隠された神殿 その5
その日は、休憩もそこそこの強行軍となった。
レヴィン達は疲れ切っていたし、身体を休めなければ、それ以上の移動にも支障をきたすと分かっている。
それでも、あの場所から神殿までは、余りに近かった。
目に見えない距離まで離れたとはいえ、安心して休もうと思えば不安が多い。
だから、安心と思える程に距離を離す必要があったのだが、そうなると次に困るのは、
神殿は龍穴の上に建立されるものだから、神殿同士の距離は意外と近い。
今回、神殿への旅路が長かったのは、あくまでアルケス神殿を目指していたからであって、それ以外の神殿ならば道中に多くあった。
どの神殿とも離れた地点を探す、これが案外難しい。
アイナの存在に気付かれれば、淵魔が押し寄せてくるかもしれず、秘密裏に接触しようとしている、ルミ達が探していると思えば楽観もできない。
程々の距離を探すのは神経を擦り減らされ、そうしてようやく野営地を見つけた時には、遠くの空が薄っすらと白ずみ始めていた。
「交代で見張りをしながら睡眠だ。昼前にはまた移動だな、しっかり休んでくれ」
レヴィンの命令で、仲間たちはそれぞれ準備を始めた。
馬は近くの低木へ長めの縄で括り付け、好きに草を食ませる。
レヴィンが馬たちの世話を終える頃には、彼らも手早く野営地を設営し終えていた。
そうして、割り振られた順番で見張りを立て、順次眠りに就いた。
宣言していた通り、昼より早い時間に軽食を取り、また移動を再開する。
馬に揺られながらもアイナは眠そうで、その手綱は彼女を抱え込むように同乗する、ロヴィーサが握っていた。
馬の歩速は緩やかで、走らせてはいない。
それもあって、疲れの取れない身体が休みを欲してしまったようだ。
元より楽な旅ではなかった。
そこへ更に、追い打ちを掛けるかの様な事態だ。
他の面々が耐えられているのは、一重に普段から淵魔との戦いに慣れているからだった。
淵魔は基本的に、前触れなくやって来る。
そして寝ている時間帯だろうと関係なくやって来るので、徹夜で応戦するのも決して珍しくなかった。
そうした環境下で育ってきたレヴィン達だから、少ない仮眠で十分休養を取る術を身に着けている。
レヴィンはヨエルと馬を横並びにさせながら、前方と右半分を警戒する。
ヨエルはその反対側へ、油断なく見据えていた。
少々の疲れ程度で簡単に崩れる様な、柔な鍛えられ方はしていない二人は、時折アイナを見て、心配そうな顔を見せていた。
「……アイナ、大丈夫かね?」
「そう願うしかないな。移動ばかりで疲れるのは当然だし……」
「そっちじゃなくてだな……」
「あぁ……、帰る手段を、目の前で取り上げられたようなものだからな。ロヴィーサも良く気遣ってくれてるし、自分で乗り越えて貰わないと……」
「そうだな……。任せるしかないし、アイナ自身も堪えて貰うしかない……。申し訳なさもあるしな」
ヨエルは気遣う視線で一瞥して、すぐにレヴィンへと戻す。
「それで、どうする? いっそ、一度領地に帰るのも手なんじゃないかと思うんだが……」
「神殿はどこにでもあるからな。どこから手を付けるべきかと思ったら、確かにそれも一つの手だ」
「――いや、それはオススメしないかな」
レヴィンが頷きかけた時、アクスルがヨエルの後ろで口を挟んだ。
「討滅士の多い土地柄、警戒も相応に多いだろう。始めるなら、そことは別が良いんじゃないかと思うね」
「しかし、結局……徐々に状況が悪くなるのは、避けられないわけですし……」
「それには同意するよ。神殿側でも襲撃そのもの、封印される事実を放っておくとは思えないから」
「警戒され、近付くことすら難しくなっては、やはり意味もないのでは?」
レヴィンの指摘に、アクスルはフードの下で、口をへの字に曲げながら頷く。
それから、やや暫くして、首を傾げながら答た。
「とはいえ、やらざるを得ないのも事実だ。警戒網を掻い潜る以前に、警戒されてるであろう君の領地でコトを起こすのは、得策じゃないと思うわけさ」
「では、東方とは逆方面の神殿を襲う、という方針で……?」
「今の所はね……。それか南だ。あとは、相手側の出方次第だろう。どれほど連絡を密にしてるのか、神はどこまで推移を見守ってるのか、それすら分からないんだからね」
レヴィンとヨエルは、同時に唸りを上げつつ同意する。
龍穴の封印は、遂行する以外に選択肢はない。
しかし、同時に不安にも思っていた。
たった数名の少人数で、神が軍勢として保管していた淵魔とやり合うのは、いかにも無謀に思える。
それに、その封印行為が引き金となって、全土の淵魔が溢れ出す危険すらあった。
到底、楽観的ではいられない。
そこへ、アクスルの静かな一言が放たれた。
「でも、覚悟は決めたはずだ。無謀かもしれない。しかし、神の計略に気付いた者として、これに抗うと決意したんじゃないのか」
「無謀なのは、最初から分かっていました……。抗うことの無謀さも……確かに、そうです」
レヴィンが前方を見据えながら頷くと、ヨエルも追随して頷く。
「腹は括ったはずだしなぁ……。じゃあ、手始めにどこから始める?」
「やはり、大神を祀る神殿を重点的に狙うのが、得策という気がする。主導しているのが大神なら、そこに蓄えている淵魔も、やはり多いんじゃないだろうか。どう思います、先生」
「良い考えだと思うよ。このまま進路を変えないなら、丁度その神殿へ向かえるしね」
「……決まりだ」
レヴィンが宣言すると、それに合わせてヨエルとアクスルも無言で肯定する。
周囲には岩ばかり、林どころか低木も少ない中、辺りには馬の蹄音だけが、長閑に聞こえる音程で響いていた。
※※※
そして、予想とは裏腹に、レヴィン達の心配は全くの杞憂に終わった。
神殿には警戒の
参拝時間も終わった夜の神殿は、只でさえ
神官が常駐していると言っても、それは割り振られた居住区に住むだけであって、最奥の間まで警備を割いている訳ではなかったのだ。
「……ほら」
レヴィンが親指で厳重に施錠された扉を親指で示すと、アイナが緊張した面持ちで近付いて行く。
両手で握りしめられている神器は、扉へと近付ける程に鍵山の形を変えた。
鍵穴に沿う形へ自動的に変化すると、そのままするりと入り込む。
鍵を差し込んでからも複雑に形を変え、ガチャガチャと耳障りな音を立てた。
音で気付かれてしまわないかと、アイナも背後を振り返るが、暗い廊下には誰の姿も、それどころか気配すらもない。
そうして、万能鍵と言われる所以を見事発揮し、カチリと音を立てて鍵が開いた。
アイナがゆっくり鍵を引き抜くと、金属製の扉が独りでに開く。
扉の隙間から光が漏れ、より大きく開く度、光もまた廊下に溢れた。
「アイナ、急げ……!」
場所が場所だけあって、神官もまた異常に気付くかもしれない。
何より、淵魔が飛び出して来る前に、封印してしまう必要があった。
事前に段取りを済ませているアイナは、自分が何をすべきか十分、理解していた。
最奥の間は荘厳であるものの、決して広い部屋ではなかった。
中央には四角形の台座があり、そこを中心とした魔法陣が描かれている。
台座は龍穴の真上にあり、それを表面上は抑えているように見えた。
そして、台座の上には龍脈を流れてきた、エネルギーらしきものが滞留している。
「……行きます!」
両手で握った『鍵』を突き出し、台座の上で渦巻く光の奔流へと向ける。
すると万能鍵が複雑に形状を変え、到底鍵とは似ても似つかない形を取った。
二股に分かれ、刺股の様にも見えるその鍵は、何も無い空間を掴み取ると、そのまま右へと百八十度回転する。
ガチリ、と金属製とはまた違う音を響かせるのと同時、光の奔流は台座の下へ、渦を巻きながら消えていく。
入室から十秒、呆気なく、全く難しいこともなく、それで封印は完了してしまった。
しかし――。
「逃げろ!」
アイナの腕を掴んで引っ張り、代わりにレヴィンが前に出て、互いの位置を入れ替える。
隣にはヨエル、ロヴィーサもその横に加わり、アイナを受け取ったアクスルが一目散に逃げ始めた。
消えた光の代わりに現れたのが、先の神殿とはまた別種の精霊だった。
ただし、火の精霊であるところは共通している。
爬虫類型だった前回と違い、今度は四足獣の姿をしていた。
犬の様でもあり、狼の様にも見える。
足先は炎で包まれ、首周りにも炎が渦巻く。
その瞳は怒りに満ち、眼球からも炎が吹き出していた。
「キサマラ……! 龍穴ヲ封ズルトハ何タル不遜! 神ノ理ヲ穢ス者ヨ、コノ怒リ、死ヲ持ッテ償ウガ良イ!」
静止する間もなく、精霊の口から炎が吹き出る。
それをレヴィンが受け止め、横合いから飛び出たヨエルとロヴィーサが、左右から精霊を攻撃した。
「……むっ!?」
「やはり……っ!」
斬り付けたまでは良いものの、全く痛手にも、傷にもなっていなかった。
表面を割いたのは確かでも、それは炎の
すぐに表面は元に戻り、全く意に介さず攻撃してくる。
「大丈夫だ、少しでも時間を稼げれば良い! このまま逃げるぞ!」
「幾ら眠りこけてても、この騒ぎだ。流石に神官だって……、気付く頃だろうしな!」
ヨエルが扉の外を気にしながら言うと、レヴィンとロヴィーサからも同意が返った。
「淵魔を出さずに封印できた。上々だ! 後は……!」
背後を気にしながら、レヴィンは下がる。
それに合わせて二人も下がり、そうして遠くから駆け付ける足音を聞いて、瞬時に神殿の外へ逃げ出した。
柱廊となっているだけあって、神殿から出ること自体は全く苦にならない。
下生えと植込みの植物へ身を投げ出し、そのまま坂を転げるように滑り落ちる。
背後からは精霊と神官、双方の怒号を聞きながら、レヴィン達は神殿を後にした。
馬を繋ぎ止めている場所は少々遠い。
それでも、レヴィン達が戻った時にはアイナ達も居て、準備万端整えてあった手綱を手渡され、素早く騎乗した。
精霊は空中を走って追って来ていたが、追える限界距離も分かっている。
だから全速力で飛ばし、背後の怒声に耳を塞ぎながら、とにかく逃げ続けた。
月明かりの元、ただ精霊から――神殿から遠ざかろうと逃げている最中、アクスルの笑い声が響く。
愉快で堪らない、我慢できない、といった笑い声に聞こえた。
「ははは、あーはっはっは!」
笑う本人以外が怪訝に顔を見合わせる中、闇夜に上がる哄笑だけが響いていた。
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