良縁か悪縁か その3

「彼女は異国の出身でしてね。こちらではまず聞けない名前だから、驚いてしまっただけでしょう」


 レヴィンはアイナへ釘を刺す意味も込めて、気取られぬよう小さく首を横に振った。

 彼女らは味方の様に見える。実際、助けられもした。

 しかし、本当に味方であるか決めるには、未だ彼女らを知らなすぎた。

 その意を汲み取って、アイナは表情を固くさせながら声を返す。


「……はい、そうなんです。単に珍しい名前だな、と思っただけで……。むしろ、耳慣れないから、ちょっと反応してしまっただけで……」


「……ふぅん?」


 ルミは興味深そうな視線を向けたまま、考え込む仕草をした。


「アイナ……、アイナね……。どっちとも取れる感じよね」


「あの……?」


「あぁ、ま……こっちの話よ。可愛らしいお嬢さんがいたから、ちょっと気になっただけ。……不愉快にさせちゃったかしら?」


「い、いえ、その……そういう訳ではなく……」


 何と言って言葉を躱すべきか、世辞にも慣れないアイナは言葉に詰まった。

 恐縮して顔を逸らすと、そこへ敢えて空気を読まないヨエルが、気軽い調子で声を挟む。


「ま、名前のことなんていいじゃねぇか。とりあえず、さっきのことは素直に礼を言っとくよ。領の外じゃ大人しくしてろって、俺たちも言われてるしな。……にしても、こっちじゃ討滅士の扱いはあんなモンなのかい?」


「どういうデマが広まったのか……、そういうコトになってるみたいね。冒険者なんて、強さがアイデンティティみたいなものでしょ? だから強さを生業にする以上、安売りもしない。かつての冒険者は、それが気に入らないで、あんな説を流布したのかしらね?」


「俺達だって強さを大事にしてるし、敬意を払うモンだと教えられてる。住み分けされてるとはいえ、職種で差別したりしねぇけどな……」


 率直な物言いはルミの歓心を買い、そして大いに同意できる事のようだった。

 腕を組んでしきりに頷き、それから皮肉げな笑みを浮かべる。


「……で、その強さに大きく隔たりがあるから、彼らは自尊心を守る為に雑魚狩りという汚名を広めた……のかもしれないわね。その雑魚一体が、こちらで言う第一級指定と知ってる奴が、どれ程いるのかしらねぇ?」


「ランク付けの中じゃ、一番強い部類って意味かい?」


「いいえ、その上に特級があるから、一番ではないわね。でも一級でさえ、まず普通の冒険者じゃ相手にも出来ないから、さっきの奴らじゃ対峙すら出来ないけど」


 そうして鼻で笑い、次にその顔には含み笑いへが浮かぶ。


「アイツらが相手出来るのは精々、二級までね。それもパーティ半壊して討伐可能かどうかってレベル。アンタらの実力知ったら、腰抜かすかも」


「それはちっと大袈裟だって気はするが……、褒めてるんだよな?」


「勿論よ。大陸の平和と維持を討滅士が握ってるって、もっと広く知られているべきなのよね」


 ルミが呆れた息を吐くと、レヴィンは苦笑しながら曖昧に首を振った。


「……まぁ、俺達としても、別にそんなつもりないからなぁ。自分達の領を守るのが優先で、そして自分達が失敗すると、その影響は大陸中に及ぶから必死ってだけだ」


「そして、そうならない為に戦ってる……でしょ? だから敬意を持てって言うのに……。因みに、どちらの領のご出身?」


「ユーカード領だ」


「……ユーカード?」


 ルミは好意的な視線を一変させ、奇人変人を見るかのような顔付きになった。

 それは黙って話を聞いていたリンも同様で、これまでと違った――明らかに特異な視線を向けている。


 ルミはレヴィン達を順に見回し、それから再びレヴィンの元へ戻すと、次には上から下までじっくりと見つめた。

 満足するまでそうした後、呆れた口調で声を出す。


「自領に引きこもって、まず出て来ないので有名な奴らじゃない。どうしてこんな所にいるのよ? 何かやらかした?」


「いえ、別に何も。ちょっと届け物を仰せつかっただけで」


「ふぅん……?」


 そして、再び全員の顔を見渡し一周させると、傍らのリンに顔を寄せる。


「誰も下の名前は名乗らなかったからねぇ……。でも、非常にらしいものは感じるのよ。……誰だと思う?」


「レヴィンだろう。それが一番近い」


「あぁ、やっぱり。他二人も、って気はするんだけど……」


 何やら二人だけで通じる話を始めて、レヴィンたちも顔を見合わせてしまった。

 言葉の端々から、何かを探るものを感じられ、どうにも居心地が悪かい。

 すぐに食事を済ませて、すぐに退散しよう、とのアイコンタクトを送れば、全員から無言の首肯があった。

 その時、ルミが顔を戻して尋ねてきた。


「ね、レヴィン。アンタがユーカード家の人間?」


「……そうだと言ったら?」


「あぁ、やっぱり!」


 ルミは正解を言い当てて、意外なほど陽気に声を上げた。

 リンからも改めて観察する視線が向けられ、口の端に笑みを浮かべながら鼻を鳴らす。


「トンビが鷹を生んだか」


「……ひょっとして、父のことご存知なんですか?」


「いえ、直接は知らないわね。どうして?」


「父と俺を知っている人は、大抵そういう反応するので」


 ルミは手を振って苦笑し、それからやんわりと否定した。


「そういう意味じゃないのよ。じゃあどういう意味って言われると、答え難いんだけど……。まぁ、置いときなさいな。今日は良い日だわ。良き出会いに感謝を」


「は、はぁ……」


 ルミは勝手に酒を頼んで飲み始め、リンは相変わらずの仏頂面のまま、やはり酒の杯を傾け始めた。

 その視線は好奇の目から、幾分親愛の目に変わったように思う。


 この二人がユーカード家を知っているのは間違いなかった。

 しかし、他領の人間が、そこまで親しみを覚えるというのも不思議な話で、レヴィンは首を傾げるしかなかった。



 ※※※



 その後は探りらしい探りの質問もなく、単なる懇親会の様相になった。

 ルミは心配になるほど大量に飲み、それでも全く酔わず、一人大いに楽しんでいた。

 中でも取り分けレヴィンのことがお気に入りで、肩に手を回しては身体を密着させて絡み、ロヴィーサからは敵意の乗った視線を向けられていた。


 ルミにとってはロヴィーサのそういう態度が面白いらしく、遂には挑発を繰り返すようになった所でお開きとなった。

 彼女たちはまだ暫く飲んでいると言ったので、レヴィン達だけが先にお暇した。


 仲間内から『穀潰し』と言われるだけあって、依頼も受けず、あぁして飲み明かすことが多いのかもしれない。

 そう長い時間でもなかったのに、宿に着く頃には全員がげっそりと疲れ果てていたのは、彼女のテンションに付き合いきれなかったからだ。


 部屋の前まで辿り着き、男女別に入ろうとした所で、レヴィンが皆に声を掛ける。


「意見の擦り合わせがしたい。ちょっと話せないか」


「……そうですね。あの女狐は信用なりません。皆の意見が同一か、確認したいところでした」


 暗に色香で騙された人がいる、と言いたげな指摘だった。

 レヴィンはそれに苦笑いしながら自室へと二人を招く。

 単に寝る為だけの部屋なので、ベッド以外には何も無い。


 椅子もないので全員が座るには不便なのだが、誰が聞いているとも限らない場所で話せないなら、こうした場所を使うのが利口だ。

 女性二人をベッドに座らせ、男二人は壁際に寄り掛かる。


 それでとりあえず、話し合う体勢は出来上がった。

 全員の視線がレヴィンに集まったところで、まず第一声に前提となる質問を吐き出す。


「確認だが、あの二人は信用ならないってことで良いよな?」


「そうなるでしょう。余りに若様に気安すぎます。無礼です。あまりに不敬です」


「そこじゃないんだけどな……」


 ロヴィーサの憤慨は、正に男女としての適切な距離を欠いた部分に集中していた。

 レヴィンが積極的に振り払おうとしなかった所にも、憤りの原因がある。

 しかし、言いたいことは別にあった。


「アイナに随分、注意を払っていたろう。実に興味深いって顔してた。あれってどう思う?」


「言い分通りの理由じゃないだろうな。二人は自分の名前で注意を引けるか、試しているようだった。そうだよな、アイナ?」


 水を向けられ、アイナは少し考え込む素振りをしながら頷く。


「そうだという気がします。ルミとリンの名前……あたしの故郷では、耳にできるものでした。そして、アベの苗字です。こちらでは似た名前すら聞いたことなかったですし、それでつい反応しちゃったんですけど……」


「いや、それを責めたいんじゃないんだ。……ただ、先生が言ってたろう」


「自分を異世界人と偽って拉致……、というアレか」


 ヨエルが難しい顔をさせて言葉を継ぐと、レヴィンは重々しく首肯する。


「探りを入れてた感じといい、有り得そうだと思った。だから、アイナには否定するよう指示を出した」


「……妙に気安く、妙に怪しい二人だったしな。討滅士に対する態度は、素直に嬉しかったから気を許しそうになったけど……」


「気になってたんですけど、それって普通なんですか?」


 アイナからも疑問を向けられ、レヴィンは曖昧な表情で頷いた。


「あのルミが言った通りさ。俺達も領内で封殺している状況だから、尚更淵魔の脅威が外へ伝わらない。結果として、見えないものには、自分の勝手な押しつけをしていたって所なんだろう」


「あたし……本当に不快でした。レヴィンさんたちは凄いんだって、あの場で言ってやれたら、どんなに良かったか……。そんな度胸もないんですけど、でも……」


「分かる人だけ、分かってくれてばいいさ」


 レヴィンが慈愛の籠もった視線を向けると、アイナは少し息を詰めて俯いた。

 それを目敏く拾ったロヴィーサが、突き放す様な口調で言う。


「話が逸れてませんか。今はあの二人組の話でしょう」


「……そうだった。まぁ、そもそも怪しいって感じたのは、冒険者の男がやけにあっさり引いて行った時だ。それまでの剣幕を考えると、随分不自然な幕切れだったろう?」


「それは間違いないな。あれだけ喧嘩腰になって、一言命じられて立ち去る? あいつは物分かりが良い奴にゃ見えんかったがね」


 ヨエルからも同意が返って、ロヴィーサからも無言の首肯が返って来る。


「だから思った。もしかしたら、最初から八百長だったんじゃないかって。下手なケチを付けて来た所から、全て仕込みだった可能性がある」


「助けた事実があれば、気を許すモンだからなぁ。人を拉致する詐欺集団……、それも主犯が女となると、なお警戒され辛い……か」


「事実かどうかは分からない。でも、アイナの件といい、不審なものが目立つのは確かだ。注意しておくべきだと思う」


 レヴィンがそう締めると、全員から納得と同意が返る。


「アイナのことは秘する。こちらの目的地も同様に。味方とは考えないようにしておこう」



 ※※※



 シルアリーを見下ろせる崖の上で、一つの影が一歩、また一歩と崖の先へと足を踏み出していた。

 ただし、その足は人のものではない。馬の脚だった。


 黒い泥に塗れた足先は、しかし泥濘を走ったから付いたものではない。

 それを証明するように、足先のみならず胴体に掛けてまで、その全てが泥で覆われている。

 また一歩足を踏み出すと、闇から滲み出るように、その姿が顕になった。

 馬の下半身に人の上半身――、あまりに異質な姿をしている。


 人の部分は泥を上から被っているかのようで、まるで何重にもローブを重ねて着ている様にも見える。

 その頭部に顔はない。目も耳も、口すらもなかった。


 しかし、何かを探すように顔を動かす様は、確かに視界を持っていると思わせる。

 そうして頭を巡らせた影は、シルアリーの街へと向けて動きを止めた。

 更にその目が向ける先には、レヴィン達の泊まる宿がある。


 標的を見つけたは、崖を飛び降りると、その壁面を滑り落ちながら、一直線へ駆け出して行った。

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