隠された神殿 その2
レヴィンが咄嗟に前へ出て、火炎魔術の盾となって遮った。
彼の持つ刻印は物理的、魔術的に関わらず有効だ。
しかし、その一撃でガラスが割れるような音と共に、刻印で作られた層の一つが消し飛んだ。
「――行けッ!」
爆発が煙幕代わりとなっている間に、レヴィンはヨエルへ指示を出す。
言われるまでもなく、その時点でヨエルは地面を蹴っていた。
「オッラァァ!」
接近しながら、彼も刻印を同時に発動させている。
ヨエルの持つ『
絶え間ない連撃が淵魔を襲う。
その一撃を受ける度、淵魔の身体が左右へ弾かれるように跳ねた。
「――ダラァッ!」
完全に体勢が崩れた所に、大振りの一撃が袈裟斬りで振り下ろされる。
淵魔の身体が大きく抉れ、左肩から腰まで切断された。
血も肉も持たない淵魔なので、そこから吹き出すものはない。
ただ、腰の辺りで辛うじて繋がっている部分から、崩れて落ちる手前で身体が揺れているだけだった。
その腕がゆっくりと持ち上げられると、手の平に魔術の光が灯る。
刻印ではなく、魔力を制御し、魔術として形成される時に発する燐光だ。
ヨエルが咄嗟に大剣の腹を盾にするのと、魔術が発動したのは同時だった。
「ぐぅっ!?」
目の前で起きた爆発は、到底踏ん張りが利かず、ヨエルは大きく吹き飛ばされる。
後方の地面に背中から落ち、そこから何度も転がって、それでようやく動きを止めた。
しかし、戦闘の続行に問題はなく、歯を食いしばりながら立ち上がる。
「無事か!?」
「あぁ、なんともねぇ……! だが、神官を喰らっただけはある。大した威力だ」
言っている間にも、淵魔は身体を揺らして切断部をくっつけてしまっていた。
斬り落とせていれば話は違ったろうが、実際の損傷は極少ない。
人間ならば致命の一撃だったろうに、淵魔にとっては見た目ほどのダメージにはなっていなかった。
「それより、アイナだ。あっちは上手くやれてんのかね……。ここで淵魔が溢れて来たら、流石に目を覆っちまうぜ」
「アイナと先生を信じるしかないだろう。けど、無事に成功したとしても、むしろそこからが問題かもしれない」
「……どういう意味だ?」
ヨエルが淵魔を見据えつつ、レヴィンの傍へ戻りながら問う。
レヴィンもまた、淵魔の動きを見逃さないよう位置取りながら、それに返答した。
「神殿には必ず一体、精霊が住む。……住むというより、守護という意味合いかもしれない。それが淵魔や、神殿そのものを、害あるものから守っていると思っていた。けど……」
「そもそも、淵魔を囲って隠していたのが神殿なら……」
「あぁ、本当に封印しようとするアイナ達の方が、危険かもしれない」
まるで、その声が合図であるかのようだった。
神殿内から、くぐもった爆発音が聞こえ、幾らもせずに地面を蹴りつけ、走る音が聞こえて来る。
再び背後の神殿から爆発音が聞こえると、入口から飛び出して来る二つの人影があった。
確認するまでもなく、それはアイナとアクスルの二人で、必死の形相でレヴィン達へと駆け寄って行く。
そして、それを追い掛ける一つの火の玉があった。
その火の玉が、蜥蜴の形を取って口を開ける度、そこから火炎球が飛び出してくる。
それを右へ左へと避け、何度となく間一髪、直撃を免れていた。
「れ、レヴィンさん! 助けて下さいぃぃ!」
アイナから情けない声が、盛大に吐き出される。
そう言われて、レヴィンも困った。
何しろ目の前には、対峙を余儀なくされている淵魔がいる。
これを蔑ろには出来ないし、背中を見せるのは自殺行為だ。
かといって、精霊が怒り狂っているのを放置するのも、同じだけ危険だった。
だが、逡巡は一瞬で済んだ。
精霊は左へ右へと逃げる相手へ視線を移動させている間に、その先にいるものにも目を付けたからだった。
逃げ回られ、標的が定まらない相手より簡単そうに見えたのだろう。
口の中で生まれた火炎球を、レヴィンへと一直線に吐き出した。
「そう来る気がしていた!」
背中越しに見ていた火炎球を、刻印で受けることなく横っ跳びに避ける。
そうすると、直線上にいた淵魔へ、そのまま火炎球が直撃した。
「ギィィィィィ!」
「ハッ! ざまぁねぇ!」
ヨエルが軽口を叩き、そのまま直進して武器を振り上げる。
その時にはレヴィンも、着地と同時に石畳を蹴って、カタナを横薙ぎに構えていた。
炎に包まれ、のたうち回る淵魔に、左右から二人の一撃が重なる。
「ギィィィッ!?」
首から脇下までヨエルが切断し、腰より上をレヴィンが切断した。
切断と同時に二人が地を蹴って離れると、切断された体の部位が石畳の上に落ちた。
一瞬の間を置いて、それぞれ落ちた部位が溶けていき、残った下半身もまた炎に炙られ消えていく。
「勝った……。勝ったは良いが……」
レヴィンは呟きながらも、うっそりと背後を振り向く。
そこには怒りを顕にした精霊が、爬虫類特有の、何を考えているか分からない目で見つめて来ていた。
「……どうします、若様。精霊様と剣を交えると?」
「そうは言うが、神にさえ弓を引こうって言うんだ。今更だろう……」
「ですが、先程の火炎……」
「俺を狙ったやつだな」
「……私の目には、最初から淵魔を狙っているように見えました」
「何……?」
レヴィンからすれば、あの一撃は狙い易い相手に、攻撃を移しただけに見えていた。
しかし、精霊と淵魔の直線上にいただけ、と言われれば、そうとも思えてしまう。
レヴィンが避けることを期待して、精霊は攻撃したと思えない。
単に、精霊の目に入っていなかっただけ、という話なのかもしれなかった。
何しろ、精霊に生物の生き死になど関係ない。
「精霊は自分が死なないだけあって、死の概念を持たないからな……。時として粗暴に思える振る舞いも、そうした観念の差から生まれるものとされているが……」
「最初から淵魔を狙っていたとしたら、色々と食い違う部分が出てきます。……確認が必要ではないでしょうか」
「……あの怒り狂ってる精霊相手にか?」
火の玉からは時折、小さな爆発が起きている。
表面はまるでマグマが煮え滾っている様にも見え、思い出したように蜥蜴の形を取る時も、頭を下げて尻尾を立てる威嚇姿勢を取っていた。
「到底、無理だろう……」
「キサマラ……!」
その時、精霊からたどたどしい声が響いてきた。
アイナがレヴィンの背後に隠れるので、その視線も当然レヴィンを向く。
「何ヲシタカ、分ッテルノカ……! 神ヘノ反逆……! 世界ヘノ反逆……! ソノ命ヲ持ッテ、償ッテ貰ウゾ!」
「どうも……、話の出来る状況じゃないな。やっぱり俺を狙ってたんじゃないのか」
「キサマノ命ナド知ッタコトカ! 深淵ノ――」
「構うな、逃げろ!」
アクスルの一言で、レヴィンが咄嗟に身を翻し、それに続いて全員が動いた。
背後から怒りを発露させた爆発が起き、爆風に煽られ吹き飛ばされる。
階段を使うことなく階下に降り、受け身を取って立ち上がった。
情けない悲鳴を上げて落ちてくるアイナには、ヨエルが上手く受け止めている。
「待テ! オ前……! マサカ……!」
「安心してる場合じゃないぞ! すぐに追ってくる!」
アクスルが声を張り上げ、脱兎のごとく逃げ出した。
見上げれば、最初は人間の頭部程の大きさしかなかった火の玉は、今では大きく膨張してその数倍にまでなっている。
怒りによって更なる巨大化が起きるなら、辺り一面焼け野原となってもおかしくなかった。
ヨエルはアイナを下ろし、踊り場の先にある階段を指差す。
アイナが弾かれるように走り出すのと同時、全員が競う様に走り出した。
「しかし、どうする……!? 戦うのか!?」
「その必要はない!」
ヨエルの疑問に、素早くアクスルが応えた。
「精霊は神殿と密接に結び付いてる! 土地と契約しているからだ! 長くは追ってこれない!」
「あぁ、そうか、分かった。逃げるが勝ちってこったな!」
一目散に階段を駆け下りると、繋ぎ止めていた馬の手綱を外し騎乗する。
最後尾を走っていたアイナには、ロヴィーサが馬を向けてその手を取り、振り子の反動で持ち上げ乗せた。
アクスルは馬を使っていなかったので、ヨエルの後ろへ勝手に乗っている。
馬が全速で走ったところで、移動速度は精霊の方が上だった。
火の玉は、追う距離が増える程に巨大化しているようでもあり、既に民家を丸呑みに出来るまで膨れ上がっている。
「待テ、オ前……! オ前ハ、
その言葉全てを言い終える前に、突然、精霊の動きが止まる。
まるで、透明な壁に衝突したかのようだ。
そして、それはあながち間違いではなく、アクスルの言った行動範囲がそこまでだからだった。
「待テ! 行クナ! 戻ッテ来イ! フザケ……ッ、ウォォォオ!」
背後から慟哭にも似た、怒号が上がる。
口から放たれる炎が夜空を突っ切り、その度にレヴィン達が照らされた。
彼らの顔には焦りがあり、しかしそれと同時に、逃げ果せた安堵の表情もあった。
レヴィンは一度と振り返ることなく、闇夜の中を駆け抜けて行く。
だが、その中で唯一、最後尾にいたアクスルだけが振り返った。
そのフードで隠された顔には、成し遂げてやったことを誇る、会心の笑みが浮かんでいた。
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