隠された神殿 その4

「それで、話は戻るわけだ。信仰に殉じて死ぬか、それとも事前に真相を知った者として、これに反抗するか」


「反抗……神への、反逆ですか」


 苦渋を吐き出すように呟くレヴィンへ、アクスルは単調な声音で言う。


「君たちの……取り分け、討滅士の信仰高さは知っているよ。だから、無理強いはしない。けれど、それが仲違いすら見越してのものだとしたら、上手く利用されてるな、と思ってしまうかな」


「先生……、そんな言い方は……! 大体、無理強いしないと言いつつ、それでは選ぶ余地がないようなものじゃないですか」


「なに……」


 アクスルはフードの下で口元を綻ばせる。

 焚火の火に照らされるせいで、その鼻から下だけが鮮明に見え、半月を描いた唇がよく見えた。


「逆を言うと、討滅士の信仰高さは、神にもよく知られているってことでもあるだろうさ。もしこれが何かの間違いで、全くの取り越し苦労だろうと許しを貰えるだろう。淵魔という脅威が目の前にあっては、勘違いも致し方なし、とね」


「そうでしょうか……」


「これが本当に、神にとって想定外の事態ならね。むしろ、神側の不手際といえるだろう。それを未然に防ごうとしたのが君たちなのだから、これを罰してしまうと、これまで上手く覆い隠していた欺瞞にも傷が付く」


 アクスルにそうと言われたら、そういう物である気がしてくる。

 レヴィン達は互いに顔を見合わせ、それから最後にロヴィーサへ問い掛けた。


「俺自身、未だ半信半疑な所はある。本当に今の今まで、神々が人間を謀っていたとは思いたくない。それに、先のアルケス神殿で淵魔がいたからと、他全ての神殿でも同じと決まったわけでもない」


「でも、人馬の淵魔が複数いたろ。あれを見ると、最低でも他にもう一つ別の神殿で、既に淵魔が出現したと見られるんじゃねぇか?」


 ヨエルの指摘にも頷ける部分はあったが、レヴィンは頭を振って否定した。


「居たのは事実だが、それが神殿から出たものと確定させる情報はない」


「そりゃそうだが……。事実だけを見ると、それ以外ないって感じだろ?」


「何もかも、思い込みで決めるのは危険、って言いたいんだ。神へ反逆しようと言うんだ、慎重過ぎるくらいでいい」


「……そうだな。それもそうだ……」


 ヨエルも同意して、レヴィンと同じくロヴィーサへ顔を向けた。


「お前はどうする?」


「どうするも何もありません。私は若様の臣下で、護衛です。若様の決めた方針に従います。ただ、若様は提言や苦言をこそ求める方なので、先程は敢えて口に致しました」


「……まぁ、そうだな。聞いた上で、何をどう決めるのかは若だ。俺達はそれに従う。それだけの話だな」


 ロヴィーサからも強い視線と共に頷きが送られて、レヴィンはそれを受け取るなり、意を決して口にする。


「――やろう。神殿の封印を続行する」


「良いんだな?」


「自分達が間違いだったら、その時こそ信仰に殉じよう。目の前の淵魔を放置することこそ、討滅士として看過できない」


「全ての神殿を回るには、時間だけじゃなく、人手だって足りてねぇぞ?」


 ヨエルの指摘には、レヴィンも苦い笑みで応えた。


「それは確かに困る……。かといって、討滅士を各地へ分散、ともいかないだろう」


「辺境の守りは捨てられない。それも間違いないんだよな……。でもよ、こういうのって一斉に封印しないと、対策されちまうもんじゃねぇのか」


「手数だけあっても意味がないのでは? 結局、実際に封じられるのは、アイナさんだけなのですから」


 またも一斉にアイナの方へ視線が向けられ、アイナの表情が固まる。

 何と言い返したものか分からず、困り笑顔を浮かべて沈黙を貫いた。

 どちらからも言葉が止まり、空白地帯が出来たところへ、アクスルが口を添える様に口を挟んだ。


「結局、手数があろうと混乱を拡大させるだけ……。何より仲間割れを誘発するだけだろうね。秘密裏に……隠伏しながら封じる方が、まだ目がある」


「それもまた、簡単じゃなさそうですが……」


「勿論、簡単じゃない。反抗自体、簡単なことじゃないからね。けれども、鍵が一つしかない以上、他に取るべき手段がない」


「そう、なりますか……」


 仮に討滅士の意見が割れず、一丸となって当たれるとしても、神殿へ攻撃すること自体に意味はないのだ。

 神官を排除する意味もなく、神殿の破壊にも意味がない。


 龍穴を封印する方法は、現状『鍵』を用いるしかなく、大陸全土で決起しようものなら、それこそ淵魔が誘発して飛び出して来るだろう。


「あちらとしても、秘密裏に行動している最中だろう。それに乗じるしかない」


「秘密裏に……?」


「そうなんじゃないのかい? だって、神の御声を持って御達し……神託だって出来るわけじゃないか。全ての神殿なり、神官なり、下知でもさせてアイナを拘束させればいい。でも、そんな話はどこからも聞こえて来ない」


 アイナに対し淵魔を使って襲わせようとしている位なのだから、その存在はとうに知られている、と見るべきだった。

 そして、アイナに対し秘密裏に動く理由は特段ない。

 大体的な布告をしても、反感は湧かないはずだった。


「秘密裏に……あぁ、そうだ!」


 レヴィンが声を上げて、ロヴィーサへ目を向けた。

 最初は思案顔だった彼女も、強く見つめられ次第に理解の色を示し始める。


「異世界人を探る二人組……いましたね、確かに。アイナさんを狙っている素振りも見せました。あれが神の使いだとしたら、実は秘密裏に確保しようと動いていた、と見るべきかもしれません」


「……あぁ、秘密裏にしておきたい理由はあるんだ。その内容までは知る由なんてないが。秘密裏に動いていた奴らは、事実としている。……そうか、危ういところだったのか」


 レヴィンが瞠目しているところで、アイナは今更、身の危険を知って顔を青くさせていた。

 反してアクスルは、機嫌の良い口調で、幾度か頷きながら続ける。


「そうか、やはり接触はあったか。ならば、こちらも上手く掻い潜りながら、動く必要がありそうだよ。姿は極力見せず、次の狙いを絞らせず、封印していくしかない」


「そういう話になるか……」


 ヨエルはそれに、苦い顔をさせながら首肯する。


「あの二人組、戦力が異常だった。神の尖兵と聞けば、納得できる程にはな」


「そして実際、間違いないんだろうね。君をして異常と言わせる存在なんて、この地上に早々いるもんじゃないだろう」


 ヨエル達の苦い顔と裏腹に、アクスルの口調はどこまでも明るい。

 まるで功を奏している事実に、喜びを隠し切れていないかのようだ。


「――決行、ってことで良いんだね?」


「それしかないでしょう。ただ、こうなるとアイナを帰してやれるのかどうか、それが心配だ……」


「そうだね……」


 アイナ自身、それを不安に思っている節があった。

 実際、目の前で垂らされていた蜘蛛の糸を、唐突に取り上げられたようなものだ。


 大神はおろか、他の神々さえも人類に敵対しているというなら、帰還を願ったところで叶うものではないだろう。

 それを肌で感じているから、青くしていた顔が一層強張ってしまっている。


「でも、それだって神殿を封ずることで、解決するかもしれないよ」


「……何か関係あるんでしょうか?」


 アイナが一縷の希望を夢見て、縋るような目を向ける。

 

「神殿には『神器』が安置されている場合がある。勿論、これを公表している神殿ばかりじゃないし、知られていないことが防犯に繋がるとして、敢えて伏せている場合も多い。危険な『神器』ほど、それを秘匿するものだろうからね」


「理屈は、とても良く分かりますが……」


 アクスルは一つ頷くと、一本指を立てる。


「そのをどういう尺度で計るか、そこまでは分からない。けれども、『世界を渡れる神器』なんてものがあれば、それは危険と判断するに十分と思うんだよね」


「……本当に、あるんでしょうか、そんな物が?」


「あると断言は出来ないね。でも、神に頼らず、神の御業を再現するには、『神器』に頼る他ない。全ての神殿に必ずある訳じゃないし、むしろまずお目に掛かれない代物だろうけど、希望と呼べるものはそれしかない」


 アクスルが断言すると、重い沈黙が場に落ちる。

 しかし、それも一瞬のことで、すぐにヨエルが明る声音をアイナへ向けた。


「一切の希望がない、と言われるより良かったじゃねぇか。本当にあるのかどうかも分からねぇモンだが、神の権能を宿した神器は多いと聞く。全く荒唐無稽って話じゃねぇ」


「そう、ですね……!」


 ヨエルの言い分は、単なる調子の良い励ましなのは、誰の目にも明らかだった。

 それでも、励ましてくれている事実が嬉しく、アイナは顔に笑みを浮かんでいる。


「神殿を襲うのにも、身が入りそうです」


「おい、マジかよ。神殿を嬉々として襲おうってか? 恐ろしい奴だな」


「何でそこで、ハシゴ外すんですか!」


 ヨエルが身体を仰け反らせて、それにアイナが声を荒らげると、周囲から笑い声が上がった。

 ヨエルも体勢を戻して笑うと、アイナは顔を赤くして俯いてしまう。


「いやいや、やる気があるの結構なことじゃないか。アイナの場合、無理やり付き合わされていた感が強かった。でも、むしろ益の出る話になった。見つけた直後、すぐ帰ってもらう訳にはいかないが、どうしても命の危険を感じたら、逃げ出す手段にもなるしね」


「そんな……! そんな風に、あたし……!」


 薄情な選択を取ったりしない、と主張したいのは、誰の目にも明らかだった。

 だが、それより前に、レヴィンは笑顔のまま、手を横に振って否定する。


「最期の瞬間まで、俺達に義理立てする必要はないんだ。大体、まず見つかってからの話になるし、アイナは帰ることを優先してもいい。付き合って欲しいのは、こっちの我儘なんだから」


「そう……なのかもしれませんけど」


「送り返してやりたい、その最初の気持ちに反しちゃ本末転倒だろう。だから、見つかるまででも良い。どうか、俺達に付き合ってくれ」


 レヴィンが頭を下げると、ヨエルとロヴィーサからも会釈が向けられる。

 それにアイナは、あわあわと手を振って、同じように頭を下げた。


「いえ、そんな! こちらこそ、どうぞよろしくおねがいします……!」

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