫び声が上がる。

 一声上がると一斉に淵魔の目が上を向き、それで下を見ていたレヴィンとロヴィーサの目とかち合った。


「――何してる! 急げ! 逃げろ!」


 アクスルの掛け声で、二人は腹這いの姿勢から起き上がり、アイナに走れと合図を送る。

 続いてアクスルも走り出し、レヴィンも身を翻して走り出すと、ヨエルとロヴィーサが殿を務めた。


「別に顔なんて出してなかったろ、何で今更……ッ!」


「アイナがあれ程の近距離にいて、気付かれない方が変だったのさ。さっさと逃げてれば、こんなことにもならなかったろうに!」


「それは反省してますが……!」


 通路内は光源となるものがなく、全くの暗闇でろくに走れもしない。

 言い合っている間にも、アクスルは前方に光球を生み出し、松明代わりに周囲を照らした。


 通路は幾つも道が枝分かれしていて、どちらへ進めば良いか判断できない。

 それでも、足を止めるわけにはいかず、アクスルがアイナと並走しながら、迷うことなく道を選んで先導して行く。


「――道、分かるんですか!?」


「分かるもんか。止まれないから、単なる勘で選んでるだけだ。もしも、行き止まりに当たったら……」


 果たして、引き返している暇があるかは疑問だった。

 淵魔の叫び声は通路内で反響して、互いの距離がどれだけ離れているかも判別させてくれない。

 しかし、マグマの様に発光していた個体だから、暗がりの中に浮かぶ仄かな灯りから、大体の想像は付いた。


「追って来る……いや、追い付こうとしてる。逃げ切れるか……」


「この道、どこまで続いてるんです!?」


 アイナが悲鳴を上げるように問うと、アクスルは分からない、と答えた。


「山を貫く通路だよ。それなりに長い、としか……」


「喋ってる余裕なんかねぇぞ! 息を整えて、出口まで完走できるよう祈ってろ!」


 この中でも、特に体力で劣るのはアイナだ。

 他の誰もが戦場育ちみたいなものだから、走ることには慣れている。

 全速力を出せば淵魔を振り切れるかもしれないが、アイナを置き去りには出来ない。

 それで歩調を合わせていた結果、追い付かれそうになっていた。


「――見ろ、扉だ!」


 ヨエルが言った通り、前方には外開きに開かれた扉があった。

 木製ではあるものの、金属製の留め金で補強もされており、それなりに頑丈そうでもある。

 アイナがそれに駆け込むと、ヨエルとレヴィンが協力して扉を閉めた。


 その間に閂へ差し込む落とし棒を見つけたロヴィーサが、二人の間を縫い、閉じきった瞬間を狙って、叩き付けるように嵌めた。

 他にもつっかえ棒になりそうなものはないかと、周囲を見渡したものの、通路の途中で設けられただけの場所には、他に使えそうなものがない。


 それでも、十分な時間稼ぎは出来るはずだった。

 アイナがへたり込みそうなったところを、アクスルが脇に手を差し入れて持ち上げる。


「――ほら、急ぐんだ。走れ」


「は、はい……! すみません……っ」


 その直後、強烈な衝撃と共に、扉全体がたわんで歪んだ。

 そこから僅かな間を置いて、次々と突撃し、衝突する音が響く。

 単に扉へぶつかる音だけでなく、淵魔同士がぶつかり、その衝撃で潰れる音も聞こえてきた。


 粘着質な音と、扉を叩く音が合わさって、非常に不愉快な気持ちにさせられる。

 だが、それも束の間、金属で覆われていない部分に穴が空いた。

 爪先や鼻先を突っ込み、その穴を拡大させようと躍起になっている。


「急ぐんだ、早く!」


「でも、先生……」


「でもじゃない」


 アイナは疲れ切って動けないから、反対したわけではなかった。

 彼女が顔を向けた先には、暗がりに照らされて、何者かの姿が見えている。


 身の丈を、大人二人縦に重ねたような、大きな身長をしていた。

 当然、それに合わせて横幅も相応に大きく、手もまたずんぐりと巨きい。

 腕幅は胴回りと同じほど太く、これが人でないのは明らかだった。


「……あぁ、そうか。魔物か……なるほどね。入り込んでいてもおかしくない」


「だが、これは逃げられない。淵魔に喰われる前に倒して、処理しなければ奴らに餌を与えることになる」


 淵魔は何でも喰らうし、それを糧に力と姿形を手に入れる。

 わざわざ、敵に餌を与えるだけでなく、強化させる手段を渡すくらいなら、そうなる前に燃やしてしまうのが得策だった。


 レヴィンは改めて、眼の前の魔物を睨む。

 アクスルが用意していた光球が、部屋の天井へ移動したことで、その全貌も見えて来る。


 扉を設置してあっただけに、中は小広い部屋のような作りになっていた。

 休憩所を兼ねていたのかもしれない。


 今やベンチらしきものもなく、それらしき木片が部屋の隅に散らばるだけだ。

 奥には別の扉があって、通行を邪魔する形で魔物が陣取っている。


「普段なら、苦にもならない相手だが……」


 レヴィンは扉を破壊しようと、激しく叩きつける音を背後に聞きながら呻いた。

 青い顔をさせて見ていたアイナが、囁くように問い掛ける。


「あれって、どういう類の魔物なんですか……」


「トロールだ。体毛が多いから山トロールかな。本来は、もっと寒冷の地方に住む生態なんだが……」


「山から降りてきたのかもな。餌を求めて崖から落ちるとか、別に珍しい話じゃねぇし。骨折や切り傷程度、奴らにとっちゃ掠り傷と変わらん」


 ヨエルが威嚇する様に目を細め武器の柄に手を添えると、他の面々も同時に構えた。

 それぞれが前進するのと逆に、アイナは一歩後ろに下がる。

 しかし、扉に空いた穴から淵魔が爪を突き出して来て、下がるに下がれず身体を固くさせた。


「速攻でカタを付けるぞ。ヨエル、首は任せた!」


「任された!」


 掛け声と同時に、レヴィンが先頭となって駆け出した。

 そのすぐ後ろ、右斜めにロヴィーサが張り付き、そこから逆の左側で、一歩遅れてヨエルが追う。

 アクスルは動こうとせず、アイナの傍で守りに徹するつもりのようだ。


 実際、この三人に対し、トロール一体は全く相手にならなかった。

 突進するレヴィンにタイミングを合わせた攻撃も、彼の刻印で、いとも容易く防がれる。


 大振りな一撃は隙だらけで、一刀の元に膝を斬り付け切断した。

 しかし、片足が切断さようとも、残った片足で踏ん張り、噛み付こうとしてくる。


 そこをロヴィーサが逆側の足を斬り付け、健を切断したことで、さしものトロールも体勢が崩れる。

 多少の切り傷程度、みるみる内に塞いでしまうトロールだが、必要な隙はそれで十分だった。


「――オッラァ!」


 間髪入れず、ヨエルが大剣を振り下ろし、宣言通りトロールの首を斬り落とした。

 大きく口を開け、太く鋭い牙を見せつけたまま、ごとりと床に落ちて転がる。

 一拍の間を置いて鮮血が吹き出し、床へ広範囲に広がった。


「……いや、そりゃ拙いね」


 アクスルが呟きながら、魔力を制御し両手に燐光を纏った。

 巨大なシャボン玉が鮮血を受け止め、床へ落ちた血まで、接触した部分から吸収していく。


 全て綺麗に吸い終わると、また別の魔術を使ってシャボン玉の中で炎を発生させ、綺麗に蒸発させてしまった。

 後はトロール自体も同様の手順で取り込み、同じ様に燃やしてしまう。

 後には燃やし尽くせなかった骨のみが残り、シャボンの消失と共に床へと落ちた。


「相変わらず、三人の連携には惚れ惚れするね」


「嬉しいお言葉ですが、言ってる場合ですか! アイナ、急げ!」


 レヴィンが鼻にシワを寄せて威嚇しつつ、アイナへ大きくを振って招く。

 既に歪みが大きくなっていた扉は、閂さえひしゃげてしまっていた。

 新たに穴が幾つも開けられ、そこから突破しようと、幾つもの淵魔が鼻面を突き出している。


「は、はいぃ……! い、今すぐ!」


 トロールの骨を迂回して、部屋の出口へ向かった時、背後から何かが砕ける音が聞こえてきた。

 見れば、落とし棒が真っ二つに裂け、その圧力で吹き飛んでいる所だった。

 即座に淵魔が溢れ出し、我先にと襲い掛かってくる。


「急げ、逃げろ!」


 出口への道を開け、アイナを先に逃がしながら、その後を追ってレヴィン達も走り出す。

 しかし、状況はトロール戦前より遥かに悪かった。

 アイナの全速力は淵魔より遅い。


 そして、今はいつ追い付かれ、飛び掛かられてきてもおかしくない距離まで縮まてしまっていた。

 出口までは遠く、道の先には光らしき点すら確認できない。


 ――このままでは全滅する。

 回避するには覚悟が必要だった。

 レヴィンがヨエルへ目を向けると、そこには何をして欲しいかを汲み取る、強い眼差しが待ち構えていた。

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