編者のアルフィーネ(8)

 やっと気分が落ち着いてきた、理瀬りぜとヴァーレリアの二人は、ふと思い出す。


「そういえば、この場合、島の相続権って……どうなるのかしら」

「……理瀬、まさか、この惨状を作り上げた、悪しき魔女の魔力なんかに興味があるの?」

「いえ、欲しいとまでは思わないけれど……。結末くらいは気になるじゃない?」


 この島や、さすがにボロボロで資産的価値は残っていないであろう屋敷。そして、争いの発端となった、この島のどこかに眠っているらしい『焦煙の魔女スクルペロスケルンの魔力』の持ち主は、一体誰のものとなるのか。


 あらゆる物語を綴ってきた《撰述の魔女ベルファッサー》ではないが、この相続争いという物語の終着点を、うやむやに終わらせてはそれこそ歯切れが悪い。


「というか、そもそもの話――魔力を込めた魔石が、この島のどこにあるのかを私は知らないわよ?」

「そういえば。この島のどこかに眠っているとは聞いているけれど、具体的に、どこに眠っているかまでは聞いていなかったわね」


 まあ、ハナから場所が分かっていれば、派閥同士で潰し合う間もなく、魔力を欲する魔女は一目散に向かっていくだろう。


 さぞかし、島のどこかへ、巧妙に隠されているのだろうな――と思っていたその時。


『本来、我は相続者が決まった時点で出てくるべき存在ではあったのだが――』


 その声は、唐突に。二人の視線の外から飛んできた。


 見ると、そこには――黒いフリルのドレスを纏った、燃えるような赤髪と火種のような紅い瞳をした、その姿だけで相手をひれ伏させる――そんな存在がいた。


 ただし、その姿は半透明で、ホログラムのような見た目をしている。


「「《焦煙の魔女》――ッ!?」」


 二人して同時に、見るからに実体ではないながらも、思わず畏怖しながら……その二つ名を呼んでしまう。


 二◯◯年生きた魔女――セルヴェラーメ・クラウノウト――その人だった。


『ああ、安心しろ。この我は、生前の我が残した――いわば、目的を達せばすぐに消える、思念体のような物だ。ご覧の通り、我はもう魔術すら使えないし、お前たちに指一本すら触れられない。そんな怯えなくとも構わんぞ?』

「……それなら、どうしてここに? せっかく終わった争いに、また水を差すつもりなのかしら?」


 ホログラムのようなご先祖様に向けて、子孫である理瀬は、心からの憎しみを込めて、睨みつけながら言う。


 思念体とは思えないまでに、人間らしく感情を見せるそのホログラムは、やれやれといった調子で。


『我が手出しできないと分かってか、随分と手厳しい。そもそも、我が派閥を一つに絞ろうとした主目的は書き遺していたはずだがな』

「……生憎、私たちはその遺言書は見ていない。人づてに、あなたの魔力を最後に残った派閥に相続する、としか聞いていないわ」

『そうかそうか。そもそも、お前たち子供を巻き込むつもりはなかったのだが、伝えるなら伝えるで、中途半端に教えるなと――まあ今更文句を言った所で仕方のない事ではあるがな』


 今は亡き、元々遺言書を読んでいたであろう大人たちに向けて――《焦炎の魔女》は呆れるように言い放つ。


 理瀬も、ヴァーレリアも、どちらも相続争いの概要を聞いたのは《法則の魔女レーゲステレン》ゼラフィール・クラウノウトからだった。その際、遺言書に書かれていた個人的な想いまでを伝えられる事はなかった。


 彼女個人の思惑、意図など、相続争いの結果には直接関わってこない。故に、話す必要もないだろうと端折っていたのだろう。


『我はな――争いを無くしたかった。だから、相続争いを起こさせた。一族が三つの家に別れ、それぞれの派閥が形成されている。この現状が、根幹の原因だと考えたからな』

「……目的はどうあれ、あなたのした事が最悪である事に変わりはないのだけれどね」


 ヴァーレリアが、その目的を聞いてもなお――凍てつく視線と冷たい声で、《焦煙の魔女》へと突き刺すように言う。


 結局、目の前のホログラムは、生前の彼女が遺した作り物であり、いくら言葉を投げかけようと、どうせ意味はないのだろうが……そう言葉を漏らさずにはいられなかった。


『我も、こんな結果で終わるとは予想もしていなかった。その点は申し訳ないと思っている』


 そこで、と。《焦煙の魔女》は、そう前置いて。


『《祈りの顕現アウスヴェーテン》に《月光の工房モンドシュテン》――二つの派閥が残ってはいるが、我の全魔力を込めた魔石、その隠し場所を――お前たちに教えよう』 

「……どういうつもり?」

『何、深い理由はない。これ以上、相続争いが続くとは思えないからな。魔力をただ眠らせておくのも勿体ないであろう?』


 言うと、彼女は指を鳴らす真似をした。無論、ホログラムなので音は鳴らないが。


 同時、島の離れた所に――ガッ! と、白い光柱が天をも貫くように立ち上る。


『光の根本を掘るといい。魔石はそこにある』

「……他意はない、のよね」

『しつこいな。理由はさっき説明したはずだが? 役目も果たしたし、我の姿はもう維持できん。もう一度、丁寧に説明してやる暇などないのでな』


 最後に。


『生前の、我の魔力――どう使おうと、お前たちの自由だ。何せ、相続争いの勝者なのだから。……では、達者でな。我が子孫よ』


 それだけ言い残すと、ホログラムの見た目をした《焦煙の魔女》の思念体は、ぱっ――と霧散し、消えてしまった。



 ***



 その思念体は、消滅する寸前に想う。


?)


 派閥は依然として二つ、残ったまま。たとえ、月成つきなり理瀬とヴァーレリアの二人が友好な関係を築けたとしても、それから何十年、何百年と経てばどうなるかは分からない。


 ここで、派閥を二つ残したのが吉と出るか、凶と出るか。それはまるで、振るまで出目が分からないサイコロのようで、実際にその時が来るまでは誰にも予想が付かない事だろう。


 ただ、その確率を少しでも傾ける事はできる。サイコロの投げ方次第で、確実ではなくとも狙いの目の確率を上げられるように。


 もし、二人が『《焦煙の魔女》の魔力』を前にして。それでもなお、選択を間違えないとしたら。


 ――二つの派閥が共存する、そんな未来だってあり得るのかもしれないと。

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