良縁か悪縁か その2
「ハァ!? 良く聞こえんかったなぁ……? もう一度聞かせてくれよ、――なァ!?」
素直に乗らないと見えて、男は恫喝に切り替えた。
しかし、そんなものにレヴィンは萎縮したりしないし、飲み込むつもりもない。
ただ、大声で身を竦ませたアイナを見て、早々に終わらせた方が良いか、と思い直した。
「分かった。じゃあ、ギルドに行こう。事情を説明して、妥当な和解金を提示して貰う。ギルドが全額返金しろというなら、それに応じる」
「ハァ……? んなの通用するかよ。逃げようってんだろ?」
「お前ら、そもそも俺達がギルド員じゃないって知ってたんだろう。だから、条約だとか契約だとか、そういう話を持ち込めば信じると思ったんじゃないか?」
レヴィンの推察に、男たちがたじろぐ。
実際の条約や規則など、レヴィン達は知らない。
男が言った内容にも、一部は納得できる部分があった。
特にブッキングと妨害行為については、本当に有り得そうだと思った。
そういうところから信憑性を借り、自分達の我を通そうとしたのではないかと、レヴィンは疑っていた。
「当事者同士だけで解決するのも問題だろう。そういう時、間に入るのがギルドだ。何のための互助組合だ? 話し合いはそっちでも良いだろう」
「その為に、お高い和解金まで払いたいってか? 今なら報奨金だけで許してやるって言ってんだぜ、おい!?」
「それが信用ならないから、ギルドを通そうって言ってるんだよ。大体……」
レヴィンはテーブルに肘を立て、手の平に顎を載せては、下から男を仰ぎ見る。
「ちっとも強そうに見えないしな。お前ら本当に、あいつら相手して勝てたのか? 人数は十三、そっちの三倍。怪しいもんだ」
「馬鹿野郎が! 俺達のことを知らずに、よくそんな減らず口叩けるな! 大体、そっちだって同じ人数だろうが! 無名のお前達に出来て、何で俺等に出来ねぇと思うんだ!」
いよいよ騒ぎは、飯屋の小さな衝突レベルで済まなくなった。
最初は気にせず食事を楽しんでいた客達も、今ではしん、と静まり返って事態を見守っている。
「そうだな……。確かにお前達のこと、何一つ知らないな。でも、それはお互い様だろう」
「俺達ぁ、『銀朱の炎』だ! 俺はリーダーのギキール様よ! 誰一人知らないお前らとはワケが違う!」
これには小さく感嘆の声が上がった。
反応したのは、ほんの僅かな一部でしかなかったが、他人に知られるだけの実力があるのは間違いない事実らしい。
しかし、本当の実力者なら、周囲を湧かせる程の歓声を上げられただろう。
それがない時点で、男たちの実力も相応だと分かってしまう。
「で、お前ら何だ? ただの旅人か? それが黒鉄をやったって? それこそ何かの間違いだろ! 奴らが魔獣にでもやられて倒れた所を、タイミングよく連れ出せたってトコじゃねぇのか!?」
「酷い邪推だな。それに俺達が旅してるのは本当だが、単なる旅人じゃない。討滅士だ」
これには一瞬の沈黙があった。
男の目が真ん丸に見開かれ、それが一秒経過した時点で、唐突に周囲が湧く。
ただし、それは盛大な冗談を聞かされたかのような、爆笑の渦だった。
ギキールもまた、腹を抱えて笑っている。
「あーっはっは! 何を言い出すかと思ったら、お前! 討滅士だぁ? はーっはっは! じゃ、やっぱり黒鉄やったのはホラじゃねぇか!」
『あーっはっは!』
それは純然たる嘲笑だった。
誰も彼もが下に見て、特に冒険者風の者たちからは、侮蔑の色すら透けて見える。
我慢ならずに立ち上がろうとしたヨエルを、これもまたレヴィンが制して止めた。
そして、そんな仕草も、ギキールからすると鼻持ちならないもに見えたらしい。
「大物ぶって何様かと思えば、えぇ……? 討滅士ぃ? いるかどうかも怪しい、素性の知れねぇバケモンを倒すんだったか?」
「しかも、決まって雑魚狩りするのが基本らしい。臆病モンの集まりでもあるらしいな!」
ギキールの仲間からも合いの手が入ると、更に気を大きくして尊大に胸を張った。
「そんな奴らが、どうして黒鉄をやれるんだ? 三倍の数を相手に? ――あぁ、おかしな話だ。やっぱり、奴らが馬鹿やって、その隙に上手くせしめたってのが真相だろうな!」
「良くもまぁ、そう舌が回るな。向いてる職業、別にあるんじゃないか?」
しかし、どこまでもレヴィンの反応は平坦で変わらない。
淡泊で、冷静だった。
勢いに乗った男にとって、レヴィンは下級冒険者と何ら変わらない存在だ。
自分に道を開け、自分の我を通せて当然と思っている。
少し脅し付けてやれば素直に従う、そうあるべきと疑ってなかった。
だから、レヴィンの態度が気に食わない。
「いいか、お坊ちゃん。お前ぇはやっちゃいけねぇことをしたんだ。俺たちの顔に泥を塗った。こりゃあもう、単に全額返金だけじゃ済まされねぇ。詫びと誠意の証として、そっちの女も一晩貸して貰おうか」
「お前らみたいな下衆は、どうしていつもそう……同じ要求ばかりするんだ? 女に飢えてるなら娼館にでも行け」
その一言が、遂にギキールの堪忍袋の緒を盛大に切った。
一瞬で顔が真っ赤に染まり、レヴィンの胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。
護衛たるヨエルが、それを黙って見逃すはずがない。遮ろうと手を伸ばし、その腕を掴み取ろうとした。
しかし、それとはまた反対方向から別の手が伸び、ヨエルより先にその腕を奪ってしまう。
華奢な女の指が、男の腕に食い込んでいた。
ごく柔らかく握っているように見えるのに、ギキールは全く身動き出来ていない。
誰だ、とその場の全員が顔を向けるのと同時、軽やかな声が食堂に響いた。
「ごめんなさいね、割り込んで。でも、あまりオイタをするモンじゃないわ」
「てめぇ……、『穀潰し』の!」
「『麗しの』って呼んで頂戴な。あんまりギルドの恥を晒すような真似、しない方がよくってよ。見るに堪えないって、こういうコトを言うのよね、きっと」
黒髪をした、溜息が出る程の美女だった。
猫科を思わせるような悪戯っ気の混じった瞳が印象的で、赤い瞳は蠱惑的ですらある。
長い髪の毛をサイドへ流し、それを一纏めにして肩に流していた。
装備からして冒険者らしいと分かるが、目の前の男とは一段も二段も上物だ。
革製の鎧だが、その装飾や意匠などから上物だと分かり、何よりその装備が魔術秘具であると物語っていた。
装備は身に着ける者の格を表す。
そして、身に纏った魔力を読み取る力があれば、どちらが格上か即座に判断できるものだ。
その彼女がギキールを細腕一つで拘束していて、振り解こうとする抵抗を完全に封じていた。
魔力を十全に扱う者にとって、筋力や体力の差は全く問題にならない。
それを理解しているからレヴィン達に驚きはないが、男にとっては違うようだった。
「何だ、これ……!? どうして、お前ぇみたいなモンに、この俺が……!?」
「そりゃアタシは、仕事もせずに飲んでばかりだけどさぁ……。当然、ギルドでもずっと低ランクだけど……。でも、だからって弱いとは限らないのよね」
「は、離しやがれ……ッ!」
「抜けてみなさいな。容易いコトでしょ? 誰だってアンタの色眼鏡通りの実力しかないってんなら、さ」
男は顔も赤いまま、腕を振り払おうと、外へ内へと動かそうとした。
しかし、微動させるのが精々で、全く振り払えていない。
まるで、大人と子供の力関係を見ているかのようだ。
赤い顔を更に赤くさせ、額には血管も浮いてるのに、それでも、ほんの僅か動かすまでが限界のようだった。
そして、遂にもう片方の手で殴りつけようとしたところ、くるりと手首を返され、その場で転倒させられる。
背中を強かに打ったギキールは悶絶し、腕を取られているせいで、ろくに受け身すら出来なかった。
苦悶の表情で喘いでいるところに、黒髪の美女が真上から見下ろして、つまらなそうに呟く。
「下級ランクのアタシに何も出来ないアンタが、どうして黒鉄やれるって思うのよ?」
「て、てめぇ……! ふざけ――」
何かを言いかけたギキールを、美女が顔を覗き込んで言い放つ。
「このまま大人しく帰りなさいな。今日は何もなかった、何も知らない。そう思いなさい」
「……分かった」
ギキールはすんなりと頷き、よろめきながら立ち去ろうとした。
事前のやりとりを見ていれば、あんな言葉ひとつで従うとは到底思えない。
だというのに、直前に浮かべていた怒りなど露と消えて、素直に去った。
二人の間には、それが出来るだけの特別な関係でもあるのか、それともどうあっても敵わないと実力差を感じ取ったからか――。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、リーダー!」
「置いてかないでくれ!」
ギキールの仲間が困惑しながら、粟を食いながら後を追って行く。
見世物が終わったと判断してか、食堂の喧騒も元に戻った。
見慣れた光景なのか、客たちが図太いだけなのか……。
今度は先程の冒険者を詰る方で、会話に花が咲かせ始めた。
黒髪の美女は店の奥へ誰かを手招く仕草をさせてから、レヴィン達へと笑みを見せて一礼する。
「討滅士に敬意を。……勝手なコトしてごめんなさいね。アンタたちには必要ないと分かってたけど……、無知な輩が我慢ならなかったのよ」
「いや、とんでもない。領の外では勝手が違うと言われてたから。……確かに、あそこまで齟齬があるとも思ってなかったけど」
レヴィンが苦笑していると、手招きして呼んだ誰かが傍にやって来た。
こちらもまた別種の美女で、長い金髪と豊かな毛量、波打つ様が美しい。
一見しても見事な戦士だと理解できて、それは装備からも理解できた。
黒髪の美女の装備も大したものだったが、こちらも別物の逸品だと分かる。
革鎧と、その急所や左肩に板金を貼り付けた様な装備だが、これは敢えて見窄らしく見せているものだろう。
込められた魔術が、見せ掛けに騙されると痛い目を見ると告げている。
「どうせだからと思って呼んだけど、ご一緒しても良いかしら?」
「そりゃ、断れる雰囲気じゃなさそうだ」
ヨエルからも愛想の良い返事があって、店員に断りを入れて椅子を持って来る。
そうして六人では少し手狭になったテーブルで、美女二人からそれぞれ自己紹介が始まった。
「アタシはルミ。
「リンだ。同じく冒険者をしている」
「愛想のないヤツでごめんなさいね。でも、不機嫌ってワケじゃないから」
そうは言われても、その言葉を疑ってしまうほど、リンと名乗った女性からは苛立ちめいたものを感じられる。
だがそれは、よく観察するとレヴィン達へ向けたものでないと分かった。
不思議なことだが、不機嫌である事と別に、レヴィン達へは敬意らしき視線が向けられている。
それで順番に自己紹介を返し、最後にアイナが名乗ると、ルミは髪や目などに興味深そうな視線を送った。
「さっきも思ったけど、こちらが名乗った時、少し変な反応したわよね? アタシ達の名前が珍しい? ……
ルミの目が、今度は試すようなものに変わった。
そうして、隣に座るリンへ白魚の様な指を向けて言う。
「ちなみに、苗字はアベよ」
「阿部……さん!?」
レヴィンにとっては、単に聞いたこともない珍しい苗字というだけだったが、アイナは予想以上の反応を示した。
そして、示してしまった後にアイナは失態を悟り、どうしたら良いか、レヴィンへ懇願にも似た視線を送る。
仕方ない、と苦い笑みを飲み込み、レヴィンは取り繕うような笑みを浮かべ、ルミとアイナの間に割って入った。
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