審判人のリゾルート(6)

「シギルの発動が、一度きりなのがまだ救いだったわ……。あんな道のりをおかわりだなんて、まっぴらごめんだし」


 ヴァーレリアは屋上から長い廊下を往復して、とくに難なく、一階まで降りてきた。上りはあれだけ苦労したので、当然、かなり長い道のりに感じたが……普通に歩くだけであれば、ただの一本道なので短く感じるものだった。


 時々、行きの際に発動しなかった分なのか、魔術攻撃が飛んでくることもあったが……この程度であれば彼女にとって、障害物にさえならない。


「まあ、さっき来た時は見た記憶もないし、これだけ部屋を魔改造できるんだし、当然だろうけど――無いわね、地下への階段なんて」


 アンネリリィによって、一本道に整理される前――まるで迷宮だった頃の屋敷であればいざ知らず。一本道と階段だけになった今、地下に続く階段を見落とすなど、まずあり得ないだろう。


 となればアンネリリィが、屋敷を魔改造したとき、ついでに地下への階段も塞いだと考えられる。


 ヴァーレリアには想像しかねる感情ではあるが、母親を幽閉し、本気で魔力を相続しようと考えているのなら、ここまでしてもおかしくはない。


「まあ、それなら無理やりにでも確認させてもらうだけね。――万物を貫きドゥルヒシーエン吹き抜けよヴィシュトルムッ!」


 二階へと上がる階段の横、意味ありげに空いているスペースに向けて、短縮されていない、ヴァーレリアの魔術、その本来の威力を惜しみなく撃ち出した。


 ――ドドゴゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!


 屋敷全体が揺れるほどの衝撃と共に、その場所の床に大穴が開く。


「ま、隠していたつもりはないんだろうけど。もっと凝った隠し方をすべきだったわね?」


 何かの間違いで、シュティーレンを閉じ込めている鏡のある部屋に誰かが入りこまなければ良い。また、何かしらの方法で、シュティーレン・ツァウバティカーが鏡の世界から脱出された場合でも、出口さえ塞げていればそれで良い。


 それ故に、一発で当てられるような場所に地下室を置いていたのだろうが……まさか《整理の魔女ソーティラウト》も、これが裏目に出るとは思わなかったはず。



 ***



 地下は物置部屋らしく、ほとんどガラクタであろう様々な物品でごちゃごちゃしていたが――幸い、目的の物はすぐに見つかった。


「鏡って……これ、よね」


 物置部屋の角で、姿見が二枚、向かい合っていた。


 どう考えても、アンネリリィの母親、シュティーレンを閉じ込めている鏡とはこのことだろう。


「一見、ただの鏡にしか見えないけど。この鏡と鏡の間に入ったら、鏡世界とやらに私も巻き込まれるのかしら? ……やらないけど」


 そもそも、ヴァーレリアがここまでやってきたのはあくまで、本当にアンネリリィの言った鏡があるかどうかの確認をするだけのためである。


 小説を魔導書にするとかいう胡散臭い魔女が用意した、何が起こるかも分からない鏡になんて、一ミリも動かすつもりもないし、指一つ触れるつもりさえない。


「荒らされた痕跡もないし、中の《撰述の魔女ベルファッサー》が逃げ出したってこともないでしょうし。《整理の魔女》の言う通り、本当に……無力化しているようね」


 ヴァーレリアは、思わず安堵していた。それは至極当然のことで、三つの派閥のうちのトップ――実感は湧かないが、今は自分も、月成つきなり理瀬りぜも同じ立場ではあるのだが――そんな、確かな実力者を相手にしなくて良いのだから。


 だが、そんな実力者が、こうも簡単に無力化されてしまうのか……そこまで考えたが、彼女はぶんぶんと首を横に振って。


「ううん、《整理の魔女》の言った通りに鏡はあった。ここまでの判断材料があって、それでも悪い方向に考えてしまうのは……私の悪い癖ね、直さなくちゃ」


 言いながら、ヴァーレリアはコツコツと音を鳴らして、地上へと続く階段を上っていく。

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