終章 魔女たちの戦闘遊戯

魔女たちの戦闘遊戯(1)

「敵は森の中に逃げやがりました! 皆、追うのですッ!」


 橙色のショートヘアに、軍服のような(ちょっとコスプレっぽい)衣装を纏った少女、ファニーエン・クラウノウトの、ちょっと強めな口調の指示と共に――どざざざっ! と、次々に足音が、島の中心に広がる森へと続いていく。


 森の中へ駆けた五つの足音は、そのどれもが、指揮を取る少女と同年代の魔女だった。


 だが、文句を溢す者などいるはずもない。


 魔術派閥|祈りの顕現《アウスヴェーテン》のトップ、クラウノウト家の長女であり、次期当主の魔女で、《統率の魔女》という二つ名を与えられただけの事はあり――。


 周囲の戦況を、魔術を駆使して迅速に判断し、正確な指示を仲間に与える事を得意とする、そんな魔女の命令となれば――従っておけば間違いないと、他の魔女たちの共通認識にさえなっている。


 だが、森へ向かった魔女たちとは別に、その場に留まった魔女も一人いた。


「お姉様、わたしは……」

「フェンツ、あなたはここで待機です。あたしの探知魔術ですら引っ掛からない、をこっちで叩きますよ」

「わかりました、お姉様」


 少し気弱そうな、羊みたいなパジャマっぽいふわふわした服を着た、ピンクのツインテールが特徴的な少女、フェンツ・クラウノウト。


 彼女もまた、クラウノウト家の次女であり、普段の気弱な性格から反面、戦闘となれば《共鳴の魔女レゾナティート》の二つ名に恥じない、なんとも派手かつ圧倒的な魔術を扱うのだが……。


 欠点と言えば、どうしても――姉であるファニーエンの言いなりになってばかりな点が、母親の、悩みのタネだったりする。


「探知魔術では、敵の六人がこの先の森を真っ直ぐ向かって……おそらくは籠城戦でも決め込もうとしてやがるみたいですし。ただ、籠城戦をするのにも、ある程度の準備時間が必要。探知魔術に引っ掛からない、影に隠れるあの卑怯者はきっと、時間稼ぎの為に遊撃でも任されてるでしょうし……」

「す、すごい……」


 ただ、どうしても頼り切りになるのも仕方がないくらいには、ファニーエンの戦況判断、指示出し、戦略の立て方が完璧であるのもまた事実。


『二人揃えば最強』――この姉妹は、その典型的な例とも言えるだろう。

 

「ほら、やっぱり。フェンツ、任せましたよ」

「……はいっ! ――私の詠唱よベシュヴェルング共鳴せよレプリケーション――F・I」


 その直後。火球が数十と、次々に現れて――ドドドドドドドドドドドドッ!! と、周囲に当てもなく撒き散らされる。


 火球自体は、魔術の基本である『四大元素の発現、発射』を行っているだけではある。ただし、彼女が圧倒的な力を放つ事ができたのにはしっかりと理由がある。


 一つは、使いこなせる者の少ないノタリコン……つまりは、元の詠唱であるラテン語の語頭だけで魔術を発動させるという、かつては派閥の魔女が生んだ遺産である技術。


 もう一つは、彼女の二つ共鳴の魔女の由来にもなった、詠唱そのものをあちこちで共鳴させる魔術。これにより、一度に数十と、同じ魔術を発動できる。


 現に、様々な位置から、あらゆる方向に放たれた火球のうちの一つが、一人の魔女に命中する。


「……んぐッ、熱――ッ!?」

「みつけました、月成つきなりかおる――っ!」


 フェンツの火球が直撃して、やっとその姿を現した、銀髪に長い髪を下ろし、思わず魅入ってしまうほどに美しい少女。


 《変貌の魔女シュピールング》月成薫――《祈りの顕現》の対極に位置する、もう一つの派閥|月光の工房《モンドシュテン》のトップ、月成家の次女。


 ファニーエンの、優れた探知魔術をもってしても、ここまでの接近を許してしまった理由。……薫の持つ『魔道具』によって、文字通り『影』へと隠れていたからだ。


 元々これは、ある小説の登場人物が持つ能力だったが――《月光の工房》は、魔道具を使った戦いに重きをおいた派閥であり。


 その派閥のトップに立つ家、そこの次女である彼女が生み出したのが、ブックカバー型の魔道具|空現書皮《くうげんしょひ》である。


 そのブックカバーを付けた小説に出てくる『登場人物の能力を模倣する』――もちろん、書かれている内容全てではなく、ある程度の制限はあるのだが――という、今はなき派閥のトップだった魔女と似た力を有している。


 だが、いくら隠密行動が得意とて、一度でも位置がバレてしまえば終わりだろう。


「これで終わりっ! ――私の詠唱よベシュヴェルング共鳴せよレプリケーション――F・C・A」


 今度は巨大な氷塊が、至るところから、月成薫へと向けて一斉に放たれる。


 いくら影に隠れるのが得意とはいえ、流石に避ける事はできずに――。


「――んっ、ぐああああああああああああああああああああああああああああ――!?」


 銀髪の少女は、すっかり気絶し、倒れてしまった。

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