審判人のリゾルート(7)

「アンネリリィは拘束できたし、気がかりだったシュティーレンも、これまで姿を一切見せていないのを見るに、アンネリリィの言う通りなのだろうけれど……」


 アンネリリィの言葉通りであれば、シュティーレンもまだ生きている。――これ以上誰も死ぬことなく、三つの派閥のどれもが残ったまま、この争いを終わらせるという、彼女の目的にとってはあまりに好都合すぎる展開だった。


「まあいいか。……アンネリリィ、暇だし話し相手になってくれるかしら。嫌なら、また喋れなくするまでだけれど」


 言いながら、理瀬りぜは、アンネリリィの口を塞ぐ鎖を再び緩めた。


「……アンネリリィ。あなたはどうして、そこまでして《焦煙の魔女スクルペロスケルン》の魔力を欲するの?」

「どうして、か。……そもそも、あたしが《整理の魔女ソーティラウト》なんてやってるのはさ。この世界に必要な人間――いわゆる善人ってやつだけを残して、不要な人間――つまりは悪人を排除するためなんだよ」

「世界を変えるために、ねえ……」


 理瀬は、なんて馬鹿馬鹿しいと思いつつも、続ける。


「確かに、あの魔女は、地球そのものを焦土に変えてしまうまでの魔力を持っていたらしいし、そんな大それた望みを叶えられるとすれば、これ以上ない近道だろうけれど……」

「まあ、あたしの目的は、世界の破滅なんかよりも複雑だから。《焦煙の魔女》の魔力をもってしても、足りるかどうかは未知数だよ。でも、目的の達成にグッと近付くのは確かでしょ?」


 二〇〇年生きた魔女の魔力を手に入れる。それは即ち、魔女の生きた年数分の努力をも短縮できる事と同義。


 その魔力だけで実現可能かどうかはさておき、どちらにせよ、アンネリリィにとってそれが魅力的なモノに映るのは、至極当然のことだった。


 だが、それ以前に。その目的自体に、理瀬は疑問を感じてしまう。


「私から言わせてもらえば――善人、悪人なんて、結局はあなたの価値観でしかないじゃない? 誰かにとっての悪人は、誰かにとっての善人かもしれない。もちろん逆も然りでしょ。あなたが『整理』した程度で、世界なんて変えられないと思うわよ?」

「それはどうだろうね。あたしは、イヤというほどに――醜い人間も、善い人間も、両方見てきたと自負してる。確かに、あんたの言葉も間違っちゃいないだろうけどさ」


 語りかけるかのように、アンネリリィは続けて。


「例えば、クラスにイジメっ子が居たとして、一緒に面白がって便乗してる奴らにとっては、そいつは善人かもしれない。でも、社会的には? 客観的見たらどう? ……それくらいの判断なら、あたしにだって付けられる。あたしの感性が、社会の常識から逸脱しているとは思えない」

「……それは結局、自分の独断と感覚で、人間を選別しますと宣言しているようなものよね?」


 善人を生かして、悪人を殺して。理想の世界を作りますと言われれば、確かに聞こえだけは良く感じられる。


 だが、私が好ましいと思う人間だけを生かして、あとは殺すとなれば、それはただの自分勝手でしかない。


「まあ、仮に魔力を手に入れたとして、それをどう使うかは自分次第だし、そこまで口を出す内容ではないのかもしれない。……でも、あなたはもう、その資格すら失ってしまった訳だけれどね」

「ま、一度の敗北で諦められるような、小さい目的だったら、あたしはここまで思い切ったことはできていないよ」


 どうやら、ここまで拘束されてもなおアンネリリィは、善人と悪人の『整理』に、並々ならぬ想いがあるらしい。


 そんな彼女の、声色が――変わる。


「だからさ、《緊縛の魔女フェストデージェ》――


 嫌な予感を感じ取った理瀬は、すぐさま口をもう一度、鎖で塞ぐが……アンネリリィは、特に詠唱しようとした訳ではなかった。


 縛られた彼女が寝転がる、その後ろ――屋上の床面に、白い紋章が煌々と浮かび上がった。


「――まずッ!?」


 当然のことではあるが、理瀬も、その白い紋章は知っている。ここまで上るまでの道のりで、散々恐怖を焼き付けられたのだから。


 紋章から、それぞれ金色と黒色をした、二本の短剣が現れる。


 慌てて理瀬は、残り二本の鎖を回して盾を作り、剣を受け止めようとするが――流石に間に合わず、あっという間に――手と足を縛る二本の鎖が真っ二つにされてしまう。


 自由になった右手で、口元を縛る鎖も強引に振りほどいたアンネリリィは、嘲るような笑みを浮かべて。


「散々見てきたのに、これくらい予想できたはずだけどねぇ? ま、どっちみち《緊縛の魔女》一人相手なら、このあたしが苦戦する要素も皆無なんだけどさぁ?」


 高らかに笑いながら、再びアンネリリィ・ツァウバティカーは――《緊縛の魔女》月成つきなり理瀬と対峙する。

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