編者のアルフィーネ(4)

 鎖が切られ、振り出しに戻されただけではなく。


 うち二本の鎖が、半分ほどの長さとなってしまい用途が限られたうえで、これまで隠してきた、理瀬りぜらしからぬ戦い方も、シュティーレンに把握されてしまった。


 どこからどう考えても、今の状況は理瀬にとってマイナスと言わざるを得ない。


「だとしても、諦める訳には……。今も、ヴァーレリアは頑張っているのだし」


 理瀬が見据えた先。今はもうボロボロになった屋敷の屋上で、一度別れた、派閥は違えど仲間である少女、ヴァーレリア・クラウノウト。


 彼女は彼女で、同じ目的のもと、頑張っているのだから。理瀬だけが先にギブアップなんて、絶対にあり得ない。


「この期に及んで、仲間を信じるなんて。物語としては確かにキレイですけど、現実的に考えればあまりにもギャンブル的ですねー?」


 理瀬を挑発するかのような声のトーンで、シュティーレンは言う。


「あなたがこれだけ苦戦しているのを見て、《|旋風の魔女ラーゼシュトゥルム《ラーぜシュトゥルム》》が逃げ出さない保証がどれだけあるというのです? だいたい、あなたと彼女は、別の派閥同士なのですよ?」


 ヴァーレリアは、理瀬と戦い、確かに敗北した。


 自分を打ち負かした相手でさえ、圧倒的に不利な状況に立たされているのを見て。果たして、加勢しようと思えるだろうか?


 理瀬は、あまりに分かりきった質問に対して、心底うんざりしたような表情で。


「そうね。もちろん、、かしら」

「ええ? どこからその自信が湧いてくるのかは知りませんけど、現に――地下を見に行っただけであるはずが、未だに来ないじゃないですか。ここまで騒ぎになっているにも関わらず」

「でも、ヴァーレリアは来る。絶対にね。……それより、私を前にしてムダ話なんて、随分と舐められたものだわ」


 言うと、理瀬は大きく飛び上がり――その足下に、一本の鎖を配置する。


 着地したと同時、緩んでいた鎖をピンと張り、その勢いのままさらに高く飛び上がる。人の身だけでは、絶対に届かない位置で余裕の表情を決めて、ホウキに腰掛けるシュティーレンと同じ高さまで。


 右手の鎖を振るうが、ギリギリ届かない。


 対するシュティーレンは、さらに高度を上げていくが――それならばと、理瀬も再び鎖を足場に、ぐっと飛び上がる。


 再び、対等な高さまで飛んだ理瀬は、握った鎖を振るおうとするが、そこへ緑色の砲撃が放たれる。


 攻撃を止め、あえて下に落ちてそれを避けると、再び鎖を足場に飛び上がり、右手に握った金属の鞭を横へと振るう。


「流石にすばしっこいわね……」


 掠りさえしなかったものの――あろうことか、ホウキで自由に飛び回れるシュティーレンに対して、理瀬はたった鎖一本で、なんとか喰らいついていたのだった。


 だが、《撰述の魔女ベルファッサー》に対して、咄嗟に回避行動を取らせるほど、理瀬が覚醒した訳でもない。少しだけ戦い方を変えただけに過ぎないのだから。


(……そもそも、《撰述の魔女》の著書は、『緑呪の魔法少女』だけじゃない。それなのに、この物語の主人公の力しか使わないのはどうして? 私を甘く見ているにしては、どうも余裕はなさそうにしているし……)


 シュティーレンの著書は他にもある。理瀬が知っているだけでも、『鏡映しの逆転世界』や『消滅を願う少女』とある。


 前者はともかく、後者は、自在に世界から消える――つまり、透明化して攻撃をやり過ごせるという、あまりにも便利な力。


 そもそも、ホウキで縦横無尽に飛んで避けるよりも、透明化してやり過ごしたほうがスマートだし、確実に避けられるというのに。


 だが、シュティーレンは使わなかった。いや、もしかすると――使えなかったのか。


(確証はないけれど、少し揺さぶりを掛けてみるのもアリ……かもしれないわ)


 仮に、『消滅を願う少女』という小説の力を使えなかったとして。その理由へと繋がる、一つの仮説を、理瀬は言い放つ。


「戦ってみて、よく分かったわ。……あなたの『弱点』が」

「……と、いいますとー?」

「あなたは、同時に複数の小説の力は使えない。大方、小説を切り替えるのに時間がかかる――といった所かしら?」


 聞いて。しかしシュティーレンは、平静を保ったままに。


「そうだとして、だから何だと言うのです? 現に今、こうして『緑呪の魔法少女』の力だけであなたを抑え込めている。その事実は揺るがないんじゃないですかー?」

「いえ、そんなこともないわよ? もし、それが本当なら――」


 見事と言わざるを得ないバランス感覚で、鎖に立っていた月成つきなり理瀬が、再び高く飛び上がる。


 それも、さっきまでより――躊躇いがない。


「あなたの書いた『緑呪の魔法少女』は、私も読んだことがあるわ。主人公の力は、魔法少女としての基礎能力であるホウキを使った飛行能力と、その緑色の魔眼くらいでしょう? だとしたら、これ以上あなたには……警戒するべき要素がない」


 つまり。相手の動きの予測がつきやすくなった。それは、地味ではあるが、確実に『勝利』へと近づいている事の、表れでもあった。

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