旅路 その2
「大神……。あたしの世界では、そうした尊称で呼ばれてませんでした。基本的に、実在する神はただ一柱のみという考えでしたから。……じゃあ、アルケス様もそうなんですか?」
「いや、大神は唯その一柱だけさ。他は小神って呼ばれる。六柱の上に立ち、この世を庇護する神様が、大神レジスクラディス様なのさ」
滲み出る敬意と尊崇が、その口調からは溢れている。
それもその筈、ユーカード家に直接淵魔討滅を任じたのが、その大神レジスクラディスだった。
竜を騎乗生物にしているのも、また大神一柱のみで、他の小神は自らの能力で飛ぶ。
そうした点からも、大神は他の神々より一つ格上に据えられる存在だ。
「なんと言うか……、それじゃあ他の神様は、添え物みたいに感じますね」
「そんな事はない。これから向かうアルケス神だって、淵魔討滅を手伝う神様だ。……いや、これは別にアルケス神に限った話でもないけどな」
誰が咎める訳でもないのに、弁明する様に手を振って、レヴィンは話を続けた。
「でも、先生がアルケス神殿を薦めたのも、その権能に疎通と転遷があるからだろう。転生者が過去、そこを頼ったのも、つまりそういう事だろうから」
「権能……さっきの、終わりと始まりみたいな?」
「いや、そっちは曜日と関連付けられた謂れみたいなものさ。権能とは別だ」
話がズレ始めたのを感じたレヴィンは、手の平を顔の前で払う。
「いやいや、だからな。疎通の権能を頼りに出来れば、言葉だけじゃ伝わらないイメージでも汲み取って下さるだろうし、そこから転遷の権能で元の世界に帰れるかもしれないだろう?」
「神様の個性みたいなものですね……。そうか、だから……」
「まず、最初に頼る場所としては、妥当じゃないかと思う」
アイナはしきりに頷いて、考え込む仕草を見せた。
得心いっているのは結構だが、それは腑に落ちた様子を越え、少々大袈裟にも見える。
ヨエルからも不審そうな視線が向けられ、それで我に返ったアイナは謝罪しながら口を開いた。
「いえ、すみません……っ。ただ、先生から言葉も教わりましたけど、最初から妙に話が通じたな、と思って……。そうした神様から力を借りてたから、スムーズに学習できたんだと……」
「それって、拾われてすぐ神殿いったとか、……そういう話か?」
「神殿がどういう建物か知りませんから、どうとも言えませんけど……。神聖そうな場所には立ち寄ってませんし、基本的に移動しながらでしたから……」
アイナの返答に、レヴィンとヨエルは顔を見合わせた。
レヴィンはロヴィーサにも顔を向け、難しい顔で眉根にシワを寄せる。
また何か失言してしまったのかと、アイナは居心地悪く肩を窄め、それを振り払うようにレヴィンが殊更明るい声を上げた。
「あぁ、アイナが悪いんじゃないんだ。すまない」
「いえいえっ。……でも、それならどうして?」
「……意思の疎通が図れたって言っても、それって神殿にでも行って、神の慈悲に縋らないと不可能じゃないかと思う。それに、行ったからって確実に応えてくれるものじゃないし……」
「だが、先生とは通じていた……そうなんだろう?」
ヨエルからも尋ねられ、アイナは曖昧な表情で頷く。
やはり、また自分が何か拙い事を言ったのではないか、と誤解していた。
「何もなしに、そんなの無理じゃないか? 俺が無知なだけか?」
「いや、その認識で合ってると思う。でも、神は己の力を削って神器っていう、非常に特殊な秘具を作成できる。それがあった、としたら……?」
「可能性としては、そんな所だろうが……」
しかし、言うまでもなく、神器とはおいそれと手に入るものではない。
地上に現存するものは王家や神殿などで、非常に厳格な体制で保護されているもので、一般人が手に出来るものではなかった。
「あるいは、先生なら隠し持ってても不思議じゃない、って気もするけど……」
「まぁなぁ……。得体が知れないっつーか、底が知れないっつーか……。何を隠していても不思議じゃない感じはある」
二人で納得していると、ロヴィーサが小さく声を上げる。
何かと思って見ると、多少のバツの悪さを顔面に乗せながら、声を顰めて言い放った。
「先生、神殿勢力から逃げ隠れしてる、などと言ってましたよね……。禁書棚での話がそれだと納得しましたけど、まさか……」
「あ……? まさか、神器を盗み出した、なんて……? どれだけ奔放な先生だって、そこまではしないだろ!」
「そう思いたいですし、禁書棚で納得しておきたいですよ、私だって。でも、言葉が通じていた、というのが何とも……」
ロヴィーサも自分で口にしながら、それが大変不遜な予想だと理解していた。
彼女も他の皆同様、アクスルの薫陶を受け、ここまで成長したという恩がある。
証拠もなしに、勝手な憶測で悪し様に言いたくなかった。
だから、それまで空気を払拭するように、軽く手を振って有耶無耶にした。
「……あまり深く考えないようにしましょう」
「そうとも。そもそも、先生は底知れないって言ったばかりじゃないか。長く生きている人だし、過去に下賜された可能性だって……」
それが非常に低い可能性だと理解しつつも、無理矢理にでも、そう納得した。
誰もが身内を悪く思いたくないものだ。
恩ある人ならば尚更だった。
他の皆もレヴィンの考えに便乗し、すっかり
「まぁまぁ、深く考えるのは止そうや。アイナは普通に会話出来て良し、俺達は無事に送り届けて良し。それで全て良しだ」
「そうだな。――あぁほら、街が見えて来たぞ。今日はベッドでゆっくり眠れるな」
※※※
クラセルタの名で知られるこの街は、かつての領都だった。
ユーカード家は常に東進し、淵魔を追い詰める使命を帯びていたので、地盤固めに要塞を築き、そこを前線として戦ってきた。
ある程度、淵魔を追い落とすと、そこに人が流入し、家を建て町を築く。
そうして勝利に血道を上げ、付近の龍穴に神殿を建立する時期になれば、そこにもやはり人手がいる。
建材を運び入れたり、食料の用意なども必要になるから、自然とそこに人が集まり、更に人も物も集まった。
そうすると、街の規模もそれに合わせて拡大する。
後は、淵魔が発生しない安全領域を、神殿が作り上げる手伝いをすれば、かつての前線基地の役目はほぼ終えた。
無論、そこまで掛かる日数は膨大なものとなる。
常に淵魔を抑え続けられるものでもなく、時に多大な犠牲を払う事もあった。
一筋縄ではいかないのは当然で、安全領域確保まで五十年の歳月を掛けたことまである。
そうして作られた町は、このクラセルタ以外にもまだ他に二つあった。
そのいずれでも血道を開き、常に前線で戦い、味方を鼓舞してきたのがユーカード家あってのものだ。
遷都して領主が街から離れた今でも、その敬意は些かも衰えていない。
「おぉ、若様だ、若様だ!」
「ユーカード家の若様がいらっしゃったぞ!」
「ウチの飯屋は最高ですよ、是非いらして下さいや!」
「馬を休めるなら、ウチの馬房空いてますよ! どうぞ使ってやって下さい!」
元が前線基地だけあって、周囲を取り囲む壁は高く、門扉も厚く厳しい。
しかし、一度潜ると、その活気に圧倒される。
元は計画的に作られた街ではあったが、規模の拡大によって無茶な工事を繰り返した為、非常に雑多な印象を見受けられる。
横には拡大できないので縦に伸ばした結果、三階建てや五階建ての家が多くあった。
その間に洗濯紐を通して衣類を干しているものだから、そこにはまるで、多彩な旗が翻っているようにも見えた。
通りの幅も広いとはいえず、そこに人が多くの人波が押し合い
そんな様子だから、慣れない者には、この歓待が恐ろしく思えたようだ。
アイナは戦々恐々としていたが、レヴィンはそれを大きく口を開けて笑い飛ばす。
「ここはこういう街だ。いつ来ても活気がいい! 皆の笑顔を見られて、俺まで嬉しくなる」
「確かに凄い活気ですけど……。むしろおっかないですよ……!」
「すぐに慣れるさ。……しかし、これじゃ馬を進められないな」
歓迎の意を表してくれるのは嬉しく、素直に受け取りたいとしても、立ち往生はいかにも拙い。
道を利用するのは、レヴィン達だけではないのだ。
この騒ぎで迷惑する連中もいるだろう。
さて、どうしたものかとレヴィンが首を巡らせると、怒声を上げながら、人垣を掻き分けて進み出る男がいた。
「えぇい、どけ! どかんか! 道を開けろ! お前たちもこんなに集まっているんじゃあない!」
甲高い声を立てながら出て来たのは、
背は高く痩せぎすで、神経質そうな見た目をしている。
だが、レヴィンと目が合うと、途端に相好を崩して満面の笑みを浮かべた。
「お久しぶりでございます、若様! ようこそ、クラセルタへ! ご勇名はこの街にも轟いておりますぞ!」
「あぁ、ありがとう、町長。久しぶりだな。今は少し遠方へ向かう途中でね、一夜の宿を借りようと立ち寄ったんだ」
「おぉ! なれば、どうぞ我が家へご逗留下さい! 先代様がいらした時は、我が家を定宿としてなさっておいででした。若様もどうぞ、ご遠慮なく……!」
この町長が、若い時分にはエーヴェルトと共に槍を振るった古強者だと、レヴィンも話を聞いていた。
互いに馬が合い、戦友として戦場に立つのみならず、共に良く酒を酌み交わした仲だったという。
レヴィンもエーヴェルトに連れられて、この街に幾度も来ているから、気心は知れている。
「そういう事なら、世話になろう。よろしく頼む」
「ハッ! 我が家の様にお寛ぎ下さい! ――おい、聞いたな! ほらほら、道を開けろ!」
町長が大きく手を振れば、それに合わせて人垣が割れる。
それでもレヴィンの姿を一目見ようと、路地や家の窓から人の顔が覗いていて、中には黄色い声援を上げて手を振る少女達もいた。
レヴィンも手を振ってくれる人には、律儀に振り返すものだから、町長が先導する道は大変な賑いとなってしまっている。
ロヴィーサはレヴィンの後ろを馬に歩かせながら、その背をじっとりとした視線で見つめ続けていた。
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