良縁か悪縁か その1

 それぞれの人相書きと野盗たちを照らし合わせ終わると、守衛は仕事を再開した。

 改めて、それぞれの目的などを確認した後、足税支払いの話になったのだが、衛兵は笑顔で必要なし、と告げた。


「そもそも、こいつらの報奨金もあるしな。ちょっとしたお礼だ。とはいえ、まぁ……今日明日中の支払いってのも、難しいかもしれん。三日以内には用意できると思うから、悪いんだが……その時また、顔見せに来てくれんかね」


「三日か……」


「絶対に三日とも言い切れないけどな。どうせ、何日か滞在の予定だったんだろ? ちょいと待ってくれると助かる」


 事前に伝えていたことだ、元よりその予定だったのは間違いなかった。

 その提案に、レヴィンは素直に頷いた。


「分かった。三日の時点でまた来るよ。その時はよろしく」


「あぁ、良い滞在を! ようこそ、シルアリーへ」


 笑顔で見送られ、レヴィン達は街の中へと足を踏み入れた。

 領外は何もかも違う、と言われていたが、やはり見た目からして大きく違った。

 テルティアでは堅牢さを必要としていた為、石造りの町並みが基本だった。


 対して、シルアリーの町並みは木造が基本としているようだ。

 流石に街を囲む壁は石壁だが、民家や商店、家屋についてはその多くに木材が使われており、全く異国風の様相だ。

 これにはレヴィンも、表情に驚きを顕にする。


「母上が言っていた通りだな。確かに、これは勝手が違う。木造の家屋って見た目は面白いけど、同時に頼りないって思ってしまうな」


「単純に、建材として使える石が付近にない所為かもしれないけどな。でも、石壁の造りは良い感じだ。石切場なんか近くにないと、出来ないデカさだ」


「あまり、道の整備もされてない感じですね」


 領内での町造りは、まず要塞として求められる所から始まる。

 後方から支援物資が運び込まれる前提でもあり、だから必ず街の真ん中を貫くように立派な道が作られるものだった。

 そこが円滑な物流の大動脈であり、また兵を迅速に移動させる為になくてはならないものだ。


 町造りの前提が違うのだから、優先させるものも違ってくる。

 人々の活動拠点として作られたのがこの街であり、最初は集落程度の規模でしかなかった。

 それが徐々に拡大し、外へ拡がるように家屋などが増え、人が増えると商人も顔を出し始めた。

 そうして栄えた結果、今の形が生まれた。


「ともあれ、まずは宿だな。厩のある宿となれば、街の壁沿いを探した方がいいか」


「柵を作るなら、そっちの方が便利だもんなぁ。探してれば、そろそろ良い時間にもなるだろ。適当に食うモン見繕いながら、探してみようぜ」


 宿屋と飯屋、あるいは酒場を兼業している店は多い。

 だが、手が回らないとか、そもそも静かな部屋を提供する為など、宿屋単体で経営されることも珍しくなかった。


 厩を持つ宿は馬の管理やその面倒にも責任を持つので、尚のこと単独である方が多い。

 果たして見つけた宿屋は単独経営で、どうしたものかと顔を見合わせた。


「静かに眠れるのは強みではあるけどよ、飯屋を別に探すのも、それはそれで手間なんだよな」


「その場合、数軒隣などに飯屋や酒場があるもの、と聞き及んでいますけど……」


 食事当番は基本的にロヴィーサの役目だ。

 頼まれれば他の誰もが手伝うから、全てを任せきりという訳でもない。

 しかし、全員の食事を過不足なく与える食事番としての役目は、それだけ責任重大という意味でもある。


 食材を買って厨房を借りることも、こうした宿では珍しくないので、いざとなればロヴィーサの出番となるだろう。

 レヴィンは今し方、宿の形態を教えてもらった宿屋の下働きに、再び顔を向けて問うた。


「近くに飯屋はある?」


「えぇ、ちょっと歩きますがね。評判良いトコありますよ。酒も出す店なので、良く貴方みたいのが利用される店です」


「俺達みたいなの……?」


「冒険者さんでしょ、違うんですか?」


 その旅装や武器を佩いている所を見れば、そう思われても仕方がない。

 特にヨエルは巨大な大剣を背負っているので、余計冒険者らしい風格が出ている。

 レヴィンと互いに顔を見合わせ、苦笑しながら頷いた。


「あぁ、そうか……。じゃあ、馬を頼もう。とりあえず三日分」


 そう言って馬の手綱を預けながら、銀貨も数枚握らせる。

 彼としては破格だったようで、愛想よく笑って丁寧な手つきで馬を先導して行く。

 流石に馬の扱いは巧みなようで、両手で合計三頭扱いつつも、上手く厩へ運び入れていた。


 こういう時のチップは惜しんではならない。

 ここの治安がどういうものか分からない以上、大きく気を掛けて貰うには、そうした出費は必要なのだ。


 宿も前金制度なので、こちらでも二部屋取り、男女で部屋を分けた。

 日が暮れる頃には味が良いと評判の飯屋へ行き、確かに言うだけのことはある、と笑みを浮かべながら皆で食事を取る。


 下働きが言っていたように、冒険者風の者たちが目立ち、そうした彼らの行きつけになっているようだった。

 そうした者たちからは、見ない顔だ、と不躾な目で見られた。


 縄張りを気にしてのことか、同業者が流れて来たと警戒しているのか……。

 探る様な目で見られたものの、特に問題もなくその日は終りを迎えた。


 問題が起きたのは翌日、同じ飯屋で夕食を取っている時のことだった。

 休養を兼ねての宿泊だったのに、物珍しさに惹かれて随分歩き、逆に疲れてしまった。

 本末転倒だと笑い合っている時、その問題がやって来た。


「おぉ、多分こいつらだろ。人数も、聞いた見た目もそれっぽいぜ」


 まだ夜も始まったばかりの時間だった。

 夕食時間でもあり、飯屋としても書き入れ時だ。

 店員が注文を聞いては威勢良い返事をして、和気あいあいとした空気が店内に沸き立っている。


 その中にあって、やって来た男の雰囲気は異質だった。

 怒りとまでは言わずとも、明らかに剣呑な気配を発している。

 有り体に言って不機嫌だと、全身から放っているかのようだった。


 その風体は冒険者風、身軽そうな服装の上に、肩や膝など、関節部分を守る革の防具を身に付けていた。

 腰には左右それぞれに短剣があり、頭にはバンダナを巻いている。


 厳つい顔であることも助け、一見すると山賊のようにも見えた。

 男には複数の仲間が付いていて、その人数は三人と、こちらと大差ない。

 そしてやはり、誰の顔にも同じような剣呑さが漂っていた。


「何か用か?」


 ヨエルが代表して尋ねると、男は大袈裟な身振りで頷き、その顔を近づけた。


「お前らだろ? 『黒鉄の咆哮』を捕まえたの。困るんだよなぁ、そういうことされると」


「……何の話だ」


「横紙破りの話だよ!」


 男が大声を出して、飯屋の中に一瞬、静寂が下りた。

 しかし、声の主が冒険者と分かって、すぐに喧騒を取り戻す。

 何処であっても、冒険者が騒ぎ立て、大声で何かしでかすのは共通事項らしい。


「さっぱり話が見えねぇな。誰かと勘違いしないか」


「やめろ、ヨエル。構うな」


 レヴィンから小さな叱責が飛ぶ。

 相手が何を言うつもりであるにしろ、どうせろくなことではない。


 それは雰囲気からも察せるので、ロヴィーサもまた彼らを無視して食事に専念している。

 アイナは元より顔色を悪くさせて目を合わせないようにし、既に空のスープ皿から何かを掬い取ろうと、何も聞いてない演技のふりをしていた。


 そこへ、レヴィンの声を拾って、冒険者風の男が顔の向きを変えた。


「構うなってのは、どういう意味だ? 俺たちゃ、真剣な話し合いに来たんだぜ? イチャモン付けてると思われちゃ、堪らねぇのよ」


 そう言われても、レヴィンは反応を示さない。

 スープの中に沈んだ具を、スプーンで取り出そうとした所を、横から手を叩かれて落とされる。


 それで熱り立ったヨエルとロヴィーサを、咄嗟にレヴィンが手で制して止める。

 改めて顔を向け、男に尋ねた。


「俺たちは初対面だと思うが」


「勿論だ、道ですれ違ってもねぇだろうよ。だが、黒鉄をやったのはお前らだ。……だろ?」


「……そうだと言ったら?」


「ありゃ俺達の獲物だった。既に依頼も受けてた。どういう意味か分かるか?」


「いいや、分からない。そういうのは普通、早い者勝ちだろう」


 賞金を掛けられた相手なのか、ギルドに正式な形で依頼された依頼なのか、それはレヴィンも知らないことだった。

 しかし大抵の場合、誰が達成したのかは問題にならないはずだ。


 それこそ、遅れた方が悪い、という論法が成り立つ。

 レヴィンはそう思っていたが、男からすると大いに異があるようだった。


「依頼を受けるまでは早い者勝ちだ、勿論な。だが、受けてからは話が違う。ギルドはブッキングさせねぇのさ。獲物の取り合いで、妨害するようなことが昔あったせいだ。だから、分かるだろ? ありゃ、俺達の獲物だった」


「ひと月以上も放置していた癖によく言う」


「別に悪いことじゃねぇよ。値の釣り上げ、別件同種依頼の二重受領、どれもギルドは黙認してる。――しかしだ!」


 ここで更に声音を荒らげて、男は更に顔を近付けた。


「依頼を受けた後での横取りは、そりゃあ良くねぇ、重大な違反だ。本来、俺達が受け取るべき報奨金だった。だから、返せ」


「返せと来たか……」


 レヴィンは呆れた溜め息を隠しもせず、呆れた視線で男に問う。


「そもそも、お前達が達成できたという根拠は? 受けた依頼を、確実に達成できたとする保障は? 自分達なら出来たなんて言い草は、何の保障にもならないだろう」


「はぁ? お前、俺達のエンブレム見て、何も分からねぇのかよ? ……そうだよな、お前達、ギルドに所属してねぇもんな?」


 男は胸部分に刻まれた印を親指で示したが、当然レヴィンは男が何者かも、それが何を意味するか分からない。

 だが、この街で力を誇示するには、どうやら十分な材料であるらしい。

 また、ギルドに所属していないと言った男の言葉も正しかった。


「だから横紙破りって言うんだ! 知らぬ存ぜぬで通るかよ! 知らなかったで済ませられねぇから、こうしてわざわざ足運んでやったんだ。ギルド員同士なら、和解金まで取られるところなんだぜ? それを全額返金だけで済ませてやろうって言うんだ。文句ねぇよな!?」


「大いにある」


 男は饒舌で、怒りに任せているようで、その実計算高い。

 大袈裟に怒って見せるのは、手早く金だけ取ろうと思っているからに違いなかった。

 そして、素直に金だけ渡して終わりになるとは思えない。


 ――素直に飲み込んでやる必要なし。

 レヴィンは早々に、そう判断を下していた。

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