隠された神殿 その6

 一つの襲撃、一つの封印に気を良くしたレヴィン達は、それからも立て続けに封印していった。

 二つ目の神殿を襲った時でさえ警戒はなく、そして、それは続く神殿においても同様だった。


 神殿同士の連絡は行わないものなのか、横の繋がりが薄いのか……。

 襲撃のある危機意識が薄く、立て続けに五件の襲撃が、同様の手口で成功していた。

 しかし、その快進撃もいつまでも、とはいかなかった。

 夜間であっても篝火を灯し、最奥の間には不寝番が立つようになる。


 至極当然の対応で、むしろ遅すぎたぐらいだったが、ともかくもやり難くなったのは確かだった。

 神殿の周りには巡回兵までもいて、誰であろうと近付けさせない気概に満ちている。

 それを遠くから見据えながら、レヴィンは渋い口調で言った。


「流石に、これは無理か……」


「立て続けに襲った対象が、大神神殿でしたからね……。若様、ここは退いても良いのでは?」


「……そうだな。無理する必要はない。神殿は他に幾らでもある……」


 レヴィンが静かに首肯すると、鋭く見詰めていた神殿から視線を切り、そうして身を翻す。

 馬の元へ戻りながら、すぐ後ろに控えたロヴィーサへ問い掛けた。


「今までも、次の標的を悟らせない為、直近の神殿を襲ったりしなかった。先生の指示と助言あって、ランダムに襲う様にも見えていただろう。だが、大神神殿に絞っていた点で、それが次の誘導になっていたかもしれない」


「別の小神神殿ならば、まだ警戒は薄い可能性も……」


「それも確かめてみなければ、分からないことだが……」


 レヴィンの口からは慎重な言葉が出ていたが、同時にそれしかない、とも言外に伝えていた。

 そこへ最後尾にいたアクスルが、周囲へ鋭く視線を向けながら口を開く。


「それよりも、考えなければならないのは、別のことかもしれないよ」


「どういう意味です、先生」


 レヴィンが振り返って訊くと、アクスルは視線を外に向けたまま答えた。


「どうも……、我々は追跡されている気がする。高い隠伏能力を持つ何者か……、あるいは動物の目を借りているのか……」


「単に神殿を警戒しているだけでなく、その犯人を捜している……というわけですか」


「まぁ、当然だろうな」


 ヨエルは顰めっ面で鼻を鳴らしながら頷く。


「むしろ、捜さん方がおかしい。でも先生、追って来てるのは淵魔じゃないんですか?」


「そこまで断定は出来ないね。ただ、淵魔は目立ち過ぎる。たとえば、しばらく泳がせつつ後を尾行つけるのが目的だった場合、奴らを使うのは向いてないだろうからね」


「泳がせる……。すぐに捕らえたいわけじゃないんでしょうか」


「奴らが何を思ってるかなんて、僕には分からないよ。確かなことは言えない」


 そう言って、殊更呆れを主張するように、肩の上まで手を上げた。


「なりふり構わず見つけ出すのが正解って気がするけど、今の段階で大地に淵魔を溢れさせるのも嫌なんだろうさ。だから、僕らにとっては消極的に見える方法で、捜し出そうとしてるんじゃないのかな」


「……状況を見れば、そう推測するしかありませんか」


「でも先生、本当にいるんですか? 私も気配を読むのは得意な方なのですが……」


 ロヴィーサが悔しげな視線を外に向けると、アクスルも苦い顔をさせつつ警戒を強める。


「何しろ、神の手先って奴は油断ならない相手のはずだからね。他の小神も協力体制にあると考えれば、さっき言ったみたいに、動物を使ってる可能性もある。分からなくても仕方ない」


「……でも、本当に?」


 ロヴィーサが見渡す視界の中には、動物らしき姿すら捉えられない。


「常に見張っているわけじゃないだろうさ。けれども、次の標的、具体的な目的、その辺りを知りたいとは思ってるんじゃないかな。実際、神の目となり耳となる存在を、君たちは知ってるじゃないか」


「……ドラゴン、ですか」


 言いながら、視界を上へと向ける。

 月明かりが差す空には、疎らに雲が見えていて、それ以外の場所では眩いばかりの星々が輝いていた。


 そして、そこにドラゴンの影すら、やはり見えない。

 暗い空だから、あるいは……ということはあるものの、雲以外に動くものは空にいなかった。


「……確かに、大神はドラゴンを、その目の代わりにしているとされていました。そのドラゴンが淵魔を焼き払い、辺境領を助けてくれた伝承は幾らでもあったのに……!」


「大事の前の小事……。あるいは、より強く信仰や信頼を植え付ける為……。そんな所じゃないかな。実際、ブラフとしてはこの上なく、効果的に働いていたみたいだし」


 実際に手を差し伸べられて、それが悪意を隠した善意だと見抜くのは難しい。

 今まで見せられて来た何もかもが、本当に欺瞞だと分かって、レヴィンの表情が暗いものに変わっていった。

 握る拳は更に強く握られ、歩く歩調も荒々しくなる。


「ドラゴンが空をぎれば、有り難がって祈りを捧げるものだった。見守ってくれている、最悪の事態となれば応援に駆け付けてくれる……そう、思っていたのに」


「君の怒りは正当なものだ。相手はどこまでも用意周到に、裏切りや疑いの目を向けさせなかった。気付けなかったのは恥じゃない」


「でも、気付けた。……今は気付いてる。全てを思い通りにはさせない」


「その意気だ」


 アクスルが嗤って、それなら、と南方の方角を指差した。

 そちらには高い山脈が見えていて、尾根には雪の残る峻峰がある。


「神殿があるのは地表だけじゃない。地下にも、また存在しているものさ。奴らの目を掻い潜る為にも、その地下を狙うのはどうだろう」


「……悪くない気がしますが……、地下?」


「上手くすれば、そのまま南方領へ抜けられる。この辺は既に警戒が厳重だ。……ならば、少し足を伸ばすのも、アリじゃないかと思うのさ」


 その提案には頷けるものがあった。

 レヴィンは即座にその案を採用し、次の行くべき方向を、その地下神殿へと定めた。



  ※※※



 神殿への入口は辺鄙な場所にあった。

 断崖絶壁の間を縫うように進み、光もろくに差し込まない奥地までやってきて、それでようやく石造りの扉へ行き着く。


 扉に書かれている文様は只の飾りではなく、魔術を用いた封印らしかった。

 立地や参拝のし難さを考えれば、単なる神殿として用意されたものとは思えない。


 その上、現代ではまず利用されない魔法陣で扉に封をしてある。

 到底、尋常の物とは思えなかった。


「ここに……、神殿が? 信仰の為に用意された物とは思えないな」


「元より、神殿というのは龍穴に対する楔として、求められたものだからね。そこに信仰を見出し、参拝するようになったのは人間の方だ。順番が逆なんだよ」


「非常に興味深い話ですけど……」


 アイナが身の丈の三倍はある石扉を見上げて、不安そうな顔をアクスルへ向けた。


「これ、入れるんですか? 厳重に封をされてるように見えますけど……」


「今の時代じゃ刻印頼りで、誰も純粋な魔術を用いたりしないからね。魔族ぐらいしか、これの封は解けないんだけど……」


 アクスルは困ったように言っていたが、その口元には笑みが浮かんでいる。

 その笑みの意味を知っているアイナ以外の全員が、期待する視線を向けていた。


「まぁ、僕だからね。この程度の封印魔法陣なら、問題にならない」


 言うなり魔力を制御して、その両手に光が灯る。

 それをアイナは、大変興味深そうに見つめいてた。


「先生が魔術を使うところ、初めてみましたけど……。故郷の技法と良く似ているみたいです」


「……あぁ、君のところでは、理術と呼ばれる制御方法だね。……そういうことも、あるんだろうさ」


 人に限らず、汎ゆる物には魔力が宿る、とされる。

 しかし、これを内側に留めて運用するのと、魔力を別の力に変換して外に放出するのとでは、その制御に雲泥の差が生じる。


 現代において、魔術が刻印という自動装置に置き換えられたのも、理由としてそれが一番大きい。

 わざわざ古代ながらの方法で、魔術を運用しようとする人間の方が数奇なのだ。


 アクスルが両手を前に突き出して、魔術を放って封を解くと、音を立てて石扉は開いていった。

 その隙間からは、中がどうなっているのか、全く窺えない。


 闇の口が広がるばかりで、余計な不安を掻き立てさせるかのようだ。

 その奥を睨みつけながら、レヴィンは小声で呟く。


「刻印慣れしてる奴じゃ、魔法陣なんか突破できないからな……。あえて封をしてるなら、奥にある物だって単なる神殿じゃない、って意味になりそうだが……」


「その推察は正しいだろうね。以前は、こんな封をされていなかった。龍穴を抑えておくだけなら、こんなモノは必要ない」


「まず参拝者が訪れない点を考えても、何かを秘匿するには好都合……かもしれません」


 ロヴィーサが呟いた時、石扉が完全に開き切った。

 大きく口を開けた闇の奥を見つめながら、彼女がやはり小さな声で問い掛ける。


「……それで、ここはどういう神殿なんですか?」


「どういう? 神殿の意味なんて、さっき言った通りさ。龍穴に対する楔さ。位置的に捨て置けないから、こんな辺鄙な場所でさえ、無理して拵えたんだろう」


「……大神の隠し神殿、ですか?」


「……さて?」


 アクスルはわざとらしく首を振り、分からないと身振りで示した。

 実際、石扉とその周辺だけを見ただけでは、どこの神に由来するものか、判断できる要素がない。


「どこの神だろうと、特段問題にはならないだろう」


「……ここに神殿があり、そして追手がいるなら、その目を眩ませられれば良い……。確かにそうです」


 ロヴィーサが頷きを見せると、アクスルはその視線から逃げるように、先陣を切って入って行く。

 ヨエルは馬から必要な道具を下ろし、鞍を外してやりながら首筋を叩いた。


「ここで別れなきゃならんのは辛いが……」


「洞窟を抜けるんですものね。到底、馬は連れて行けないですよね……」


 アイナもまた寂しげに首筋を撫で、それから二度叩いて傍を離れる。

 そうすると、主人の意を正しく汲み取った馬は、嘶きを上げて来た道を戻って行った。


 馬から下ろした荷物さえ、その全ては持っていけない。

 それぞれが運べる分量だけ背負い、既に内部へ入ったアクスルを追う。

 最初にレヴィンが入り、ヨエルとロヴィーサ、アイナが横並びに続いた。


 中には光源となるものが一切なく、道が続いているのか、あるいは広間になっているのか、それすらも判別できない。

 十歩ほど進んだ先で待ち構えていたアクスルが、片手を掲げたその手の平に、淡い光が灯った。

 軽く天井へ放ると、そのまま緩やかに上昇して天井近くで留まり、室内を広く照らす。


 そこは通路だった。

 すぐ前方に段差があって、一段一段が幅広い、階段のようになっている。

 アクスルが歩き出せば、天井付近の光源も、糸で繋がっているかの様に動き出した。


 光源内に収まろうと、レヴィン達もそれに付いて行く。

 闇の中をポッカリと光が型取る中、レヴィン達は音を立てないように注意しながら、歩を奥へと進めた。

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