編者のアルフィーネ(6)

 時は少し巻き戻り。合わせ鏡の中に《撰述の魔女ベルファッサー》が閉じ込められていると聞き、地下の倉庫でそれを確認したヴァーレリアが、再び屋敷の屋上まで戻ってくると。


「……誰も、いない?」


 それだけではない。あちこちボロボロで、原型を留めていない光景から、そこで何が起こったのかを察するのは難しくもない。


 そもそも、ここに戻ってくる途中で、何かが大暴れする音が下まで響いてきていたのだから、今さらそこまで驚きもないのだが……。


理瀬りぜと、アンネリリィが? いや、それにしては争いの傷跡が激しすぎる……」


 アンネリリィが、あれだけ躊躇なく詠唱を続けて――それでも、多少の傷はあれど、屋上がここまで荒れ果てることはなかった。


 それなのに、ヴァーレリアが少し離れた間に、ここまでの惨事になっているとは思えない。


 では、第三者による介入があったのだろう。そこまで考えたところで、ダイレクトに答えが目に入ってしまう。


「……あれって――《撰述の魔女》、シュティーレン・ツァウバティカー……!?」


 思わず、反射的に身を隠してしまった。派閥|魔法図書館《グリムアルテン》のトップであり、アンネリリィが言うには、鏡の世界で幽閉されているはずの存在。


 まあ、やけに上手く事が運んでいると思ったが――そうは問屋がおろさない、か。なんて独り言を口にしつつ、その子供と同様に、やはり実力が未知数な女性と相対していたのは。


「それと、理瀬が戦っている……?」


 状況は掴めない。だが、どう考えてもあれは、本気の殺し合いなのだろう。


 だとしたら。加勢すべきは同然。


Dieディー Windeウィンデ, dieディー diesesディセス Landランド umkreisenウークライゼン, aufアウフ einenアイネン Schlagシュラク abrufenアブルーフェン――」


 一度、アンネリリィの全ての攻撃を跳ね返した――ヴァーレリアの切り札、一分にも渡る長い詠唱を紡ぎ始める。


「――Startpunktスタルプンクト undアンド Endpunktエントプンクト festlegenフェストレーゲン, Gebündeltenゲビュンデルテン Windヴィント einstellenアインシュテレン――」


 一日に、二度も切り札を使う事になろうとは、思ってもみなかった。だが、出し惜しみをしている場面でもないのはまた事実。


「――Zusätzlichツーザツリヒ die innewohnendeインネウォーネンデ Energieエネルギ explosivエクスプローシブ verstärkenフェアシュテルケン――」


 あの時は余裕がなかったので、省略した箇所も、しっかりと詠唱して、確実にシュティーレンを殺せるまでの力へと増幅させて。


「――Alleアレ Windkraftヴィントクラフト bündelnビュンデルン undアンド zumツム kernケルン einesアイネス Sturmsシュトゥルム werdenヴェーデン, Verleiheフェアライエ mirミーア alsアルス Zaubererツァウベラー dieディ uneingeschränkteウネインゲシュレンクテ Kontrolleコントローレ überウーバ gewaltigeゲヴァルティゲ Machtマハト――」


 後は、タイミングを見計らって、確実にシュティーレンを殺すだけ。……もちろん、理瀬が勝てるのであれば、それに越した事はないのだが……健闘はしているものの、相手が相手であって、きっと厳しいだろう。

 

「一瞬でも、確実に当てられると断言できる隙さえあれば、いくら相手が《撰述の魔女》だとしても、私の手で葬れる」


 あとは、理瀬を巻き込まずに、シュティーレンだけを撃ち抜ける、その瞬間を待つだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る