犯人の違う推理小説

久野江史

短編なんでこれ1発です。

中古で買った推理小説。作家も無名だし裏表紙にあるあらすじも平凡.新幹線で地元に帰るまでの2時間にはちょうどいいサイズなだけで買った推理小説。登場人物が次々に増えていく序盤.その中の須藤という役の横に鉛筆でこいつが犯人、と前の持ち主の注釈が加わっていた.まあ中古なんてそんなものか、と須藤を注視して読み進めていく。しかし須藤は一回は犯人と疑われるものの冤罪で、実は須藤の恋人マナブが犯人だったのだ。とすると、前の持ち主はきっと最後まで読まずにこの本を売ったんだな。ところが、犯人がマナブと分かった次のページに、またあの字体で文字が書いてあった.

須藤→佐藤雪葉

え?なんなんだこれは.もしかして、何か本当の事件とリンクしているのか?急いでさとうゆきはを検索にかけるが、そこにはなんの収穫もなかった.なんだただの冗談か、と思えるほどその小説のトリックは華麗なものではなかった.鈍臭くて無計画な、まるで。まるで、本当にあった事件のような。

ではなぜ、前の持ち主はわざわざヒットしない須藤のに注釈を注意を向けさせたのだろうか.

仮に、前の持ち主がこの事件のモデルとなったありきたりな事件の関係者だとしよう.前の持ち主はきっと須藤の友人などであり、無実の須藤を助けたいがためにこんな行為に勝って出たのだろう.しかし、もし須藤が冤罪のまま逮捕され刑を言い渡されていたら、何かが検索にヒットしてもいいのではないだろうか.さとうゆきはの名前が.何も出なかったということはつまりマナブが逮捕された、という解釈ができてしまう.

振り出しに戻ってしまった気がする。

ふと気がついて作者の名前を検索にかける。長谷堂雷都。うわなんか作者の名前と作風が一致してなさすぎる.この名前は女性向け恋愛小説かラノベ書いてろよ.長谷堂はWikipediaもなく、作品も見た感じこれだけのようだった.題名は謀反。謀反なんて言葉、本能寺の変くらいでしか聞いたことがない。

新幹線がどんどんと地元に近づいていく.高層ビルに囲まれていたはずの風景はいつのまにか田んぼに囲まれている.

謀反.もし題名をそのまま汲み取るとしたら、長谷堂はマナブの関係者で。やはりなんらかの理由でさとうゆきはが世に名前を出しておらずしかし逮捕はされていて、マナブが悠々自適に暮らしている。それに耐えられず、かといってマナブに自首しろとも言い出せずこのような形で告発。

あれ?そうすると長谷堂と前の持ち主が同じことになってしまう。ああどうしようこの俺のポンコツ具合で推理を始めてしまうなんて。しかし好奇心は新幹線をも凌駕する速度でこちらに向かってきている.仕方なく、カバンから紙とペンを取り出した.

一度、整理をしよう.


まずは小説「謀反」の中での話。

殺されたのは須藤のサークルの先輩山崎。死因は刺殺で、凶器となる包丁にはべったりと須藤の指紋が.しかしそれに疑問を抱き事件に突っ込んできた私立探偵の小田。彼は犯人がマナブであることを言い当てる.しかも山崎と須藤が付き合っていると勘違いしたマナブが山崎を刺したが、実は2人はいとこだった.というありきたりな展開.作者は長谷堂雷都。初版発行年は2019年.


これを最初に買ったのが前の持ち主。仮に前田と名付けておこう.前田はこれを読んで須藤が佐藤雪葉であると思いついた.しかし佐藤雪葉は情報が表に出ていないのか、検索しても何にもヒットしない.謀反、という題名からして前田はもしかしたらマナブの知り合いかもしれない、という仮説を立てた。が、そうすれば前田と長谷堂も実は知り合いであるということになる.

もう一度謀反を読み返す.事件が起きたのは夏.大学はA県のA市。須藤と山崎はA市の私立大学の学生。マナブだけがA大の学生。

あっ、と思いA市で起きた痴情のもつれによるもので尚且つ2019年より前に発生した事件を調べる。A市はなんとなく、うちの母の地元に情景が似ている.


あっ、本当にあった.これ、俺が突っ込んでいいものなのか?腕にひんやりと鳥肌が立ち、ひたいが汗ばむ.座っている椅子の向こうから視線が突き刺さる。


2016年.当時19歳だった浪人生小田光が当時22歳だった金子岳瑠を刺し殺した。金子と小田の間に面識はなかったが、2人の間にはSという女性が関係していた.参考元の記事は大いに世俗的だが、それは小田があまりにも顔が整っていることに由来するだろう.表だった擁護のコメントこそないものの1浪しながらも医学部を目指すイケメンと将来性のないFラン私立の学生と。どちらが活かすに値すべきか.


東京のFラン私立にわざわざ通わせてもらっている俺は、その背後にある後ろめたい気持ちを全て掠め取られた気分になった.


事件の発覚は小田の自首。血まみれのジャージと血のついた包丁。憔悴しきった顔.


事件の全貌はなんとなく掴めた.しかし、この事件のどこに長谷堂雷都と前田の関与する余地があるのだろう。しょうがなく謀反を読み返す。これで3度目だ。

表紙の裏に作者の経歴がある。そういえばそうだった.N県.やっぱり、母の地元だ。1996年生まれ.N大の医学部中退。


長谷堂はきっと、光と出会っていたんだ。

ふとしたことから仲良くなった2人は切磋琢磨しN大医学部を目指した.そんな中での、あの事件.

なるほど、謀反とはそういうことか.自分が謀反を起こしたわけじゃない。小田光の行為が長谷堂にとって謀反に近い行為だったというわけか。



前田誰だ。完全に忘れていた.前田。前の持ち主前田。もしN市の事件と謀反とがリンクしているとしたらもう空き枠がない。実は見ていた第三者だったりするのだろうか.なぜなら金子は即死。小田光は獄中。

ふと思いたって小田光の刑期を調べる。いやだめだ.まだ刑務所の中にいる。もし刑期を終えていたとしたら、希望の光があった.刑期を終えた小田がたまたま謀反を見つける。そしてそこで描かれている事件が自分の犯したものとそっくりそのまま同じ。そして小田は。

佐藤雪葉とリンクしているであろう須藤に注釈を加える。






こいつが犯人。



あれ。誰が、誰がこの本は一度しか売られてないと言ったんだ?後ろのバーコードは少なくとも三重に重なっている.何かに気がついた人が小田の冤罪を晴らしてあげた可能性はないか?ネットで小田光と調べれば数件とはいえ記事がヒットする.今頃こんな約10年前の記事を調べるのは俺くらいだろうが、それこそその当時はある程度人々を魅了していたのではないか?調べなくても、アッと気がつく人がいたのではないか?だとしたら今頃刑務所にいるのは。


もう一度、謀反の初めて須藤が出てきたページを見る.こいつが犯人。その言葉の重みが、読み始めた頃と全く違う。新幹線が終着駅に滑り込む。

まだ、俺は立てずに小田光の文字を眺め続けていた.

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犯人の違う推理小説 久野江史 @terirerimax

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