審判人のリゾルート(3)
四階の廊下までを強引に走り抜けた二人は、流石にヘトヘトだった。
同じ全力疾走でも、学校の百メートル走なんかとは比べ物にならない。文字通り、命がけで走る機会など、人生で一度たりともあって欲しくはない展開だ。
ともあれ、四階の廊下の先にあった階段を上がった先からは、太陽の光が差し込んできている。外観通り、ちゃんと四階建てで良かった――と思いつつ、ついに迎えたアンネリリィとの直接対決に、緊張もしてしまう。
「最終確認だけど――おそらく、アンネリリィを仲間に引き入れるのは無理。だから、ヴァーレリアがメインで戦いながら、私が隙を見て拘束する。これでいい?」
「ええ、任せて。……ただ、《
「もちろん」
互いに見合って、頷き合って。覚悟を決めた二人は階段を上がり、屋上へと向かう。
***
「まさか正攻法でここまでやってくるなんてね。驚いたよ、二人とも」
銀髪のお団子ヘアに、ベージュのコートを纏った少女――アンネリリィ・ツァウバティカーが、まるで幼子を褒めるかのような調子で言う。
「ええ、おかげさまで。こっちは寿命がどれだけ縮むような思いをしたと、思っているのかしら」
「まあ、私たちに向けて、あれだけ殺しにかかってきたんだもの。言うまでもなく……覚悟はできているわよね?」
「こっちもそのつもりだからね、話が早くて助かるよ。ここで二人とも殺して、《
続けて、アンネリリィは短く呟いた。
「――F・I」
機械的な平坦さで、一聴するとただのアルファベット二文字を高速で詠唱しただけのように聞こえる。
本来の詠唱とは、単語の意味はもちろん、発音や音程など、様々な要素が絡み合ってやっと魔術として機能するものだ。
アンネリリィのそれはあまりに早口で、とてもじゃないが詠唱の基礎となる細かなことにまで気を配っている代物ではなかった。
だが、現実として。アンネリリィの呟きと共に向けられた右手から、火球が現れ、放たれる。
「――F・A」
間髪入れずに、今度は水の塊が。
「――F・V・T」
続けて、強烈な風と、砲弾のような岩石が同時に射出される。
「――はああああッ!」
「――
火球は理瀬の鎖で受け止めて、岩はヴァーレリアの風の刃で砕き落とす。
風はなんとか踏ん張り、耐え凌いで。水の塊とはどうやら本命ではなかったのか、的外れな方向へと飛んでいくので二人ともスルーした。
一つひとつは、大層な魔術ではない。……だが、それらが重なり、高速で放たれることで、様々な属性の魔術攻撃が、雨のように降り注ぐ。
それらの魔術に、二人は――いや、そもそも魔女であれば小さな子供でさえ――既視感があるはずだ。
「やっていることは魔術の中でも基礎中の基礎……四大元素を発現して、撃ち込んでいるだけ。でも――詠唱が、早すぎる」
詠唱を一節にして、威力を犠牲にして――やっとのことで短く、扱いやすい魔術にまで落とし込んだヴァーレリアでさえ、アンネリリィのそれを目の当たりにして思わず息をのんでしまう。
ヴァーレリアの得意とする詠唱「
アンネリリィの場合は、詠唱の一節を、先頭のアルファベット一文字にまで圧縮している。
たとえば、火球を撃ち出す魔術なら――本来、「
そもそもこれは、ヴァーレリアの言ったとおり基礎中の基礎の魔術であり、故に魔女たちは各々に合った、独自の魔術を磨いていく訳なのだが――その分、基礎なだけあって応用も利きやすい。
だからこそ、《整理の魔女》アンネリリィは、一節一音にまで詠唱を圧縮できたのだろう。
「F・C・S・A」
水の塊が分裂し、凍りついて――そのまま勢いよく射出される。
だが、理瀬とヴァーレリアが、それらを避けている間にも。既に次の詠唱は始まっていた。
「F・S・I」
続けて、一つの火球がある程度飛ばされたところで――ボゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオッ! と音を立てて破裂し、全方位に火種を撒き散らす。
致命傷にはなり得ないが、小さな火種は確かに二人を、衣服の上から焼き焦がす。
「F・S・T」
そこへさらに、現れた岩石が砕かれ、雨のように降り注ぐ。
アンネリリィの高速詠唱から放たれる、圧倒的な物量の攻撃は――理瀬とヴァーレリア、二人に反撃の隙さえ与えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます