旅路 その8

 食事の準備も着々と進み、火に掛けられた鍋から良い匂いが漂って来る頃になって来た。

 その時、アイナはハタ、と顔を上げる。

 思わず頬が緩みそうになっていた顔を戻して、レヴィンの背後へと指を突き付けた。


「いや、あの……! あれ、どうするんですか! 今は気絶してるみたいですけど、放って置いて良いんですか……!?」


「寝首を掻かれるのも面白くないな……」


「この場は逃げたとても、また森の中で襲ってくるかもしれませんよ……!」


「……そんな根性あるか?」


 ヨエルが胡乱な視線を男たちへと向け、アイナはそれに何度も頷く。


「やるかもしれないじゃないですか! 敵わないから、嫌がらせだけでも、とか考えるかもしれませんよ……!」


「そうさなぁ……。有り得るかもしれんなぁ……」


 顎の下を撫でながら呑気な声を出していると、ロヴィーサからも鶴の一声が発する。


「もしかしたら、賞金が掛けられているかもしれません。捕縛するのも良いのでは?」


「こいつらに? する程の価値があるかねぇ?」


「本当に単なる敗残者なら、村なり町なり、根城と出来る場所に帰るでしょう。それさえ出来ないから、こうして森に潜んでいたのでしょうし」


 そうだな、とこれにはレヴィンからも同意があった。


「やけに人通りがないって話もしただろ。街道だろうに、商人も寄り付かないと。……もしかしたら、奴らの被害が大きくて迂回してたのかもしれない」


「商人が迂回する程なら、賞金を掛けられていてもおかしくないが……」


「それならそれで、どうして今まで放置されてたのか、って疑問は湧くけどな……」


 冒険者にしても、魔物だけを目的に戦う訳ではない。

 基本的に、うまい話、楽して儲けられる話には飛び付くものだ。

 その上で放置されていたのなら、実は簡単には手を出せない相手、と思われていた可能性もある。


「まぁ、逃げるのが上手いって考えも出来るか。森の地理が頭に入ってないと、方向を見失うのかもしれない。広い森に分散されたら、見つけ出すのも相当ホネだ」


「……見ない顔だから、油断したのかね。元が傭兵ってなら、この近辺で強い奴とか、そういう類の情報には精通してるだろ」


「……有り得る話だ。まぁ、捕縛するのは良いと思う。手早く済ませよう」


「賞金が掛かってりゃ、次の街で豪遊しようぜ。そうでなけりゃ……、鉱山奴隷を欲しがる奴らとか、そういうのに売り付けられるだろ」


 何かにつけて準備の良いロヴィーサなので、ローブの用意もしてあった。

 馬の手綱が切れた時に代用できるし、他にも用途は様々ある。

 この時の為に用意してあったのではないか、と思えるほど長いロープが出てきて、レヴィンとヨエルは顔を見合わせて笑ってしまった。


「すぐに出来上がりますから。手早く済ませて、どこか遠くの木に縛り付けておいて下さい。視界に映ると、アイナさんが怯えますので」


「そうだな。どうせなら、朝までぐっすり寝かせつけておくか」


 ヨエルが冗談とも本気ともつかないことを言って、男達の片足を左右の手で持ち、引き摺りながら森の方へと消えていく。

 片手に一人ずつ抱えようとしていたレヴィンも、それに倣って引き摺り始めた。

 時々、木の根や石に当たって頭が跳ねているのが見える。


 しかし、結局誰一人目覚めることなく、そのまま拘束されるに至った。

 鍋が煮詰まる前に帰って来て、レヴィンたちも満足そうな顔をしながら、料理を平らげていく。


 食事も終わり、眠りにつくまで騒ぎが起きることもなく、交代で見張りをする間も男たちは起きてこなかった。

 そして、翌朝――。


 鳥の鳴き声が森に響くようになると、男たちも次々と目を覚ます。

 自分たちの状況に気が付いて、上へ下への大騒ぎになったのだが、それを黙らせたのもヨエルだった。


「お前達に、好きに喋る権利なんてねぇ。口を閉じるか、それとも殴られるか、どっちがいい?」


 昨日の戦闘で受けた衝撃は、彼らの中では未だ健在だった。

 喉が渇いた、小便に行かせろ、口々に出していた不平不満がピタリと止む。


「よし、いいぞ。次の街までは遠いか?」


 これには沈黙したまま、首を横に振ることで答えがあった。

 言い付けを守っていることに気分を良くしたヨエルは、首肯しながら続ける。


「森は深いか?」


 これにも否定の反応があり、立て続けに質問を飛ばした。


「昼には抜けられるか?」


 これには肯定の頷きが返って来て、ヨエルは満足気な笑みを浮かべた。


「そのまま黙ってそこにいろ。この後、拘束し直して、お前達をそこまで連れて行く」


「なっ!? 待ってくれ、そいつぁ――!」


 言葉を発っせられるとヨエルが動いて、脳天に拳が振り下ろされる。

 抗議しようとした男は、全てを言い終わる前に気絶してしまった。

 あまりに呆気なく、あまりに早い手出しに、男たちは戦慄した。


「喋るな。聞くな、質問するな。何一つお前らに許さない。こっちもこれから朝飯食って、出発の準備だ。その後、お前達を連行する。これは決定事項だ」


 ヨエルが一方的に宣言すると、身を翻してその場を離れる。

 後には愕然とした男達の顔と、鬱屈とした空気が取り残された。



  ※※※



 朝食が済んだところで、出発となった。

 彼らは再び腕を後手で縛り直され、また、彼ら同士を一本の縄で結ぶ。

 十名を超える大所帯を引き連れる訳で、旅の足も鈍りに鈍った。


 そもそも、従順に従う彼らでもない。

 不平不満を口にすると、即座に攻撃が飛んでくると自覚してからは、その歩みの遅さで表現しようとしていた。


 ならば、と今度は馬で引き摺る形にすると、これには悲鳴を上げて従順になると誓った。

 体中を擦り切り、裂傷も多く作った仲間を見て、他の者も受け入れざるを得ないと判断したようだ。


 昼には森を抜けられると教えられた通り、遅い歩みであっても陽が中天に差す頃には、外縁部まで辿り着いた。

 森には多くの魔獣や、魔物が棲み着くものだが、野盗が根城にしていただけあって、ついぞ最後まで遭遇しなかった。


 あるいは、脅威となる敵は、彼らが粗方駆逐した後なのかもしれない。

 途中、休憩を挟みつつ、街道を更に西進する。

 すると、陽が傾き始める頃には、遠くに街を囲む壁が見えてきた。


「ようやくですね……!」


 アイナの声が喜色に満ちて弾む。

 それも当然で、これまで長らく、男たちの悪態とも採れないうめき声や、刺すような視線を向けられていたのだ。


 レヴィン達もまた辟易とした顔を見せていたので、耐性が全くないアイナにとっては非常に居心地が悪かった。


 門前まで辿り着くと、そこには小規模ながら列が作られていて、どこの街でも門扉があれば、足税を取るものだ。

 ここで更に待たされてしまうのは致し方ない。


 最後尾に付いた異常な集団は、非常に奇異な目を向けられたし、今更になって逃げ出そうとする男たちも出てきて、一層注目を浴びる。


 結果的にヨエルが殴って黙らせる者が続出して、順番が来た時には、その彼らを引き摺って挨拶する羽目になっていた。

 衛兵はそんなレヴィン達を、おかしなものでも見る視線で、上から下まで見つめる。


「……それで、用向きは? あいつらは何だ」


「旅の途中だ。宿を取りたくてやって来た。数日、滞在するかもしれない」


 レヴィンが代表して答え、その間もヨエルが逃げ出そうとする男たちを殴り付け、一種悄然となった彼らを視線で黙らせていた。

 衛兵はその様子を、やはり奇異の目で見て、親指を向ける。


「……あれは?」


「近くの森……ユーカード領方面へ続く森で、野盗に遭った。もしかしたら、賞金でも掛かってるんじゃないかと、あぁして生け捕って連れて来たんだが……」


「何……?」


 その一言は、衛兵の興味を大きく刺激した。

 詰所の奥へと声を掛け、同僚の応援を呼んでいる。

 奥の方が騒がしくなって、誰かが出て来る気配がした時、それより前に更なる質問がレヴィンに飛んだ。


「その森というのは、ヤケルタ樹林で間違いないか?」


「悪いが、他所からの旅人なんだ。名前は知らない」


「野盗の被害が続出していたのは、その森なんだ。商人からも陳情があったと思うが……おい、どうだ?」


 詰所から出て来た若い衛兵が、恫喝する様に尋ねられて大きく頷く。


「はい、間違いありません。被害届と共に来ていたやつです。黒鉄の咆哮団……、元は傭兵だったそうですが……」


「あぁ、そうそう。奴ら、そう名乗ってた」


「おぉ! そりゃ、ありがたい。いま確認させる。あいつらが本物だったら、こっちも助かるってもんだ」


 衛兵は途端に愛想よくなって相好を崩す。

 若い衛兵は再び詰所に戻って、何やら書類を持って引き返して来た。

 どうやら人相書きであるらしく、詳しく名前なども載っているようだ。


「冒険者の方にも依頼は行ってたはずなんだがねぇ……。もうひと月以上は野放し状態だった。陳情を受ける俺達の身にもなって欲しいね」


「街の衛兵は動かないのか?」


「こっちも余裕あるわけじゃないからな。ツマラン仕事は冒険者に任せるに限る。……限るんだが、ツマラン仕事と思ってるのはあちらも一緒らしい。そういう依頼は、しばらく寝かせられるのさ」


 やれやれ、と溜め息をつくと、忌々しげに野盗達を睨み付けた。

 レヴィンも意味する所を察して頷いたが、理解の及ばないアイナが小さな声で尋ねて来る。


「あの……どういう意味だったんですか? 公的なお仕事ってことになるんですよね? 嫌がらせ目的とか?」


「もしかしたら、それもあるかもしれないな。でも、どちらかというと駆け引きかな。値段と釣り合ってると思えば動く、そうでなければ寝かせる。だから、駆け引きさ。業を煮やして報奨金が上がるかもしれないから」


「でも、被害が出るんですよね? 街に商品が入って来ないと、皆が困るのでは……」


「そうとも!」


 突然話に入り込んで、衛兵は大いに頷き同意した。


「そうともさ、お嬢ちゃん。奴らにゃ、迅速さってのが微塵もねぇ。そのまま塩漬けにされる依頼だって多くあるもんさ」


「塩漬け……」


「誰も依頼を受けねぇんで、長く放置されてる依頼を、そう言うんだ。頑として値上げをしない、あるいは懐事情で値上げできない依頼が放置される。……まぁ、実入りの良い仕事から片付けるとなると、残る仕事が出るのも分かるが……」


 口では納得を示す言葉を言いつつも、衛兵の顔は苦渋に満ちていた。

 優先順位は理解しても、今回のように長く看過されては困る問題もある。


「けど、今回のは値上げ期待じゃねぇだろうな。商人からも依頼が出るのを待って、街からの報奨金だけじゃなく、そっちからも二重取りしようって魂胆だろうさ」


「それって、どうなんですか……?」


「冒険者には、依頼という形でしか頼めないからな。じゃあ俺らが動けって話だろうが、……何しろ人手が足りねぇ」


 深々と溜め息をついた時、若い衛兵が声を張り上げた。


「間違いありません、奴らです!」

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